不動産バブル終焉か? サブプライムローン問題
■サブプライムローン
証券化と金融工学で細分化されたリスクがボーダレスにばら撒かれ、世界中の金融市場が疑心暗鬼となって信用収縮リスクが増幅されている。
米国のサブプライムローンは、本来なら住宅を購入できない低所得者層やクレジットカードの延滞履歴がある信用力の低い人達に貸し出す住宅ローンである。審査が緩く高い金利を払えば比較的容易に住宅ローンを借りられる仕組みになっており、借り入れ当初の2~3年間は低利の固定金利だが、その後は市場連動の高い金利が適用される。
05~06年の米国内の住宅価格高騰時にその多くが設定されているため、これから相次ぎ高金利への変換時期を迎えるが、ローン設定時から暗転して住宅価格の下落が酷く低所得者が借り替えるのは難しい。今後、ローンの焦げ付きが一段と増えると債権回収物件が市場に供給され、さらなる住宅価格と証券化商品の下落を招くと懸念されている。
このようなリスクが高いローンを金融機関がなぜ過度に貸し込んでいたかだが、米国の住宅価格の高騰でリスク管理が甘くなったからだと指摘されている。厄介なことには低所得層だけでなくリゾート地などを投機目的で購入した層も審査基準が甘いためこの仕組みのローンを利用しており米国内のリゾートバブルの崩壊で不良債権化した案件が発生している。このようにサブプライムローン問題は、一筋縄でいかない複雑な様相を呈している。
1兆3,000億ドル(昨年末時点残高)のサブプライムローンの金銭債権は、相当部分が証券化によってRMBS(Residential Mortgage Backed Securities 住宅ローン担保証券)に束ねられている。
RMBSは、米国債より巨大な6兆ドル市場だがさらにRMBSを含むいろんな債権が束ねられ再証券化されてCDO(債務担保証券)になっている。つまり幾重にも金融技術でリスクは分散され、分散効果を拠りどころに投資家への配当を高め、資金の運用先を求める世界の金融機関やヘッジファンドに転売されている。その結果、広範に分散する投資家同士がリスクをシェアする仕組みになっている。
1つ1つのローン債権の中には延滞や回収不能になるものがあってリスキーに見えるのだが、数多く集められプールされると大数の法則が働く。つまりサイコロの目も数多く振れば1/6の確率になるようにローン債権の過去の返済不履行のデータベースから計算された確率に返済リスクが収まるという理屈で、なぜ保険会社が保険金をつつがなく払えるのかを思い浮かべると解りやすい。
RMBS内部は、シニア、メザニン、エクイティの優先劣後構造にリターンとリスクが切り分けられ格付けされている。優先部分のデフォルト発生頻度が目標格付け付与の条件となるデフォルト確率範囲内に収まるかをモンテカルロシミュレーションと呼ばれる金融工学を使って検証している。そしてさらに再証券化が進む結果、当該証券をホールドする投資家は、原資産のリスクが見えにくく、エレガントな数学の想定内でリスクシェアをしているという過信に陥りやすい。
■欧・米・日の市場を震撼させた見えないリスク
今年に入り米住宅市場の減速が鮮明となり、サブプライムローンの焦げ付きがジリジリと増え続け金融市場を震撼させることになる。まず3月13日に住宅金融大手のニュー・センチュリー・ファイナンシャルの経営破綻の可能性が伝わると株価下落が米国から日本に波及した。6月に米大手証券ベアー・スターンズ傘下のヘッジファンドが実質破綻し、スタンダード・アンド・プアーズなど格付け機関がRMBS、CDOを格下げしたため証券化商品に投資していたヘッジファンドや金融機関は打撃を受けた。そして8月にはサブプライムローン問題が欧州に飛び火し金融市場を動揺させることになる。
独IKB産業銀行は当初の楽感的見通しから一転して10日後にサブプライム関連の損失を公表し、「高度な金融技術を駆使しているため銀行自らがリスクを十分に把握できてなかった。」とコメントした。8月9日には仏BNPパリバが突如、運用するファンド3本の解約停止を発表。金融市場の動揺は、欧州から米国へより増幅されてフィードバックし、欧州中央銀行(ECB)は流動性危機を回避するためその日に15兆円の資金を供給した。
8月10日から日本国内も東京株式市場は株安と円高が同時進行する負のスパイラルに陥った。ECB、FRB、日銀による連日の資金供給で一時は株式市場も沈静化したかに見えたが、米ウォールマートの業績予想下方修正で米個人消費に波及したとして欧米市場で下落し東京市場も再び続落。15~17日間で日経平均で1,570円下落し、円は17日に一時1ドル112円台の円高になった。そして17日に米FRBはサブプライムローン問題を放置できずに公定歩合を0.5%引き下げた。
この問題の不気味さは、金融の規制緩和、技術革新でグローバル化された金融市場にサブプライムローンという時限爆弾を抱えた投資商品が細分化されすぎて分散しているため、追跡が困難で、誰にもリスクの全体像が見えないことだ。どこにどれぐらいの損失が隠れているか解らないので不安が増幅され、米国内の信用収縮に歯止めがかからず信用力が高い個人向けローン商品も本来の価格で売れず、企業融資や短期金融市場にまで投資家の恐怖心が広がっている。投資家は「質への逃避」でリスク回避姿勢を強めリスクの高い金融商品や株式から安全性が高い日米欧の債券に投資を転換している。
一方、サブプライムローン問題の与える影響は限定的という見方もある。サブプライム関連損失は最大1,000億ドルとの民間調査機関の試算もあるが、米国内GDP比では最大でも1%に満たない。1980年代後半のS&L危機時の金融機関の不良債権は名目GDP比2%、日本が90年代後半に銀行に注入した10兆円超の公的資金はGDP比3%に比べると規模が小さく、そのうち投資家の疑心暗鬼も納まるというものだ。
サブプライムローン問題が限定的な影響でとどまるのか、さらに金融市場から実態経済まで下振れさせるかは、サブプライムローン問題の全体像が不透明な現時点で予測ができない。米国の住宅価格がさらに下落してサブプライムの上の層向けの「オルトA」にまで不良債権化が及んでくると「1兆3千億ドル」のサプライムだけなら影響は限定的だ。しかしその先には10兆ドル規模の米住宅ローンの市場が広がる(日本経済新聞)」ということになる。
今後の米住宅市場の悪化次第では日本がかつて経験した不良債権問題に近い深刻な様相を呈してくる可能性が潜んでいる。
■不動産バブル終焉の序章か
我が国では、いまのところ不動産バブル崩壊の負の遺産、かつての住専問題の不良債権の積み上がりのような不安要因はない。国内でも住宅ローンを証券化したRMBSが盛んに組成されているが、国内の銀行は信用力が低い個人へ無理に貸し込むことはなく、大手各行の債券投資先も高格付け商品が主力という。さらにJ-REITやプライベートファンドの投資物件に使われるノンリコースローンを証券化したものはCMBS(商業不動産担保証券)であり、RMBSと異なり商業施設やオフィス、集合住宅を対象としている。
これらの理由から日本国内に直接の影響は少ないと見られている。金融庁も7月以降、国内の銀行や保険会社、証券会社などについて、サブプライム関連商品への投資状況を調査。比較的安全な商品への投資が多く、規模も大きくないとの調査結果をもとに現段階では日本の金融システムに深刻な影響を与える状況でないとの認識を繰り返し表明してきた」(日本経済新聞)。
しかし、このところの国内の株式市場は急落している。J-REIT市場と株価の高い相関は、最近の顕著な特徴で株価と連動して動いており、東証リート指数も大きく値を下げた。世界リート市場も米サブプライムローンの問題を発端に調整色を強めている。有力指数であるS&Pシティグループ・グローバルREIT指数は6月以降調整色を強め、1月末からの下落率は世界全体で14.7%、国別では米国が19.0%、英国が21.9%、フランスが12.5%、オーストラリア3.9%、日本が5.3%となっている。下落の主要要因は、市場の過熱感に加え米国のサブプライムローン問題と不動産証券化商品の格下げとなっている。海外リートの市況悪化を受け海外リート主体に運用する国内の投信も運用成績の落ち込みが目立っている。
日本のREIT相場は、世界リート指数と高い相関を示すため同様に軟調で、サブプライムローン問題と、スタンダード&プアーズがRMBSの格付けを見直すと発表したことや、新潟中越沖地震による地震リスクの再認識が影響して東証REIT指数は下落基調。
日本国内では、投資適格地の価格高騰と利回り低下から、リートやファンドなどではすでに構築しているポートフォリオを毀損するとして投資不動産の新規購入の買い控えが広がり、昨年末にリート、ファンドに牽引された不動産相場は、ピークアウトしたという業界観測も一部にあった。しかし海外ファンドや外国人投資家は、今年に入っても日本経済の脱デフレとイールドスプレッドの大きさ、J-REIT市場整備などに見る国内不動産市場の透明化を好感して積極的にREITや実物不動産投資を進めていた。日本国内の投資適格地のこれまでの価格高騰のかなりの部分は外国人投資家をはじめ、海外投資ファンドの積極姿勢と海外勢の巨額の投資マネー流入が創り出したという側面もある。
しかし今年6月頃からリート市場における外国人投資家は、それまでの買い越しから一転して利益確定の売り姿勢を強めている。投資姿勢転換の背景には、世界的な金融引き締め、日銀の利上げ観測、世界的なREIT市場の下落に加え、リスク資産保有減少志向があるようだ。
サブプライムローン問題に端を発した世界的なリスク回避の動きが市場の不透明感が払拭できずに今後も続くと信用スプレッドが拡大し世界的規模で過剰流動性が収縮していく。海外投資家やJ-REIT、不動産ファンドが牽引してきた日本国内の投資適格地もリスクが高いと相当規模の投資家が認識した途端に市場の過熱感もあって一気に調整色が強まることが考えられる。
日銀の再度の利上げや(8月中は見送る可能性が高くなった)、過剰流動性の収縮で円キャリートレードの巻き戻しによる円高が進むと輸出主体で回復してきた日本国内の実態経済に減速リスクが高まる。輸出関連企業の収益が下振れすると国内の設備投資が抑制され、個人消費も冷え込むのでオフィスビルをはじめ国内不動産の需要や賃料水準の調整が進む局面も出てくるだろう。
わが国の不動産も金融商品化が進み、世界の金融市場を構成する無数の細胞の一部となってボーダレスにリンクしている。金融市場を襲った今回のサブプライムローン問題は、細胞組織の一部が腐ってもその絡み合いがあまりに複雑になり過ぎて適切な処方箋が書けず、全体に転移し壊死してしまう可能性が内在していることを知らしめた。
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