湾岸オイルマネーの日本不動産投資 前編
いま、オイルマネーが世界中を駆け巡っている。近年における中国やインドなど新興国の工業化の急速な進行で原油をはじめ資源需給が逼迫、またサブプライムローン問題で株式市場を嫌気したヘッジファンドに一部の年金資金まで加わった世界中の投資マネーが債券や商品にシフトし、原油価格が高騰した。この結果、中東など産油国には多額のオイルマネーが奔流となって流れ込み、経常収支黒字→外貨蓄積の構図が加速した。
米ワシントンの国際金融研究所の07年5月31日発表のレポートによれば「02年から06年の5年間で中東湾岸諸国は累積ベースで1.5兆ドルの輸出収入をあげ、推定でその3分の1の約5,420億ドルが対外投資に向けられた。これによって06年末の中東湾岸諸国の対外資産残高は約1兆6,000億ドル推計されており、この金額はGDPの225%であり、中国の外貨準備高1兆1,000億ドルを上回る巨額になっている」(糠谷英輝著 中東マネーとイスラム金融)。
各産油国は、将来の資源の枯渇に備え、国内の経済の多角化を進める対内投資と並行して、潤沢な資源輸出収入などを効果的に運用する必要から政府系ファンド(SWF:ソブリン・ウエルス・ファンド)と呼ばれる政府の投資機関を活用して欧米や日本などの有力企業や不動産投資などの対外投資を拡大している。
サブプライムローン問題による信用収縮の連鎖で経営危機に陥った世界中の金融機関に政府系ファンドが、救済ともいえる出資を相次ぎ行ったのは記憶に新しい。シティグループ、メリルリンチ、モルガンスタンレー、UBS、ブラックストーンなど世界の名だたる金融機関は、アラブ首長国連邦(UAE)やクウェート、シンガポールなどの政府系ファンドから出資を受けた。これを機に湾岸産油国などの政府系ファンドが一躍、プレゼンスを高めることになった。
また日本国内に目を向けると、サブプライムローン問題で欧米の投資マネーが痛手を受けて、J-REITをはじめ国内投資向け不動産や株式市場から撤退するなか、オイルマネーが潤沢な資金で国内の株式や不動産投資に注目をし始め、既に日本国内投資を開始している。世界最大の政府系ファンドであるUAEのアブダビ投資庁(ADIA)は、日本企業や不動産に4兆~7兆円投資したといわれている。
アメリカ型経済の信頼低下の対極として存在感を高めているオイルマネー。拡大から一転して減速へ向かうJ-REITや、国内の投資不動産価格の下落を再び浮揚させる救世主としてその期待が高まっている。しかしオイルマネーの実態は、情報が少なく、最近まで殆ど明らかでなかった。というか彼らもその投資手法やポートフォリオを非公開にしてきた。
加えて中東諸国はイスラム世界であり、イスラム教の聖典コーラン、ムハンマッドの言動を記したハディスおよび当時の共同体慣行であるスンナに基づいてイスラム教徒を拘束する戒律で法律でもある「シャーリア」が経済活動を規制している。例えば「シャーリア」では①金銭の使用で利息を課すこと②投機的行為③豚肉、酒類、タバコ、武器、ポルノの使用・取引は全て許されない。このため詳細はコラム後編で後述するが、イスラム金融の世界で経済活動を行うには、利子を回避する収益分配システムやリースや信託に似たスキームを利用するといった工夫が必要となる。
政府系ファンドがシャーリアに則った金融取引であるイスラム金融の支配下に全てあるわけではないが、イスラム金融への理解なくしては政府系ファンドの投資性向を正確に掴めない。今後、イスラム金融の土壌を国内に醸成して投資しやすい環境を作っておくことはオイルマネーの日本国内の還流を促進することにもなる。
米国発のグローバルスタンダードの洗礼を受け、欧米型金融商品や投資理論にやっとなれてきた日本人には、イスラム圏独自の文化、宗教の違いを色濃く反映したオイルマネーの理解が困難なのもいたしかたないのだが、日本国内の資金調達パワーがこのところかなり減衰しているため、潤沢な資源国のマネーに熱い期待が国内で高まっている。
例えば今秋の株式会社化を前に日本政策投資銀行は新たなビジネスモデルを模索しているが、取り組みの1つがSWFを通じた対内投資で「資源国マネーを企業や不動産、自冶体絡みの再生・開発プロジェクトに出資する計画などを進める(日本経済新聞)」、「SWFを巡る経済産業省の調査でも企業の59%が日本への資金流入へ期待するとし、安定株主になって欲しいも25%あった(日本経済新聞)」など期待が膨らんでいるのだ。
というかシンガポールや香港は、すでに今後のオイルマネーの資産規模拡大を視野にオイルマネーの呼び込みに乗り出しており、アジアにおけるオイルマネーの拠点争いがすでに勃発している。日本もこれらの国の動きから取り残されないためにも中東マネーの国内還流システムを早急に構築する必要に迫られている。
本コラムでは、オイルマネーに焦点を当て、その基本的な仕組みや性格、日本の不動産投資市場への今後の影響に言及する。まず用語の定義をしよう。「オイルマネー」とは、原油輸出で産油国が得た資金である。産油国のうちでも規模と対外投資の積極性で湾岸協力会議(GCC:CUAE、サウジアラビア、オマーン、 バーレーン、カタール、クウェートの6カ国)が代表的で、その保有形態は、政府筋、王族、資産家からなる。そしてオイルマネーのなかで最も規模が大きいのが政府系ファンド(SWF:ソブリン・ウエルス・ファンド)である。
政府系ファンドは一般投資家から資金を集めてビークルを作り投資する通常のファンドと違って投資家は政府であり、ファンドの運営者も政府である。政府とは一般的には国、地方公共団体であるが、専制君主制では王家でもある。その政府が国の資金を増やそうとして投資活動することを目的としたファンドということができる。
本コラムではオイルマネーを代表する湾岸産油国の政府系ファンドにフォーカスする。
1、政府系ファンド
政府系ファンドの世界規模は2~2.5兆ドルと推計されており、今後10年間で13兆~18兆ドルに成長するという予測もある。モルガンスタンレーの推計では、世界のSWF総額2.5兆ドルの3分の2を中東湾岸諸国で占めている。最近になって脚光を浴びだした湾岸諸国の政府系ファンドであるが、その歴史は以外に古く、クウェート投資庁が1953年、アブダビ投資庁は1977年設立まで遡る。近年の原油価格の高騰で2000年以降になって各国で設立が相次いだ。
湾岸協力会議(GCC)各国は、アブダビ首長国が一部を外国資本との生産分与契約にしている以外は、石油、天然ガス部門を国営化しており、政府系ファンドが独占運用する体制を実現している。政府系ファンドとは文字通り政府がこのような政府資金を運用するファンドのことであるが、その全体像はあまり知られていない。本コラムでは、湾岸産油国のオイルマネーという切り口から、中東産油国の政府系ファンドの特性を中心に紹介する。
■資金源による形態
政府系ファンドの形態として谷山智彦ほか著「政府系ファンド入門」に従い4つに分類する。
- 原油、天然ガスなどの資源輸出収入、資源関連の税収入を国家が管理し、運用する資源型政府系ファンド。中東やロシアが該当
- 中国、日本、ブリックスのように輸出により外貨準備が増加している国のなかにはその一部を政府系ファンドとして運用している国がある。この形態が外貨準備型政府系ファンド
- 年金資金を財源とした政府系ファンド
- 財政余剰金を財源とした政府系ファンド。例えばドバイのドバイインターナショナルキャピタル(DIC)やインスティマルなど
湾岸オイルマネーという切り口から、②外貨準備型政府系ファンドや③年金資金を財源とした政府系ファンドは直接の関係性は高くない。①の原油や天然ガスなどコモデティを財源とした政府系ファンドは中東地域に多く見られる。例えば、日本企業や不動産に4兆~7兆円投資したと言われている1976年設立、運用資産8,750億ドルのアブダビ投資庁(ADIA)や02年設立で運用資産170億ドルのムハダラ開発公社が代表的。
④の財政余剰金を財源とした政府系ファンドは、財政黒字、国営企業の民営化を財源とするもので②、③と同様にオイルマネーとの直接の関係性が高くないが、この形態の政府系ファンドの代表的なものにドバイの04年設立で運用資産総額250億ドルのドバイインターナショナルキャピタル(DIC)や03年設立、運用資産総額150億ドルのインスティマルなどがある。ドバイは国内で原油を殆ど生産しないのだが、周辺国のオイルマネーの恩恵を受けてインフラ整備や多角的な産業育成を進めて急成長している点で他の中東資源国と際立った特徴を持つ。
■スキーム
政府系ファンドというからにはファンド形態のスキームを採っていると見られがちだが、政府系ファンドの場合、政府が投資家で政府が組織運用する投資活動であるため、そもそも倒産隔離などのスキームが不要で、運用資産に借り入れを加えてレバレッジを高めるような運用手法をとることが少ない。また政府系ファンドの課税主体は、政府であり、税金は政府の収入になるため、税軽減のスキームも不要である。つまり政府系ファンドとはいうものの一般にいわれているようなファンドスキームを採用するインセンティブが働かないため、国有企業や政府組織の一部といった形態を取る事が多い。
■投資目的
このところの原油価格高騰で政府系ファンドの資産残高は膨張しており、これまでのロンドン等の国際金融市場を経由した米国債を中心とする運用から、ドル安ヘッジや産業政策の視点からBRICSやVISTAなど新興国の投資など国際分散投資を進めていく姿勢を鮮明にしており、近年では中国、インドを特に重視している。
中東湾岸諸国は、原油などの鉱物資源の枯渇を視座に脱石油化の観点から資源経済から脱却するための経済の多角化、なかでも通信、観光、金融などを戦略的重要産業としてとらえ育成を進めているが、このような背景から日本の有力企業も投資先として個別株式の取得を進めている。例えばドバイの政府系ファンドDICはソニーの株を大量に取得し注目を集めた。株式投資から利益を上げることと有力企業への投資を通して自国の産業育成に役立てようという狙いからだ。
後編は、政府系ファンドの投資戦略、その背景にあるイスラム金融を解説し、日本国内不動産投資への動向に言及。
■次回記事
湾岸オイルマネーの日本不動産投資 後編