周知の埋蔵文化財包蔵地の不動産調査手法 前編
「埋蔵文化財は、わが国や全国各地域の歴史や文化の成り立ちを理解する上で欠くことができない国民共有の貴重な歴史的遺産であり、将来の文化発展の基礎となるものである。このような観点から埋蔵文化財の保護は国民的理解のもとに進められなければならない」(月刊文化財)。文化財が埋蔵された不動産に建設工事や開発に伴う土木工事を行うとき、事業者と文化財保護を進める行政との間で様々な調整が行われる。そしてその調整を円滑に行うための埋蔵文化財保護法による措置や行政判断、調査が存在する。
周知の埋蔵文化財包蔵地とは文化財保護法では、「埋蔵文化財を包蔵する土地として周知されている土地(文化財保護法第57条の2)」を指し、石器・土器などの遺物や貝塚・古墳・住居跡などの遺跡が土中に埋もれている土地で、国・地方公共団体の遺跡台帳・遺跡地図等に登載されているものだけでなくその地域社会において文化財を包蔵する土地として広く認められている土地をいう。
不動産取引を行う不動産業者は、買主に対する重要事項説明のために取引の対象となっている不動産が「埋蔵文化財包蔵地」に該当しないか市町村の教育委員会で調査するのが慣例になっている。
不動産鑑定士は、03年1月1日から施行された不動産鑑定評価基準(新基準)に文化財に関する規定が追加されたため物件調査を行うとき当該不動産が「周知の埋蔵文化財包蔵地」に指定されてないかを調査し、下記の留意事項に基づき評価しなければならない。
▼不動産鑑定評価基準(留意事項抜粋)
文化財保護法で規定された埋蔵文化財については、同法に基づく発掘調査、現状を変更することとなるような行為の停止又は禁止、設計変更に伴う費用負担、土地利用上の制約等により、価格形成に重大な影響を与える場合がある。埋蔵文化財の有無及びその状態に関しては、対象不動産の状況と文化財保護法に基づく手続きに応じて次に掲げる事項に特に留意する必要がある。
- 対象不動産が文化財保護法に規定する周知の埋蔵文化財包蔵地に含まれるか否か
- 埋蔵文化財の記録作成のための発掘調査、試掘調査等の措置が指示されているか否か
- 埋蔵文化財が現に存することが既に判明しているか否か(過去に発掘調査等が行われている場合にはその履歴及び措置の状況)
- 重要な遺跡が発見され、保護のための調査が行われる場合には、土木工事等の停止又は禁止の期間、設計変更の要否等
埋蔵文化財包蔵地は、当該不動産内で保存が必要な場合は、買主にとって予定建築物の設計を変更したり、予定していた建築行為を断念する事態も発生するし、発掘調査が選択されたケースでは調査費用を負担し、調査期間中は建築工事に着手できないなどの不利益をこうむる可能性がある。例えば発掘調査の調査面積を200㎡調査面積㎡あたり2万円の調査費用がかかるとすると400万円の負担となり、調査の待ち期間も入れて調査期間が半年かかるとその期間は建築工事などに着手できない。
そのため当該不動産の取引に携わる仲介業者などはその予想されるリスクの程度を慎重に調査して、買主に説明しなければならない(個人が個人住宅を建てるケースでは調査費用については国庫補助があるが、建築工事着手が発掘調査期間後に延期されるため有形無形の不利益は発生する)。
事業者負担となる発掘調査費用の多寡や調査期間の長短は、大まかにいうと当該不動産の発掘工事をする際の表土、包含層、遺構覆土の土量と発掘作業に携わる作業員の歩掛りを変数として算出される。そして土量は地形や堆積層などと相関し、作業員の歩掛りは作業時の気候(猛暑、梅雨など)、調査案件の形状、規模、排土条件、土質、遺構密度、遺構識別難易度などの諸要因により影響を受け変動する。
つまり表土層や遺物包含層までの遺跡が存しない地層はバックホーなど機械で掘削できても遺構上層の遺物包含層まで掘り進むと教育委員会の調査員が識別しながら包含層内の遺物や遺構を損壊しないように熟練したおばちゃん達が人力で慎重に掘削していくので非効率的になり遺構分布密度が高い分コストが上昇する。教育委員会主導で作業が手配されるため事業者に費用の合理性を説明する責任から発掘調査費用の積算基準は各地域ブロック単位で統一されている(福岡県の場合、県積算基準がある)。
また市町村の担当課では過去の埋蔵文化財発掘調査データが蓄積されており、付近に調査事例が存在するケースも期待できる。つまり試掘・確認調査前でも推定可能なコスト要因の分析や市町村のアドバイスによりあるレベルまで調査コストと期間の把握が可能となるケースもある。さらに売買契約前に地権者の承諾を得て試掘・確認調査ができると発掘コストや期間予測の精度は一気に向上する。しかし調査者が埋蔵文化財包蔵地に対する基本的な理解が浅いとそのリスクを的確に計量することは難しい。
このように埋蔵文化財は、不動産取引等において物件価格に影響を及ぼす重要なファクターであるが、文化財保護法は一般に解り難いといわれている。不動産の利用を同様に制約する建築基準法や都市計画法などが土地上に存在する建物の用途や規模、形態といった地上の有形的な制約であるのに比べ、埋蔵文化財はその保護の対象が地下に埋もれており、地下を掘削しなければその存在は明確にならず、存在したとしてもその内容や所在状況は多様で地下に時代が幾層にも重なっているとその時代ごとに歴史を遡及しなければならない。いずれにせよ一般人にとっては今日の生活様式などからタイムスリップしてその時代の遺構や遺物を具体的にイメージするのが困難なこともある。
本コラムではこのように不動産調査事項としては把握が難しいとされる埋蔵文化財が不動産価格に与えるリスクにフォーカスし、その調査手法に言及する。
1、埋蔵文化財包蔵地について
周知の埋蔵文化財包蔵地は、通常は市町村の教育委員会が作成する遺跡地図および遺跡台帳において、その区域が明確に表示されており一般の閲覧に供されている。埋蔵文化財包蔵地は、各地方公共団体が独自の分布調査や試掘・確認調査を実施して埋蔵文化財の有無、包蔵地としての範囲を把握する。まず市町村が埋蔵文化財包蔵地を把握し、市町村がこれに対応できないときは都道府県がこれを行う。文化庁においても昭和35~37年に全国的な埋蔵文化財包蔵地の分布調査を実施し、これに基づいて「全国遺跡地図」を作成し、地方公共団体の分布調査や遺跡地図の刊行に対し昭和45年から国庫補助事業とした。さらに都道府県を通じて各地方公共国体に対して、埋蔵文化財包蔵地の範囲や性格の的確な把握と遺跡地図あるいは遺跡台帳への明示を指導するなど地方公共団体における保護体制の構築をバックアップしている。
保護の対象とされる埋蔵文化財の範囲は、遺跡の時代や種類を基準として決定される。遺跡の時代は、古代から中世、近世に及ぶ。遺跡の種類は、集落遺跡・生覆遺跡・祭祀遺跡・埋葬遺跡等があり、その属する時代との組み合わせにより埋蔵文化財の範囲の基準とされる。平成10年9月29日文化庁通知「埋蔵文化財の保護と発掘調査の円滑化について(通知)」で埋蔵文化財として扱う範囲の原則を下記のように定めている。
- おおむね中世までに属する遺跡は、原則として対象とする
- 近世に属する遺跡については地域において特に重要なものを対象とすることができる
- 近現代の遺跡については、地域において特に重要なものを対象とすることができる
諸調査の成果で埋蔵文化財包蔵地の所在・範囲が把握された後も、その後の分布調査、試掘・確認調査、その他の調査結果を反映し、常時、内容が更新される取り組みがなされている。
埋蔵文化財について調査目的で土地の発掘を行うときは行為30日前に届出が必要であり、土木工事のための発掘は60日前に届出なければならない。この点に関する文化財保護法の条文は下記である。
第92条(調査のための発掘に関する届出、指示及び命令)
土地に埋蔵されている文化財(以下「埋蔵文化財」という)について、その調査のため土地を発掘しようとする者は、文部科学省令の定める事項を記載した書面をもって、発掘に着手しようとする日の30日前までに文化庁長官に届け出なければならない。ただし、文部科学省令の定める場合は、この限りでない。
第93条(土木工事等のための発掘に関する届出及び指令)
- 土木工事その他埋蔵文化財の調査以外の目的で、貝づか、古墳その他埋蔵文化財を包蔵する土地として周知されている土地(以下「周知の埋蔵文化財包蔵地」という)を発掘しようとする場合には、前条第1項の規定を準用する。この場合において、同項中「30日前」とあるのは、「60日前」と読み替えるものとする
- 埋蔵文化財の保護上特に必要があると認めるときは、文化庁長官は、前項で準用する第1項の届出に係る発掘に関し、当該発掘前における埋蔵文化財の記録の作成のための発掘調査の実施その他の必要な事項を指示することができる
上記条文に基づき全国的に運用されているが、具体的には民間が行う開発・建築工事に伴う指導や監督を市町村の教育委員会が「埋蔵文化財取り扱い要綱」などを独自に定めるなどして行っている。
2、埋蔵文化財包蔵地に建築工事・土木工事を行う際の手続き
埋蔵文化財包蔵地において建築・土木工事を行う場合は、工事の範囲、内容が地下の埋蔵文化財にどのように影響するのか個々に担当課と協議し、調整しなければならない。その手続きの流れは各地方公共団体によって微妙に異なる場合があるが、概ね下記のようなものである。
▼建築・土木工事の際の埋蔵文化財手続きの流れ
- 埋蔵文化財の照会・協議
- 試掘・確認調査
- 遺跡が現存し予定工事で影響を受ける場合の指示事項
- 工事の範囲を周知の遺跡外に変更
- 遺跡部分を工事対象範囲外にして現状保存をする
- 遺跡部分を基礎等が損壊しないように盛土等をして、現状保存を図る(盛土の積載荷重が遺跡を損壊しないように盛土の高さ等が制限されるケースがある)
- 工事に先行して、発掘調査を実施する
- 本発掘調査
- 整理作業等
担当課へ照会し、埋蔵文化財の取り扱いを協議
工事が埋蔵文化財に与える影響を検討、埋蔵文化財の範囲や状況を確認する調査を実施する。遺跡の範囲に合わせて試掘を行い確認する。現地踏査や試掘調査を実施し、現在、遺跡がどのような状況にあるのかを調査した結果 、遺跡が存在せず工事の影響を受けないことが判明した場合には、発掘調査は不要。遺跡が現存し、予定工事で影響を受ける場合には、その取扱いについて、以下の協議を行う
上記の判断結果に基づき下記の指示がなされる。
①発掘調査:工事による掘削が埋蔵文化財に及ぶ場合や恒久的な建築物、道路などを設置する場合には、工事着手以前に発掘調査を行い、滅失する埋蔵文化財について記録保存する
②工事立会:対象地域が狭小で通常の発掘調査ができない場合や埋蔵文化財に損壊を与えない範囲の場合には、工事の着工に際して市教育委員会の専門職員が立ち会う(途中、遺構や遺物の検出作業、写真撮影、図面作成などを行う場合がある)
③慎重工事:発掘調査、工事立会が不要とされる場合は、包蔵地であることを認識のうえ慎重に工事を行うように指示
④現状保存:計画の変更等により工事区域内において埋蔵文化財の保存が可能な場合には、現状保存の取扱いになる
工事により遺跡が破壊されてしまうことを前提とした調査。その費用は事業者(原因者)が負担する。ただし、個人住宅の建設などの場合は国庫補助の制度がある
発掘調査によって出土した遺物の整理・保存、資料のとりまとめ、及びそれらを統合した報告書の作成
上記の手続きの流れのなかで事業者の負担(当該不動産の価格リスク)となるのは、現状保存が求められた場合と本発掘調査が行われる場合である。現状保存のケースは保存部分の土地の利用上の制約と保存部分を除く残地の画地条件の減価や設計変更などに伴い発生する諸費用相当額が対象不動産の減価要因となる。一方、発掘調査が選択された場合は、事業者が負担すべき本発掘調査費用並びに発掘調査によって出土した遺物の整理・保存、資料のとりまとめから報告書の作成までの費用が減価要因となる。本コラムでは発掘調査が選択されたケースに絞って詳しく言及していく。
■試掘・確認調査
建築・開発に伴う土木工事を行う前の対象不動産の試掘・確認調査は、役所の公費で行われるケースが多いが、その目的は、
- 現状保存を必要とする重要な遺跡の有無、範囲の確定
- 発掘調査を必要とするかの要否と要する際の範囲の特定
である。試掘を行えば遺跡の分布密度、遺物や遺構を含む包含層の厚さなど地下の平面、断面の状況がある程度まで把握できるので本調査に移行した場合に必要となる調査費用や調査期間を事前に予測可能となる。
試掘・確認調査の方法は、予定されている建築・土木工事を想定して行われる。例えば、埋蔵文化財の有無は限定的な範囲の発掘でも確認できるが、埋蔵文化財の範囲・性格等の概況を知るには工事範囲とその周辺に及ぶ広範な発掘が必要となる。通常10mピッチ以内で試掘し、最初の掘削で遺跡が出た場合、ピッチを狭めるなど現場の状況に応じて判断がなされることが多い。
「一般に、埋蔵文化財の有無の確認、範囲・性格等の把握を一連の調査て行う方式(以下「一段階方式」という)と二つの工程に分け段階的に行う方式(以下「二段階方式」という)が行われている」(月刊文化財)。
次回は本発掘調査、当該調査に影響を与えるコスト要因などについて詳細に言及予定。
■次回記事
埋蔵文化財包蔵地の調査 後編