資産流動化、医療ファンドによる病院再生
TV東京のワールドビジネスサテライトで「医療のグローバル化」をやっていた。アメリカの婦人がインドの病院で心臓バイパスの先端手術を受けるという話があった。なんでも米国の病院では300万円台の手術がインドでは4分の1でできるそうだ。医療コストや医療技術、付随するサービスの差別化とグローバル化が進み、病院は、患者を地球規模で獲得競争する時代に突入しているらしい。
国内の病院といえば訪れる患者もなく閉鎖する病院がある一方で、地域医療現場の医師不足、過酷な勤務医の実態、削られる老人医療と問題山積で医療制度全体が制度疲労を起こしている。病院を巡る経営環境もかつてないほど厳しい。全国公私病院連盟が民間317病院を対象に05年6月の単月収支をアンケート調査したところ、43%の病院が赤字だった。病院の約70%が赤字を抱えているという報告もある。
政府の社会保障費抑制策の下で、診療報酬引き下げなどで医療機関や介護施設の経営環境は急速に悪化しているが、一方、病院側の資金需要は患者獲得競争の生き残りをかけて旺盛だ。1970~1980年代の新設ラッシュで建てられた病院の多くが建て替え期を迎えており、患者を増やすためには高額な先端医療機器が必要だからである。病院の資金調達の大半は金融機関からの借り入れであるが、医療機関向けの貸し出しは、近年の病院経営環境の悪化で不良債権化しているものも多く、病院の公共的性格から回収も控えられているなかで追加の資金需要に応えられる状況ではない。
このような状況をビジネスチャンスと捉え、病院が保有する不動産(土地・建物などの不動産)を証券化して流動化し、病院経営を再生する手法や銀行や商社主導で医療ファンドを設立し、病院施設に資金注入し、病院経営の専門スタッフ派遣で経営効率化を目指そうとする動きが出ている。
病院経営者にとっても不動産をSPCへ売却して借入金を返済し、バランスシートの大半を占めていた不動産や多額の負債及び関係者の個人保証を切り離し、身軽になって病棟などの施設管理はファンドなどの専門チームにまかせ、経営面はオペレーションチームのバックアップを受けて医療に専念できる環境になるのは悪い話ではない。
現行法では病院経営に株式会社の参入を認めてないため、スキームとしては、医療ファンドが特定目的会社(SPC)をビークルとして病院保有の不動産を買取り、病院側に賃貸し、賃貸収入を投資家に配当するセール・アンド・リースバック方式を取ることが多い。ファンドのアセットマネージャーの仕事は、通常の不動産ファンドと若干異なる。オペレーションをモニタリングし、コントロールして賃料支払いのリスクヘッジをしていくことにより、間接的に病院経営に関与し、経営を全面的にバックアップして病院のバリューアップを目指すことになる。
■流動化による病院再生支援
まず病院再生支援に特化した投資会社㈱キャピタルメディカの手法を見てみよう。昨年2月の設立だが、すでにいくつかの案件を手がけており、今年2月には経営不振の仙台の病院施設(80床)を政策投資銀行と共に流動化した。
「医療タイムス」の記事を要約すると、
流動化のスキームにより約16億円の資金調達を行った。特定目的会社(SPC)が医療法人から不動産を買い取り、同法人はSPCに家賃を支払う。SPCが発行する約9億円の特定社債を日本政策投資銀行が引き受け、キャピタルメディカと複数の機関投資家が約70億円を優先出資した。エクイティの目標の利回りは約9.5%、投資期間は3~5年となっている。
キャピタルメディカは、流動化に向けて「収益性の拡大」と「財務体質の改善」を掲げ、「収益性の拡大」については病床の一般病床化を図り、在院日数の短縮化と患者1人当り診療報酬単価アップを実現した。「財務体質の改善」は、流動化により固定資本(不動産)をSPCへ売却してオフバランス化し、売却益でバランスシートを改善できた。
同社の売りは銀行系、病院系の専門スタッフからなるオペレーションチームでファンドの配当原資となる医療法人の家賃支払い力を支える体制の構築にある。
このスキームの出口は、リファイナンスされるか、プライベートファンドやリートへの売却という選択と並んで当該医療法人への優先交渉権による売却という選択肢があるため、病院側の不動産を手放すことに対する心理的抵抗は薄められるだろう。
また医療法人が支払う家賃が投資家への配当原資になるため、永続的で安定的な病院経営がバックボーンとなる。そのためには病院経営を効率化し、利益が安定的に上げられる体制に強化しなければならず、投資会社はそのための経営支援や専門的な助言やコンサルを求められる。ある意味で病院経営の専門家集団としての質の高さが投資の成否を決めることになる。
■医療ファンドの動向
次に医療ファンドの動向だが、三菱商事や伊藤忠、三井物産など商社系に銀行系など大手企業が未開拓な投資先として熱い期待を寄せこの分野に参入してきている。医療ファンドの基本的な手法は一般の不動産投資ファンドとあまり変わらない。不動産投資ファンドはオフィス、レジデンシャル、商業施設からオペレーションの巧拙で投資成果が左右される物流、ホテルへと裾野を拡大しているが、医療ファンドもオペレーショナルアセットへの投資の進展の一環と捉えることができる。医療ファンドとしてはNHAA(日本ヘルスケア・アセット・アドバイザーズ)の今後の動向が注目されている。
伊藤忠商事のサイトを参考にして要約すると、
伊藤忠商事、ドイツ証券、スクウェア・ワンは、病院を中心とした医療関連不動産を対象とする投資ファンドの運用業務を受託する資産運用会社「NHAA(仮称)日本ヘルスケア・アセット・アドバイザーズ」を4月中に設立する。
医療機関の所有する土地・建物を購入後、同医療機関に賃貸するというセール・アンド・リースバック方式を取る。ファンド組成の延長線でとして病院特化型REITの組成も視野に入っている。各ファンド組成における不動産調査に関しては、中央三井信託銀行が病院不動産デューデリジェンスを行う。
ファンドのスポンサー各社は、金融・不動産・医療経営支援などを束ねた幅広いノウハウを有する企業連合としての強みを生かし、人材派遣や、各社のノウハウ・ネットワークを活かした病院経営支援策の提案なども必要に応じて行い、さらには全国の参画医療機関を中心に、広域共同調達・経営ノウハウの共有・人材相互シェアリングなども視野に入れ地域医療の中核的存在となることを目標としている。
第1号ファンドの対象として、特定医療法人社団カレスサッポロ(北海道・札幌市)の2病院を内定しており、今後は早期にファンドの規模を300億円に拡大し、その後数年間で1,000億円規模を目指すとしている。
100床規模で10~30億円かかるといわれる病院の建て替えや先端医療機器の導入に金融機関の融資以外に新たな資金調達の途が開ける病院だが、ファンドが不動産購入するに当たっては積算価格よりも事業キャッシュフローに基づく収益価格がベースとなる。財務格付け取得や監査法人の検査が要件となってくるだろうが、オフィスビルや賃貸マンションと比べると当該不動産の立地への依存度が高くないため、医療ファンドは地方へ拡大していく可能性が高い。反面、辺鄙な場所では、事業に対する目利きやオペレーションがよほどしっかりしてないとハイリスク投資になりかねないのではないだろうか。
■まとめ
以上、病院の流動化による再生や医療ファンドについて見てきたが、医療や介護給付の膨張による国家的レベルでの財政危機と個々の医療機関の経営悪化を解決するためには病院経営の効率化が避けて通れない。その手法として不動産証券化による病院再生に用意された各種メニューは、実質的には株式会社による参入と同様の効果をもたらすだろう。その功罪について考えると、医療機関は、ファンドやリートの組成で投資家への財務状況の情報開示を求められるため、いままでの閉鎖的な経営体質の透明性が高まり、経営の効率化は急速に進展し、やがて医業全体に波及していくと思われる。しかし医療行為がファンドのような利潤の極大化を目指す資本の論理に果たしてどこまで馴染むものかという疑問も湧いてくる。資本の論理だけで無駄や非効率とされているものが競争原理で削ぎ落とされて行き着いた「地域医療の姿」が患者に幸福と満足を与えるものとなるのであろうか?特に社会的弱者や高齢者にとって…。
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