不動産価格の次なる回復の時期は?
もう2~3年になるだろうか過熱気味の大都市投資適格地の不動産価格がいつ下落するか、が議論され、注視されてきたが昨年のサブプライムローン問題が主な契機となって、不動産価格の調整が目に見えて始まった。
振り返れば、サブプライムローン問題が、全世界の金融市場を震撼させた昨年7月より前、新発10年物国債とのイールドギャップがオフィス系リートで100bpsの壁を超えて縮小し一気に過熱感が拡大、加えて金利上昇懸念が広がるなどJ-REIT株価調整段階突入の予兆はあった。
サブプライムローン問題で、一挙にリスクに敏感となった海外投資銀行などのノンリコースローンの出し手が供給を抑制してきたため、国内不動産投資市場でハイレバレッジの運用モデルが崩壊、さらに9月施行の金融商品取引法へのコンプライアンス体制強化などの対応で、これまで前のめりで日本の不動産を眺めていた国内外ファンド勢の目線が下がった。「不動産投資危うし」の気配がジワリと投資家の心理に浸透し、実物不動産投資でも不動産価格の調整が始まった。
筆者の住む福岡市で見ると、これまで水面下で取引されていた築浅、数億円クラスのRC賃貸マンションが、ネット上に売り登録物件として、どっと溢れてきた。不動産価格高騰で低下一方だったキャップレートが、2月現在で昨年の同時期から比べると100bps近く上昇している物件も見られる。市場では、3月期決算前のファンドの投売りが盛んに噂されるなど潮目の変化は、現実のものとなってきた。
昨年から今年にかけてのJ-REITの投資口価格(以下で「株価」と呼ぶ)のボラテリティは驚くほど拡大した。東証リート指数は、乱高下した挙句、昨年5月31日に記録した史上最高値2692.18からこのコラムを書いている2月20日の現在値1617.82へと約40%下落した。
不動産から上がるキャッシュフローをファンダメンタルズとし、短期的には賃貸借契約の契約賃料、中長期的には、市場賃料成長率に依存するミドルリスクミドルリターンを謳う投資商品が、株式市場の株価や為替のように高いボラテリティで乱高下する商品に変質した。早大大学院ファイナンス研究科の川口教授によると「07年のJ-REIT市場を統計的に分析すると、価格が上がると投資を行い、下がると売却するといういわゆるポジティブ・フィードバック・トレーディングが行われていたことが指摘できる(RMJ2月号)」と書かれている。これは、J-REITが、不動産と金融の融合からさらに進化し、完全な金融商品となった結果、そのトレーディング形態が株式市場の投資家の行動を認知心理学で分析する「行動ファイナンス」の領域に入った証ともいえる。
調整段階に入ったJ-REIT市場も細かく見ると、投資タイプ(レジ、オフィス、商業施設など)や特化・複合型の別、スポンサー企業などにより二極化が始まっていることが見て取れる。ざっくり整理すると大手デベロッパーなどをスポンサーとし、物件供給の強力なパイプを持つオフィス系特化リートは、株価が高く、配当利回りはその分、低い。株価を分子にするPERやFFO倍率も高めで、株式市場のPBRに相当するNAVも株価÷NAV>1の銘柄が多い。一方、レジデンシャル系リートは、株価が低く、配当利回りは6~7%と高目で、PERやFFO倍率は小さ目で株価÷NAB<1の銘柄が多い。リート間でも勝ち組と負け組みが鮮明になっているのが今のJ-REIT市場の特徴だ。このような格差が生まれている背景として、運用会社の手法の巧拙やスポンサー企業の物件開発からリーシング、管理、運用までの総合力の差が大きいのだが、オフィス系と住居系の好不調の差に注目すると、現時の不動産投資市場の特質が浮かび上がってくる。
オフィス系リートのポートフォリオを組成する東京都心のSクラス、Aクラスオフィスビルの空室率は依然として低下し、賃料上昇が相次いでいる。反面、住居系は、1ルームタイプ賃貸マンションを主流に供給過剰懸念が広がり、オフィス系に比べると賃料上昇期待は持てない。
景気変動に対する感応度が高いといわれるAクラスのオフィス賃料は、近年の勝ち組大手企業の業績の好調さを反映して、キャッシュフローでその恩恵を享受している。一方、賃貸住宅の賃料と相関が高い勤労者所得だが、企業から家計への所得移転が進まず、労働の国際分業化もあって労働分配率は低迷、賃金は伸び悩んでいる。内閣府が2月13日発表した1月の消費動向調査によると消費者心理を示す消費者態度指数は、4ヶ月続けて悪化している。有効求人倍率の頭打ち、原油価格高騰による物価上昇など伸びない賃金にさまざまなマイナス要因が暮らし向き不安を助長しているからだ。
このような経済的背景を考えると、サブプライムローン問題が沈静化して今起きているデッドクライシスが終息すると、一段の利下げや減税効果で米経済が年後半から回復、日本経済も輸出再加速で緩やかに回復してくるとオフィス系不動産は、景気波動より不動産のマーケットサイクル波動が長いことを割り引いても意外に早く回復する気がする。
しかし、ここにきてファンダメンタルズに変化の予兆が起きていることが懸念材料だ。オフィス賃料上昇に天井感が漂い始めている。2月18日の日経産業紙は「堅調だった東京のオフィス市況に変調の兆しが見えてきた。年10-30%のペースで賃料が上昇してきた都心のオフィスビルでは賃料負担に耐えかねて抜け出す入居企業が出始め、都心5区の空室率が上昇に向かう気配もうかがえる。」と報じている。
サブプライムローン問題は、デッドクライシスにとどまらず、入居企業の今後の業績に暗い影を落とすことも考えられる。損失の全貌が把握できない現時において需要サイドにも不透明感が残る。以上の諸要因から考えるとオフィス系は市況が回復しても市場成長のペースダウンは免れないだろう。
一方、住居系投資不動産についてみれば、勤労者所得の伸びと需給ギャップが問題だ。不動産経済研究所が2月14日発表した1月のマンション市場動向で契約率は、首都圏が52.7%、近畿圏が57.6%と好不調の目安となる70%を大きく割り込み、バブル崩壊後と並ぶ低水準となった。マンション販売価格に購入者の所得が追いつかなくなったからで、家賃上昇が期待できない住居系投資不動産と同根の根深いネックとなっている。
人口減少、少子高齢化は、東京をはじめ福岡、名古屋などでは当面は、人口増加が継続するため、影響は少ない。供給過剰感もたらす需給ギャップ不安だが、需給ギャップを計測できる需要、供給量データと賃料変動や空室率のデータがオフィスに比べ未整備なため、ブラインドされた投資家の不安心理をより増幅している。欧米のような中古住宅市場のインフラ整備も貧弱だ。ファンダメンタルズや投資インフラ整備に劣る住居系投資不動産の本格的な市況回復は、厳しいのではないだろうか。
最後にJ-REIT投資について言えば、今後、海外不動産投資の解禁、不動産デリバティブの導入など、J-REIT市場成長の起爆剤となるイベントが予定されている。本来のJ-REIT投資は、ミドルリスク・ミドルリターンの配当利回りを目的とした中長期的な債券投資類似の商品であるという特性に鑑みれば、最近、価格調整が進んだ結果、利回りに魅力がある銘柄が増えている。決算短信のP/L、B/Sなど財務諸表の財務比率を検討・分析し、リートアナリストになった気分で銘柄選びをする本来の投資商品の姿に回帰したといえる。
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