不動産価格・地価の底打ちを探る

JPモルガン証券チーフストラテジスト北野一氏が「国内で1番優秀なエコノミスト」と絶賛するのが内閣府による月例経済報告だ。北野氏によると月例経済報告で過去10年間で4回「強気」、4回「弱き」の基調判断があり、今回5回目の強気判断が出たが、この節目を的確に抑えて株式投資を実行した投資家は累計で115%市場に勝てたそうだ(日経CNBC6月5日放送)。

その月例経済報告だが、6月の報告で、景気の基調判断を2ヶ月連続で上方修正する検討に入った。5月は「悪化のテンポが緩やかになっている」という言い回しだったが、「悪化」の表現を7ヶ月ぶりに削除する案を軸に調整するよう検討している。

つまり5月段階で事実上の景気底打ち宣言がなされていたのだが、株価はこのタイミングから通常40~50日早く底打ちするとして逆算すると3月10日に付けた日経平均7,054円が株価の大底だったことになる。

国内景気の潮目の変化は、生産・輸出を中心に国内の経済指標が2ヶ月連続で改善しているからで、4月の鉱工業生産指(速報値05年=100)は、前月比5.2%上昇の74.3と1953年3月以来、約56年ぶりの上昇を記録した。5、6月もプラス予想の方向だ。輸出も4月の数量指数(季節調整済み)が前月比で1年8ヶ月ぶりの高い伸びを示した。

国内のGDPは09年1~3月期で前期比15.2%減を記録したが、4~6月期は5四半期ぶりにプラス成長に転じるという予想が多い。与謝野経済相も6月2日の記者会見で「景気は1~3月期が底打ちの時期だと思う」との認識を示した。

■直近の不動産市況変化

さて株価、景気が底打ちしたとすれば国内の不動産価格の底打ちはいつだろうか。まず直近の市場動向を探ってみよう。国内不動産価格で東京区部の住宅地の一部に底打ちの近さを思わせる指標が出てきた。国土交通省の5月27日発表の地価動向では住宅地の一部で下落幅が縮小している。「4月1日時点の主要150地点の地価は3ヶ月前と比べて148地点(98%)で下落した。下落地点の数は前回調査(1月1日時点)と同じだが、下落幅が緩やかになりつつあり、特に一部の住宅地などでは下落幅が縮小した地点数が拡大した地点数を上回った。例えば港区芝浦(東京)では下落率が6~9%から3%未満に縮小するなど下落幅が縮小しつつある。」(日経05.28)

そして日本不動産研究所が5月21日発表した09年3月末時点の市街地価格指数では住宅地は全国で70.2と2.1%下落し、地域別で最も下落幅が大きかったのが東京区部で6.7%下落の99.9だったが下落の時期がほかの地域に先駆けていたため前期に比べれば下落幅は縮小している。
 
また冷え込んだ国内不動産市場で大型取引がここにきて相次ぎ出てきている。「日本生命保険が5月に米保険大手AIGが持つオフィスビル(東京・千代田)を1,150億円で取得することを決め、三菱地所は朝日生命保険の本社ビルを約800億円で取得するなど1,000億円規模の大型取引が再開した。都市未来総合研究所によると、4月の不動産取引額は前年同月比2.5倍の約1,800億円と11ヶ月ぶりに前年を上回った。」(日経05.25)

マンション市況も改善の兆しがでている。不動産経済研究所が5月18日に発表した4月の首都圏マンション市場動向調査によると、発売戸数は前年同月比8.5%減の2,621戸で、20ヶ月連続の前年割れだった。ただ減少率は18ヶ月ぶりに1ケタ台で、平均販売価格は不動産「ミニバブル」前の20ヶ月前の水準に下がった。同研究所は「市場にやや回復の兆しがある」とみている。また売れ行きを示す契約率は、前年同月より1.6ポイント改善し64.7%だった。5月の発売戸数は、21ヶ月ぶりに前年同月を上回る約4,500戸を見込んでいる。
このようなマンション市況の改善や大型不動産取引の発生を好感して、東京マーケットでは三井不動産や三菱地所といった不動産株がこのところ堅調な動きとなっているが、業界内でも不動産市況の潮目の変化を認識した見方が増えている。

三菱地所の木村恵司社長は日本経済新聞の取材で、

「今期に入りマンションはやっと何とか売れ出した」と住宅事業が底入れしたとの認識を示し、さらなる値下げで今期も住宅事業で損失を計上する可能性については「今のところはない」と述べた。主力のビル賃貸事業は「景気悪化やビルの供給増が心配だが、今期は東京・丸の内のパークビルの新規稼働でいい数字が残せる」と話した。10年3月期の連結業績予想に関して「09年3月期が業績の底ではないかと思っている」と述べ、今期の業績回復に自信を示した。(日経05.30)

(財)土地総合研究所が5月27日付で発表した「不動産業業況等調査結果」でも不動産業の業況の改善を示す結果となっている。以下、同調査結果より引用すると、

「住宅・宅地分譲業」は前回調査の-61.9から-45.0に改善。例えばモデルルームの来場者数は11.1ポイントと前回より50ポイント近く改善してプラス圏に転じている。「不動産流通業(住宅地)」でも前回と比べて、マンションと土地の売却依頼件数、購入依頼件数、成約件数、取引価格についてのすべての指数の数字がマイナス圏ながら改善。戸建についても購入依頼件数、成約件数についての数字はマイナス圏ながら30~50ポイント程度改善している。しかし「ビル賃貸業」では、空室が増加傾向にあり、指数の数字はポイントを下げている。成約賃料の動向についても、下落傾向にあるという見方が増加している。

▼(財)土地総合研究所 不動産業業況等調査結果

一方、J-REIT市場も3月以降、政府によるJ-REIT支援でリファイナンスリスクが薄らぎ、景気変動による収益変動のボラテリティが小さいとされるレジデンシャル系リートを中心に株価は堅調になっている。一方のオフィス系リートはオフィス市況のリスクが空室率増加や賃料低下で高まっているためやや軟調に推移しているが…。

J-REIT市場は1,700兆円といわれる国内不動産市場全体の出口・受け皿としての機能があり、国内の実物不動産市場とも密接不可離なため、金融商品としてのJ-REIT市場の底打ちは、実物不動産の底打ちへ数ヶ月のタイムラグで波及すると考えられており、不動産市況全体への影響は極めて大きい。

政府も遅ればせながらこの重みに気づいたのか昨年末からJ-REITでの破綻を起こさせないという意思を強く滲ませた政策を打ち出してきた。政府による官民共同ファンド構想などは市場関係者をして「満額回答に近い」と言わしめたが、国内不動産市場の国策によるフレームワークの締め直しが確認されたことで、不動産市場全体に安心感が広がった。

個人投資家目線で不動産投資マーケットを見ても底打ちが近いシグナルが出ている。全国賃貸住宅新聞によると投資物件情報サイト「健美家」データでは1棟アパート、区分それぞれの表面利回り上昇が高止まりし、横ばいか若干の下落に転じている。個人富裕層がターゲットとする2、3億円規模の築浅物件は、一部で品薄感もでている。
しかし、不動産投資セクターのリスク要因は空室率の増加と、賃料下落に歯止めがかからないことで、レジ系では高級賃貸住宅、オフィス系は全般的に悪化傾向である。特に地方都市ではオフィスビルの過剰感から名古屋、仙台、福岡など空室増加・賃料低下が目立っている。

グローバル投資マネーの動向にも変化が見られる。リーマンショック以後は鳴りをひそめ、「質への逃避」を決め込んでいたが世界規模での金融緩和による過剰流動性の復活や株価回復でリスク許容度を増したことによりリスク資産への回帰度を徐々に高めている。NY市場のWTI原油先物は6月5日時間外取引で一時、4ヶ月前の2倍となる1バレル70ドルを超えた。銅、穀物などコモデティ価格も上昇している。

4兆元を投じた中国政府の公共インフラ整備など内需拡大策と金融緩和策で中国国内の景気回復が急速に進み原油や送電線に使う銅などの需要が膨らんでいるからだが、国際投機マネーもコモディティ市場に流入しており、この先、インフレを懸念する声も出てきた。

■不動産価格の底打ちは

国内外を取り巻く潮目の変化は、確実に起きており、海水の色も一部で変わりつつあるため、国内の不動産市況はすでに底打ちしたか、もしくは底打ちが近いという結論になりそうだが、以上の変化を踏まえても筆者の見方はややネガティブだ。

先で2番底、3番底の懸念が拭えないなどその持続性には疑問があっても当面の株価と国内景気が底打ちしたとの認識は、多数意見となってきている。しかしながら「不動産はまだ底打ちを探っている段階で市場は厳しい」というのが筆者の見方だ。さらに付け加えると仮に底を打ったとしても「トンネルを抜けた先に見える風景はどうなの?」と懐疑的に問いたい。

オフィスセクターの需要要因では企業の設備投資や企業業績が、マンションや戸建住宅では人口動態に加え家計の所得や雇用が高い正の相関を示す。今回の国内景況感のゆるやかな回復指標は、生産や在庫等の先行指標に集中しているが、設備投資や雇用面では先行きの不透明感が強い。

リーマンショック以後、企業の生産水準を直前を100とすると30位まで低下、4~6月期で70位まで回復したとしても依然として低水準であるため、固定経費である雇用・賃金の過剰感が強く、企業は設備投資とともに抑制的にならざるを得ない。

5月29日発表の完全失業率はこの3ヶ月で0.9ポイント悪化。約5年ぶりに5%台に上昇した。失業者数は1年前から71万人増加し、総数300万人超と過去最大の増加を記録した。有効求人倍率も4月は0.46倍と過去最低水準を記録した。完全失業率の悪化スピードは過去に例を見ないスーピードで09年末には6%に近づくという見方もある。また設備投資の先行指標機械受注統計は4~6月期で5四半期連続で前期比マイナスになる見通しである。

政府による経済対策で雇用調整助成金や公共投資の積み増しが打ち出されており、雇用効果もある程度期待できる。しかし、経済対策は成長率を1%程度押し上げる程度の効果はあるが、設備投資や個人消費を持ち上げる乗数効果は限定的という見方が強い。

いずれにせよ不動産市場の需要量を左右する設備投資、雇用・所得の悪化は10年以降まで改善される可能性は低い。また、オフィス市況の影響要因である企業収益を見ると財務省が6月4日発表した法人企業統計では企業全体の売り上げは前年同期比20.4%減、経常利益は同70.1%減でいずれも過去最大の減少率だった。3月期決算の上場企業の業績見通しは10年3月期も2期連続の減収減益となっている。

次に景気等が底を打ちトンネルを抜けて見える風景の話をしよう。表現を変えると「急坂を転げ落ちるような下降から坂の勾配が緩やかになり、平坦地が近づいている」というのが現時の景況感だが、この先、上昇するための上り坂はなく、現水準でのダラダラとした平坦地がしばらく続く可能性が高い。このようにV字型の回復よりL字型の回復を予想するエコノミストが多数となっている。

内閣府が6月5日に出した報告書「世界経済の潮流 世界金融・経済危機の現況」によると09年の世界の経済成長率は戦後初のマイナスとなり、10年も米欧の回復が遅れて1%程度の成長にとどまるとしている」(日経06,06)。同報告では米国の失業率が10年に10%を超え、個人消費の低迷が響くと予想している。

このようなマクロ動向を不動産市場に置き換えると、昨年来、購入者の購入可能な価額を模索して在庫調整を急速に進めてきた結果、価格調整が進み取引が成立する価格水準(底値付近)が売買当事者に見えてきた。今後、この底値付近から価格が切り上がって上昇するには、買い手の雇用なり所得が改善して有効需要と購入マインドが向上しなければならないが、当面は経済情勢から見て厳しい状況が続くといえる。さらに今後の経済情勢次第では見えてきた底値がさらに割れる可能性もある。

リーマンショックのような米国発の巨大金融機関の破綻といった金融危機発生の可能性は次第に薄らいでいる。思い起こせば金融危機の震源の米住宅価格は今年に入ってから先行指標でエコノミストの予測より下落が緩やかになり、5月7日公表された米金融機関のストレステストの結果、10社について資本不足を指摘されたもののバ―ナンキFRB議長の言を借りれば「投資家と一般市民にかなりの安心感を与えるものだった。」ため一挙に金融不安が後退した。以後、株価の反騰が始まり、市場の空気が変わった。日本国内でも不動産業者等の目立った破綻が減ったように見えた。

このような折、突然、ジョイント・コーポレーションが5月29日、会社更生手続きの開始を東京地裁に申し立て、受理されたと発表した。子会社のジョイント・レジデンシャル不動産と合わせて負債総額は1,680億円となる。すでにオリックスが昨年、ジョイントに対し総額100億円の第三者割当増資を実施し、200億円の融資枠を設定していたため、この破綻を意外と受け止めた市場関係者もいたが、取引先金融機関の融資態度が厳しくなり、6月以降の資金繰りのメドが付かなくなったことが直接の破綻原因であった。日経ヴェリタス誌で銀行に近い関係者の解説として「5月下旬は銀行が融資先の前期決算の内容を見て、内部格付けを見直す時期。再生の見込みがなく破綻懸念先と判断されれば資金の回収に入る。おそらくこれが影響しているのではないか」という記事を載せている。このニュースは改めて、不動産関連不況の悪化と金融収縮が依然として続いていることを感じさせた。

さらに市場の波乱要因となりそうなのが「CMBS2010年問題」である。既発のCMBSに束ねられたノンリコースローンの多くが2010年前後で償還を迎えるが、不動産価格が下落し、リファイナンス資金も枯渇した状況ではデフォルトの増加が予測され、その結果、不動産価格の下押し圧力になるというものだ。

直近の市況変化から見て不動産市況が改善の方向にあることは確かだが、市場の波乱要因が依然として残っており、改善の水準がリーマンショック前に比べると極めて低く、需給ギャップが当面改善しないため上昇圧力に乏しい。底打ちしたとしてもその実感に欠ける展開がしばらく続くのではないだろうか。

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