宅建業者の説明義務を巡る最近の判例研究 / 建物取引の瑕疵担保責任

近年、不動産取引を巡る私法や行政法規が年々複雑化しており、不動産関連法以外でも耐震強度偽装、土壌汚染、アスベスト等と相次ぐ時代変化の潮流が不動産取引にも影響し、色濃く反映されるため、建築・土木工学から環境問題等に亘る広範な知識を網羅しなければ瑕疵なく不動産取引を遂行するのは困難な状況になっている。

宅建業者に不動産の売買や貸借を委託する取引当事者は、一般に不動産取引の素人であるが、宅建業者は、不動産取引のプロであり、不動産取引に係る諸法規等を広範、横断的に理解している。宅建業者と依頼者等との間には不動産取引に関する知識や経験量からみて大きな情報格差があるのが通常であるため信義則上、依頼者等に対する業者の説明、注意義務は年々厳格に解される傾向にある。

宅建業者の行う媒介契約の法的性格は準委任と捉えるのが通説・判例の立場であり、民法656条、644条により善良なる管理者の注意義務をもってその委任事務を処理する義務(善管注意義務)を要求される。不動産取引のプロとされる宅建業者に求められる善管注意義務は、その専門性を考慮すると高度な注意義務となると解されている。

宅建業者の調査・説明義務について宅建業法をみると宅建業法35条1項各号に重要事項として説明すべき事項が列挙されている。また取引関係者に重大な不利益をもたらすものについては宅建業法47条1項1号に基づく説明義務がある。さらに宅建業法31条は宅建業者の業務処理について信義誠実義務を課している。

宅建業者の行う媒介行為が不適切で落ち度があると宅建業法に加え民事上の責任を問われ損害賠償を請求される。宅建業者の民事上の責任としては、善管注意義務違反による債務不履行責任および媒介契約をしていない取引の関係者についても宅建業者が注意義務に反して過失により損害を与えれば民法上の不法行為責任も問われる。

とはいえ宅建業者が不動産取引に精通したプロとしても不動産を取り巻くあらゆる分野、領域にわたって専門的な知識を要求するのは宅建業者に過大な負担を強いることになり不動産取引業界の現状から見ても非現実的で酷である。例えば建築の耐震構造等は建築士、不動産の価格や賃料は不動産鑑定士、土壌汚染等は専門の調査機関という具合にそれぞれ専門分野に専門家が存在するため宅建業者に求められる相応の注意や調査は、宅建業者の専門外の領域まで要求されるものではない。そのようなケースは、必要に応じて当該分野の専門家や専門調査機関の調査を取引当事者に勧めて媒介業務を進行するのがより適切な対応となる場合もある。

本コラムで取り上げる建物の瑕疵も本来は建築士等の専門分野といえるが、宅建業者でも注意すれば不具合を予見できたり、宅建業者に課せられている通常の調査レベルで判明する瑕疵について見落としがあると宅建業法や民事上の責任が追求される。いずれにせよ宅建業者に求められる調査レベルや範囲と専門家の領域との境界線が各案件により必ずしも明確でないため業者の説明・調査義務の帰責を巡る紛争が数多く発生している。以下でそれらの具体的事例といえる判例について紹介する。

築19年の区分所有建物(タウンハウス)の売主、媒介業者の瑕疵担保責任(大阪高裁 平成16年9月16日判決 控訴棄却)

●事案の概要
 
買主Aは宅建業者Xの媒介で売主Bから築19年の区分所有建物(タウンハウス)を代金2410万円で購入した。売買契約書には以下の条項がある。

  1. 売主は、現状有姿のまま買主に売り渡し、買主は現状確認してこれを買い受けた。
  2. 本物件について、添付の「物件状況確認書」に記載された内容と異なる瑕疵があり、買主が引渡し後2ヶ月以内に発見し売主に通知した場合、売主は自己の責任と負担でその修復をしなけらばならない。ただし、本項に基づいて売主が責任を負う瑕疵は専有部分の瑕疵に限定され、かかる瑕疵が共用部分にあるとき、または共用部分の瑕疵が原因となっているときは売主は本項に基づく責任を負わない。
  3. 付帯設備確認書に瑕疵が「有」と記載された付帯設備については、現状有姿で買主に引き渡すものとし、売主は瑕疵担保責任を負わないものとする。

買主Aは、本物件に屋根外壁の老朽化、床鳴り、雨樋の不良、ウォシュレットの不良、給湯器の不良等の隠れた瑕疵があったとして売主Bに瑕疵担保責任および補修の必要性の不実告知等による債務不履行責任に基づく損害賠償を請求。媒介業者Xには告知義務および調査・説明義務違反等による損害賠償を求めて提訴した。1審地方裁判所はAの請求を棄却したため控訴した。

●判決の要旨

  • 本件売買契約は、築19年の中古住宅の売買契約であり、そこで問題とされるべき瑕疵は、築19年の中古住宅が通常有すべき品質・性能を欠いていることをいうと解される。また本件売買契約書にも、本件売買契約が本件物件を現状有姿の状態で売り渡すものであり、本件契約書添付の物件状況確認書に記載された内容と異なる瑕疵があった場合にのみ、売主が修繕義務を負担する旨が記載されている。Aが主張する本件建物に関する不具合は、いずれも、物件状況確認書の記載内容と異なるものではない。
  • 付帯設備について瑕疵担保責任を免除する特約は、原則として有効なものであり、売主Bが上記特約による免責を主張することが信義則上許されないと認められる特段の事情がある場合に限り、免責されないと解するのが相当である。
  • 本件売買契約締結当時、本件建物の屋根や外壁について具体的修繕計画が存在したのであればともかく、それ以前の段階の補修についての管理組合での議論について、売主Bが買主Aに対して告知すべき義務を負っていたとは認められない。
  • 仲介業者が調査告知義務を負う範囲は、原則として、取引物件に関する権利関係や法令上の制限等に止まり、取引物件の物的瑕疵については、売主からの聴取等通常の調査方法で知り得るものについてのみ調査告知義務を負うと解するのが相当である。買主A主張の不具合は、本件建物が築19年の中古住宅として通常有すべき品質・性能を欠くものと認めるに足りないことに照らせば、Xが、本件売買契約の仲介に際して、屋根及び外壁の瑕疵について調査し、Aにそれを告知すべき義務を負っていたものとは認められない。
  • 宅建業法上、仲介業者が過去の修繕の経過について告知義務を負うのは当該建物の維持修繕の実施状況が記録されている場合である。本件建物について上記記録がされていたものと認めるに足りる証拠はない。また、本件売買契約締結当時、本件建物について具体的な時期及び金額等が明確にされた修繕計画が存在したと認めるに足りる証拠もない。Xが、本件建物の過去の修繕の経過及び今後の修繕予定について説明すべき義務を負っていたものとは認められない。

築後19年経過した本件建物について通常有すべき品質・性能を欠くと認められる瑕疵は存在しないとして売主の瑕疵担保責任を認めなかった。

媒介業者についても「取引物件の物的瑕疵については、売主からの聴取等通常の調査方法で知り得るものについてのみ調査告知義務を負うと解するのが相当である。本件建物が築19年の中古住宅として通常有すべき品質・性能を欠くものと認めるに足りないことに照らせば、Xが、本件売買契約の仲介に際して、屋根及び外壁の瑕疵について調査し、Aにそれを告知すべき義務を負っていたものとは認められない。」と認定し、責任を認めていない。

買主は、本件のタウンハウスは、区分所有者全員からなる管理組合で屋根や外壁の補修の必要性が議題になっていたとして、それを知りながら告知しなかった媒介業者の告知義務違反も追求したが、「宅建業法上、仲介業者が過去の修繕の経過について告知義務を負うのは当該建物の維持修繕の実施状況が記録されている場合である。本件建物について上記記録がされていたものと認めるに足りる証拠はない。また、本件売買契約締結当時、本件建物について具体的な時期及び金額等が明確にされた修繕計画が存在したと認めるに足りる証拠もない」として媒介業者の責任を認めていない。

宅建業法の重要事項説明の規定では、共用部分における大規模修繕・計画修繕・通常の維持修繕及び売買の対象となる専有部分に係る維持修繕の実施状況の説明義務は、維持修繕の記録が保存されている場合に限って課されるものである。管理組合、マンション管理業者、売主に当該記録の有無を照会し、存在しないことが確認された場合は、その調査義務を果たしたことになる(01年3月21日の施行規則一部改正で説明すべき重要事項として追加された)。

いずれにせよ買主の主張する本件建物各箇所の不具合は、築19年経過している建物であることを考慮すれば特に隠れた瑕疵として認定できないとしたわけだが、共用部分の瑕疵を免責し、専有部分に限定した契約条項から屋根、外壁、雨樋は構造上共用部分に該当し、瑕疵担保責任の対象外となるとも判示している。

なお本件の場合、契約条項に「現状有姿取引」である文言が使われている。「現状有姿取引のまま」とか「現状有姿取引にて引き渡す」などの文言が記載されている不動産売買契約書をよく見るが、現状有姿と記載しておけば売主として解除、代金減額、損害賠償などの担保責任を免責されると解しがちであるが、現状有姿売買は、契約後引渡しまでに目的物に変動があっても、売主は引渡し時の状況のままで引き渡す債務を負担しているに過ぎないだけで、売主の瑕疵担保責任を免責するものでないという解釈が通常となっている。本件の場合は、「現状有姿取引」という文言に加えて瑕疵が共有部分にあった場合は、免責される旨が明確に記載されている。

次に建物というより土地の隠れた瑕疵であるが、宅建業者から造成地上の建売住宅を購入した買主が、購入後間もなく不等沈下により建物が傾斜し居住困難になったとして売主業者と媒介業者に損害賠償を求めて争った事案を紹介する。

建物不等沈下による売主と媒介業者の責任(東京地裁 平成13年6月27日判決 控訴棄却確定)

●事案の概要

買主Aは、媒介業者X1、X2の媒介で売主B(宅建業者)から新築建売住宅を購入した。引渡し後、間もなくして建物は傾斜し、基礎・土間床が亀裂、襖・ドアが開閉不良、外壁が亀裂、床の盛り上がり、ガスメーター・配管の歪み変形などが相次ぎ発生した。

買主Aは、建物の傾斜等は軟弱地盤に起因しているとして、売主Bの瑕疵担保責任の追及と媒介業者X1、X2の軟弱地盤であることについて説明告知義務違反による債務不履行および不法行為による損害賠償請求訴訟を提起した。

なお本件土地は売主である宅建業者Bが分譲目的で買い受けたものであるが、そのときに媒介業者並びに本件建物の建築を依頼した建築業者から地盤調査報告書を受け取り軟弱地盤であることを認識しており、媒介業者X1、X2も売主Bから同報告書を受け取り認識していた。

●判決の要旨

  • 建物の不等沈下は軟弱地盤に起因しており、基礎工事についての工法上の選択や施工が不相当と認められる。
  • 本件各土地が軟弱地盤であるという瑕疵は隠れた瑕疵に該当する。各建物の補修費用は新築に匹敵するほど高額であるため本件売買の目的を達することができないので売買契約解除は有効である。
  • 媒介業者は委託の本旨に従って善管注意義務をもって誠実に媒介事務を処理すべきであり、信義則上、買主が物件購入の意思決定を行う際に重要な意義を有する情報は説明告知する義務がある。
  • 媒介業者X1、X2は契約締結前に売主から軟弱地盤であることの地盤調査報告書を受け取っており、認識していたため説明告知義務違反を理由とする不法行為責任に基づく損害賠償の責を負うべきである。

大阪高裁の事案では、媒介業者の責任は認められなかったが、本件は媒介業者の責任を認めた判例となっている。軟弱地盤の地耐力などの具体的な数値については専門の調査会社でなければ調査できないとしても、当該機関による調査報告書を媒介業者が事前に受け取り、軟弱地盤であることを認識しており、建物不等沈下など買主にとって深刻な被害をもたらすことを容易に予見できたにも関わらず買主に説明しなかったため、その責任を認定したもので、当該事案の経緯からみても媒介業者に説明告知義務違反の責任があることは明白といえるため妥当な判例である。また建物に起きた数々の不具合が軟弱地盤に起因しているのは明らかであるため、当該建物が新築後間がないことを併せて考慮すると当該土地に隠れた瑕疵があったと積極的に判示できる事案である。

■参考文献

不動産適正取引推進機構「不動産トラブルとその判例」、熊谷則一著「判例から学ぶ宅建業者の調査・説明義務

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