不動産デリバティブ 前編
まだ国内に登場していない最先端投資商品「不動産デリバティブ」とは何か?個人投資家目線から説明すると、賃貸マンションの投資家がいて、将来、賃料が下がり、空室が増えたり、不動産価格が下落してしまうリスクをヘッジしたいと思えば、それら原資産と逆の動きをする先物やオプション、スワップ取引を現物の取引と同時セットすることでそのリスクをヘッジできる金融商品である。
例えば、投資家Aが、不動産投資の賃料収入のキャッシュフローの不確実性をヘッジしたいなら、不動産の賃料収入を探している投資家Bが持つキャッシュフロー(LIBOR orTIBOR+スプレッド)と交換(スワップ取引)すれば、不動産投資のキャッシュフローから固定レートの受け取りに変わり、その結果、投資家Aは、希望通りキャッシュフロー変動をヘッジできる。また賃貸マンション価格の下落をヘッジするなら賃貸マンションインデックスをベースにした先物やオプションを取引すれば、ヘッジできるという仕組み。
不動産は、バブル崩壊後、最たるリスク資産となったため、デベロッパーの開発期間中のさまざまなフェーズでのリスクや不動産融資を行っている銀行の担保価値減少リスクに対してもデリバティブのヘッジ効果が期待できる。しかしデリバティブは、リスクヘッジ機能だけでなく、巨額のマネーを複雑巧妙に操る錬金術師の顔を併せ持つ。その具体的な仕組みは、後から詳しく書くとして、ここにきて不動産を究極の金融商品に仕立てる「不動産デリバティブ」が日本でも誕生する実現性が高まってきた。
国土交通省は、「不動産デリバティブ研究会(座長川口有一郎)」を設置し、これまで計3回にわたって研究会を開催し、検討を行ってきたが、6月25日に研究会の報告書が取りまとめられ公表された。すでに英、米では、不動産デリバティブが導入されている。そして日本国内でも不動産会社、証券、銀行などを中心に不動産デリバティブ導入の要望が強まってきていた。
企業間の競争激化で資金調達のコスト面や金融機能の多様化という流れを背景に間接金融から直接金融や市場型間接金融への移行が進んでいるが、この進展プロセスは、これまで銀行が取ってきたリスクを企業や個人にまで拡散させる結果となっている。つまり企業が直接市場から資金調達するようになることで、企業もリスクを負担するようになったし、市場型間接金融である証券化の進展で、企業や個人も投資家として資金供給サイドに回る機会が増え、リスクと無縁でいられないようになってきた。さらに企業における時価会計や減損会計への変更など不動産のリスク資産化が加速し、不動産に係るリスクが顕在化しつつある。
このような背景を考え、不動産デリバティブ登場への環境整備をするため、その否定的な面を抑えつつ、肯定的な面を伸ばし、国民経済的に意味のあるものとして発展させていくことが重要という認識で、国土交通省主導で先に紹介した研究会が設置され、実施すべき施策などがA4で95ページに及ぶ報告書に盛り込まれた。また東京証券取引所ではREIT指数先物の上場を検討し始めていると聞く。
まだ国内では上場された商品が存在しない「不動産デリバティブ」とは、どのような金融商品なのであろうか、そして不動産デリバティブが登場すると不動産投資にどのような変化をもたらすのだろうか、すでに導入されている金融先進国の実例や国内の研究レポートなどを見ると、不動産市場に画期的なイノベーションをもたらし、これまでと全く違った不動産投資の風景が見えてくる。今回のコラムは、2回に亘って不動産デリバティブを紹介する。
■デリバティブとは
まずデリバティブとは何か?から始める。デリバティブとは「金融派生商品」と定義される。親となる「原資産」があって、親から生まれた(派生した)子供となる商品が派生商品である。子供となる商品の価格(現在価値)は、親である原資産の価格や指標に依存して決定されるという関係が成り立つとき、親である原資産のリスクをヘッジする目的で子供である「金融派生商品」を取引する。このように定義すると抽象的で何をいっているのか解らないが、具体例で考えるとその仕組みは、意外に簡単だ。デリバティブには先物、オプション、スワップ、その複合商品があるが、例えば、先物、オプションでは、
3月1日にA氏は、3ヶ月後のB社の株が1,000円なら買いだと判断し、決済日を3ヶ月後として株式1,000株を1株1,000円、計100万円で買うという先物取引を決める。3ヶ月後にB社の株価が計1,200円していたとしても、A氏は、1,000円で買うことができるため、20万円得をする。逆に800円に値下がりしていたら20万円損をすることになる。
先物取引は、このように「将来のモノの売買についてあらかじめ現時点で約束し、現時点でその価格まで取り決めてしまう取引」である(※実際の株の先物やオプション取引では、「日経平均」のような指数を売買の対象として取引する)。
先物の場合は、A氏は、買う義務があるが、オプションになると買う権利になる。「買う権利を使う、使わない」は、A氏が決めてよい。つまり3ヶ月後のB社の株を1,000円で買う権利(コールオプション)を買ったA氏は、
決済日の株価1,200円>権利の行使価格1,000円(オプション取引時に値決めした価格)
のときは、200円の得になるので行使価格で買い、株価が800円に値下がりしていれば、買う権利を放棄して市場価格で買えばよい。ただし、買い手A氏は、オプション料(プレミアム)を売主に支払いコールオプションの権利を取得するので権利放棄の場合は、オプション料だけは負担しなければならない。
また売る権利はプットオプションで、例えば、将来株価が値下がりすると考えているC氏は、プットオプションを買って、3ヶ月後に1,000円で売るという権利を取得したとする。3ヶ月後に800円に株価が値下がりしても1,000円で売る権利を行使できる。株価が1,200円に値上がりしたときは、権利を放棄し、市場価格1,200円で売ればよい。
満期日のその日に原資産を買う、売ることができる権利を「ヨーロッピアンオプション」、満期日までに原資産を買う、売ることができる権利を「アメリカンオプション」という。ヨーロッピアンオプションのプレミアムを計算する代表モデルが「ブラック・ショールズ・モデル」で、原資産価格、権利行使価格、満期までの期間、無リスク金利、原資産価格のボラテリティを計算モデルにインプットすればオプションのプレミアム価格がアウトプットされる。
■デリバティブ取引
デリバティブの基本的仕組みが解ったとこで、実際の市場がどうなっているかだが、デリバティブは、取引所取引とそれ以外の相対取引があり、原則として先物は取引所で取引され、先渡し、スワップは相対取引で行われる。市場に参加しているプレイヤーは、参加動機から3つに分類される。
- ヘッジャー
- スペキュレーター
- アービトラージャー
原資産の変動によるリスクをヘッジする目的で参加。本来のデリバティブのプレイヤーといえる
現物市場に比べ少ない元手でレバレッジを利かせた取引が可能であり、将来価格が上昇すると予測すれば買いに、下落すると予測すれば売りに向かう
アービトラージャーは裁定取引を行う人。裁定取引とは、異なった商品、異なった限月、異なった市場間で、理論値とかけ離れた価格が形成された時に、価格はいずれ理論値に収斂するという前提で取引を行う
原資産の変動によるリスクをヘッジする目的で参加するヘッジャーが、 本来のデリバティブのプレイヤーともいえるが、スペキュレーターやアービトラージャーがいて市場機能が相互に補完され、市場ボリュームも厚くなるため、市場にいずれのプレイヤーも欠かせない。このようにデリバティブ市場の持つ多面性が様々な動機を持った参加者を集めることになる。
一方、デリバティブの持つ多面性と近年の市場拡大が取引を複雑、巨大化し、リスク管理が甘い市場参加者が巨額の損失事故を引き起こす原因となっている。それではデリバティブの持つ危険な罠ともいうべきリスク管理の失敗から破局を迎えた有名な事件であるヘッジファンド「LTCM」のケースを紹介しよう。「LTCM」の破綻は、1998年、NHKスペシャル「マネー革命」でTVに取り上げられ、その具体的な手法は日本経済新聞出版の可児滋著「デリバティブの落とし穴」で詳細に検証されている。デリバティブ運用の破綻が世界の金融市場を震撼させたこの事件を振り返り検証するとデリバティブの仕組みや機能の理解が深まると同時にその運用手法を巡り多くの教訓を得ることができる。
■デリバティブの危険な罠(ヘッジファンドLTCMの巨大損失事故など)
LTCM(ロングターム・キャピタルマネジメント)は、1993年にジョン・メリウェザー氏によって設立された。ジョン・メリウェザー氏は、ソロモンブラザースの辣腕債券トレーダーで抜群のパフォーマンスを上げ、ソロモンに巨額の利益をもたらにした実績の持ち主であった。何よりも目を引いたのはLTCMを構成したスタッフがいずれもスパースター揃いの超豪華メンバーであったことだ。なかでも経営幹部としてLTCMに参加したマイロン・ショールズとロバート・マートンは、オプションの価格評価モデル「ブラック・ショールズモデル」の研究・完成に関わり、1997年にいずれもノーベル経済学賞を受賞した金融工学の権威であったため、LTCMは、その贅沢な陣容から金融のドリームチームと呼ばれた。そして95年、96年には42.8%、40.8%という、世界のヘッジファンドのなかでも突出した高い運用配当を実現した。
LTCMの取引の中心は、債券市場や株式市場における裁定取引だった。LTCMの手法は、商品価格の間に生じている価格の歪みを、理論価格を求めることで洗い出し、一定期間後にはその歪みがLTCMが計算した理論価格付近まで収斂することを前提に割高な商品を売り、割安な商品を買って裁定取引を行いリターンを得るという手法である。割高割安を計算する現在価値の価格評価に当然のことながらブラック・ショールズモデルを基本にした計算式を活用した。
証券間の信用リスクで一方が過大評価されているために生じる歪みが、一定期間後に理論価格にマーケットが収斂することを前提にした「クレジットスプレッド取引」や「流動性プレミアムを対象にした取引」や金利の期間構造の変動から鞘を抜くという裁定取引などを中心に比較的リスクが低い運用手法で、しばらくの間は、高いパフォーマンスを達成できた。
しかしLTCMの手法を真似する他のヘッジファンドなどが増え、LTCM自体の資本規模も巨大となり、マーケットに与えるインパクトが強大となった。その結果、あたかもLTCM=マーケットといった皮肉な現象が創出されたため、裁定取引で利益を上げることが次第に困難となり、運用パフォーマンスが低下していった。LTCMは、いきおい資本規模を縮小し、レバレッジ倍率を上げて投資ポジションを確保するといったハイリスク志向に傾斜していく。
そして破綻の決定的原因となったのがロシア政府が135億ドルのロシア国債のデフォルトを発表したロシア危機である。発展途上国へ向けられていた投資マネーが安全でリスクの低い投資へと雪崩のように逃避し、その結果、先進国と発展途上国間の信用力、流動性に対する相対関係の歪みはいずれは理論価格まで縮小するというLTCMの目論みが根底から崩壊し、破綻を迎えた。
LTCMは、デリバティブ本来の精緻な裁定取引モデルでリスクヘッジし、運用成績を上げていたが、裁定取引の利幅が小さくなるにつれ、レバレッジ倍率を上げ、他のヘッジファンドの倍率をはるかに超える20~30倍に達した。マーケットに予想外の波乱要因が襲い、原資産価格が想定を超える変動したときのリスク管理としてVARモデルやストレステストがあるが、この損失事故は、最高の頭脳と実務家を結集してリスク管理を徹底しても完璧にリスクヘッジできる投資モデルは存在しないことを実証した。
このように体力以上にレバレッジをかけ、運用モデルを過信しすぎると、破綻への道を転がり落ちていくことになる。またLTCM以外のデリバティブによる巨額の損失事故は、近くはエンロンからP&G社の運用失敗などがあるが、社内のリスク管理体制が甘く、自社のトレーダーの犯罪的行為を看過し、倒産に追い込まれた英国のベアリング銀行のようなケースも見られる。
次回は、本題の不動産デリバティブに言及。
■次回記事
不動産デリバティブ 後編