古民家再生で広がる世界

1、古民家再生が静かなブームを呼んでいる

日本の住宅の寿命は25年、英国は140年、米国で70年といわれているように欧米の住宅は日本に比べ圧倒的に長寿である。その違いはどこから生じるのか、構造素材が石か木かといった違いとか、高温多湿の日本の気候も原因となっているのだろう。しかし、それらの要因よりも「家」や「住まい」に対する住まい手や社会の意識、文化の違いが大きいと筆者は思う。

著名なインテリアデザイナーであるウィリアム・モリスが「英国で1番美しい村」と絶賛したロンドン郊外のコッツウォルズ地方には、18~19世紀頃にハニーストーンという独特の色合いを持つ石を積み上げて建てられた古民家が美しい周りの風景と自然に溶け込み、イングランドの青い空の下で何代もの住民に継承され生き続けている。

コッツウォルズ地方では14世紀に羊毛産業が栄えたが、その後は近代産業から取り残され、鉄道網からも遠く離れたため、中世のイングランドの村々の佇まいが時代の変化に弄ばれ壊されることもなく存続することができた。

英国のコッツウォルズだけでなく、欧州を旅すると100年は優に超えて継承され続ける多くの民家がまるで絵画のように美しい街並みの中で身を寄せ合うように建っており、旅行者はその愛くるしい風景に目を奪われ、心を癒されることが多いという。

それに比べ我が国の住まい手の意識とこの国に根付いてしまった「住まいの文化」のなんと貧しいことか。高度成長期、地価右肩上がりの時代に取られた政府の住宅政策の歪もあって、まるで住まいを消耗品のように建てては壊すスクラップ&ビルドを繰り返してきた。国内にもコッツウォルズの民家にも劣らぬ伝統と時代を超越した様式美を備えた古民家の文化があったのだが、その多くは壊され、顧みられることもなく消え去る運命に置かれている。

近年になって、地球規模での環境問題、循環型社会への志向などと相俟って静かな古民家再生ブームが起きている。なぜいま古民家なのか、その魅力を紹介しよう。

古民家の和風小屋組の持つ独特の造形美や大断面の古材の持つ力強さ、深い趣といった意匠性だけでなく、使用されている木材の強靭性、超高層ビルの柔構造にも似た伝統技能の緻密さや合理性が近年になって見直され始めた。古民家を時代に適合するように再生し、住まいやレストラン・カフェなどの飲食店舗や民芸品・アンティ―ク雑貨家具店など物販店舗等として現代に再レビューさせる「古民家再生」の試みが増えている。

またサブリースの仕組みを応用した古民家の再生とか差別化戦略として古材を使用して賃貸マンションで稼働率を向上させるなど不動産投資にまで古民家再生が及んできている。

再生された古民家だが、それまでの負のイメージであった、暗い、寒い、使い勝手が悪い、地震が恐いなどの諸点が設計の工夫やテクノロジーで改善され、耐震性や設備面での適応も急速に進んでいる。天井を払って吹き抜け空間を創出、小屋組を露出させ、現代ではその技能承継も途絶えた職人技で作られた地産の無垢材の建具などを意匠的に配置して、独特の品格と造形美の世界を構成する。

再生民家は、いわゆるハウスメーカーの家には見られない深い陰影や静謐さといった独特のテイストが醸し出されるため、再生古民家に魅せられた熱烈なファンが着実に増えているようだ。かくいう筆者も事情が許せば、先人が遺した知恵と格闘して古民家を再生し、その陰影に調和する英国製アンティ―ク家具などを置いて、四季の自然を感じながら生活したいものだと思っている。

そろそろ本題に入ろう。古民家を探して現地再生なり移築するなりして、憧れの再生民家に住むためには、どのようなプロセスがあって、予算はいくらぐらいで、再生民家に生活するメリット・デメリットにどのようなものが考えられるか、さらに商業店舗や不動産投資の差別化戦略など住宅だけにとどまらない古民家再生の持つ可能性などを書いていく。

2、古民家再生の手法

■古民家とは

古民家も種類は多様で、農家・庄屋屋敷・町家・武家屋敷があるが、共通するのは、一般的に、築後100年程度経過した木造の古い建物か、築年数は100年に満たなくても、戦前の建築で使用資材や構造が古民家と類似する建物である。

古民家の使用資材は、木、竹、草、土、石など自然のものばかりで、特に木は最近の住宅では米栂など外材が使われることが多いが、古民家の場合は、国内産で地元の風土に合った地元の木が使われることが多い。そして伝統工法と呼ばれる木造建築工法で施工されているのが特徴だ。

伝統工法は、金物を殆ど使用せず梁や柱を加工し、木を組み合わせて長ほぞ、込み栓、楔、だぼなどで固定する。柱と柱は貫で連結され、土壁の小舞竹を固定する。木組みと貫そして土壁が一体となって一定の耐震性を発揮する。また鉄筋コンクリート立ち上がりの布基礎に土台をアンカーボルトで緊結するのが近年の基礎だが、古民家が建設された時代は、そもそもコンクリートといった建設資材がなかったので石場立て基礎といって玉石の上に柱を載せる方式である。

筋かいや緊桔金物とかコンクリートの布基礎を見慣れた現代人から見ると通し貫工法や石場立て基礎は地震に対して何となく頼りなく感じてしまうのだが、ここでも昔の匠達の深い知恵に驚く。例えば軸組みである柱、梁、貫きなどを接合する多くの接点が地震の揺れや力を分散するし、石場立て基礎も礎石の上部建物が大きな地震の時は動くので地震の力を逃がすことになる。つまり超高層ビルの柔構造や免震構造に近いロジックがすでに使われていたのである。

■再生手法

古民家再生の手法には日本民家再生協会編「民家再生の技術」によると下表の4手法がある。

  1. 現地再生
  2. 自分の家や購入した土地付き民家を場所を移動せずにその場所で再生すること。基本的には構造材、造作材等、使える部材は全て使用する

  3. 移築再生
  4. 自分の希望する土地に古民家を移動し再生すること。基本的には、構造材を中心に再使用可能な部材は全て使用する

  5. 部分再生
  6. 土地や間取りに制限がある場合に、古材を部屋単位で使用し、新材と組み合わせて建築する

  7. 古材利用
  8. 民家を解体した古材を、新築建物やマンション、店舗等の内装の部材として使用する

●現地再生

古民家再生では最も多い手法である。①居住中の所有者が自住を継続するために再生する場合、②古民家再生を希望する購入者が、当該家屋を買い取り、再生するケースにそれぞれ分類される。現地再生の中では①が多い。②の場合、例えば、都市部に居住している者が古民家を購入して再生後に住まいとする場合は、生活が一変する可能性が高い。つまり、古民家は、一般的には都市部では殆ど姿を消しており、存続するエリアは、市街化調整区域の農家集落地域など限定的になるので利便性だけでなく、ライフスタイルもある程度変化することになるからだ。

●移築再生

現地再生のケースでは、10㎡を超える増築等を伴わなければ建築確認の行政手続が不要だが、移築は殆どのケースで建築確認が必要となる。また移築再生では、解体後に移築先への運搬、保存等の工程が必要なため、建築確認適合と併せて高コストとなり、一般に現地再生より工事コストが高くなる傾向がある。

●部分再生・古材利用

古材や古建具を扱う専門業者が存在し、市場もあるが、新築の家や家具などに古材や古建具の使用を希望する購入者が増加している。古民家の良さの理解が進んできたからだろう。例えば、RC造の商業ビルのテナント部分である飲食店などに太い梁や柱などをインテリアとして使った造形が顧客の関心を呼んでいる。このケースでは古材は構造材としてでなくあくまでも造作材、インテリアとして使用される。

★ここでちょっとコーヒーブレイク★

古民家再生~宗像の古民家再生事例を訪ねる~

ゴールデンウィークの間、メディアやネットなどで話題になっている宗像市での古民家再生事例を訪ねた。いずれも飲食店舗なのでグルメも楽しみながらブログ感覚で気楽に書いた。

福岡市やその都市圏、周辺町村には、周りの家並みや自然との対比で古民家が絵になるエリアがいくつかある。そのなかでも宗像市は、西アジアからシルクロードを経て朝鮮半島、対馬、壱岐の海路を通り、沖ノ島、宗像に至る古来からの海北道中「海のシルクロード」の歴史ロマンがあり、玄界灘、山岳、丘陵に抱かれ、海、山、川の豊穣な自然に恵まれている。市内の大型住宅団地から少し離れた集落には、可憐な野の花が咲く自然に囲まれ佇む古民家も多い。

このような地の利と存続している古民家の量から宗像市(旧玄海町含む)では、古民家再生事例も増え、メディアなどで取り上げられる機会も多くなってきた。市内の古民家再生事例で代表的なのは、

  1. ダイニングガーデン庫裡(料理屋)
  2. 宗像市赤間3-1-1

  3. カフェ楓(カフェ)
  4. 宗像市吉田804

  5. オーベルジュまつむら(フランス料理店)
  6. 宗像市池田934

である。今回は「ダイニングガーデン庫裡」と「カフェ楓」へランチと紅茶を飲みに訪れた。

●ダイニングガーデン庫裡

「庫裡」がある赤間宿地区は、唐津街道の筑前21宿の1つで、江戸時代から明治期の鉄道開通期まで宿場町として栄えた。周りには武家屋敷、商家が並んでいたようで、いまでも昭和へタイムスリップしたようなレトロな店舗が並ぶ情緒のある街並みである。

現存家屋の前には映画館・劇場が建っていたそうで、赤間宿の当時の賑わいが偲ばれる。前建物が取り壊された後は料亭が建っていた。経営者が変わり、現状の料理店にリノベーションしたものである。裏には竹林と釣り川が流れ、2階のレトロな木製ガラス戸越に眺める風景はなかなか風情がある。正確には古民家の再生事例ではないが、小屋組を露出させた吹き抜けなど意匠的に共通する部分も多い。

天井を払い小屋組を露出

木製建具越に竹林や釣り川を眺める

●カフェ楓

宗像大社から鐘崎方面へ抜ける県道502号線を800mほど東へ行って当該県道から入った位置にある。素朴な自然に囲まれた日本の原風景が展がる昔ながらの小規模な農業集落地域で、空海が建立した真言宗最初の寺院といわれる名刹「鎮国寺」から近い。

カフェ楓は、築140年の古民家を再生したもので、イタリア製のテラコッタタイルや米国製薪ストーブ、英国製の煙突、モミの木の無垢のテーブルなど和と洋が程良く融合したお洒落な空間になっている。なんといっても大断面の梁が織りなす小屋組の下でいただく紅茶の味には深みがさらに加わるというものだ。

オーナーが幼少期から過ごした住まいだそうで、一時期は空き家だったものを再生した典型的な現地再生の事例である。店内にはオーナーの作品であるブリザードフラワーも展示してある。

イタリア製タイルと輸入の薪ストーブ

小屋組の造形美

再生古民家に調和した素朴な日本庭園

「オーベルジュまつむら」は次回のコラムで紹介予定。

3、住まいとしての古民家再生

環境問題や循環型社会への志向から消えゆく古民家の保存など建前としては解るが、古民家を再生して住まいとして生活する上で「現代生活にどこまで適合するの?」といった疑問が拭えないだろう。

天井を払って小屋組の造形美は楽しめるが、吹き抜けの大空間の出現でそうでなくても隙間風で寒い冬場の暖房とか、古民家特有の田の字型間取りでどこまで家族のプライバシーが守れるかとか、古民家を再生できるような大工さんがいるの?とかの不安と疑問である。

次回のコラムでは、このような疑問や不安に現時点で古民家再生がどのように対応しているかといった現実的な話を書く予定。

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