不動産バブルは再燃するのか? / リート、ファンドバブルの行方
前回のコラムで「リート、ファンドがもたらした地価高騰がバブルなのか?」という論争について「バブルでないよ論」を紹介した。今回は、「バブルだよ論」を紹介し、連載のまとめとしてバブル論争の筆者の見解を書いてみよう。
1、バブルだよ論
「バブルとする論」は、「いま現実の市場で進んでいる不動産価格の急激な高騰と利回りの低下がすでに危険水域に達してバブルとなっているのではないか」と指摘する。「バブルでない論」で紹介した論拠の逆返しがそのまま「バブルだよ論」となる。つまり国債利回りとのスプレッドが小さ過ぎるとか、路線価や公示価格から取引価格が説明ができないくらい乖離しているなどの点が挙げられる。
バブルとは、「経済のファンダメンタルズを乖離して上昇し、経済理論で説明できない資産価格の変動」をいうので、日本経済のファンダメンタルズが、過大評価されており、その過信が色濃く不動産価格に反映されているという認識が論拠のベースになっている。
住居系投資不動産でいうと需要を左右する少子高齢化、人口減少社会の到来である。人口減少は、都市間格差が拡大し、階層分化しているので、東京や政令都市など人口流入がしばらくは続く上位都市と、その他地方の下位都市では進行速度が違うが、高齢化については、上位都市で高度成長期に大量に流入した団塊世代の高齢化が、今後、下位都市以上に急速に進むと見られている。
「全国の70歳以上人口比率は00年時点で12%弱。15年後に首都圏の1都3県や大阪、愛知は18%上回る。高齢化速度は、山口、秋田、高知で1.3-1.4倍だが、3大都市圏は2倍前後になる」(日本経済新聞)。
高齢化で首都圏全体の就業者や生産年齢層の減少が不可避となっているため、オフィスや住宅需要にマイナスの影響を与える。賃料と相関が高い勤労者所得で見ても景気が回復しているが、企業は国際競争力を考えて労働分配率の上昇に慎重なため賃金の上方硬直性が指摘されている。
住居系投資不動産は、供給過剰が指摘され、需給バランスの悪化がすでに空室率の拡大となって顕在化しており、住居系投資向き不動産価格は、調整ないし下落するという見方だ。
オフィスは、最近の景気拡大や企業業績の好調で、拠点の集約化に伴う移転、増床意欲が高く、オフィス市場拡大の裾野が広がっている。オフィスワーカーとなる社員の採用計画を拡大する企業が増え、オフィス需要の拡大の要因になっている。このため需給がタイトになって東京をはじめ一部エリアで新規、継続賃料が上昇し、将来の賃料上昇を見込んで不動産価格が高騰しているが、過剰な賃料上昇期待をベースに収益価格が算定されている。過渡的な需給のタイト感を享受しているにすぎないいまの不動産価格は、バブルとなる要素を内含するので今の価格水準も危険水域を越えバブルであるか、よりバブルへ振れていく危険性が高いと説く。
また私募ファンド系がリートのスポンサー企業である場合、なかにはファンドの高値売り抜けの出口としてリートが使われて割高な不動産が組成不動産になっているという指摘がある。また金融庁による信託2社の違法建築や物件評価のかさ上げに対して業務停止処分が行われたが、このようなリート市場の一部に見られるアンフェアさがリート市場にバブルを醸成させているのではないかと囁かれる土壌になっている。
2、まとめと私見
リートやファンドによる取得競争の激化で不動産価格が高騰し、利回りが急速に低下していった04年後半ごろからミニバブルが囁かれ、価格の調整が近いことが指摘され続けてきたが、その後もリート・ファンド市場は拡大し、5月1日の東証リート指数は03年4月の指数算出開始以来の最高値を付けた。このような上昇が依然として続いているのはなぜだろうか。その理由として、
- オフィス賃料の上昇
- 世界的な不動産価格の同時高
- 海外不動産ファンドの積極投資とリート市場の外国人投資家の買い越し
がある。
●オフィス賃料の上昇
都心3区のAクラスビルの新規賃料は1年で2~3割程度上昇したといわれている。例えば三菱地所は新丸の内ビルの賃料を周辺相場より2~3割高い坪65,000円としたが、満室となった。継続賃料で見ても日経新聞のオフィスビル賃貸料調査によると東京で前年同期比12.13ポイント上昇し、上げ幅は93年以降で最大となった。既存ビルの賃料上昇には、国内リートが投資家への配当を確保するため賃料を積極的に上げていることが影響を与えている。大阪でも新築ビルの賃料が上昇した。3月末の東京都心5区のオフィス空室率は1.8%と6年ぶりに1%台へ下がった。
賃料の上昇と空室率の低下で貸し手優位の市場となっているが、オフィスビル市況の堅調を受け、リートや実物不動産の価格は上昇している。購入時の投資利回りが3%としても賃料が上がれば、購入後に投資利回りは上昇する。不動産価格が上昇して利回りが低下したにもかかわらずリートやファンドが依然として買っているのは賃料上昇期待があるからだ。
●世界的な不動産価格の同時高
投資用不動産価格の高騰は、日本だけに起きている現象でなく世界的規模で起きている。世界の不動産同時高の背景には、米国の経常赤字の累積、産油国のオイルマネー、国内金利と主要国との金利差に基づく円キャリートレード、欧米を中心とするキャッシュリッチ企業の世界的なM&A活性化等による潤沢なマネーなどの過剰流動性があるが、世界の年金基金(総額約2,250兆円)による基本アセットクラスの株式、債券以外の代替資産である不動産へのオルタナティブ投資が世界の不動産価格の高騰の一因にもなっている。
米国では、サプライムローンの貸し倒れ懸念が広がり住宅価格のバブルが沈静化してきているが、アジアでは中国、韓国、インドの地価が高騰し、欧州ではスペイン、フランス、英国、ロシアなどの不動産価格が高騰した。
またリート制度の導入が世界的に進んでいる。欧州では1969年に導入されたオランダのリートが古いが、07年2月末でベルギー、フランス、ギリシャ、英国に導入されており、ドイツ、イタリアにおいても導入が予定されている。アジアではシンガポール、香港、台湾で導入されており、世界的規模で不動産投資のグローバル化が進行している。世界の上場リートの時価総額は3月末で100兆円に達し、リート市場の世界的ネットワーク化が進んでいるが、世界の投資用不動産がリンクする可能性が高まっている。
●海外ファンドの積極投資と外国人投資家のリート買い越し
日本の投資用不動産については、日本の景気拡大を背景にオフィスの空室率がゼロ近くまで低下しており賃料上昇を見込めば不動産価格上昇余地がまだあるとして海外不動産ファンドが積極的に投資している。
モルガンスタンレーによる全日空傘下のANAホテルズの買収価格は2,813億円、ホテルの資産評価法の一つであるRevPAR法での試算価格を大幅に上回ったとして入札関係者から驚きの声が上がった。モルガンスタンレーは、日本国内の不動産に関してすでに2兆円投資したとも言われている。ほかの外資勢は、リーマン・ブラザース、ドイツクレディ・スイス、ベアー・スターンズ、カリヨンなど証券会社、投資銀行で1000億円内外といわれている(雑誌金融ビジネス)。最近は、外資勢も投資適格地で取得物件が枯渇してきたため、優良不動産を保有する企業ごと買おうという動きも出ている。
リート市場では外国人投資家が積極的に投資をしており、円安も追い風となり、リート市場で買い越しているのは外国人投資家の旺盛な買いがあるためといわれている。
東証の3月の投資部門別売買状況によると外国人売買のシェアは55%で、過去最高。国内の個人・法人は、計471億円売り越しているのに外国人は618億円買い越している。日本の不動産のみを対象にしたオーストラリアの証券取引所にリートも3法人が本国に上場しているが、日本のリートを買収し、投資スケールを拡大して豪市場に上場する計画もあるらしい。
リートの利回りは、米欧に比べ日本のリートは低いが、各国の長期金利と不動産の投資利回りから見て、逆スプレッドになっている米国などと違い、日本は、スプレッドが縮小したとはいえ米欧に比べるとまだ大きい。「日本経済は成長軌道に乗ったと判断され日本の不動産市場はこれから本格的に回復するはず」といった見方が海外投資家に多い。
■筆者の見解
以上、連載3回にわたり、リート、ファンドバブルを巡る論議とその論拠を紹介してきた。そのなかには筆者の見解と一致する部分もあったが、最後に筆者の見解を書いていくことにする。
●いまバブルか?
「バブルは崩壊して初めてバブルだと解る」というのはグリーンスパン前FRB議長の有名な言葉であるが、バブルかバブルでないかを現状で判断するのは、難しい。筆者の見解は、不動産投資市場が変質しており、バブルが発生しにくいとした「バブルでない論」に近いが、個別の不動産のなかにはファンダメンタルズを乖離したものがあるという見解だ。
しかし市場が進化し、参加するプレイヤーが、DD(デューデリジェンス)で投資適格性を調べ、収益還元法で不動産を買い、ファイナンス理論でリスクとリターンを最適化しているとしても、バブルが発生しないという保証はどこにもない。不動産投資市場に「効率的市場仮説」が成立するのなら不動産価格は、ファンダメンタルズに収束し、乖離することはないはずだが、人間がクールに経済合理性だけで行動するのでなく、さまざまな心理的バイアスで非合理的な行動をすることは、近年の行動ファイナンス理論が説くところであり、先のバブルが証明している。
実務家の立場から言わせてもらうと収益還元法で投資用不動産取引が行われているのでバブルが発生しないという見方は問題だ。その不動産の経済価値から乖離しているかの検証を収益還元法で行うのは難しい。収益還元法には多くの変数がある。たとえば家賃や経費(特にCAPEX)の変動予測、空室率の予測、割り引き率やターミナルキャップレートなどの数値である。これらの妥当性を検証するには、将来予測が正確で、利回りの適用が正しくなければいけないが、予測である以上、限界があり、利回りなどデータベースも未だ整備されていないので厳密な検証が困難なのである。
常識的に考えてありえないシナリオや数値は別として、狭いレンジで誤差を検証する術はない。近年の収益還元法の精緻化で変数のレンジは狭まってはいる。しかし変数が多種なので僅かな違いでもそれらが組み合わされ計算された結果、大きな価格差となる。
プレイヤーが、市場の熱気で冷静さを失い、過度に楽観的なシナリオを描き、変数をセットしたら、その虚構性を探すことは難しい。その結果、市場に過大に評価された不動産が積み上がっていくことになる。現状の収益還元法で、「収益還元法で不動産が取引されているのでバブルが起きない」などといえないのである。
●今後の展望
このような国内外の情勢から考えると不動産価格の上昇は、投資適格地に限り、依然としてしばらく続きそうな気配だが、上昇幅は縮小し調整され、投資エリアによっては下落局面になると見ている。
まず今後の世界市場の不動産価格動向をみると不動産価格の懸念要因が見られる。米国はサプライムローンの焦げ付きなどで、1~3月の住宅投資の落ち込みや3月の新築住宅の在庫増加が深刻で、住宅価格が沈静化し、個人消費への悪影響が懸念されている。欧州も不動産ブームが一段落の気配が漂っており、ユーロ圏の景気回復の懸念材料がクローズアップされている。まず仏の財政再建と年金給付下げなど社会保障改革による経済成長への影響、2番目は欧州中央銀行(ECB)による政策金利の上昇、3番目がユーロ高による設備投資や個人消費への影響である。
次に国内の不動産価格であるが、このところの金融庁の監視の強化で競争入札の1番札でも融資がつかず取得できないケースも増加している(雑誌 金融ビジネス)。前回のコラムで書いたが金利上昇に加えバーゼルⅡの開始、金融商品取引法の施行、金融庁の融資の監視強化でリートやファンド間の格差が拡大し、淘汰、調整が進むだろう。すでにレジデンシャル系リートの銘柄のなかには投資口価格が上場時の公募価格を下回ったままのものもあり、運用会社主導でリート間の再編が動き始めているという。
海外ファンドの旺盛な買いやリートの外人投資家の買い越しは、今後の日銀の利上げでイールドギャップのさらなる縮小、逆転が起きたり、円高の局面になると投資家が引いていくと思われる。
拡大の一途を辿ってきた不動産投資市場だが、今後、調整のフェーズに入っていくと見る有力な根拠は、キャップレートが2%台に突入し、限界値に近づいてきたということと、賃料上昇余地の今後の縮小である。継続賃料の更新の困難性もあり、「年間の上昇率はオフィスビルで賃料全体の3-5%にとどまりそう(日経金融 石沢卓志)」という分析もある。金融庁による融資の規制の強化で遵法性の要請が高まり既存不適格など問題を抱える物件や局所的に供給過剰となり競争力が低下した不動産は下落の局面となるだろう。
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