コンストラクションマネジメント(CM)が建設談合を破断する

従来のゼネコン一式請負でブラックボックス化された建築工事コストを透明化し、低減するものとして発注者に注目されている革新的マネジメント・ビジネスが、コンストラクションマネジメント(CM)である。日本では民間建築を中心に徐々に普及しているが、公共工事にCMが導入されたケースが極めて少ない。日本と対照的に米国では、1970年、ニューヨークのワールド・トレード・センタービル(WTC)建設に公共工事としては初めて採用された。「米国の民間では第二次世界大戦前から発注者が自分の機能を建設会社に委託する商慣習があり、すでに業界にマネジメント・ビジネスが誕生していたことから、ニューヨーク州がそこにヒントを得て考えたものである」(小菅哲著 CM(コンストラクション・マネジメント)が建築を変える)。

以後、発注者サイドに立ち建築をマネジメントするこの方式は、事業者の支持を得て年々活用範囲が拡大している。米国ではピュア型CMが多様に分派し、日本CM協会理事小菅哲氏によると「建築コストダウンなど金額主体」から「工期・品質」を主体としたCMに形を変え、現在は設計と施工を同時に発注するDB方式(デザインビルド方式)が主流という。

CM(Construction Management)は、建築主と建築生産者の間にCMが入り、複雑多岐な建設プロセスを効率的にマネジメントすることを指し、施主が価格や契約で主導権を確保することに専念し、ゼネコンを入れず(ゼネコンの利益の中間排除)、施主が直接に専門工事会社に発注し、価格の透明性の確保、サブコン間の競争原理の導入、品質の確保などを目的としている。コンストラクション・マネジャー(CMr)が、発注者のために建設コストの透明化・合理化を追求するため、競争原理が建設業者間に貫徹し、発注者にとって品質を維持しながらコストを透明化し、低減することが可能となる。

本コラムでは、脱談合の理念に燃える改革派の若い市長の英断で佐賀市の公共工事にCMが採用され、全国的に注目を集めた事例を紹介する。

■公共工事にCM

タレントのはなわ君(佐賀出身)が歌う田舎度を誇張した「佐賀県」、自虐ネタでうけている佐賀市であるが、九州の地方都市でこれといった産業もなく、九州の中でも保守的な気風が色濃い、どちらかというと後進的部類に属する地方都市というイメージが払拭できなかった。

99年初当選した43歳の木下敏之市長はその果敢な行動力と英断で改革派市長として次第に全国的に知られていく。初当選以来、幹部職員同行抜きで一人で出かけ、2時間かけて住民との対話集会を校区ごとに開いている。即断即決の市長は住民の意思を行政に反映させることに熱心だが、住民に媚びることはない。住民に対し、できないことはできないとその場で言う。

佐賀市が4月から稼動させているオープン型基幹システムに全国の自冶体から視察や問い合わせが殺到している。地方自冶体としては異例のクライアント・サーバー方式のオープンシステムをメインフレームの従来方式から転換後、2年足らずで構築。住民基本台帳管理や各種市税計算などの基幹情報システムをこれまでの国内大手電機メーカーのオフコンから韓国メーカーによるパソコン中心のオープンシステムへ切り替えた。これにより従来型システムの3割減のコスト削減を実現。さらに大型汎用システムのメンテ・更新に多額のコストがかかつていたものをオープン型にすることにより、地元企業に委託し、コスト削減と地元IT産業育成を図るなど思い切った数々の改革路線を推進している。

その佐賀市が、市内の高木瀬小学校の改築工事の入札に、CM(コンストラクション・マネジメント)方式を採用し、設計金額に対するコストを約11%削減した。CMの対象となった建物は、鉄筋コンクリート造・一部鉄骨造の3階建で、延べ面積は3,576平方メートルの規模。04年1月に着工し、8月25日新校舎の使用を可能にした。CMによる見積もり募集や下請け会社の入れ替え作業は、岐阜市の希望社が担当した。筆者は希望社専務で当プロジェクトにコンストラクション・マネジャー(CMr)として中心的に関わった小野木章氏からお話をうかがった。

談合という非競争、閉鎖社会の渦中にある地方公共工事に建築のプロフェッショナル集団が民間型の競争原理の粋ともいえるCMをいかに適応させ、非競争社会の厚い壁を切り崩していったか、「プロジェクトX」ばりの談合破断のストーリーもさりながら、理屈ではCMの先進性が解っても、なかなかその具体的な仕組みがいまいち解りにくいのがこのシステムであるが、具体的事例を研究することで発注者がCMを身近に感じれる契機になればという思いでこのコラムを書いた。

■型破りなその発端

「公共工事を第三者の立場でみてもらうことはできるか」。03年4月、木下市長から希望社に入った電話からこのプロジェクトとCMの出会いが始まった。

報告を聞いた桑原社長は、そのときはあまり気乗りがしなかったらしい。公共工事にCMの透明な競争原理を実現するには「公共工事の談合」という厚い障壁が立ちはだかつており、「談合」という古くて新しい問題の根があまりに深くこの国を蝕んでいる絶望的な実態があることを桑原氏は幾多の経験から学んでいた。

談合は入札参加者間の競争を排除するから、工事価格は予定価格近辺に張り付く。国民の血税を使う公共工事の工事費が競争原理が排除されるため、民間に比べ高いと指摘されている。また、発注者がゼネコン等の選定に絶対的権限を持つので「天の声」による談合操作が目論まれ、受注者選定へ政界の闇が介入しがちとなる。政官財の癒着のトライアングルが、この国の固有の社会風土として強固にビルトインされているのだ。

談合といえば、受注者である建設会社が談合の槍玉に挙げられるのが常だが、桑原社長は、発注者である役所に実は病巣があり、談合の温床となっている指名競争入札などの発注システムが競争原理が透明性のもとで発揮できないようにしていると常々、憂いていた。

そのような行政不信の桑原社長の心を突き動かしたのは、いままでの役所に抱きがちなイメージを破ってしまう木下市長のなんとも型破りなアプローチであった。「市長は自分で電話をかけてきた。それだけでも極めてまれなことなのに、何としても直接会って話がしたいという姿勢は、これまで私が役所に抱いてきた思いとは少し違うものを感じさせた」(桑原耕司著 公共事業を、内側から変えてみた)。

■コンサルタント型CMで参入

希望社は、岐阜市のCM会社でJCM(Japan Construction Management)発注方式という仕組みを使って発注代行業務を実施している。このJCMは、「コンサルタント型CM」と「請負型CM」からなる。

「コンサルタント型CM」は、工事費についてはゼネコンに任せないで専門工事会社と直接折衝し選定するという分離発注的な手法をとりながら、施工段階の責任はゼネコンに一括して負わせるシステムである。希望社が施工段階も監理者として参画し、建築が完成するまでサポートするが、発注代行業務だけを依頼することもできる。

一方「請負型CM」は、希望社が施工を自ら行う方式で、「工程」「品質」「安全」についても管理し、責任を負う形のCMをスタートさせた。これは、現在の日本の建築制度や慣習の中では、コンサルタントや発注者の代行者ではなく「請負人」という立場で関わらなくては、工事すべてに責任を持ち本当に発注者の利益になる業務は出来ないという同社の考えに基づく。請負型といっても従来のゼネコンの不透明・非競争的なやり方ではなく、オー プンで合理的・競争的なJCMの仕組みに基づいた請負業務を行う。 希望社によると現状においてはこの「請負型CM」という形のCMが、建築工事の最善の仕組みであると考えている。

佐賀市は、発注システムを透明化し、競争原理を導入し、財政支出縮減を効果的に実現し、談合で閉塞した従来型公共工事のやり方を改革するためにCMに着目した。建築の専門家として第三者の立場で工事を見てもらいたいとする木下市長の依頼から希望社は、コンサルタント型CMとして参加することになった。具合的には、「設計VE」、「発注マネジメント」、「工事監理」、「現場VE」をCMとしてサポートする。

佐賀市はまず、随意契約で希望社とCM契約を結び、目的達成のために、従来は職員が遂行していた業務を含め多様な業務を委託した。また、一般的な入札(最低金額を提示した会社に発注する)方式ではなく随意契約(市が選定した特定の会社に発注する方法)で元請会社と請負契約をすることを決定した。
 
国内では、地元建設業界と役所の癒着が取りざたされる。それでなくても閉鎖的な地方都市の公共工事にCMという透明度が高い競争原理を工事費のコストダウンに持ち込むことは数多くの困難が予想された。

まず元請ゼネコンはCM主導を体質的に歓迎しない。CMを遂行するコンストラクション・マネジャー(CMr)に発注者の意思である建設工事の品質保持とコストダウンの成否がかかつてくるため、工事業者を上回る高度な知識と経験が要求される。希望社専務で当該プロジェクトのCMr小野木章氏によるとCMに求められる資質のうち重要なものは、過去の豊富な工事実績で蓄積された工事費の実勢価格データベースに裏付けられた折衝力だという。ゼネコンよりもむしろ業界や地域によるサブコンのメーカー談合で競争原理が働かず、業界価格が高値で維持されるケースが多く、総工事費の8割を占めるといわれる専門工事業者の工事費を適正値までコストダウンする能力が求められる。

標準ケースに当該工事の特殊要因などを加味して増減させ、妥当値まで値引きさせる。建設工事のプロであるゼネコンや専門工事業者に工事コストの妥当性を折衝するには、積算根拠、リアルタイムの実勢価格動向から底値の把握、業界事情などの広範多岐にわたる知識と経験の豊富な蓄積がなければ、業者の価格ロジックを論破することが不可能で、業者にいい様に言いくるめられ、何のためのCMrかとその存在意義を失くしかねない。

■競争原理導入の仕組み

●見積内訳明細書

最近の傾向として公共工事の入札の場合、発注者は、入札に参加するゼネコンに対し、工事費の総額だけでなく、「内訳書」の提出を義務付けるように次第になってきているが、発注者はまだ依然としてゼネコン任せの総額判断というところが多い。このため工事費の合理的根拠の論証が棚上げされ、結果としてコストの透明性が阻害されているため、競争原理が十分に機能しないという現実がある。希望社の発注マネジメントは独自の内訳書を作成することで、見積もり参加者を増やし、参加会社の競争を促がしている。設計図から工事項目と、数量を拾い、参加業者に記入してもらう工事費の単価・総額だけ空欄にする。数量拾いをCMが行うため参加業者の負担は軽減されるので参加数が増加する効果が発揮される。さらに項目が整理され、数量がセットされているため、参加業者は、工事原価と一般管理費に利益を入れる作業だけになり業者間のコスト競争がより鮮明になり、判別しやすい。

JCM方式では見積もり参加を元請のゼネコンだけでなく、下請けのサブコンにも呼びかける。当該工事のケースでは、「元請の場合、見積もりを出した全社の書類審査後、低額10社に絞込み、見積もり内容を審査。これをクリアした会社に技術評価を与え、総得点が60点以上を獲得した会社のうち、見積もり金額の低額5社を選び出す。そして見積もり金額を審査、折衝したあとに最終評価を下し、元請会社を決定する」(桑原耕司著 公共事業を、内側から変えてみた)。

専門業者の場合は、各工事の見積もり金額を比較検討し、低額3社と折衝し、原則として最低額の1社を選定。その業者の見積もりとゼネコンの見積もりと比較し、専門業者のほうが安ければ、ゼネコンの下請けとして採用される。このとき技術、財務力も併せて検討されるのは元請と同様である。

●現場VE

VE(バリュー・エンジニアリング)とは目的物の機能ないし品質を低下させず最小のコストで達成するための科学的技法である。発注者にとって建築物の機能を低下させずに工事費のコストダウンが実現できる。

公共工事にVEを導入する場合、設計段階でVE検討委員会などを設置し、基本設計・詳細設計に対して改善案を検討する「設計VE」、工事入札時に入札参加者の改善案を受け付け,事前審査で改善案が発注者の承認を得た場合は、その改善案で入札することができる「入札時VE」、工事の契約後に施工業者の改善案を受け入れ、採用された場合、改善案に従って設計変更し、施工業者にはコストダウン額の一部を還元配当する「契約後VE」がある。

佐賀市では、「契約後VE」ともいうべき「現場VE」が希望社の提案で導入された。工事が始まると設計図面が具体的な建物の形で具現化してくるが、設計時に思いつかなかった品質向上、コストダウンのアイディアが施工技術者を中心に次々と出てくる。その改善案を組織的に取り入れる態勢を希望社では、「現場VE」と位置づける。

具体的には、コストダウンや品質・機能性向上などの改善案を出し合うVE委員会を設置し、参加者は発注者(佐賀市)、CM(希望社)、元請、専門工事会社、メーカーで構成された。改善案の採否は発注者である佐賀市が決定し、改善提案がコストダウンを実現した場合、提案者を中心にコストダウン額の一定率を分配することで参加者にインセンティブを与えるため、より大きなコストパフォーマンスをもたらすことが期待された。

■CM導入の成果

CM導入の成果を佐賀市の公式サイトから検証してみよう。「高木瀬小学校校舎改築工事のCM方式による発注事務経過について」というタイトルで市長の概要説明、教育副部長の補足説明などが掲載されている。

内容を要約すると当該工事の場合、見積もり参加企業は、元請が建築は9社、電気が11社、機械が6社、専門会社については建築が169社、電気と機械については28社であった。

建築で46工種、電気で7工種、機械で6工種ある専門工事に対し専門工事会社から見積もりをとった。そして専門工事会社の見積もり金額が、元請けの見積もりよりも低い場合、下請け会社を入れ替えるこのシステムで設計金額に近かった工事額が効果的にコストダウンした。建築の38工種、電気の6工種、機械の2工種で下請け会社が入れかわり、設計金額7億1,581万円に対し、決定額は6億973万円となった。CMの手数料として希望社に支払った2,583万円を差し引くと8,000万円の削減になる。元々の工事費が7億1,500万円なので、大体11%から12%程度を今回減額する事ができた。

参加を県内企業に限定しなければ、さらにコストダウンが可能となったと思われる。従来の入札方式でやった場合、設計金額の95%前後になるため、それに比べるとコスト低減が実現できたと考えられる。

現場VEと並行して進行した施工面でいままで下請けを協力会で手配してきた元請ゼネコンは、入替え下請けに対し、事前に元請主導でサブコンヒヤリングを行ってはいるものの、CMにより入替えされた付き合いがなかった専門工事業者に対する不安から士気の低下が工事着工からしばらく見られたが、CMrによる意識改革の啓蒙と問題点の協議の積み重ねの努力で解決していった。

地方公共工事の改革を志向する首長とそれを支える職員、地方の小都市から発信された公共工事をめぐる談合破断の試みは、建築のプロ集団の手で綿密にそのシナリオが検証され、結実した。本コラムの結びにかえ前掲の著書から引用する。

「公共事業における発注者は、受注者たる建設会社と比べものにならないほど、大きな権限を持っている。だから両者のあいだには主従関係が生まれもすれば、腐敗を生む。(中略) 私は、このプロジェクトにおけるいくつもの節目を迎えるたびにこう思った。公共事業の改革は、難攻不落で聖域を侵すようなものでない。発注者が改革を望みさえすれば、必ず前進する。」

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