病院らしくない日常空間化への試み
病院といえば待合の椅子が思い出される。腰痛で通った整形外科の待合、そこに並んでいた人間工学を無視した椅子、腰椎のS字カーブにフィットして欲しい、などと贅沢な要求はしないが、椅子の座高が極端に低いので立ち上がるときに腰に負担がきて痛みが増してしまった。そして入院病棟の画一的で無機質な非日常空間とそこに漂う薬品の匂いと患者たちの生活臭。病は気からというが健康な人間でも病気になるようなあの空間だけは勘弁してくれ!という人たちが多いのではなかろうか。夜の9時には一斉消灯、離れた看護士の部屋に灯る明かりがなんとも侘しい夜。眠れずにいると突然、救急車のサイレンが夜の静寂を破り、間もなく担ぎ込まれた緊急患者を慌しく運ぶ廊下の足音。非日常空間のなかで願うことは、「ああ!!早く家に帰りたい」
このような患者の心中を察したのか、病院らしくない病院が誕生した。日経紙3月4日によると千葉県習志野市の習志野病院は、どのベッドからも寝ながら外の景色を見ることができる病室を作った。病室は通常、窓側のベッドを除き、外の景色を眺めることはできない。窓際ベッドでも寝ながらでは、空しか見えないのが普通だ。習志野病院は壁に凹凸をつくり窓を新たに空間創造し、窓枠の高さも低くした。館内デザインの指揮を取った院長は、「入院患者にとって病院は非日常的空間。それだけに自宅と同じように生活できる環境が重要」と、患者の視点に立ったデザインを目指しているらしい。入院患者の慰めは窓から眺める外界の自然の営みや風景である。利用者である患者の視点に立つということは、他の業界では当然(というより、この視点がなければ生き残れない)なのだが、病院ではいままで遅れていた。多分、医者の特権意識がそうさせたのだろう。
病は気からといえば、昨年3月東京都江東区に誕生した人間の心の病を扱う心療内科の「くじらホスピタル」は、南国のリゾートホテルを想起させる施設になっている。ホテルで使用されるものと同じベッドやソファを配置し、待合ロビーには流木を使った現代美術のオブジエを飾る。平均2~3週間の入院期間をくつろいで生活できるようにデザインした。このようなデザインが患者に好影響を与え、当初の想定期間より短期で退院できるケースもあるらしい。
病院と聞くだけで表情が曇り、ましてや入院となると心を覆ってしまう不安や抵抗感の一端は、病院の持つあの非日常的空間が心をよぎるからではないだろうか、病院の日常空間化は医業にとどまらず、多くの示唆を与えてくれるようだ。
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