投資家が買うオフィスビルの条件とは
投資家が買いたくなるオフィスビルとはどのような条件を備えたビルであろうか。近年になってオフィスビルをファンドやJ-REITが買うときは、エンジニアリングレポート(ER)を取って建物に内在するリスク要因をさまざまな側面から炙り出すのが国内でもすっかり定着した。建物の状況、PML値による地震リスク、遵法性、緊急を要する修繕コスト、周期的に行われる長期修繕コストなど、建物のバリューを決定するための専門家によるシビアな減点法の建物調査をクリアしなければ投資適格にならない。それでもERで把握できないような投資リスク要因もある。
投資家が投資を決定するのは、当該オフィスビルが、他の物件より高収益を上げ、その収益が安定的に継続すると判断したときだ。現時点で高収益を上げてなくても潜在的にその可能性があり、投資家の運用力で高い確率で高収益を具現化できると判断できるときも投資価値が高いビルになる。
これまで、わが国においてオフィスビルの必要条件は、オフィスワーカーが執務できるためのスペース提供という域を出ない時期もあったが、近年になって、企業のオフィスの見方や評価が変わった。つまりオフィスは、企業の付加価値を生産する場であって、快適にそこでオフィスワーカーが働くことで、ワーカーのモチベーションや創造力が高まり、企業成果の向上に寄与するというように認識が変わった。その結果、オフィス環境をあらためて見直し重要視する傾向が強まっている。
このような変化は、従来のオフィスビルの在りかたを変容し、執務スペースというオフィスビルの基本的な機能に加え、さまざまな快適性や創造性を付加する仕掛けをオフィス空間に装備していく方向になった。例えば、最近の大規模オフィスビルでは、託児所設置とか仮眠室やマッサージ室、専門家によるリフレクソロジーやストレス健康相談室などワーカーのライフスタイルからリラクゼーションまでサポートするものもある。
またITがオフィスビルを変えたことも見逃せない。ITの浸透により、例えば最近のフリーアドレスオフィスのようにワークスタイルが激変した。ITの導入でワーカー1人当りの必要面積が増加し、オフィスに置かれるコンピュータ機器やオフィス用品にフイットすべくオフィスレイアウトも変化する。さらにITから生み出される企業機密や重要情報を防御するセキュリティも重要になる。企業は、PCと情報ネットワークで、部外者等に知られたくない情報を生産し、間断なくやり取りしており、その膨大なデータが記憶装置にまとめられ蓄積されている。情報の盗用がデータの持ち出しで格段に容易になったため、これらを防御するセキュリティ機能が重層的に装備されることになった。
前置きはこれぐらいにして早速、本論に入ろう。投資価値が高いビルとは、高収益を上げ、それが安定的に継続できるビルということになるが、これを可能にするビルは、「近、新、大」といわれるように立地、建物のハードスペック、規模など、さまざまな条件が必要になる。具体的には東京都心5区に位置するAクラスと呼ばれるビルは、投資家から高い評価を得ているオフィスビルと考えてよいだろう。
1、Aクラスビルのスペック
Aクラスオフィスビルであるための決まった定義はないが、一般に以下のようなスペックが求められる。
- 基準階で貸室面積500坪以上(因みに1,000坪程度あればプレミアム性が高い)
- 延床面積3万㎡以上
- 個別空調
- 時間外入館、入室はカードキーシステムによる管理で24時間使用可能
- OAフロア100mm~300mm設置後で天井高2.6m以上
- 床荷重300kg/㎡以上
- 整形、設計モヂュ-ル3.2~3.6mで効率的レイアウトが可能な空間
- コンセント電源電気容量40VA/㎡以上
- 室内照明水平照度750ルクス以上
外観的条件としては、20階建以上で、高付加価値となるエントランスホール、ファサード、アトリウムが装備され、ランドマーク性があればよりオフィスビルの競争力が高まる。平たく言うと「誰もがそこで働きたくなり、入居者であることにステータスを感じ、知名度が高いビル」ということになる。それでは上記の各スペックについて書いていく。
■基準階の貸室面積500坪以上
基準階の貸室面積が大きいほどビルのプレミアム価値は高まるのが最近の傾向だ。ビルの大型化傾向は、企業の拠点分散の集約化や、最近の大量採用などの背景もあるが、無柱空間によるプレミアム価値増が見逃せない。スーパーフレーム(大架構)を構築して奥行24mを超える無柱空間オフィスとすると天井から床面までの大スパンの開口部が可能となり、開放感溢れる快適なオフィスを実現できる。またレイアウトのフレキシビレティに富み、将来のオフィスのリニューアルや拡張に対しても柔軟に対応できる。床組み構造が架構の柔軟性も高めてビル内に吹き抜け空間を設けやすくなるなどビルの資産価値が飛躍的に高まっている。
■延床面積3万㎡以上
ビルの1棟規模と賃料は高い相関が認められる。一般論としては、ビル規模が小型になるほど空室率は高くなる。また証券化してファンドに組み入れるとき中小規模ビルは、費用対効果、規模の利益、資産規模による流動性などからみて不利であるため大規模ほど投資価値が高くなる。
■24時間使用可能な入退場管理
近年のオフィスビルは、ビルの入退場管理の進化が急速で目覚しい。守衛に預けていた鍵を備え付けの管理ボックスに入れ、磁気カードを読み込ませてボックスを開ける方式から、非接触ICカードや指静脈認証などを活用した入退館システムへと進化している。利用者単位、扉単位で開錠の可否を設定でき、履歴の記録・管理が可能になっている。また入退場時・入退室時の映像も併せて記録し、1つのICカードで2人がとも連れで入場することを防ぎ、問題発生時には入退場履歴とともに検索し、再確認することが可能となっている。社員と顧客が共同利用するゾーンにはICカード、社員だけが入室できるゾーンは生体認証、重要書類保管ゾーンは2者の認証を求めるといったセキュリティレベルごとの入退場管理を導入しているビルもある。
■個別空調
オフィスの空調は、これまでの建物全館を空調するセントラル方式からフロア単位での空調となる各階分散方式へシフトしており、このことはテナントニーズに応えて24時間執務可能なオフィス空間を提供することが、欠かせない必要スペックになっている証でもある。
従来、制御機器メーカーごとに信号が異なり、設備の制御、監視に制御機器メーカーの規格に合った機器を細かい部分まで選択しなければならず調達のコストダウンの障害となっていたが、大型オフィスビルを中心に空調機器制御にオープンシステムが導入されたため、効率性と調達コストが改善されている。オープンシステムの実現で、入居者は残業する際に、インターネットを通じて空調や照明の時間延長を申し込むことができ、わざわざ管理室に電話して、制御盤を操作してもらう必要がないし、監視・制御にかかる調達コストダウンが可能となった。
オフィスビルにおけるテナント苦情は、空調に集中すると言われており、快適な空調をサポートするのは、テナント満足度を高める戦略上で欠かせない。しかし体感温度は個人差があり、ワーカーの年齢や性別、営業職が外回りで帰ってきたときの体感温度と、ビル内で長時間執務する事務職では快適温度の感じ方は相当に違う。
この違いを解決するために、最近、新築やリニューアルでフリーアクセスの2重床であるOAフロアーから立ち上がる床吹き出し空調のコントロールを自席に向けて3段階に調整可能な方式が採用されるケースが増えている。一般に使用されているOAフロアは、例えば300×300単位で着脱可能なので吹き出し口のレイアウト変更が容易で、足元吹き出し口を50センチ単位で設定できるため執務環境変化に対応できる。従来の天井吹き出しに比べ無駄な室内空間の温度調整をすることがなく、空間対応の局所性に優るのでワーカーの体感温度の違いによる苦情も一定レベルで解決できるようになった。
次世代の空調システムとして欧州ですでに普及している輻射冷暖房が注目されている。現在の送風式空調機は夏季に冷たい風を送るためワーカーの冷房病の主因となっていた。輻射冷暖房は、天井や床面を冷却し、輻射熱伝熱で冷暖房する方式で、送風式に比べ人体に優しいとされており、エネルギー消費量も少ない。いまのところイニシャルコストが高いのがネックだが導入企業が国内でも増えているため、コスト面のさらなる改善が期待される。
■OAフロア+天井高
オフィスビルの天上高は、時代と共に高くなってきており、オフィスワーカーが快適に執務する環境としていまや欠かせない重要なスペックとなっている。現時点での最高クラスで2,800ミリが定着してきている。今後の不動産投資のグローバル化による世界水準との競争力や高度情報通信設備、床下空調などをテナントが要求する時代に備えるためにはスラブからの高さがOAフロア300ミリ+天井高2,800ミリ=3,100ミリ程度を確保することが望ましい。建築された後、天井高は変えられないため建築設計時に余裕をもたせて確保しておくことが、時代変化への対応力として投資家の高い評価を取得することになる。
■床荷重
構造の床荷重の設計値は、オフィスで1㎡当たり300キロであるが、テナントがサーバールームを設置するなどの特定用途では500キロ位が必要となる。
■設計モジュールと効率的レイアウト
オフィスの形は整形のものがレイアウトがし易く、使いやすいのはいうまでもないが、形だけでなくビルの設計モジュールが使いやすさを左右する。オフィスビル総合研究所著「新 次世代ビルの条件」によると、「日本の大型オフィスビルでもっとも多いモジュールは3,200ミリでスプリンクラー配置の経済性や地下駐車場スペースの効率から決まったもので、実際の居住空間の使いやすさという発想はない。またモジュールが内法でなく芯割りを基本にしていることもオフィスレイアウトのやりにくくしている。」
この観点からどのようにレイアウトを変化させてもオフィス家具が空間にフイットして無駄が出ないようにモジュールが統一されていなければいけないが、最近の高付加価値ビルには、このような考え方を採用し、効率的なレイアウトが可能なものも出てきている。
■コンセント電気容量
近年のオフィスのインテリジェント化でPCをはじめサーバー、空調など電気容量は増えていく傾向にある。さらに365日・24時間フルに電気供給が必要なケースもあるため、電源のトラブルは、致命的な損失を招く。テナントにIT企業などが想定される場合は、突然の停電に備え無停電電源装置(UPS)や自家発電設備の設置も必要となる。
■室内照明水平照度
近年のオフィスではOA機器が普及し、ワーカーの執務時の照明が重視されている。オフィスで必要な照度は750ルクス以上が望ましい。例えば、タスク・アンビエント照明方式では、室内全体を控えめな照度に抑制し、作業部分はタスク照明として700ルクスくらいで明るく照明するが、必要な部分を明るくという方式なので省エネになる。
2、投資価値の高いオフィスビルの開発
前段で投資価値が高いオフィスビルの一般的な基準を見てきたが、さらに今後の建築技術、設計思想の進化などを織り込みながら、もう少し多角的に掘り下げて投資バリューの高いオフィスビルの新たな開発について言及してみよう。
まずビル規模であるが、Aクラスに該当しない中小規模ビルが投資の対象として不適とは一概にいえない。新規開発の場合、用地取得から竣工までの期間は大型ビルに比べ短いため投資環境変化が急で先が読みにくいいまの時代には、開発から稼動までの時間が短い分、リスクは低下する。また中小規模ビルは、大型ビルに比べ、通常、1%以上は投資利回りが高い。その分リスクも高いわけだが、中小規模ビルの開発のやり方次第ではリスクを低め、大型ビルに劣らない投資効果を生み出すことは可能である。
例えば、野村不動産は、中規模ビルにAクラスビル並みのグレードを付加したプレミアム・ミッドサイズ・オフィス(PMO)という新たなカテゴリーのビル開発を進めている。広いスペースは不要だが、大規模ビルと同等のクオリティを持ったビルに入居したいという需要が多い反面、そのようなビルの供給が少なく、これをビジネスチャンスと捉えたからだ。ビルのデザインには、有名デザイン事務所を起用して、基準階100坪前後、1フロア1テナントの中規模オフィスビルとした。簡単な打ち合わせ、休憩に使えるフレッシュスペースを貸室内に設け、トイレ、給湯室へは貸室内からのみアプローチとし、EVホール前に無人管理のセキュリティゲートを設置するなど、セキュリティに配慮している。
今後の地球環境を展望すると、そろそろ発想の転換が必要だ。建築も地球環境への負荷の減少努力や省資源への適応なしには生存し得ないため、これまでのような建築物のスクラップ&ビルドから容易に建て替えができない時代を迎えると思われる。このような観点からオフィスビルの今後の開発を考えると、短期的な利回りにとらわれた当面のイニシャルコストだけに拘泥するだけでなく、長期的な時間スパンのなかで急速な時代変化に適応しながら長寿命を全うできるビルが要求されていくだろう。
そのためには絶え間ないITやワークスタイル、企業組織の変化で機能劣化した設備の更新、ビル全体の競争力をUPするためのコンバージョン、リノベーションなどが可変的・柔軟に行えるハードの構造が必要となる。階高や床荷重のような建築後に変更ができないものは予め変化に備え余裕のスペックで設計されるべきである。投資価値が高いと評価されるためには、この辺の構造スペックを余裕として備えているかが重視される。このような観点から長寿命が可能な構造体と可変的な設備部分に分離されたスケルトン・インフィル(SI)構造の設計思想の採用が進むだろう。
■関連記事
オフィスビルの競争力