2009年の不動産価格予測 / J-REIT
1、J-REITの商品設計と制度矛盾
本題に入る前にJ-REITの商品特性を確認しておこう。J-REITの事業メカニズムは、不動産の賃貸事業に特化した収益構造であり、投資家への分配金は当期利益が充てられ、その源泉は賃料収入である。賃貸借契約で期間と賃料が約定されるため、キャッシュフローのボラテリティは高くない。
またJ-REITは導管性要件を満たすために、生み出した利益の90%以上を分配することとされている。実際には各REITとも利益のほぼ100%を分配しているため、株式と比較すると高い分配金を生み出せる。しかし、反面、内部留保による新規投資は減価償却費相当額等に限定されるため、銀行への借入金返済原資は増資か物件売却の選択になるなど運営上の手枷足枷になってもいる。
以上の金融商品としての特性から、
- 安定的な高配当
- 専門家による運用
- 実物不動産投資にない高い流動性
- 少額投資が可能
が謳われ、ミドルリスク・ミドルリターンの比較的安全な国民的投資と位置づけられた。しかし現実には08年の東証リート指数は、1月4日の最高値1815.65と10月28日につけた最安値704.46間の騰落差は、1111.19ポイントの幅となり、株式を超えて暴落している。
マーケットが順調に拡大しているときは顕在化することがあまりなかったJ-REITの制度矛盾が07年以降の下落局面に入ってから噴き出してきた。その結果、上位リートと下位リートの二極化を招き、特に下位リートの破綻リスクがリスクプレミアムを異常に上昇させた。2月9日終値で20%を超える配当利回りの銘柄が実に7銘柄ある。
筆者のコラム「2009年の不動産価格予測 / 総論」ですでに指摘したJ-REITの制度矛盾を列挙する。
- J-REIT同士で合併する時、合併比率によって吸収される銘柄への割り当て投資口に端数が生じると、その処理を行う手段がない
- 会計・税務の乖離ができない配当要件式の矛盾。例えば物件が減損対象になった場合に税務上と会計上の利益が90%以上異なることになる。法人税の課税を回避する要件として税務上の利益を90%以上配当するという法律上の規定があるため会計上の利益で配当できない
- 外部運用形態のため、投資主と運用会社・スポンサーの間に利益相反問題を抱えている(US-REITは86年税法改正で内部運用型を導入している)
- J-REITは、導管制要件から利益の全てを投資家に配当し内部留保を持たないため銀行への借入金返済原資は増資か物件売却の選択になる。増資は投資口価格が下落しているため公募増資が困難で第三者割当増資を選択すると低価格で増資をした場合、希薄化を招き既存株主の利益を毀損する。物件売却は不動産価格が下落しており選択しにくい
- 国内外の金融機関、外人投資家に投資家層が隔たっている(制度矛盾というよりマーケット構造の問題)
以上のような制度矛盾が破綻リスク拡大、投資口価格の高いボラテリティ、運用ガバナンスへの不信感、配当機能不全を招いており、J-REITが謳う商品特性の自壊から市場が崩壊し、NAVからみて投資妙味を感じてもM&Aなど機動的に行われず低株価で放置されてしまう原因となっている。
2、崩壊した市場と修復へ向けての動き
さてここから本題に入ろう。09年のJ-REIT市場を予測する重要なファクターは、市場の下降局面で露呈してきた幾多の制度矛盾、不備をどこまで修復して本来の商品魅力が発揮できる市場の姿にオーバーホールできるかである。このまま放置すれば、J-REIT市場から投資家が逃げてしまうと危機感を持ったのか、昨年後半から本年に入り09年がJ-REIT回復元年になりそうな注目すべき政府の動きも出てきた。それは下記の3つである。
- 日本政策金融公庫の「危機対応円滑化業務」の低利融資枠を活用したJ-REITへの融資
- 国土交通省と金融庁によるJ-REIT再編の促進
- 日銀によるJ-REIT投資法人債等の適格担保化
■日本政策金融公庫の「危機対応円滑化業務」の低利融資枠を活用したJ-REITTへの融資
今回の支援では日本政策投資銀行を指定金融機関とし、財源は日本政策金融公庫の予算から、08年度1兆円、09年度1兆円、実施期間は10年3月まで行われるというものである。融資条件や金利条件等にもよるが、この融資が現実に実行され、J-REITのリファイナンスリスクが回避されるような政策効果が発揮できれば、J-REIT市場の修復・回復が期待される。
■J-REIT再編促進
優良物件を組成ポートフォリオで保有しながら、PBR<1の銘柄が市場に山積するなか、ここまで市場が放置しているのはJ-REITに内在する制度矛盾のため機動的なM&Aができないからだが、政府によるJ-REIT再編促進の動きがいよいよ具体性を帯びてきた。
産経新聞の記事から引用する。
国土交通省と金融庁は、金融危機で異常な安値が続く「Jリート(上場不動産投資信託)」について、投資家の信頼を回復するため、運用を行う投資法人同士の合併・再編を促す方針を固めた。国交省が発足させた有識者会議が10日にまとめる中間報告に再編促進を明記する。Jリートは平成13年に初登場し、現在は41のリートが上場している。当初は優良物件の組み入れで運用利回りが好調に推移し、人気を集めた。しかし、昨夏の米国発の金融危機以降、国内の不動産市況が急激に悪化し昨年10月には破綻に追い込まれるリートが出た。このため、両省庁では合併によって財務体質や信用力を高めることで、これ以上破綻するリートが増えることを防ぎ、投資家を保護したい考えだ。中間報告では、投資家保護が徹底できず、対象不動産の売却で市場縮小が懸念される「非上場化」や「清算」よりも、多額の資金が不要な「合併」を進めるべきだと指摘する。有識者会議は今年4月に最終報告書をまとめる予定で、国交省では「再編のためのガイドラインと位置づけたい」としている。
REIT市場では資産規模やスポンサーの信用力で見劣りする中小銘柄の価格下落が特に目立つ。行政処分を受けたり破綻したりするケースも相次いでいるので市場の再編を税制や法律上の制約を緩和して促進し、市場をてこ入れする狙いである。問題を抱える下位リートを淘汰して市場を浄化・効率化して上位リートを中心に市場を再編していく方向性と思われる。
さらにJ-REITの合併の障壁となっていた税制も09年度政府税制改正大綱で取り払われようとしている。特定目的会社等の課税の特例についての以下の見直しがそれだ。見直しの該当部分を引用する。
支払配当の額が配当可能所得の金額の90%相当額を超えていることとする要件を、支払配当の額が配当可能利益の額の90%相当額を超えていることとする。なお、負ののれんがある場合に、その発生事業年度において配当可能利益の額から控除する等所要の調整措置を講ずる。
買収・合併時に買収価格が対象企業の純資産額を下回った場合に逆のれん償却の税法上の負担の問題が生じていた。つまり吸収される側のJ-REITは、経営が厳しいのでディスカウントして買収されると想像できる。その結果、純資産÷投資口数を下回る評価で投資口の交換比率で決定されると、その差額は「負ののれん」として吸収側の利益として計上される。しかし当該利益は帳簿上の利益に過ぎない。
J-REITの導管性から法人税を回避するには「負ののれん」として吸収側に計上された利益を加えて分配金を配当しなければならない。すなわち帳簿上の利益である当該部分が買収側の持ち出しになる。当該利益部分を加えず手元の利益で分配すれば、利益の9割を満たさずに法人税を課税される可能性があった。09年度税制改正で負ののれん代を利益から控除できるようにしたので、合併時の法人税課税を回避することができるようになった。
■J-REIT投資法人債等の適格担保化
1月22日、日銀の金融政策決定会合で適格担保に、不動産法人債、不動産投資法人の振り出す手形、CP、証書貸付を加えた。投資法人債を保有する金融機関の資金繰りが改善するのでJ-REITへの融資姿勢も改善するという期待が高まった。しかし適格担保となる投資法人債に格付けAA以上という条件があるなどで恩恵を受けるJ-REITは限られる。
3、2009年J-REIT市場予測
冒頭に書いたが08年の東証リート指数は、1月4日の最高値1815.65と10月28日につけた最安値704.46間の騰落差は、1111.19ポイントの幅となり、株式を超えて暴落した。10月28日の年初来最安値後、実体経済の悪化に起因するオフィスビル需要の先行き懸念からオフィスビル系銘柄が値を落とし、10月28日の最安値近辺に張り付く場面もあったが、パシフイックHDの中国企業資本参加やビ・ライフ投資法人のスポンサーがモリモトから大和ハウス工業に交代などが市場に好感され月末で857まで回復した。12月に入って揉み合いながらも12月19日に932.27を付けた。
東証リート指数のチャートのトレンドを見れば、下値が底堅くなってきている。昨年後半からの上昇は、政府による不動産緊急対策などの期待感が市場の底上げを実現したともいえる。J-REIT投資法人債の適格担保化が報じられた1月22日に東証リート指数は6.06%(873.47 +49.90)の大幅上昇に至った。
とはいえ、相変わらず低空飛行が続いていることに変わりがないが幾条かの光明が射してきた。今後の展開は、J-REITを巡る政府の政策効果がどこまで上がるか次第といえる。特に、日本政策金融公庫の「危機対応円滑化業務」の低利融資枠を活用したJREITへの融資が行われ、投資法人のリファイナンスリスクを和らげるなら下位銘柄の底上げ効果が生まれると期待される。
またJ-REITの再編促進で実効性が高い政策が実行されると組成ポートフォリオの質は高いが、スポンサーリスクやリファイナンスリスクが高いため、高いリスクプレミアムというぺナルティを課され市場に放置されてきた高利回りの下位銘柄を選別しての上位リートの買収・合併が進む。銘柄の淘汰で市場の風景もかなり変貌するだろう。このような変貌を期待して高利回りの低位銘柄にハイリスク投資を行う投資家もいる。
J-REIT投資法人債等の適格担保化によるJ-REIT市場への効果は、投資法人債の要件が格付けAA以上と限定されており、もともとこのような高格付けのJ-REIT銘柄は資金調達力が高い。また投資法人債の適格担保化はJ-REITへの資金供給ではなく、投資法人債を保有する金融機関への資金供給と間接的なのでその実効性を疑問視する見方もある。つまり投資法人債の償還リスク低減や新規投資法人債発行市場への寄与はあまり期待できないというものだ。
また08年10月にニューシティが民事再生の手続きを申請したが、J-REITは倒産しないという暗黙知があっけなく崩れた衝撃は計り知れない。投資口価格が低迷して銀行がリファイナンスに応じないと突然デフォルトするという恐怖が市場を覆い尽くし、スポンサーのクレジットリスクや銀行のリファイナンスリスクが高い下位リートの壊滅的暴落を招いた。ニューシティの民事再生の今後の行方であるが、再生の選択肢として、
- スポンサー法人に吸収合併かスポンサーに第三者割当を行い申し立て法人を存続
- スポンサーに事業譲渡後、清算処理して債務弁済後の残余を投資主へ配分する
- 保有資産売却により、投資主価値の具現化を計り、債務弁済後の残余を投資主へ配分する
が考えられる。09年中にこの帰趨が決まるが、いずれにせよNCRはJ-REITで初めての民事再生のケースであるため、個人投資家、金融当局、国内外の機関投資家、銀行などが成り行きを固唾をのんで見守っている。強力なスポンサーが相次ぎ名乗りを上げて経営参画したり、物件売却がNCRに有利に運ぶならJ-REIT市場に蔓延しているネガティブセンチメントを払拭し、市場の浮揚に繋がると期待できる。
09年のJ-REIT市場を予測する上で欠かせないもう一つの視点が配当の原資である賃貸収入の事業環境の検討だ。空室率の上昇、賃料低下など賃貸市場の悪化が進んでいる。賃貸事業環境は09年にはさらに厳しさを増しそうだ。例えばオフィス系は企業業績や設備投資、オフィスワーカーの数と順相関の関係にあるが、設備投資の先行指標である内閣府が2月9日発表した08年12月の機械受注統計(季節調整値)によると、民間設備投資の先行指標となる「船舶・電力を除く民需」の受注額は前月比1.7%減の7,416億円だった。1987年7月以来、約21年半ぶりの水準に落ち込んだ。減少は3ヶ月連続。世界経済の深刻化で、企業が投資意欲を減らしていることが鮮明で内閣府は「大幅に減少している」という基調判断を続けた。
悪材料満載の中に景気反転の兆しもある。金融危機は各国協調しての果敢な金融対策でかなり改善が見られるようになってきた。リーマンショック直後に急上昇したロンドン銀行間(インターバンク)市場の3ヶ月物ドルLIBORと3ヶ月物米国債との利回り格差であるTEDスプレッドが、09年1月に入り100ベーシスポイント(bp)付近に縮小し、米リーマン・ブラザーズの経営破たん直前の昨年9月12日以来のタイトな水準となっている。
日本の鉱工業生産の先行指標である米国製造業のISMI指数が09年に入り製造業、非製造業ともに改善するなどポジティブな材料も出てきている。しかし、ロイターによると米労働省が発表した1月の雇用統計は、非農業部門雇用者数が59万8,000人減少。減少幅は1974年12月(60万2,000人減)以来34年ぶりの大きさとなった。市場予想は52万5,000人減だった。失業率は7.6%と前月から上昇し16年超ぶりの高水準。市場予想は7.5%だったが、非常に悪い数字だ。また米11月S&Pケース・シラー住宅価格指数は前年比-18.2%、前月比-2.2%。市場予想は前年比-18.35%だった。相変わらず金融危機震源の回復の道のりは遠い。
頼みの米国景気も実体経済の悪化から後退が長期化するという見方が多く、日本国内においても企業が設備投資や雇用に対して一段と慎重になっているので国内企業業績の回復は1早くても10年後半になると見られている。
実体経済悪化→企業業績低迷→設備投資、雇用の削減→企業・個人の賃料負担力低下という負の連鎖からJ-REIT市場が抜け出せないと、J-REITを巡る政策効果が仮に期待通りに発揮され、市場が底堅くなっても、そこから力強く上昇していくというシナリオは09年中は期待できない。
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