筆界特定制度 前編
筆界特定制度は、いままで裁判所の境界確定訴訟などの手続きで約2年程度かかつていた境界紛争の解決が、案件にもよるが6ヶ月程度と迅速に解決するために創設された。土地の筆界(境界)に関する紛争について、筆界特定登記官が、土地の所有権の登記名義人等の申請により、申請人等に意見及び資料を提出する機会を与えた上、外部専門家である筆界調査委員の意見を踏まえて、筆界の現地における位置を特定する制度である。不動産登記法等の一部を改正する法律により創設され、06年1月20日に施行された。
筆界特定制度は、行政型(法務局型)の裁判外紛争解決制度(ADR)であるが、当該制度ができたことにより土地境界の紛争解決手段は、3つに広がった。
- 行政型(法務局型)のADRである筆界特定制度
- 調停により当事者間の自主的解決を支援する民間型(土地家屋調査士会型)ADR
- 筆界(境界)確定訴訟
この筆界特定制度は、土地境界に紛争が発生したときに、時間と費用の負担が大きい筆界(境界)確定訴訟を選択せずに筆界を迅速に確定することができるという効用があるのだが、境界確定訴訟と違い当事者を拘束する法的拘束力はない。
筆界特定の結果に不服がある者は、裁判所に境界確定訴訟を提起できるし、境界確定訴訟の判決が確定すれば、当該判決と抵触する範囲において筆界特定の効力を失う。とはいえ筆界特定結果や筆界特定手続記録は、裁判所も重要証拠資料として重視すると考えられる(筆界特定と確定判決との関係については後述する)。
当事者間の境界紛争解決手段となるという以外に、地積更正登記、分筆登記で、関係者が境界の立会に来ないとか筆界確認書に署名押印しないとかでこれらの登記ができない場合に、当該制度を活用するという使い方もある。
それではこの制度を紹介する前に「筆界」の意味を定義しておこう。
■筆界とは
以下は筆者のコラム「不動産売買と土地境界確認」からの引用。
筆界は、一筆の土地とこれと隣接する他の土地との境のことで公法上の境界ともいう。筆界は法律によって区分され、その一筆毎に地番が付けられている。公法上の境界で登記に反映された筆界は、客観的に決まっており、不変のものだから隣接土地所有者どうしの合意があったとしても勝手に変更することはできない。
不動産登記法第123条第1号で筆界を「表題登記がある一筆の土地とこれに隣接する他の土地との間において、当該一筆の土地が登記された時にその境を構成するものとされた2以上点およびこれらを結ぶ直線をいう」と定め、事務取り扱い通達で「”当該一筆の土地が登記された時”とは、分筆または合筆がなされた土地については、最後の分筆または合筆がされた時をいい、分筆または合筆の登記がされてない土地については、当該土地が登記簿に最初に記録された時をいう」と規定している。
ちょっと解りにくい規定だが、具体的には、境界実務研究会編「筆界特定制度ガイドブック」は、筆界を
- 地租改正時に国家が定めた原始筆界
- 区画整理、土地改良、耕地整理等による再編成筆界
- 分筆による後発的創設筆界
に整理・分類する。「分筆または合筆で発生した筆界」を再編・創設された筆界と捉えると上記の2、3で「分筆または合筆の登記がされてない土地の筆界」については、上記の1の原始筆界が該当する。
一方、「所有権界」とは、隣接の所有者間の合意等(売買または時効取得等)によって定められた所有権の境をいう。筆界と所有権界は、明治期に行われた地租改正作業まで遡れば1筆ごとに所有者を特定し、納税義務を課したのだから一致しているはずだが、一筆の土地の一部について所有権を処分したり、取得時効が成立することが認められるため、両者は現実には一致するとは限らない。
上記のように筆界特定制度の目的は、公法上の境界である筆界を決めるもので、所有権界・占有界を定めるものではない。したがって筆界特定申請の目的が、所有権界・占有界を定めるものと申請情報のなかの「申請の趣旨」で判断されたときは却下事由になる。
以上、筆界の定義、さらに所有権界との違いを紹介したところで、本題の筆界特定制度の紹介に入る。まず、筆界特定の申請要件として筆界特定を「申請できる者」、ならびに特定の客体である「対象土地」、「関係土地」の関係、さらに過去の確定判決などが存在するときの筆界特定制度の扱いに言及する。
1、筆界特定申請要件
■筆界特定を申請できる者
●土地の所有権登記名義人等
- 所有権のある一筆の土地の所有権登記名義人、相続人、その他一般承継人。共有名義の場合は共有者の1人から申請できる
- 表題登記があるが、所有権登記がされていない場合、表題部所有者、相続人、その他一般承継人
- 表題登記もない場合は真実の所有者。この場合、所有権を証する情報が求められる(例えば公有水面埋立法22条竣工認可証、官公署の証明書その他所有権を推認できる書面など)
- 所有権仮登記名義人は「所有権登記名義人等」に含まれない
●1筆の土地の一部の所有権を取得した者、例えば1筆の土地の一部の所有権を取得して分筆登記をするような場合は、筆界特定を申請できる。
●国や地方公共団体も当事者適格を有し、申請人になれる。
■筆界特定の対象土地と関係土地
対象土地の要件は、筆界特定の対象となる筆界で相互に隣接する一筆の土地及び他の土地を指すので常に2つの土地より構成される。いずれか一方の土地は必ず表題登記のある一筆でなければならない。関係土地は、対象土地以外の土地で、筆界特定の対象となる筆界上の点を含む他の筆界で対象土地の一方または双方と接するものをいう。
対象土地に加えて関係土地が定義されるのは、対象土地以外の土地であっても、その筆界が筆界特定の対象となる点を含むような土地については、筆界特定で当該土地の筆界が事実上影響を受ける可能性があるため、関係土地の所有権登記名義人等に対して、筆界特定の申請がされたときの通知や意見聴取等期日において意見を聴くといった手続保障がなされるためである。
対象土地と関係土地の関係を図解して説明する。下図で、CD間の筆界特定申請がC地またはD地の所有者からあった場合において、対象土地はC地、D地になる。また、CD間の筆界線上の1点であるP点のみで接するA地およびB地は、関係土地となる。A、B地はCD間の筆界線上の1点であるP点のみで接するが、その点を含む筆界が特定することで、A、B地の境界に事実上の影響が及ぶからである。
(福岡法務局・名古屋法務局登記実務研究会編「Q&A 地図整備と表示登記」より引用)
■過去の確定判決や過去の筆界特定がなされていたときの扱い
【筆界確定訴訟の判決が確定している場合】
筆界特定申請時にすでに筆界確定訴訟の判決が確定している場合は、当該申請は法132条1項6号で却下される。優先されるべき確定した筆界確定訴訟の判決があるかについては、申請人や関係者に確認することになろうが、誰からも確定判決があるという情報提供がなく、確定判決の存否が不明な場合は、過去の全ての筆界確定訴訟を調べてないことを証明するのは、現実には不可能と考えられるので、実務の取り扱いでは確定判決が存在することが明らかにならない限り、確定判決がないものとして手続きを進めて差し支えない(施行通達33)。手続きを進める過程で確定判決の存在が判明したときはその時点で申請は却下されると考えられる(月刊登記情報)。
【筆界確定訴訟が係属中の場合】
境界確定訴訟の係属中においても、判決が確定していないときは本制度の利用ができることとされ、裁判所が筆界特定手続の記録の送付嘱託ができる旨規定されている(法第147条)。この場合は筆界確定訴訟と筆界特定手続きが同時並行して進行することになるが、筆界確定訴訟が先行して、判決が確定した場合は、筆界特定申請は却下される。
【過去に筆界特定がされている場合】
申請対象地が既に筆界特定がされているときは、原則として却下事由となるが、対象土地についてさらに筆界特定をする特段の必要があると認められる場合には、却下せずに手続きを進めることになる。特段の必要がある場合とは、先行する筆界特定の過程で判断の正当性を歪めるような手続き上の瑕疵があつたような場合で、施行通達64の例示では、
- 除籍事由がある筆界特定登記官または筆界調査委員が筆界特定の手続きに関与したこと
- 申請人が申請の権限を有していなかったこと
- 刑事上罰すべき他人の行為により意見の提出を妨げられたこと
- 代理人が代理行為を行うのに必要な授権を欠いたこと
- 筆界特定の資料となった文書その他の物件が偽造または変造されたものであったこと
- 申請人、関係人または参考人の虚偽の陳述が筆界特定の資料となったこと
がある。
次回は筆界特定の手続き、事実の調査等に言及。
■次回記事
筆界特定制度 後編