周知の埋蔵文化財包蔵地の不動産調査手法 後編
前回は、埋蔵文化財包蔵地の概念、さらに不動産の物件リスクとの関連や、当該地で建築・土木工事を行う際の地方自冶体との協議や手続きの流れ等について書いた。今回は、本発掘調査について言及する。
地方自冶体の教育委員会と当該地に建築・土木工事を行う事業者の調整の結果、現状保存ができないとされた遺跡は、必要に応じて記録保存のための発掘調査をすることになる。発掘調査に先んじて現地踏査や試掘調査を行い遺跡の分布密度や各時代の遺構、包含層の重なり具合を判明させる。
例えば、敷地規模1,000㎡、その内の工事対象部分の面積が50%の500㎡とすると、試掘を行う部分は、当該工事対象部分の位置、範囲が確定的である場合は、当該部分とその周辺に限定して行われる。将来、増築する可能性があるときは延伸予定部分についても行う。工事対象部分が明確でなかったり、遺跡に影響がない部分を工事対象とするような場合は、敷地の全範囲について試掘が行われることもある。このように地方自冶体の教育委員会と事業者との協議で工事計画に合わせて試掘はかなり流動的に行われている。通常、試掘のトレンチ掘削が調査対象面積の10%程度あれば基本的な層序、遺構の内容、分布密度、遺物の内容・量等が把握できるとされているが、現地で実際にバックホウで掘って地下の遺跡等の分布の濃淡によりトレンチのピッチを狭めたり臨機応変な対応もなされている。
試掘により把握されたデータから遺構までの深さ、掘削土量、遺構密度が割り出され、本調査の期間や調査コストを事前に計算することが可能になる。その結果に基づき教育委員会は、事業者に調査範囲、期間や調査費用を説明し、理解を求めることになる。
■遺跡の種類と埋蔵文化財として取り扱う範囲
前回のコラムと重複する部分もあるが、調査の対象となる遺跡について紹介する。遺跡は、墳墓、住居跡、建物跡、水田跡、土塁などそこで営まれた構築物の痕跡である遺構と土器、石器、金属器、木器、瓦などそこで作られたり使われた品物である遺物の2つの要素からなり、遺構と遺物の2要素を分析することで遺跡の性格や年代を把握でき、当時、そこで生活していた人々の営みを復元できる。
▼遺跡の構成要素
- 遺構
- 遺物
墳墓、住居跡、建物跡、水田跡、土塁などそこで営まれた構築物の痕跡
土器、石器、金属器、木器、瓦などそこで作られたり使われた品物
遺跡の種類は、下記となる。
▼遺跡の種類
- 集落遺跡
- 官衙跡
- 城館跡
- 寺社跡
- 古墳
- 生産遺跡
- 祭祀遺跡
その時代のさまざまな住民が日常生活をしていた場所。各時代を通じて一般的であり遺跡の大部分を占める
古代(奈良、平安時代)の政治に関連する地方役所などの遺跡。国府跡・郡衙跡・駅屋跡・城柵跡などがある
主に中世の武士が拠点とした館跡・山城跡を指すが、江戸時代の大名の居城跡や陣屋跡、代官所跡も含まれる
神社跡や寺院跡で、伝承地として遺跡になっている場合も多い
古墳時代に土を盛り上げて築いた豪族や有力者の墳墓で、前方後円墳や円墳、方墳などの形態がある
農工業などの各種生産に関連した遺跡で、瓦や陶磁器を焼いた窯跡、製鉄跡、水田跡などがある
地鎮や祭礼に関連した遺跡で、経文や仏具を埋めた塚も含む
埋蔵文化財として扱う範囲は、平成10年9月29日文化庁通知によると、
- おおむね中世までに属する遺跡は、原則として対象とする
- 近世に属する遺跡については地域において特に重要なものを対象とすることができる
- 近現代の遺跡については、地域において特に重要なものを対象とすることができる
となっている。
■発掘調査の要否の決定
これらの遺跡につき記録保存のために発掘調査をする必要があるかは、下記の3原則につき考慮され要否が決定される。
- その工事による地下の掘削(例えば建物の基礎工事など)が埋蔵文化財に及び損壊する危険がある場合
- 恒久的な建築物、道路その他の工作物を設置する場合。 ただし恒久的建築物で地下遺構に影響を及ぼさないと認められる建築物を建築する場合で、当該建築物の一般的な耐用年数が概ね30年未満のものは、原則として本調査等の対象としない
- 盛土、一時的な工作物の設置で、土圧等による埋蔵文化財の変形、損傷により埋蔵文化財に影響を及ぼすおそれがある場合。例えば盛土については、「九州地区埋蔵文化財発掘調査基準」によると厚さが遺物包含層または遺構確認面から概ね2mを超える場合は、本調査を実施する
■事業者が負担すべき発掘調査経費
開発等の事業者が負担する経費としては、
- 発掘調査作業に要する経費(機械器具の借損料、立ち入り補償費等を含む)
- 出土文化財の整理等に要する経費(応急的保存処理のための費用含む)
- 報告書作成費等
である。地方自冶体の担当部局は、事業者と上記の発掘調査経費について協議する場合、標準的な積算根拠となる積算基準を作成している。全国的に見て地方自冶体ごとに積算がまちまちであると事業者との調整が混乱するため、全国で統一的に運用する必要性があるからであり、各地域ブロックごとに積算基準を作成している。例えば、福岡県においては「九州地区埋蔵文化財発掘調査基準」(以下「九州地区調査基準」とする)を適用している。
■本発掘調査の作業工程
本発掘調査に要する経費は、一部の補助対象(後述)を除いて、事業者負担となり、本調査期間中は、建築等の工事に着工できないため、いずれにせよ買主等の負担になる。経費の多寡、所要期間の長短に応じて不動産価格にマイナス影響を及ぼす。当該要因(調査経費、期間)を考察、分析するには、本発掘調査の一連のプロセスと各作業工程における工程の量、作業効率の高低を把握しなければならない。まず本調査の一般的な工程や流れとしては表2のようなものであるが、注意しなければいけないのは、発掘調査に加えて、出土品等の整理、報告書作成刊行に至るプロセスで発生する全ての諸費用が事業者負担になることである。
(1)表土等掘削
まず対象地の地形測量をした後、試掘で判明した遺構等の包含層までの表土を掘削する。当該部分は無遺物層なので、通常は、バックホウ0.6立方米級で機械掘削を行う。地上に遺構が表れていて機械を地上に載せると損壊する虞がある場合や、機械の進入路が確保できないなど機械掘削が現地の状況等で困難なときは人力で掘削することになる。
(2)遺物包含層の掘削、遺構検出
遺構の上層部分の遺物包含層の掘削や遺構検出・遺構掘削になると機械では損壊の虞があるため、人力による掘削で慎重に対処しなければならない。遺物包含層にある土器などの遺物を採取しながら遺構直前まで慎重に人力で掘り下げる。人間が土地に刻んだ生活活動の痕跡である遺構面は、通常、周りの地面部分と色が違う。遺構面に達した後は遺構の輪郭を調査員が確認しながら、遺構の分布状況や配置、形態などから形成された順序、帰属時期を考察する。
(3)遺構堀削、完掘
遺構内に堆積している土と周囲の土との境界を注視しながら慎重に掘り下げ、土器、石器など遺物を竹ベラやハケなどの道具を使って丁寧に掘り出す。
(4)図面作成・写真撮影
出土した遺物や検出された遺構の位置や範囲を図面、写真で記録する。遺跡全体の写真撮影はラジコンヘリやセスナ機を使う。掘削土の排出はベルトコンベアで行い、必要に応じてダンプトラックで運搬する。掘削土の埋め戻しはバックホウ、ブルトーザーになるが、機械による埋め戻しが困難な場合は、人力となり、この辺の現場の状況で作業効率の低下から経費増となる。
(5)整理・報告作業
調査現場で出土、採取された遺物は、調査が終了すると文化財センターなどの収蔵施設へ移送される。遺物は水洗を行った後、注記といって遺跡名、出土場所、出土層位、遺物番号などのラベル情報が記入される。例えば土器の破片は接合され、復元・資料化し、実測・製図を経て写真撮影され、調査の成果は「発掘調査報告書」として刊行し,全国の研究機関や図書館などに送られる。
▼発掘調査の作業工程
- A、現地発掘調査
- 事前準備、現地調査 遺跡の立地を明らかにするための地形測量等
- 伐採・伐根・表土除去
- 調査区画設定
- 精査
- 遺構・遺物写真撮影
- 遺構・遺物の実測
- 遺物取り上げ
- 補充調査
- 埋め戻し
- B、出土遺物の整理作業
- C、報告書の作成
洗浄・選別→注記→分類→破片の接合→復元・資料化→実測・製図→写真撮影→分析→保存処理→遺物の収蔵施設保管
■発掘調査経費
事業者が負担すべき発掘経費のうち出土品の整理、報告書作成を除く発掘調査費用に絞って経費要因に言及する。発掘調査の積算については文化庁の「埋蔵文化財発掘調査体制等の整備充実に関する調査研究委員会」による00年9月28日付「文化庁積算標準(略称)」が指針とされ、前述の「九州地区調査基準」も基本的に当該積算基準に基づき作成されている。当該積算標準の基本的な積算項目や積算方法、補正要因について理解を深めることは不動産鑑定士や不動産取引業者が当該不動産を調査するに際し、調査コスト・期間を把握し、物件リスクとして具体的に計量する上で有益である。
「文化庁積算標準」によると発掘作業の中心は人力による掘削であるため、それに要する作業員の数を発掘作業量の基礎とする。しかし、遺跡の人力発掘作業は遺構や遺物に注意しながら掘り進める必要があるので、単調な掘削作業である土木工事における「人力土工」の作業とは異なり、遺跡の内容によって作業能率は変動する。したがって、歩掛の数値を単純な定数とすることは不適当であり、遺跡の内容に応じた適切な数値を設定する必要がある。そのためには、標準となる歩掛(標準歩掛)を定めるとともに、歩掛に影響を及ぼす要素を補正項目として設定し、その補正項目の内容、程度に応じた補正係数を定める必要がある。その上で各遺跡の特性や内容に応じて各項目ごとに補正を行い(補正係数設定)当該遺跡での歩掛を決定する。
【発掘調査経費科目】
地方自冶体の担当部署は、発掘調査を主導的に行う。事業者が調査業者を手配して調査を委託するものではない。発掘作業員、整理作業員、調査補助員から市町村の担当職員まで行政が必要な人員を調達し、オペレーター付き重機や車両を借り上げて行う。ただし調査量に比べ職員数が少ない繁忙庁では調査スケジュールがタイトなため調査までの待ち期間が長期化し、開発事業者等に迷惑をかけるため調査専門業者に委託するケースもある。
調査経費を構成する科目は、自冶体の積算基準に列挙してあるが、本コラムではその科目名までは書くのは省略する。賃金・報酬費や重機、車両等の借り上げ費用は自冶体の基準単価や定め等で計上される。
【総作業員数】
発掘作業員数を求める計算式を示すと次のとおりである。
延べ人力発掘作業員数=発掘対象土量÷(標準歩掛×補正係数)…作業員数A
発掘調査における各作業には掘削作業のほかに、
記録作成作業(測量及び写真撮影等の記録作成作業、そのための遺構清掃作業に要する作業員数)…作業員数B
諸作業(調査中の遺構管理、雨雪後の排水・排雪、安全確保ののための諸作業に要する作業員数)…作業員数C
が必要である。作業員数B、Cは作業員数Aに係数を乗じて求める。例えばB=A×20%、C=A×5%のように求める。総作業員数はA+B+Cとなる。
【調査期間】
上記の総作業員数から調査に要する日数は以下で求められる。
▼埋蔵文化財発掘調査の積算基準
【人力掘削作業の難易度による標準歩掛補正】
人力発掘作業の作業量は、土を掘削する作業が主体であるため発掘対象となる土量÷作業員の歩掛の数値として求めることが人力土工の通常の積算方法であるが、遺跡の内容に応じて適切に標準歩掛を補正する必要がある。
補正要因としては以下のような項目を分析して作業難易、効率に応じて補正する。
▼調査の難易度に合わせた補正(補正係数の決定要因)
- 調査条件
- 土質
- 遺物の内容(質・量)
- 遺構密度
- 遺構識別難易度
- 遺構の内容(頁・量)
調査面積が小さい場合や調査区の形状が狭長である等の場合、市街地内である等周辺の環境による制約がある場合、排土条件が悪い場合、真夏の猛暑時期や梅雨期等季節・気候の条件が悪い場合は、歩掛が下がると考えられる
砂質土や粘質土等の土の性質、礫等の混入や含水の程度や硬さ等の、掘削対象の土質は、包含層掘削や遺構掘削の工程の歩掛に影響を及ぼす
遺物の種類や多寡あるいは保存状態等は、包含層掘削や遺構掘削の工程において歩掛に影響を及ぼす
遺構検出に当たっては、遺構密度の程度が、直接的に歩掛に影響を及ぼす
遺構の密度とは別に、遺構検出面が自然面か人為的な面であるか等の遺構埋土と遺構周囲の土壌との識別の難易度が歩掛に影響を及ぼすと考えられる。また、遺構が重複している場合についても、切り合い関係の判断が必要となるため、遺構検出の工程の歩掛に影響を及ぼす
遺構埋土の掘削に当たっては、遺構の種類や数、重複の程度、石敷その他の構造物の有無等、遺構の内容が歩掛に影響を及ぼす
※文化庁「積算標準」を参考とした。
■補助金制度
事業者負担とされている発掘調査の諸経費であるが、事業主体と開発案件の組あわせ次第で国、都道府県、市町村の各補助金を合わせると全額補助や一部補助となる場合がある。売買や調査対象の物件が補助金の対象になると物件価格へのプラス要因となるため地方自冶体ごとに補助金制度を調査する必要がある。
例えば福岡市におけるトータルの補助金適用例をみると、
事業主体者が個人で個人専用住宅を建てるときは全額補助
事業主体者が個人で専用住宅併用の店舗、共同住宅、事務所、医院、診療所、寮等を建てるとき試掘調査の結果で調査期間が15日以下と見込まれるときは全額補助。当該期間が15日以上と見込まれるときは事業者・事業により以下のようになる
A専用住宅分補助+B個人事業補助
A:専用住居面積÷共用部分を除いた延床面積→補助率a
B:125㎡÷調査対象面積→補助率b総補助率=1-(1-a)×(1-b)
ただしAが300万を超える場合はBの補助は適用されない。Bに基づく補助率bは85%を上限とする。
などがある。
■前回記事
埋蔵文化財包蔵地の調査 前編