不動産売買と土地境界確認
不動産売買で、境界を巡る取り扱いは厄介な問題である。売買の対象となる土地の大半は、境界に問題もなく、板塀やブロック塀などで区画されたラインを隣地との境界として平穏に経過していることが多い。しかし、その土地が境界紛争があったり、境界確定訴訟が継続中であっても、第三者は登記簿等によってそれを知ることができないから、売主はその事実を隠して土地を売ってしまい、買主が不測の損害を被るおそれがある。また今までは争いもなく平穏に経過していても、隣の住人が変わると境界を巡る争いがいつ勃発するか解らない。
そこで、売買当事者としては、後腐れがないように売主が、隣接地権者全員に境界を立ち会ってもらって、お互いに確認し、確定測量して、確認後の境界で関係地権者の筆界確認書(実印押印)を取ることにする。公道などと境界を画する時は官民境界査定も必要になる。この手順を経ておけば、公簿数量と確定測量の結果、地積に増減があっても地積更正登記が可能となる。しかし官民境界査定は、時間も費用もかかるので民民間の境界立会いだけで済ますことも取引実務で多い。
以上のプロセスは、下手すると争いがなかったところに新たな紛争の火種を生じることになりかねない。古今東西を問わず土地境界というものは、お隣同士は相当ナーバスになるものである。そして隣地との境界紛争は一旦、発生すると深刻な事態となり、殺人事件も過去に起きているほどだ。境界紛争解決は時間もかかる。隣同士が長期間、争ったまま神経を尖らせて生活するのは普通の神経では耐えられない。
買主としては、公簿取引(登記数量を前提としての取引)でも、売主が「ここが隣地境界ですよ」として示す板塀やブロック塀、境界標、杭などを隣地所有者が同意しているかを最低限、確認しなければならない。また売主が提示する実測図面も隣地の立会いや承諾を得てなされた結果、作成された図面であるかの確認も必要である。
実測図もなく境界が不明な時は、境界を判断する資料として、
- 法14条地図、旧台帳附属地図(公図)
- 地積測量図
- 住宅地図と地形図
- 各隣接地の売買契約書や公図、実測図、分筆図面等
- 境界標識(境界石、境界杭)の状況
- 区役所や市役所の建築課・都市計画課等が保管する道路地図、道路指定図面
などを検証する(具体的な検討のやり方は後述)。
今回のコラムでは、土地境界の基本的概念や不動産取引・調査にあたっての境界確認に役立つ各種資料について言及する。
1、筆界と所有権界の違い
通常、隣接地との境は「境界」といわれているが、土地境界には、
- 筆界
- 所有権界
がある。筆界と所有権界は、全く違う概念でこの違いを理解してないと「境界を確認・確定する」という具体的な意味が解らなくなる。
筆界は、一筆の土地とこれと隣接する他の土地との境のことで公法上の境界ともいう。筆界は法律によって区分され、その一筆毎に地番が付けられている。公法上の境界で登記に反映された筆界は、客観的に決まっており、不変のものだから隣接土地所有者どうしの合意があったとしても勝手に変更することはできない。
不動産登記法第123条第1号で筆界を「表題登記がある一筆の土地とこれに隣接する他の土地との間において、当該一筆の土地が登記された時にその境を構成するものとされた2以上点およびこれらを結ぶ直線をいう」と定め、事務取り扱い通達で「当該一筆の土地が登記された時とは、分筆または合筆がなされた土地については、最後の分筆または合筆がされた時をいい、分筆または合筆の登記がされてない土地については、当該土地が登記簿に最初に記録された時をいう」と規定している。
ちょっと解りにくい規定だが、具体的には、境界実務研究会編「筆界特定制度ガイドブック」は、筆界を
- 地租改正時に国家が定めた原始筆界
- 区画整理、土地改良、耕地整理等による再編成筆界
- 分筆による後発的創設筆界
に整理・分類する。「分筆または合筆で発生した筆界」を再編・創設された筆界と捉えると上記の2、3で、「分筆または合筆の登記がされてない土地の筆界」については、上記の1の原始筆界が該当する。
一方、「所有権界」とは、隣接の所有者間の合意等(売買または時効取得等)によって定められた所有権の境をいう。筆界と所有権界は、明治期に行われた地租改正作業まで遡れば一筆ごとに所有者を特定し、納税義務を課したのだから一致しているはずだが、一筆の土地の一部について所有権を処分したり、取得時効が成立することが認められるため、両者は現実には一致するとは限らない。
例示で考えると筆界と所有権界の違いが解りやすい。福岡法務局・名古屋法務局登記実務研究会編「Q&A地図整備と表示登記」を引用して筆界と所有権界の違いを説明する。
【筆界と所有権界が異なる場合の関係図】
甲が乙地の一部であるA地を時効取得したことにより、甲地の所有権界がその筆界よりも乙地に食い込んでいる場合の例
例えば、上図のように筆界と所有権界が異なる場合で、甲が乙地の一部であるA地について時効取得したとする。この場合、甲は、いきなり甲・乙両地地積更正登記や地図訂正の手続きで筆界を所有権界に移動、一致させることはできない。
筆界を所有権界に一致させるには、
- 甲が時効取得したA地について分筆登記
- A地につき乙から甲への時効取得を原因とする所有権移転
- 甲が甲地とA地の合筆登記する
の手順を取る必要がある。
以下、本稿でいう土地境界とは筆界のことを指すことをお断りしておく。土地の境界である筆界の特定や、筆界を巡る紛争は、これまで裁判による解決法しかなく、裁判での解決には長期間を要していたが、裁判を経ずに迅速に筆界を特定することを目的に改正不動産登記法が05年4月6日に成立し、「筆界特定制度」が誕生した。筆界特定制度については、次回コラムで詳細に述べる。
筆界特定制度の出現でいわゆる境界紛争の解決手段は、以下に整理されることになった。
▼筆界特定と境界(筆界)確定訴訟などの対比一覧
出典:境界実務研究会編「筆界特定制度ガイドブック」
筆界と所有権界の違いが解ったところで土地境界(筆界)を確認するための資料と「当該資料から何が解るのか」や留意すべき「資料としての限界」などに言及する。
2、境界確認資料
■法14条地図、地図に準ずる図面(旧土地台帳附属地図等)
法務局の字図とか公図と一般に呼ばれている地図は、現地復元力と呼ばれる地図の精度等により「不動産登記法14条1項地図」と「地図に準ずる図面」に大別される。
- 法14条1項地図
- 地図に準ずる図面
- 土地台帳附属地図(公図:地押調査図、更正図、字図、字図切図)
- 14条1項地図に指定されていない国土調査による地籍図、土地区画整理法による土地所在図
- 旧耕地整理事業等による整理確定図
- 旧都市計画法(大正8年)により施行された土地区画整理事業、工業団地造成事業、新住宅市街地開発事業による土地所在図
- 旧都市計画法(大正12年)に基づき実施された震災復興土地区画整理事業で整備された図面(震災復興図)
- 新都市計画法(昭和21年)に基づき実施された戦災復興土地区画整理事業で整備された図面(戦災復興図)
法14条1項地図は、国家基準点や公共基準点を基礎として、各土地の筆界点を測量しているため、登記された各筆の位置・区画を特定でき、筆界が何らかの理由で解らなくなっても、筆界を当該地図から復元できるものである。これを現地復元能力というが、境界を確認・確定するためには、重要な概念である。
解りやすくいうと、不動産取引の対象地の境界標などが、何らかの理由で不明になっても、国家基準点や公共基準点という恒久的なポイントから当該地までの距離や角度が地図で測定されているので、その位置や区画範囲を特定できるということである。14条地図は、後述する国土調査の地籍図や土地家屋調査士が作成する地積測量と並んで、測量のほとんどがトータルステーションを用いた測量か、GPS測量で行われており、測量精度が高い。
地図に準ずる図面とは、法14条1項地図が法務局に備え付けられるまでの間、法務局に備付けられることになっている図面のことである。地図に準ずる図面は、現地復元能力はなく、土地の位置や区画を正確に特定できず、現地と符合しないことがある。地図に準ずる図面の代表的なものは、登記所備付地図の半数を占める土地台帳附属地図で、俗に公図と呼ばれている。法務局の公図は、面積や、距離が必ずしも正確ではないが、土地の形、道路との位置関係、隣地との相対位置を把握する参考となる。
公図は明治6年から14年までの間に行われた地租改正事業により作成された改租図を基に作成された地押調査図、更正図、字限図などが主となっている。
地押調査図は、平板測量と同様の手法でおこなわれているが、図根測量が行われておらず、山林、原野は歩測等で行われているケースもあり、測量の精度が低い。また切り図と切り図を接合しているので集合・合成されたものと部分のズレが発生するという問題や、そもそも作図が課税目的で行われたため、面積を過少申告するというベクトルが働き、測量の正確性を担保できない背景もあった。
このように測量精度が低い公図ではあるが、現地と登記簿を関連させ、土地の位置・形状を知ることができる大まかなる公的図面なので土地登記簿とあいまって、その土地を特定する機能を有する。例えば原始筆界を特定する場合は、有力な資料となる。しかし裁判では、隣接地との位置関係や筆界が直線か曲線かなどについてはある程度は信頼性があるものの、地積、距離、角度等の定量的な面に関しては証明力はないという評価である。
現行不動産登記法上の法的効力があるとはいえ、その証明力(土地を現地に指示する証明力)は、結局地図としての精度によるものであるから、事実上のもの(証明力)にすぎず、位置関係や地積、筆界を確定する形成的効力や公示力を有しているものではない。
従って、公図の境界が不明であるときは、筆界特定制度や境界確定訴訟を提起し、その公図が間違っているかどうかが判断されることになる。
整理確定図は、旧耕地整理法(明治32年)や耕地整理法(明治42年)に基づき実施された耕地整理事業による確定図であり、換地処分によって創設的に形成された土地の位置・区画を特定する唯一の基礎資料となる(昭和24年に耕地整理法廃止)。登記簿の旧表題部に「右区画整理ニヨリ登記ス整理確定番号第何号」と登記され、その確定図は地図に準ずる図面として登記所に備え付けられている(筆界特定制度一問一答と事例解説より引用)。
震災復興図は、旧特別都市計画法(大正12年)に基づき実施された震災復興土地区画整理事業による換地確定図で、換地処分によって創設的に形成された筆界を特定する。また戦災復興図は、新特別都市計画法(昭和21年)に基づき実施された戦災復興土地区画整理事業による換地確定図で、換地処分によって創設的に形成された筆界を特定する基礎資料となる。
■地積測量図
地積測量図は、土地の表題登記、地積変更、地積更正登記、分筆登記、地図または地図に準ずる図面等訂正の申請をする時に登記所へ提出され、登記後は登記所に備え付けられる。
地積測量図は一筆の土地ごとに作成される。適正な立会人により境界確認作業が行われ、境界標を埋設し、何らかの事情で境界標が不明になったとしても現地復元ができる手当てがなされるといったプロセスを経て作成される。境界標は、①材質が石、コンクリート、合成樹脂または不銹鉄等の耐久性があって永続性を有するもの、②埋設状況、埋設方法も容易に移動できない不動性がある、などが求められる。
地積測量図は、法14条地図と同等かそれ以上の現地特定能力を持つ実測図面ということになっている。しかし後述するが作成された年次によって測量精度や特定能力にバラツキがあるため、過信は禁物である。
地積測量図に記載される事項として、
- 地番区域の名称
- 方位
- 縮尺(原則として250分の1)
- 地番
- 地積及び求積方法
- 筆界点間の距離
- 基本三角点等に基づく測量の成果による筆界点の座標値
- 境界標があるときは境界標の表示
がある。
法14条地図に備わる「現地復元能力」は、地積測量図にも求められる。例えば分筆登記申請のため地積測量図を作成するとき、平成5年の不動産登記法改正で付近に基本三角点がない等のときは、近傍の恒久的な地物(恒久性のある鉄塔、橋梁など)に基づく測量成果の筆界点の座標値を記載しなければならなくなった。当該土地の筆界点と近傍の恒久的地物との間の距離と角度を表にした「引照点表」を記載するようになっている。この記載があるため、先で筆界点が不明になっても筆界点を復元することが可能で、対象地の位置関係を明示できることになる。
【作成時期で異なる精度】
●昭和30年代後半~昭和53年頃
昭和35年の不動産登記法の一部を改正する法律に基づく表示に関する登記制度創設で新たな表題登記や地積の変動を生じる場合、地積測量図の添付が義務付けられた。この時期に作成された地積測量図は、表示の登記が発足後、間がなく地積測量図の重要性の認識が関係者間でも十分でなかったため、精度が低いものが多い。
地積測量図に境界標を表示するように義務付けた昭和52年10月1日施行の不動産登記法施行細則改正前以前の地積測量図はどこを基準としたか明確でないものもある。また「現地の測量をしないまま公図上に分割線を引き、スケール読みの三斜求積により作成されたものも少なくなく、求積部分は測量されていても境界立会がなされていないものがある。したがって現地と一致しないものもあれば、同一人が作成したにもかかわらず、隣接地測量の辺長と一致しないものや、関連する地積測量図辺長が全部相違するものもある」(筆界特定制度一問一答と事例解説より引用)。
●昭和53年頃~平成5年頃
昭和52年10月1日施行の不動産登記法施行細則改正で地積測量図はどこを基準としたか、設置、確認した境界標があれば地積測量図に明示するようになったが、近傍の恒久的な地物との位置関係の表示まで義務付けてなかったので現地復元力が十分でなかった。分筆時の残地部分が測量されていないものもある。
●平成5年以降
平成5年の不動産登記法改正で付近に基本三角点がない等のときは、近傍の恒久的な地物(恒久性のある鉄塔、橋梁など)に基づく測量成果の筆界点の座標値を記載しなければならなくなったため、現地復元力が強化された。永久境界標の埋設が法制化され、境界立会・確認の厳密化も進んだ。
●現行法の地積測量図
05年に改正不動産登記法の施行にともない関連する政省令等が改正され、この中で、旧不動産登記法事務取扱手続準則第123条のただし書きがなくなり、分筆登記における「残地」も求積することを不動産登記事務取扱手続準則第72条が定めた。
つまり、土地の分筆登記を行う場合、分筆後の全ての土地(筆)に対して、境界確定および求積を行わなければならなくなった。ただ山林など広大な土地の一部を分筆する場合など、その全体の境界を明確にするのはそれに費やす費用や時間からみて困難だし現実的でないこともある。このような「特別の事情がある場合」は法務局と相談の上、分筆する部分のみを測量し、残地部分は公図等を参照して作成した地積測量図を提出することにより、分筆を受理されることもある。分筆後の残地について地積測量図の精度が高まった。
また地積測量図の作成に当たっては、原則として基本三角点等に基づく測量の成果による筆界点測量が求められた。つまり地積および求積方法は、座標値を記載し、当該座標値を利用した面積計算を行うようになったため、現地特定能力が一層強化された。
■区役所や市役所の建築課・都市計画課等が保管する道路地図、道路指定図面
区役所や市役所の建築課・都市計画課等が保管する道路地図、道路指定図面は、作成の目的が道路の確定などであるため直接の根拠にはならないが、それらの図面を基礎にして、隣接土地所有者の道路確定の際の立会人の説明、立会事実などが判明する可能性がある。
■現地検分
現地で筆界を確認するには、上記の各資料で現地を精査することになる。当該資料で筆界が判明しなければ、対象地上の有体物で見当をつけていく。現地検分では境界標がない場合、工作物、建物状況把握をする。特に塀は重要で、もし塀の所有権に問題があるとしても、塀が境界と言う推定がある程度はされる。また家の建築の際、隣家に侵入していれば、その際、何らかの紛争なり承諾が存在すると推定されるため、現状優先という見解から家の外壁、雨だれの落ち方、雨どいの形状など隣地との相対位置で検分する必要がある。
■航空写真
筆界確認・特定で、現地の占有状況の調査は重要である。必要に応じて時系列で占有状況を把握するために日本地図センターなどの航空写真を利用する。
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