アパート・マンションの実践的家賃設定手法

大家さんと呼ばれる賃貸住宅の個人オーナーが家賃を設定する時の手法について書きます。アパート、マンションの家賃設定の手法について詳細・具体的に書かれた書籍やブログ、サイトは探してみると少ないようです。あっても家賃設定手法の簡単な紹介か、不動産鑑定評価のなかの「賃料評価」といった法曹関係者や不動産鑑定業者向けのものです。今回のコラムでは、一般の大家さんでも算定可能な適正家賃の実践的な手法を紹介したいと思います。

1、不動産投資の成否を決める家賃設定

アパート・マンションのオーナーが家賃を決めているのは、

  1. 建築会社、ハウスメーカーの事業収支プランの家賃
  2. 地元の不動産仲介業者からの聴き取り
  3. ネットや賃貸情報誌による賃貸住宅の募集・成約賃料との比較
  4. 周辺物件の賃料との比較

といったケースが多いでしょう。1だけで、つまりアパート・マンションを建設する業者サイドで算定して提示された家賃をそのまま周辺相場賃料を適正に反映している家賃と信じてしまう大家さんは不動産投資家としては失格であることは言うまでもありません。大家さんが自ら上記の2~4を繰り返して経験を積むと一定レベルまでは周辺相場とフイットした適正家賃を把握できるようになるでしょう。

しかしこれだけではプロレベルには到達できません。家賃を形成している諸要因を網羅的に全て把握し、それらが家賃を形成するプロセスを理論的に分析して適正家賃を算定し、その精度を科学的に検証できてはじめてプロといえるレベルに到達できます。

これから紹介する家賃設定手法は、不動産鑑定評価で行う「賃料評価」ではなく、個人投資家が賃貸住宅の家賃設定を行う際に活用できる実践的手法です。実務に沿って解りやすく解説していきます。

2、賃料の種類

適正家賃を設定する前提として、まず賃料の種類とその簡単な概念を解説します。賃貸住宅に限らず家賃には下記の2種類があります。

  • A:新規賃料
  • B:継続賃料

新規賃料は、入居者を新たに募集するときの賃料です。アパート・マンションを新築してこれから入居者を募集するときとか稼働中の物件に空室が発生して入居者を募集するときの賃料がこれに該当します。一方、継続賃料は、貸主・借主間で当初に成立した賃貸借契約の継続を前提とする賃料です。

新規賃料では貸主・借主間に継続中の賃貸借契約が存在しないので、貸主が希望する賃料を自由に設定できます。適正賃料より高いときは借主が現れないだけです。

継続賃料は、当初の賃貸借契約の期間が終わった後に引き続き契約を更新する際などに設定される賃料なので、賃貸借契約の継続を前提としており、賃料値上げや値下げを当事者の経済合理性からの判断だけで行うことが借地借家法で難しくなります。当事者間で一旦設定された賃料は重視しようとするのが判例の傾向でもあります。そのため賃料相場が上昇しているときは、賃料値上げが柔軟にできない分、新規賃料に比べ、継続賃料は安くなる傾向があります。

本コラムでは、経済合理性の側面だけで設定できる新規賃料を対象として解説を進めます。

3、アパート・マンション家賃設定の手法

さて本論です。家賃設定手法を実務に沿って具体的に解説していくために、ケーススタディを設定して適正家賃を考えます。

■想定マンション
ケーススタディで想定するマンションはマンション名「Mコーポ」で築後22年のRC造4階建、ワンルームタイプ(各戸賃貸面積26㎡)、総戸数11戸の個人オーナーが保有する築年からみて標準的設備・品等のマンションとします。駅距離はJR◯◯駅から8分です。その他の設定条件ならびにレントロール(家賃、敷金等の賃貸条件表)は下表の通りです。

▼Mコーポ概要

  • 所在
  • ***区○△1丁目1番1号

  • 種別
  • ワンルーム

  • 戸数
  • 11戸

  • 階数・構造
  • 4F・RC造

  • 延床面積
  • 330㎡

  • 賃貸面積
  • 286㎡

  • レンタブル比(賃貸面積÷延床面積)
  • 86.7%

  • 築後年数
  • 22年

  • 駅距離
  • JR◯◯駅8分

▼レントロール

Mコーポは、既契約分の現行賃料と空室4戸分の募集中の賃料があるわけですが、これらの賃料が周辺相場から見て適正賃料なのかを以下で検証します。

賃料の種類で書いたように既契約分を更新する時は継続賃料で、空室の募集賃料は新規賃料になるのですが、全戸について適正な新規賃料を査定することにします。不動産鑑定評価で新規賃料を査定するときは、①賃貸事例比較法、②積算法、③収益分析法の3手法を併用します。しかし不動産投資の実務では賃貸事例比較法を使うことが圧倒的に多いです。従って個人オーナーが自ら査定する家賃の手法としては、使用頻度が高く、実践的手法でもある賃貸事例比較法と近年、使用されることが増えてきた回帰分析による賃料査定手法を活用して適正家賃を求めることにします。

■賃貸事例比較法
 
賃貸事例比較法は、簡単に言うと対象物件の家賃を周辺の類似性の高いアパート・マンションの家賃と比較して求める手法です。不動産仲介業者の相場賃料、オーナーが競合物件やネットや賃貸情報誌の登録物件の募集賃料と比較して見当をつける賃料は意識するしないにかかわらず殆ど賃貸事例比較法で求めています。

「それなら手法として特に研究することはないかも」と思われそうですが、この手法は、使う人の経験や理解の程度によって求められる家賃が適正賃料から大きくブレることが多いのです。比較する諸要因を網羅的に全て把握し、そのウエイト付けなどを適正に行う、などのプロセスを精緻・理論的に行っている人は少ないのです。まずはプロ並みの賃貸事例比較法の使い方を勉強しましょう。

【選択する事例】

事例を選ぶときは対象物件と類似性の高い家賃事例を選択することが必要です。対象とする「Mコーポ」と類似性が高いためには、同じ駅の徒歩圏内で構造がRC、S造などの賃貸マンションで経年、設備、グレードなども似たようなワンルームを主体とする新規の成約賃料事例をできるだけ数多く採用することが望ましいです。

【基準階・階層別効用比率】

賃料を求めるとき基準階を決めることが重要です。基準階は、基準となる平面を持つ階層で1階はエントランス等があって狭く、上層階は形態規制等の関係でセットバックしていることがあるので3階を基準階とすることが多いようです。「Mコーポ」の家賃を求める階は基準階である3階とします。

また賃貸マンションでエレベーターがある場合は、上層階になるほど家賃が高いのが通常です。分譲マンションの販売価格も同様の傾向があります。1階を100として各階の賃貸面積当たりの経済価値割合を示した比率を階層別効用比率といいます。

対象物件の階層別効用比率を賃料単価比(敷金の月数が同じなので敷金運用益をみた実質賃料比率でみない)で見ると、

階層別効用比率を検討するときは、上表のようにエリアの標準的な数値と比較して対象物件の各階の賃料比率が適正かを検証することが必要です。さらに同一階層内での位置による価値の割合を示した比率を位置別効用比率もありますが、本件では考慮しません。

それでは選択基準に適った事例を「Nレジデンス」として「Mコーポ」の家賃を求めます(※実務では単独事例からでなく複数事例から求めます)。事例「Nレジデンス」と「Mコーポ」の家賃形成要因と算定した補修性率は下表とします。
 

【計算プロセス】
事例家賃から対象物件の家賃を求める多くの場合、

事例家賃×事情補正率×時点修正率×品等修正率

のような簡易式で求めています。

例えば事例の家賃が貸主の親戚が入居者であるため5%安く貸され、事例の契約時点が0.5年前で家賃が1年間で2%下落しているので時点修正率-1%。設備や築年など建物品等で事例が劣るので-10%を修正率として家賃を求めると、

事例家賃1,430円×1/(1-0.05)×(99)/100×(1-0.10)=1,341円

になります。上記簡易式では、すでに書いたように家賃形成の諸要因を網羅的に把握できません。事例は1階の家賃ですが対象物件の家賃は3階の家賃で、先に紹介した階層別効用比率が考慮されていません。またこの式では駅などの距離や住環境等による品等比較も考慮されていません。

この算定式の欠点は家賃形成に必要な比較項目で理論的に構成されていない直観式のため、家賃の算定の必要要因が抜け落ちやすいのです。賃貸事例比較法の算定式モデルと算定プロセスの補修性ならびに各形成要因は以下になります。

事例家賃単価×100/(  )(事情補正)×(  )/100(時点修正)×100/(  )(標準化補正)×100/(  )(建物格差修正)×100/(  )(地域格差)×100/(  )(基準階格差補正)=対象家賃単価

事例家賃から算定式モデルを使って適正家賃を求めます。

1,100円/㎡×100/(95)(事情補正)×(99)/100(時点修正)×100/(93.5)(標準化補正)×100/(90)(建物格差修正)×100/(95)(地域格差)×100/(100)(基準階格差補正)=1,430円/㎡

1,430円/㎡×26㎡=37,200円

賃貸事例比較法では、豊富な経験や知識がないと格差修正率の数値がどうしても主観的、恣意的になりがちです。例えば、ほかの属性は同一条件として「新築、築10年、築20年だと築年で家賃がどのように変動していくら下がるか?」、「木造アパートとRC造賃貸マンションでどれぐらい家賃差があるか?」「駅からの距離が5分違うと家賃はいくら変動するの?」などを数理的に論証することは困難でもあります。

このような悩みを解決してくれるのが回帰分析による家賃算定です。家賃(目的変数)とこれに影響を与える説明変数との間で回帰方程式と呼ばれる線形1次式をつくり、この式から目的変数である家賃の額が説明変数のデータ入力だけでオートマティックに算定できます。

■回帰分析

回帰方程式は目的変数である家賃と説明変数のデータ行列(流通市場の成約賃料や募集賃料のデータから現実の家賃と当該賃貸住宅の属性データが手に入るのでコレを利用する)にPCで回帰分析を実行すると一瞬で家賃を求める回帰式がでてきます。多変量解析の専門ソフトを使うのが一般的ですが、エクセルの「分析ツール」でも十分に解析可能です。

家賃に影響を与える説明変数というと難しくなりますが、要は「駅からの距離」、「賃貸面積」、「築年数」、「階数」、「建物構造」など家賃に影響を与えそうな諸要因です。

さてケーススタディに戻りますが、JR◯◯駅徒歩圏内のエリアから収集したワンルームタイプの賃料データを多量に採用、回帰分析して得られた家賃の算定式は下記になりました。

家賃(共益費込み)=-277.61×駅距離+782.52×賃貸面積+596.12×契約階+-587.91×経年+-3320.41×構造+31017.54

この算定式から駅までの距離が1分増加するごとに家賃が278円(-277.61)安くなり、築年が1年増えるごとに588円(-587.91)安くなるなどががわかります。

Mコーポのデータを回帰式に入れて家賃を計算すると、

家賃(共益費込み)=
-277.61×8+782.52×26+596.12×3
+-587.91×22+-3320.41×0+31017.54
=38,000円(1,460円/㎡)

になります。

回帰分析で求められた家賃算定式の精度もコンピュータで出力されます。

  • 決定係数
  • R2=0.7666

  • 自由度修正済み決定係数
  • R2’=0.7507

  • 重相関係数
  • R=0.8756

  • 自由度修正済み重相関係数
  • R’=0.8664

説明変数と重回帰方程式から得られる推定値との相関係数である重相関係数R=0.8756、重相関係数Rの2乗で回帰式の説明率となる決定係数R2(寄与率)=0.7666とともに1に近く、精度がかなり高いレベルにあります。重相関係数R、決定係数R2(寄与率)は、説明変数の個数が増えれるほど1に近くなるという欠陥がありますが、この欠陥を補う「自由度修正済み決定係数R2’=0.7507」と精度が高レベルです。つまり採用した説明変数の情報だけでいずれも75%以上説明ができるため当該回帰方程式は比較的あてはまりが良いといえます。

■Mコーポの適正家賃の決定

以上から、

  • 賃貸事例比較法
  • 37,200円(1,430円/㎡)

  • 回帰分析
  • 38,000円(1,460円/㎡)

の算定結果を得ました。平均値37,600円(1,446円/㎡)を3階の適正家賃とすると現行賃料35,000円は7%安く設定されているとなります。求められた適正家賃を各階に階層別効用比率で配分するとMコーポの適正家賃は下表になります。

▼Mコーポ適正家賃表

■実務は賃貸事例比較法と回帰分析を併用

賃貸事例比較法は、前にも書きましたが事例と比較する際の格差修正率など定量的な判断が個人差でブレやすく、その判断の正確性を客観的に検証するのが難しいという弱点があります。

一方、回帰分析による家賃査定は、家賃を説明変数から数理的に説明し、その精度も客観的に検証できるのですが使える説明変数が限られてしまうという側面があります。つまり説明変数は数が多ければ多いほど家賃予測の精度を高めることになりません。説明変数間の相関が高いと偏回帰係数の符号と相関係数の符号が合わない「多重共線性」という問題を発生させる場合があります。例えば説明変数「築年」が、回帰式で偏回帰係数がプラスになり、築後の経過年数が大きい老朽化物件ほど家賃が高く計算されるなどの矛盾を生じたりします。

さらに説明変数を選択するとき説明変数の危険度を表すP値が大きいものは除外したり、重相関決定係数や自由度調整済み決定係数の「あてはまりのよさ」を検証しながら説明変数を採用していきますので選択可能な説明変数の個数は限られてきます。

このような各手法の持つ特性や限界への理解を深めながら両手法を上手く併用することで適正賃料の把握ができるようになります。

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