リート・ファンドバブル論争の本質
「リート・ファンドバブルの行方」と題する前回のコラムでは、巷で盛んに論議されている不動産のミニバブル論を取り上げ、まず不動産投資市場の現状について書いた。今回のコラムでは、マーケットの現状を踏まえ、「バブルでない論」と「バブルだよ論」を紹介し、その論拠に言及する。
リートや不動産ファンドがもたらしたとされる全国の投資適格地のこのところの過熱感について巷間で繰り広げられているバブル論争は、表層の現象に拘泥し、極論に短絡化し過ぎる傾向が見られるが、諸現象を注意深く冷静に検証していくと不動産価格の深層部分で起きている新たな変化を確認することになる。
■バブルでない論
●ファンド、リートのポートフォリオの余剰価値が不動産価格を高めるとする説
不動産をリスク分散して複数所有するファンド・リートは、不動産を単体で投資する個別投資に比べ、リターンとリスクが最適化されているので地震被害や耐震偽造のマンションにリストアップされるなどの不動産の個別リスクが低下する。従来の投資用不動産の価格尺度は、個別投資を前提にしているため、当該不動産の個別リスク(株式でいう銘柄固有リスク)がそのままリスクプレミアムとなる。購入時の価格は当該不動産の将来のキャッシュフローを割引率で現在価値に置き換えたものだから割引率にこのリスクプレミアム分が付加するので価格はその部分低下する。
それに比べファンドやリートの特徴は、不動産を複数所有し、リスク分散を計る、いわゆるポートフォリオというやつだ。リスクには、
- アンシステマティックリスク(投資不動産の固有リスク)
- システマティックリスク(市場そのものに内在するリスク)
ポートフォリオでリスクを減少できる
ポートフォリオでリスクを減少できない
がある。個別不動産リスクであるアンシステマティックリスクは、複数の投資用不動産を保有するポートフォリオ効果でリスクが分散される。いままでの伝統的不動産投資でも複数の賃貸マンションや、オフィスビル、アパートを持つ企業や富裕資産家はいたが、それは結果として、あるいは「全ての卵を1つの籠に盛らない」といったようなポートフォリオの効用の直感的な理解で分散されたもので株式投資にマーコヴィッツのMPT(モダンポートフォリオ理論)やシャープの資本資産価格モデル理論(CAPM理論)などの金融工学を適用するような科学的、数学的な分析を不動産投資に試みることは殆どしなかった(とはいえ市場を説明するのに金融工学は万能とはいえず、いくつかの限界があるが…)。
例えば1億円の賃貸マンションを1棟持っている大家がいたとする。そのマンションに耐震強度偽装のような深刻な瑕疵が見つかった場合、全投資価値はゼロにとどまらずマイナスまで暗転することがある。このような極端なケースでなくても周囲が局所的に供給過多になったり、近くの大学が移転して賃料が低下したり空室が増えると全投資価値は半分に減少することも考えられる。
単体で不動産に投資するときはこのように個別リスクが高い分、DCF法の価格は低下する。つまり投資家が不動産の個別投資をするとき予測キャッシュイン・アウトを割り引く割引率の内部にリスクプレミアムを付加するので、現在価値=収益価格はリスクプレミアム分は安くなることになる。
一方、ファンドやリートは、複数の不動産をすでに保有、もしくは複数保有を前提として、集合体としての視点から構成不動産の相関係数<1となるように組合わせて個別リスクの最小化を志向している。
ファイナンス理論ではリスクはリターンのバラツキ幅の大小である標準偏差で見る。例えばファンドA、Bがあるとしよう。セクターアロケーションの不動産の平均収益率とリスク(標準偏差)が下記のとおりとするとどちらが投資パフォーマンスが高いだろうか?
一見すると平均収益率で2%優るファンドAのように見える。このような比較には「シャープレシオ」を使うと有効だ。
- ファンドAのシャープレシオは0.687(10.3÷15)
- ファンドBのシャープレシオは0.830(8.3÷10)
となりファンドBの運用成績が上回る。
シャープレシオの式は「リターンの割り増し部分」÷「取っているリスク」なのでこの数値が大きいほうがパフォーマンスが高い。単純にリターンの高低というよりリスクに応じたリターンを上げているかがファンドマネージャーの高評価の基準になる。ファンドはこのようにリスクとリターンの最適化を目標として運用されている。
例えばネットオペレーションインカム(NOI)が似たような上下動しないように複数不動産のキャッシュフローの変化率のボラティリティ(標準偏差)や、テナント業種の組み合わせなどの相関係数、共分散をコンピューターで演算し、全ての保有不動産のリスク(標準偏差)をプラス・マイナスで吸収してリスクを最小化し、期待リターンの最大化を図っている。理論的には許容リスクでリターンを最大化できる構成比率(ポートフォリオ)をリスクを横軸、リターンを縦軸にした「効率的フロンティア」の曲線上で選択することになる。
現実問題として理論上最適化されたポートフォリオが投資INDEXやデータベースが未整備な不動産投資でどこまで可能かという素朴な疑問も湧くが…(というかリートやファンドの中には分散よりも特化、選択と集中を目的にポートフォリオされているものもある)。ともあれ数多く不動産を持つファンドやリートは、母集団が大きいほどリスクが分散するという「大数の法則」によっても個別リスクが単体保有に比べ薄められているのでリスクプレミアムが低くなり、伝統的個別投資より低下した割引率を適用できる結果、不動産を高く買えるというロジックにはなる。
●不動産の一般的なリスクプレミアムの低下
DCF法で割引率を決定するとき、デッドの調達金利やエクイティのハードルレートから求めるWACCよりも国債のようなリスクフリーレートに2~3%の不動産のリスクプレミアムをオンするのが一般的である。2~3%の根拠については定量的に妥当性を説明することは難しく、いわば先人の知恵というべきものだ。
いま、リートや不動産ファンドの買う価格が高すぎるとか、市場が過熱→ファンダメンタルズを乖離し、バブルだという根拠は、この購入価格から見てリスクプレミアム部分が極端に小さいことにある。リスクフリーレート+リスクプレミアム=2~3%の割引率で買っているからファンダメンタルズを乖離しているという指摘だ。
このような指摘に対し、バブル否定論ではリスクプレミアムは近年になって諸要因により低下していると説く。リスクプレミアムを形成する不動産固有のリスクというと管理の困難性や流動性の低さなどにあった。このようなリスク要因は近年、様々にリスクヘッジされてきている。デューデリジェンスなど不動産投資の精緻化、リートやファンドで制度導入されたプロパティマネジメントで賃料回収、入退去トラブル対応などのテナント管理、設備管理や建物保全などメンテナンス業務は格段の進化を遂げたし、証券化の急速な普及でリートなどが売買する不動産は、金融市場に近く、流動性も高まったからだ。
●地価公示価格、路線価などとの乖離の反論
「リートやファンドが買う価格が高い、過熱気味とかバブルだ。」という論拠として、購入価格が路線価の4倍とか、公示価格との開差があまりにも大きい事例が一部エリアで頻発していることが指摘される。これに対する反論としてファンドやリートは路線価や公示価格が前提としている市場とは異質であるという説だ。
もっともファンドやリートのプレイヤーが稼働中のビルなど土地・建物の複合不動産を買うときは、路線価などあまり気にしていないというのが実態だ。DCF法で投資採算性を計算して買うので、そのビルの個別的な収益性やリスクがいかほどなのかが最大の関心事であり、潜在価値が高いと思えば、アセットマネージャーの能力次第でバリューアップして高い投資パフォーマンスを達成できると読んで購入する。つまりその物件の価値は物件の複合的状況を所与として個別的に決まるし、AMやPMの腕次第で価値の最大化はある程度まで可変ともいえる。つまりこのような市場に参入しているプレイヤーがつける価格は、近隣の標準的地価水準を具現化した路線価や公示価格などとは異質なものなのである。
稼働中の複合不動産でなく更地を買うとしても、公的評価と投資目的では異質の市場を前提としている。すなわち不動産市場は3つに分類される。
- エンドユーザーが自己居住や業務目的で不動産を購入するケース
- マンション分譲業者や戸建建売業者のように棚卸し資産を加工してエンドへ販売するケース
- リートやファンドなどのような投資適格不動産を目的とするケース
地価公示価格やそれとリンクした路線価は、上記の1、2を主に前提とした市場における正常価格を求めている。そして近年の地価高騰だが1、2分類を前提とする市場地価はそれほど上昇していない。上昇しているのは3分類の投資適格地である。そもそも投資適格不動産が存在しない地方などでは依然として下落が続いている。2分類の都心のマンション用地の上昇は都心回帰もあるが、都心の投資適格不動産の取引価格が波及した結果ともいえる。
■バブルだよ論
いまの不動産投資市場をバブルとする論拠に言及する前に、J-REIT・ファンドを巡る金融庁のスタンスや制度整備の動向を述べる。
前のコラムで触れたが、ファンドやリートに対して行政処分が相次ぎ、ここまで順調に伸びてきたJ-REITに対する風当たりが強くなっている。昨年までに7投資法人、1運用会社が行政処分を受けた。今年の2月14日には不動産投資信託運用のダヴィンチ・セレクトに対し証券取引等監視委員会が金融庁に対し行政処分をするよう勧告した。このような行政処分はリート・ファンド等の市場に少なからぬ影響を与えている。例えば外資系信託2行に対する金融庁の行政処分後、信託銀行の受託基準が物件の遵法性のクリア面などで厳格化され、信託銀行が独自に受託案件のデューデリジェンスをする分、信託報酬のUPも懸念されるからだ。
最近の不動産投資市場に対し金融庁は、バブルの再燃を懸念し、監視を強めている。不動産向け融資残高の突出度をモニタリングし、銀行内のポートフォリオ管理状況を注視し始めた。
金融庁は07年3月末より国際的なリスク管理「バーゼルⅡ」を金融機関に適応する方針で、銀行はファンドや企業向け投融資のリスクを今より精緻に見積もる必要がでてきた。特にファンドへの投融資は厳しいリスク管理が迫られるといわれており、証券界では「ファンド投資が滞る」といった警戒感がでている。
金融庁の佐藤隆文監督局長は、日本経済新聞で市場の一部に見られる過熱感に対し3つの観点から確認していくと言っている。
- 適正な価格の形成を確保するため、不動産に関連する当事者の仕事をチェックする
- どのくらいの規模で不動産市場に資金が流出入しているかや地域別の価格動向などマクロ的な分析を重要と捉える
- 不動産に投融資している銀行のリスク管理を確認
またファンド等に対する税制や法整備の今後の動向も注目される。政府は08年からファンド課税見直しをする予定で、見直しの柱は、匿名組合への源泉徴収の導入である。匿名組合は、最近の不動産ファンドセットアップの定番「TK-GKスキーム」で使われている。現在は組合員が10人以上の場合だけ、利益を組合員へ分配する前に20%税率で天引きし、10人未満の場合は投資家が自ら税務申告して納税する方式をとっているが、08年以降は、組合員の数にかかわらず1律20%の源泉徴収義務を課すことになる。この方式になると事務上の手続きが煩雑で源泉徴収されると投資家への見かけ上の収益率が低下すると投資ファンドの一部で懸念されている。
さらに今夏施行の金融商品取引法を契機に金融庁は金融機関のファンドへの融資規制をはじめ不動産ファンドへの過剰投資を抑制する方向に向かうのでは?と市場関係者間で警戒感が強まっている。
このような動向はファンドやリートだけにとどまらず個人投資家の賃貸マンションやアパートなどでも銀行の融資選別が強まると予測される。既存不適格や耐震強度に問題がある物件、築年数が古い物件などは銀行から融資を受けるのが難しくなるだろう。
次回のコラムは「バブルとする論」の論拠などに言及し、最後に筆者の私見でまとめとする予定
■次回記事
不動産バブルは再燃するのか