湾岸オイルマネーの日本不動産投資 後編
前編で政府系ファンドの資金源による形態、スキーム、投資目的を書いた。引き続き後編で政府系ファンドの投資戦略、イスラム金融、オイルマネーの日本国内への不動産投資について言及する。
1、政府系ファンド(SWF)の投資戦略
政府系ファンドの投資戦略を語る前に、政府系ファンドに共通する特性を押さえておこう。SWFの運用原資は取得外貨であり、石油などの資源の売却対価が主要なものであり運用原資とリンクされた債務がないため投資リスクの許容度が高く、長期の運用が可能である。このような特性からSWFの投資戦略としては2つに大別できる。
- ポートフォリオ投資系
株式、債券、不動産などに国際分散投資をして、純粋にリターンを追及する
- ステークホルダー系
個別企業株に投資し、経営権まで手に入れたり、大株主として経営に口を挟んだり、企業買収まで行う
ポートフォリオ投資系は、国際分散投資を行い、純粋にリターンのみを追及するものであるが、ステークホルダー系は、原油価格の乱高下による収入の不安定さや、将来の石油等の枯渇に備えるため、自国の経済を多角化して産業育成するための戦略的な観点から個別企業を選別して投資する点が異なる。
以上、政府系ファンドの全体像を資金源による形態、スキーム、投資目的、投資戦略の順に見てきた。下表に湾岸諸国の主な政府系ファンド(SWF)をまとめた。
▼湾岸諸国の主なSWF
出典:(財)国際金融情報センター
2、イスラム金融
オイルマネーの日本国内への対外投資を考える上でイスラム金融の理解が欠かせない。中東諸国の主要な宗教であるイスラム教は、政教不分離で政治から経済まで影響を及ぼし、国の最高法規である憲法より上位に位置する。具体的にはイスラム教の行動規範で法律でもあるシャーリアがムスリムの現実の日常生活に密着して幅広く日常行動を規制している。そしてシャーリアに適った金融取引がイスラム金融である。この意味でイスラム金融はシャーリア適格金融とも呼ばれる。
近年の原油高騰で中東湾岸諸国は好景気で沸騰しており、イスラム金融市場が急速に拡大している。さらに現在15億人の人口を有するイスラム教徒は、人口増加率が高く、2030年代に世界の人口に占める割合が3分の1になると予測されている。イスラム金融の国際金融市場におけるプレゼンスが急速に高まっており、非イスラム教徒の国においてもオイルマネーの国内還流の期待の高まりから、異教徒の金融取引としてイスラム金融を無視することができない、というより自国内にオイルマネーの還流を積極的に図り、金融ビジネスを拡大をしていくうえでイスラム金融の基本的な理解が必須なのだ。
イスラム金融を実務サイドで見るとイスラム金融を提供する銀行がイスラム銀行である。イスラム銀行は、
- 国内の銀行は、全てイスラム銀行とし、一般銀行を認めない「イスラム銀行単一システム」
- 国内にイスラム銀行と一般銀行の並存を認める「一般銀行・イスラム銀行併存システム」
に大別される。イスラム銀行単一システムを採用する国にはイラン、スーダンがあるが少数派である。一般銀行・イスラム銀行併存システムを採用する国には中東湾岸諸国、マレーシアがある。併存システムのイスラム銀行は、イスラム金融だけを提供する「イスラム専業銀行」と一般銀行が行内にイスラム金融サービスを提供をする部門を作る「イスラミック・ウィンドウ」に分類される。
シャーリア適格銀行がイスラム銀行だが、例えば、シャーリアでは①金銭の使用で利息を課すこと②投機的行為③豚肉、酒類、タバコ、武器、ポルノの使用・取引は全て許されない。イスラム世界では、国内はもとより対外投資を行う外国においても金利を取る貸し金業は営めないし、豚肉や酒類を販売する小売店をテナントとする不動産投資物件を扱えないということになる。ある金融商品が、シャーリアの戒律に適合し、イスラム金融として認められるかは、「シャーリア委員会」と呼ばれる専門機関の判断に委ねられる。シャーリア委員会は複数のイスラム法学者で構成され、イスラム金融を扱う金融機関は必ずシャーリア委員会を置かなければならない。しかしイスラム諸国の間でもシャーリア委員会の構成メンバーになれるイスラム法学者は数が少なく、シャーリアの解釈や適用についても一律でない。つまり全てのイスラム諸国のムスリムに通用するグローバルスタンダードはないため、この確立がイスラム金融を拡大していくための緊急課題になっている。
■イスラム金融の仕組み
イスラム教では金銭貸借による利子を不労所得として認めず、利子を取ることを戒めている。一方で実態のある取引で収益を上げたり、リスクを負担し、収益を分かち合うことを認めている。つまり資金が実物経済に投下されて価値創造が行われて収益を生み、そのプロセスで事業リスクを負担することは奨励されるが、資金提供に対してあらかじめ決まった割合を何らの事業活動を伴わず得る行為は不労所得で認められない。
このようなイスラム教特有の価値観を理解した上で、投資収益を分配したり、資産や商品を売買して利益を得るというように金利を回避して資金提供者の利益を確保できるような金融取引のスキームが生み出されており、シャーリアの戒律をクリアしている。
▼イスラム金融の概要
出展:日本経済新聞
スキームの名称はコーランの経文のようで覚えにくいが、その内容は、日本国内における類似の仕組みに置き換えて見ると意外に簡単だ。
イスラム金融の中で全体に占める割合が7割程度と最も利用されているのが「ムラーバハ」である。例えば不動産を取引するとしよう。銀行が顧客に代わって第三者から不動産を購入し、一定のマージンを上乗せして顧客に販売するというスキームで、このマージン部分が銀行の利益になる。銀行融資であれば金銭消費貸借であるが、ムラーバハは、不動産の売買になるので金利を回避する。銀行が第三者から不動産を購入した時点で所有権は銀行に移転し、顧客が全ての債務を支払った時点で顧客に所有権が移転する。
預金の基本形態である「ムダーラバ」は、投資信託やベンチャーキャピタルに類似したスキームとなる。「イジャーラ」はリースに似ており、所有権と用益権部分からなる資産の用益権部分を銀行が切り離して顧客に売るものである。例えば銀行が機械設備などを購入して顧客に用益権を販売し、対価として利用料を貰い一定期間リースするという形態である。
「ムシャーラカ」は事業家と銀行が共同出資する合弁事業でジョイントベンチャーに似ている。双方が収益と損失を共に分かち合う点でイスラム教の価値観に一致している。
イスラム金融では以上の「ムラーバハ」、「ムシャーラカ」、「イジャーラ」、「ムダーラバ」の4つの基本形が組み合わされ、金融商品が作られている。また日本の国債や社債に似た債券のスクークは、「イジャーラ」、「ムシャーラカ」の応用として発行されており、中東湾岸諸国で発行が急拡大しているだけでなく非イスラム圏でも発行されるなどイスラム金融の急成長の原動力になっている。
3、オイルマネーの日本国内の不動産投資
■オイルマネーの対外投資国の動向
日本国内に行く前に中東のオイルマネーの対外投資国の動向をザックリ見よう。前田匡史著「詳解イスラム金融」から引用すると、「02年から06年までの5年間にGCC諸国には約1.5兆ドルの経常収支の黒字が出現した。このオイルダラーのうち3分の2に相当する1兆ドルはGCC域内にとどまるか、あるいは投資されたと推定される。したがってGCC域外への投資は5年間に5,000億ドル。この5,000億ドルが国際金融界に還流された中東オイルダラーの規模である。5,000億ドルの投資先内訳は、約60%に相当する3,000億ドルが米国、20%に相当する1,000億ドルが欧州。アジア向けは600億ドルで12%相当だがアジア向けのうち半分の300億ドルは日本向けだった。」
中東オイルマネーを保有する政府系ファンドや個人富裕層は、世界中に多様なアセットで広範に投資している実態がすでにあるのだが、今後は、長期的ドル安傾向から、湾岸諸国はクウエイトを除きドルペッグ制をとるため、国内のインフレ増進に繋がり、また米ドル建て資産が相対的に価値下落してゆく懸念などから対米依存を転換して、欧州、日本を含むアジア、北アフリカその他の新興国へと対外投資がさらに分散していくと予測されている。
■日本国内不動産への投資
オイルマネーの日本国内への不動産投資を紹介する。イスラム金融で行われた数少ないケースとしてロイターから引用すると、「クウェートのブービヤン・バンクと国内不動産ファンド運営のアトラス・パートナーズが07年11月19日、日本で初めてイスラム法(シャリア)に基づく金融スキームを活用して国内不動産物件を取得したと発表した。投資したのは3物件で取得金額は43億8,000万円。今回のスキームでは、ブービヤンが運営するイスラム法に準拠した不動産投資ファンドが、イスラム金融の実績がある独ハイポ・リアル・エステート・バンク・インターナショナルの日本子会社から資金提供を受け、特別目的会社(SPC)を通じて日本の不動産に投資した。イスラム法は不労所得である利子を禁止しているため、ブービヤンの不動産ファンドはSPCからリースの形で物件を取得している。投資金額の7割をローンで調達し、残りの3割をエクイティとして出資しているという。アトラスは日本における取得物件のアセットマネジメントを行う。運用利回りについて最終的には内部投資収益率(IRR)ベースで14%以上を目標にしている。アトラスの平井幹久社長は「今回、画期的な投資手法を実現したことで、イスラム法に準拠した投資を行う投資家にとって日本の不動産市場へのアクセスができた。このビジネスは将来大幅に拡大する」との見方を示した」。
オイルマネーの日本不動産投資は政府系ファンドを通して流入するもののウエイトが高いと推定されているが、SWFの投資内容や内訳は国家機密として非公開のため、断片的な情報しかないのが実情だが、日本の投資向け不動産の購入実績を積み重ねているようだ。オイルマネーは、直接日本の不動産を買い付ける以外にヨーロッパ等で運用委託された中東資金の一部が不動産購入で流入してきているケースも多いといわれている。
例えば、アブダビ首長国の政府系ファンド「ムバダラ・デベロップメント」は神戸市内の人工島ポートアイランドの医療特区、臓器移植などを専門とする先端医療施設「神戸国際フロンティアメディカルセンター」に100億円投じる計画を進めている(日本経済新聞)。このケースでは、投資利回り15%を要求するなどハードルは結構高い。また世界最大の政府系ファンドであるUAEのアブダビ投資庁(ADIA)が、日本企業や不動産に4兆~7兆円投資したといわれている、などがある。
不動産ファンドを組成して日本国内不動産に投資したケースとして、バーレンの金融機関とシンガポールの政府系不動産大手キャピタランドは、日本向け不動産投資会社ARC・キャピタランド・レジデンシズ・ジャパンを合弁で設立。名古屋、福岡、京都、広島、佐賀などの不動産に投資し、投資額は約225億円だったが、06年9月4日大阪市と兵庫県西宮市の計3ヶ所で賃貸マンション(計207戸)を追加買収した。
株式投資では、中東のムスリムが日本国内株に投資しやすいようにシャーリア適格の株式を選別する投資環境整備が進んでいる。米格付け会社S&Pと東京証券取引所は、シャーリア適格の日本株指数「S&P/TOPICS150シャリア指数」を開発し、昨年12月3日から算出開始した。今後、シャリア指数に連動した上場投資信託(ETF)も予定されている。
日本国内には不動産が金融商品化されたJ-REIT市場があるのだが、このところ市場が低迷しているので、「不振のREITを解体し地域ごとの商品にまとめる。割安な地方の不動産物件に絞って投資すれば十分収益が見込めるとして日本政策投資銀行の酒井吉広氏は、中東やロシアの政府系ファンドに熱心に語りかける(日本経済新聞)」といったSWFへの期待もあるようだ。
J-REITは08年6月16日から東証REIT指数先物取引及びREITオプション取引を開始した。現時点ではあまり注目されていないが将来はJ-REIT市場の拡大に寄与するという期待が関係者に膨らんでいる。先物取引やデリバティブは、中東イスラム諸国のシャーリアでは投機的行為に該当するので、排除されるのではという懸念がよぎるが、大丈夫なのか。
この点については、リスクヘッジ手段として先物取引などデリバティブが利用される側面があり、またイスラム金融の今後の発展に欠かせない、などの観点からイスラム金融機関とイスラム法学者がムラーバハを用いたリスクヘッジプロダクツを開発したり、国際イスラム金融市場(IIFM)と国際スワップ・デリバティブ協会(ISD)がシャーリア適格のスワップ、デリバティブ標準契約文書を完成するなどの取り組みが進んでいる。
今後、米欧の金融市場がサブプライムローン問題で混迷してるため、オイルマネーの日本への不動産投資はさらに増加するだろう。日本の国内不動産は、1990年代の長い低迷期を脱して地価が回復し、世界2番目という市場規模からみてもポートフォリオから外せず、通貨も比較的安定しているという見方が多いからである。
一方で政府系ファンドは、中東各国の政府が運用する政策的ファンドでもあるため、投資受入国側にも警戒感があるのは否めない。SWFの運用資金の巨大さの割には中身のディスクローズが不透明な点も警戒感を払拭できない要因となっている。シャーリアの解釈基準の統一化も含め、グローバルスタンダードに適合できる透明な体制作りが課題となっている。
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