バブル崩壊のこの時期に賃貸住宅を買う思惑とは

08年に入って低迷を続けている不動産市況。といっても国内の大半の都市や地域では、長期にわたる地価下落がいまだに間断なく続いており、なにも今始まったことではないが、東京をはじめ大都市の投資適格地の不動産価格は、昨年までミニバブルと呼ばれるほどの活況を呈していた。ところが昨年夏のサブプライムローン問題で見事に暗転、今年9月のリーマンショックが追い討ちをかけ、10月以降の投資向け不動産価格の下落は、不動産恐慌とよばれるほど激烈なものになっている。

しかも今後もしばらくは不動産価格の調整局面は続くと見られている。というか09年はファンド等が05~06年の不動産価格が高騰し、先行きへの強気の読みが支配していた時期に仕込んだ高値買い物件の出口が集中すると見られている。ファンドが竣工後にデベロッパーから買うというフォワードコントラクト物件もファンドのファイナンスが付かず市場を彷徨い市場価格を下ブレさせるだろう。J-REITも投資口価格の急激な下落で増資がままならず、金融機関の融資厳格化でリファイナンスが危ぶまれ、これに投資法人債の償還など重なると09年に破綻する投資法人がさらに増加するのでは、といった観測が流れている。

最近の金融機関の融資の厳格化、不動産価格の下落という負の連鎖から投売り同然の売却が加速すると、国内景気の急速な減速と相俟って不動産価格はさらに急落するという見方が多い。

このような総悲観が蔓延するタイミングを不動産仕込みの絶好の買い場とみてレジデンシャル物件を積極的に購入している個人や、業者、法人がいる。なぜこの時期に買うのか、その思惑を紹介してみよう。

オフィス市況は、国内経済の下振れリスクが高まってきたため、東京都心部のAクラスビルも空室率や賃料の頭打ちから下落への兆候が仲介業者の調査等から見えてきた。企業が入居したくても業績悪化からこれまでのように気前よく高い賃料を払うことができなくなったからだ。企業業績が、①資源価格高騰、②円高、③需要減少(株安、個人消費低迷、世界経済減速)で大幅に下振れしているため、これまでの貸し手市場の強気相場が様変わりしている。

日経紙による09年3月期の上場企業の収益予測は前期比26%減。IMFの世界経済見通しでは、日米欧の09年GDP伸び率をマイナス成長に大幅下方修正された。円高と米・欧、新興国の経済減速が外需依存の日本経済の重しになってきた。オフィス需要は、企業の設備投資と相関が高く、オフィスワーカーの数と1人当たりのオフィス利用床面積の積で決定される。その設備投資では10月の工作機械受注額(速報値)が前年同月比40.4%減、またワーカー数に影響する有効求人倍率も悪化、09年春入社予定の大卒採用内定者は5年振りに減少した。

これまで好調な日本経済に支えられ堅調だったオフィスビルだが、企業業績悪化という需要サイドのリスクが高まってきたため、景気変動に影響されないレジデンシャルへの投資注目度が高まっている。しかし、少子高齢化、人口減少、単身者向け賃貸住宅の供給過剰などレジデンシャル物件への投資意欲を萎えさせる要因は数多くある。J-REITの投資口価格の暴落やレジ系投資法人の破綻に見るようにレジデンシャルの不動産市況は特に悪い。

要するにオフィス系不動産の今後の低迷が予測されるとはいえ、簡単にレジデンシャル系投資不動産に乗り換えられるような状況ではない。それでは、この状況下でもレジデンシャル系不動産を買う投資家は、どのような投資主体でその思惑や投資の勝算をどう計算しているのだろうか。

まず個人富裕層。銀行融資は、投資用のレジデンシャルには特に審査がシビアなため、キャッシュを潤沢に持っているか、銀行の信用が厚く、ファイナンスが容易に付く個人富裕層に限定される。個人で買える物件価格はMAX5億円、一般的には2億円までだ。この市況下で個人富裕層の価格目線は下がっており、エリアにもよるが新築でネットの取引利回り7%程度。好立地で収益が安定的に推移すると見込める物件だ。

個人富裕層の投資意欲は、価格調整局面を迎えたこの時期にも関わらず高い。例えば、個人投資家を対象とした不動産投資セミナーは盛況な所が多い。価格調整が進むこのタイミングは、千載一遇の物件仕込みの買い場という読みが彼らを不動産投資へ駆り立てている。しかし、投資基準に適う物件はなかなか出てきていないというのが現状のようだ。

ファンド等の投げ売りが09年にかけて市場に溢れてくると思われるが、ファンドの組成物件は価格ロットが大きく、個人投資家の購入可能な価格帯から外れると思われる。ファンドの場合、1物件当り価格の下限を20億円程度に設定するケースが多く、個人投資家の購入上限の2億円と乖離がある。ファンドスケールと個人投資家の上限値のはざ間にある10~20億円の物件の買い手が消えたといわれている。

となると個人投資家が購入できる対象は、同レベルの個人投資家の運用物件の売却が、当初の出口シナリオどおりに出てくるケースと、資金ショートや収益性の低下から損切りする場合や銀行の不良債権処理などになると考えられる。

次がエクイティが潤沢な海外投資家、本業の業績が好調な事業会社や大手不動産会社などの法人である。サブプライムローン問題で痛手を受けず、日本国内の不動産投資を政府系ファンド(SWF)を通して行ってきた中東オイルマネーは、海外での不動産投資に対してひと頃のような積極性が薄れ、海外投資から国内産業育成や公共投資へ軸足を移している。域内外の民間資金を集めるビジネスモデルで巨額の公共投資などを推進してきたが、世界的金融危機による流動性不足で金融機関が慎重になり、当初の想定どおりに資金が集まらないらしい。

これら法人に共通するスタンスは投資基準に適う不動産が出てくれば買うといった姿勢だ。価格高騰時のように焦って買う必要はない。市場のボトムをピンポイントで押さえて買いに出動することは難しい。このため、投資基準に適う物件が出れば買う、市場のボトムがその先になっても構わないという認識で、市場がボトムと感じたときは、すでに手遅れになるのが投資の宿命でもあるからだ。

東急不動産キャピタルマネジメントは、都心を主要エリアとする賃貸マンションを投資対象とした不動産私募ファンド「コンフォリア・レジデンシャル・ファンドⅢ」を08年7月に組成し、運用期間5年で運用開始した。物件追加型ファンドで、09年12月までに約370億円の資産規模を目指している。築浅で高品質な物件が投資ターゲットだが、市場に投資適格の物件が出回っていないので、東急不動産グループが投資適格物件を開発・建設してファンドを組成して運用する。市場に投資適格の既存物件がなければ開発してファンドに組み込むという手法だが、その背景は、競争力が高い優良物件なら需要も堅調で安定的なコア型不動産投資ができるだろうという読みだ。

実物不動産を購入せず、証券化物件の匿名組合出資や優先出資、ローン取得などを組み合わせてレジデンシャル物件へ不動産投資を行っているのが新生銀行だ。雑誌「リアルエステートマネジメントジャーナル」によれば、「新生銀行は、受動的不動産投資プログラムとしてB/S上に不動産への投資枠を作り、不動産投資部が中心となり不動産流動化スキームでのエクイティ部分へマイノリティ投資家としての投資を行う。これまで150件、資産規模約9,000億円の不動産に投資を行った。現在600億円を不動産投資枠で設定し、積極的に不動産投資を行っている。現在のオフィスビルマーケットは賃料・空室率のリスクが高いので、積極的な投資を行わず、レジデンシャル系物件へ投資を傾注する方向。この時期での賃貸住宅投資のメリットとして賃貸住宅のキャッシュフローは極めてスティプルで、小口テナントによるキャッシュフローの集合体であるため大数の法則が働くなどの面を評価している。」

いま、繰り広げられている投資向け不動産の恐慌は、サブプライムローン問題に端を発した金融収縮からもたらされたもので賃料下落や空室率増加が危険水域に入ったことによるファンダメンタルズの悪化ではないため、いずれ金融危機の収束で回復するし、価格調整局面のこのタイミングは、絶好の買い場という認識を個人投資家、不動産会社などを問わずに持っている。

さらにここにきて資源価格の高騰が落ち着き、インフレ懸念が後退している反面、世界経済の同時減速が強まっているため、日本をはじめ各国の政策金利は低下傾向で、特に日本の不動産投資利回りと長期金利とのスプレッドは再び拡大している。今後、金融収縮が収まり世界経済が回復軌道に乗れば日本の国内不動産の投資価値は再び世界の注目を集めるだろうという期待もある。

建築基準法改正による建築着工減少、建築費高騰、日本国内におきた不動産市況低迷は、賃貸住宅の新規供給を抑制し、やがて築浅物件の品薄感が出てくると、厳格な投資基準で築浅の賃貸住宅を仕込んだ投資家の努力にプレミアが付くというシナリオも描ける。

また分譲マンションの販売低迷は、販売価格と購入者の購入可能限度額との乖離からもたらされたが、この買えない層が賃貸住宅の予備軍となってストックされており、分譲マンション仕様の築浅ファミリーの需要を上昇させるとすれば、賃貸住宅投資の追い風ともいえる。

ここからは筆者の私見であるが、キャッシュフローが景気に左右されずに安定的ということは、逆に言えば賃料水準に関しては狭いレンジで動き、好況時に賃料上昇が期待できないといえる。さらに実態経済の悪化が09年にかけて深刻化するため、個人の雇用削減、給与所得の減少が進むと、入居希望者の賃料負担力が低下する。特に高品等、高級を売り物とする賃貸住宅のキャッシュフローへの影響が懸念される。

世界的に見て不動産投資のリターンは、投資時期を問わず概ね4~7%の範囲内に収斂する。キャピタルゲインの大きさは、市況の下降・上昇で決定されるのだが、レジデンシャル投資の市況が回復しても、05年~07年頃のようなキャピタルゲインの実現は難しいのではないだろうか。過剰流動性、世界経済の拡大、先進国の不動産価格同時上昇、円安、ハイレバ投資が同時にセットされた幸運な時代の再来は、今後、望み薄だからだ。レジデンシャル投資に内在する問題点も多い。

賃貸住宅の金融商品化の流れに比例して経年による陳腐化が激しく、競争力低下が顕著に起きるようになった。投資商品として長期保有するには、相応のリニューアルコストがかかる。単身者向け1Rの供給過剰感も強い(1Rの過剰感からファミリータイプへ主力を移行しているファンドもある)。

投資適格地を有する東京、大阪をはじめ各政令都市によって人口・世帯数の動向と賃貸住宅の供給数が異なるため、供給過剰感は、事情が違う。東京は世帯数・人口動向に基づく借家需要と既存ストック・新規着工・滅失数からみた供給量の乖離が他都市と比べ少ないが、他の地方都市では需要に比べ供給過剰感が強い。供給過剰を測るには空室率・賃料の変動調査が有効だが、現状では、各エリアを網羅する信頼できる統計資料がない。供給過剰感が国内の賃貸住宅投資の重しになっているのだが、信頼度が高い客観的な資料がないため、投資リスクを高めている。この方面の資料整備が待たれる。

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