不動産デリバティブ 後編

前回は入門編というべくデリバティブ全体についてその特性を書いた。今回は本題の不動産デリバティブの考察を進める。

実は不動産取引などの中にはリスクヘッジの手段として保険や隠れデリバティブ的手法がすでに取り入れられている。例えば、定期借家による賃貸借契約の更新権や空室を固定賃料で回避する保証契約はオプション契約であり、住宅ローンで高金利のとき融資を受けた借り手が低金利になったとき満期前でも借り換えができる仕組みは、金利のコールオプションといえる。

このように国内の不動産取引や融資などのなかにはデリバティブ的なものは数多く内在している。しかし日本国内には、英国のPICsやTRS、米国のシカゴ・マーカンタイル取引所(CME)における住宅価格の先物や先物オプションのように上場された不動産デリバティブ商品は、まだ登場していない。

不動産デリバティブ取引が想定する投資家層は、素地を購入してエンドユーザーへ移転するまで不動産相場が下落するリスクをヘッジしたい不動産デベロッパーをはじめ、融資案件のデフォルトリスクを回避したい銀行・ノンバンクや保有する不動産ポートフォリオの高度化・分散化を期待する機関投資家などが考えられる。また拡大基調にある不動産証券化市場においてインデックスと組み合わせた投資商品など多様な商品開発が進むと一般事業法人や個人も投資家として参入してくることが期待される。

いずれにせよ不動産デリバティブ取引が普及していくと効率的で柔軟なリスクヘッジが可能となるので不動産市場がより透明化し、市場が急速に拡大すると期待されている。

先のコラムで書いたが国土交通省は野村総合研究所主催のもと「不動産デリバティブ研究会」を設置し、国内での導入に向け調査を開始しており、東京証券取引所ではREIT指数先物の上場を検討し始めるなど本年になって不動産デリバティブの実現を目指した動きが目立っており、今後の動向が注目される。

それでは、日本国内で金融イノベーションが進み、リスクマネジメントの関連金融商品である不動産デリバティブが登場して活発に取引されるとどのように不動産マーケットが変貌するのか201X年の未来予想を以下で垣間見てみよう。

1、201X年に登場!日本の不動産デリバティブ取引

201X年、日本の不動産投資市場に不動産デリバティブが登場した。その仕組みは①不動産先物②不動産オプション③不動産スワップの3つに分類される。具体的には、英国や米国で既に導入されている「REIT指数デリバティブ」、「インデックス・リンク債」、「スワップ契約」、「価格指数デリバティブ」、「不動産担保証券(MBS)のデリバティブ」やそれらの商品が複合し進化したものだが、日本では、不動産価格や投資収益率など原資産の変動を適切に示す信頼できるインデックスがなかったため諸外国に比べ導入が遅れた。

201X年に登場した不動産デリバティブのなかでまず投資家が「価格指数デリバティブ」を使い投資不動産のリスクヘッジする手法を見てみよう。

シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)の不動産デリバティブと類似した仕組みで日本全国と国内主要都市を対象にした住宅地価格指数、商業不動産価格指数で先物と先物オプションを取引する。インデックスは、信頼性が高い調査機関が算出したもので、指数に恣意性の懸念がなく、作成方法が公開されているので検証の可能性が担保されている。また更新頻度がこれまで年次までのものが多かったが、月次レベルに改善されている。

例えば、201X年の1年後には福岡市の住宅地価格が下落するであろうと予測する投資家Aは、価格下落リスクをヘッジするため、福岡地区の住宅価格指数を1年後に1,000として契約サイズ1単位をインデックスの2,500倍円で売買する先物取引をする。1年後の指数が1,000から850に▲15%下落したとすると、先物を1,000で買っていた相手方(カウンターパート)は1,000で買わなければならないが、投資家Aは、この先物を850で買い戻す反対売買を行って1,000-850=150指数単位の2,500倍円で150×2,500=375,000円の利益を得る。投資家の現物不動産の価格が下落したとしても先物売りで得た利益で現物の損をヘッジできることになる。

REIT指数先物を使ったヘッジも類似の手法だ。REIT指数先物は、東京証券取引所がすでに上場を検討しているので早い時期に実現するかもしれない。

海外ではFTSEが世界中のREIT価格を指数化しており、FTSE EPRA/NAREIT (グローバル不動産インデックス)に対する指数連動型上場投資信託などのREIT指数に対するデリバティブが登場している。国内でREIT指数先物が取引されると、先物市場からREITに対する投資家の期待値が発信されることになり、REIT市場に加え実物不動産市場の将来動向も推測できることになる。

以上のように将来、不動産デリバティブが国内に登場することでヘッジができない最後のアセットといわれてきた不動産に対するヘッジ技術が高度化し、全体的にリスクが低減することは当然として、例えば先物市場は、原資産価格の将来価格を予測して取引されるのでその取引価格やフォワードカーブ等の情報が現物資産市場にもたらされると投資家の将来期待値が判別可能(価格発見機能)となるため、不動産投資の出口価格の予測も一定レベルで可能となる。

さらに原資産価格とデリバティブ価格に生じている価格の歪みを解消する裁定取引が行われると現物の不動産価格形成がより透明化され、不動産投資市場への資金移転が円滑に行われることになる。

話を現在に再び戻し、海外諸国の不動産デリバティブを紹介し、日本国内に不動産デリバティブを導入するために必要な条件などを考察する。

2、英、米国の不動産デリバティブ

不動産デリバティブは、91年に世界で初めて英国に登場した。この年、ロンドン商品取引市場(FOX)は、不動産先物取引を上場したが、取引量が少なく約5ヶ月で取引を廃止した。当時のロンドン商品取引所は、複雑な不動産デリバティブの仕組みを理解できる市場参加者が少なく、流動性を確保する仕組み作りも不十分であったため、市場が機能不全で低迷したが、実物不動産取引のように印紙税や手数料がかからず取引コストが低コストですむことや、IPDインデックスが整備されており、不動産デリバティブ組成が容易であったことから、そのリスクヘッジ機能が次第に評価されて市場が拡大し、06年第2四半期で約5,000億円の規模までになっている。

英国の不動産デリバティブは、PICsとTRSの2つに分類される。PICsは、IPD社のINDEXを使ったインデックス・リンク債と呼ばれる債券で、PICsを購入するとあたかも現物不動産を購入したようにインカムリターンとキャピタルリターンを得ることができる。

現物不動産投資との違いは、インカムリターンとキャピタルリターンの算定にIPDの不動産インデックスを使うことである。一方、TRSは、不動産の総合収益率(インカムリターンとキャピタルリターンの合計)とロンドン銀行間取引金利(例えば3ヶ月LIBOR+%)などの金利を交換するスワップ契約である。参照されるインデックスは、PICsと同様にIPD社のものとなっている。

投資先進国の米国では1961年にREITが登場し、実物不動産投資を代替する不動産投資環境は醸成されていた。年金など機関投資家によるオルタナティブ投資の拡大などで価格変動リスクなどのヘッジの研究が進んでいたが、住宅・不動産の価格変動を示す適切なインデックスがないことが指摘されていた。

06年5月にシカゴ・マーカンタイル取引所(CME)で、住宅価格指数の先物と先物オプションの取引が開始された。採用されたインデックスは、ロバート・シラー教授とカール・ケース教授が開発したS&P/シラー・ケース住宅価格指数(CSI)と呼ばれるもので、CSI全米インデックスおよび10大都市圏地域インデックスで先物&先物オプション取引が行われている。CSIインデックスは、リピート・セールス・プライシング法を採用し、00年3月期の指数を100として同一住宅の再販売データを基に住宅価格変動を調査して算出される。

最近、米国内では、住宅価格の調整局面が続いているが、CSI全米インデックスの動向が注目されており、CMEの先物価格動向とともに米国における巨大で不透明な住宅市場をヘッジする側面が評価されている。

さらにCMEは、GRA商業不動産指数を活用した商業用不動産価格指数デリバティブの上場も検討している。CME以外の他の取引所や投資銀行による不動産価格指数を原証券とするデリバティブ開発も相次いでいる。しかしCBOT(シカゴ商品取引所)で07年2月にREITの株価指数である「ダウ・ジョーンズ不動産インデックス」を使って取引が開始された先物は低調なスタートとなっており先行きの不透明感が残る。

▼CMEに上場されている不動産デリバティブの商品概要

引用先:不動産デリバティブ研究会報告書

3、日本国内で不動産デリバティブが成立する条件

不動産デリバティブ研究会の報告書は、日本国内に不動産デリバティブを導入するための制度、インフラ面の必要条件を海外諸国における不動産デリバティブの下記の失敗例から言及している。

  1. 市場参加者の理解不足
  2. 不動産と金融について横断的に精通しているプレイヤーが少ない

  3. 市場の流動性確保が不十分
  4. インデックスの信頼性と更新頻度が不十分
  5. 実際の不動産価格とインデックスが同じ動きをしているか投資家に信用がなく、インデックスの更新頻度が年ベースなど不動産価格の観測頻度とが異なる場合は原資産価格とデリバティブ価格が乖離するリスクが発生

上記のなかから成立要件として特に重要と思われる不動産インデックスの整備について言及する。

■不動産インデックスの整備

不動産の市場価格は月次単位で確認できないため、インデックスがその役目を受け持つ。そして不動産デリバティブが有効に機能するためには原資産と同じ動きをするインデックスがなければならない。その他、デリバティブ組成から見た不動産インデックスが備えるべき要件は以下の内容となる。

  • 検証可能性
  • インデックスの作成方法が公開されており、他の第三者が検証可能であること。信頼できる機関が公表しておりデリバティブ発行主体の恣意性がない

  • 流動性と更新頻度
  • 最低でも月次レベルで更新されていること

  • 代表性とベーシスリスク
  • 原資産となるインデックスが実際のマーケットの変動を適切に反映していること。不動産のような個別性の高い資産インデックスでは保有ポートフォリオとのギャップが生じるリスクが存在するためこの点の確保がポイント

現在、国内にも不動産インデックスが数多くあるが、上表の要件を全て備えるインデックスは今のところ存在しない。さらに不動産インデックスは、価格、賃料、空室等を実物資産の実際データにより算出し、不動産投資インデックスは投資不動産の収益率を指標化したインデックスであるがオフィス、住宅、商業施設、物流施設、ホテル、シニア介護施設などの資産タイプごとに日本全国から各主要地域まで網羅したものでなければならない。

インデックスの算出方法として加重平均、ヘドニック・アプローチ、リピートセールスモデルがあるが、我が国では取引内容や賃貸借条件などの情報が公開されておらず、必要な情報が囲い込まれた形で分散し偏在しているため信頼度が高いインデックス作成が遅れている。

不動産デリバティブを国内に導入し、市場で機能させるためには不動産インデックスの整備が急がれる。

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