中小不動産業者でもできる不動産私募ファンドのセットアップ
1、中小不動産業者も不動産証券化活用の時代へ
■業界に急速に進む証券化の波
資産流動化のための不動産証券化や証券化という仕組みを使った資産運用型の不動産ファンドの組成のハードルが下がり、身近になってきた。不動産証券化や不動産私募ファンドというといままでは大手不動産、不動産投資銀行、外資、信託銀行、証券会社などの独壇場で中小不動産業者から見ると高額案件、ハイレベル、異次元の不動産投資の世界という印象が強かった。
最近になって不動産証券化の小口化、地方化が急速に進行し、地域の有力不動産業者をはじめ街場の業者が相次ぎ参入し始めた。筆者の予測では、数年後には、不動産証券化、不動産ファンドのストラクチャリングやコンサルテーションができる不動産業者とそうでない業者に対する投資家による序列化、選別が酷いほど進むと見ているのだが…。
例えば、大阪府堺市の㈱ジェイ・アムズは、賃貸アパート4,600万円を取得し、投資家への配当利回り6%で証券化した。千葉市の財託コンサルタンツは、賃貸家屋3,200万円を特定目的会社(TMK)を使い、一口10万円の証券価格で証券化を実現した。
異色ケースでは、大阪府宅地建物取引業協会北区支部のメンバーである不動産業者が大手不動産による寡占を阻止するとしてSPCとなる「特定目的会社北区不動産会館」を設立し、TMKスキームを使い、会員業者自らが優先出資証券を引き受けて、S造店舗・事務所8,000万円の不動産証券化を実践した。
このように不動産証券化を業務拡大に活用しようという不動産業者が全国各地で急速に増えているのだが、証券化対象不動産を住居系で見ても賃貸マンション、アパートからニッチな区分所有マンションや底地までと幅広くなってきている。
東京都千代田区のスターマイカは、02年「スター1号ファンド」を組成したが、対象案件は、首都圏の2,000万円クラスの中古ファミリータイプ区分所有マンションを中心に10億円からスタートし、運用開始3年で30億円程度に拡大している。
TFP不動産コンサルティングが運用している底地ファンドはユニークだ。1号を「プラトン不動産ファンド」の名称で03年9月に立ち上げ、個人投資家から資金を集め、約2億円規模で運用。ファンドの組成物件は、東京都内、神奈川県の底地19物件で、運用パーフォーマンスは、年間利回り約13%の実積値をマークした。1号ファンドの特徴は、投資対象が底地に限定され、運用期間が1年と短期で、ファンドの底地購入価格と、当該底地上の借地人への売却価額の差益(キャピタルゲイン)を投資家に配当するという独特のスキームを作った。
■主流は「YK+TK方式」から「GK+TK方式」へ
いま行われている不動産証券化、不動産私募ファンド組成の多くは、特定目的会社(TMK)スキームを使ったものよりも、より手軽にストラクチャリングできる「YK+TK方式」と呼ばれるスキーム。これはオリジネーター(現不動産所有者)がSPCである有限会社に証券化対象資産の信託受益権を譲渡し、SPCは、購入代金をノンリコースローンで借り入れ、足りない分を投資家から集めたり、エクイティの一部をオリジネーター自らが劣後出資をする。06年5月の新会社法施行後は、有限会社に代わり合同会社を用いるGK+TKスキームが増加している。
ファンドのセットアップのやり方は詳しく後述するが、2重課税を回避するため、投資家出資部分は、匿名組合により出資を募るという仕組みを使う。このスキームで不動産ファンド立ち上げのスタートからクロージングまで通常3~5ヶ月でできる。
■証券化参入を模索する中小業者
不動産証券化は、単なる不動産の知識だけでは対応できない。不動産証券化業務に参入するには、金融技術をはじめ法務から税務に亘る広範な専門知識が要求される。中小業者のなかで証券化の検討段階から最終的な資金決済まで一貫したファイナンスアレンジを行うストラクチャリングがやれる具体的なノウハウを持つ者は極めて少ないのが現状だ。
一方、地域密着の営業を展開している不動産業者といえど彼らの日頃の日常業務からこれまでのような単なる賃貸管理や仲介だけでは、将来、熾烈な同業者間の生き残り競争に勝てないという危機感が強い。中小規模の範囲でも証券化が可能なスキルを習得して新たな不動産投資のステージへステップアップし、証券化によるオーナー資産のオフバランス化や新たな資金調達手段の確保、資産活用提案、既存資産のバリューアップなどを総合的に実現できるコンサルテーション展開したり、業者自らオリジネーターとして証券化や不動産ファンドをアレンジメントし、高レベルのアセットマネジメント、プロパティマネジメントを織り成した業務展開の構築が急務となってきている。
業者にとって不動産証券化のどこにメリットがあるかというと、証券化不動産を運用して管理業務の受託、テナント募集・仲介による手数料収入、入居・退去時のリフォーム発生、ファンドの出口での売却に伴う手数料収入の獲得という一連のビジネスモデルの構築が、コアである不動産証券化に関連して可能となることがあげられる。さらに地域で先行して不動産証券化を手がけたという実績は、当該業者の信用力を上げ、先進的業者としての注目を集め、ブランド力も高め、業者の業域拡大に繋がることにもなる。
■地方化・小型化が追い風に
最近の不動産証券化の小口化、地方化のトレンドも中小業者の証券化の追い風になっている。小規模物件の証券化でこれまでネックとなっていた証券化するための多額のコストが、ここにきて契約書やデューデリジェンスなどの費用の定型化・簡易化が進み、準備期間の短縮化、コストダウンが実現しているため、例えば3億円程度の小口案件の証券化も採算が取れるようになってきた。
これらの地方業者の不動産証券化の規模は、1ファンドあたり5~10億円が多い。従来は、不動産証券化を行うためにはスキームの合法性のチェックや参加者間の契約締結のためにレンダー側、SPC側のそれぞれの弁護士が契約書を膨大な手間をかけて作成したり、環境会社が行う土壌汚染調査、ゼネコンなどによる建物のエンジニアリングレポート、地震リスク調査(PML)、不動産鑑定評価、必要に応じ格付け機関の格付けを取るなど複雑で膨大なステップ数の工程遂行を必要とした。
これらに要する時間とコストを考えるといままでは少なくとも数10億円単位の証券化でなければ事業採算が取れなかった。しかし国内でも証券化がすでに数多く実行され、それらのプロセスがデータベース化され、モジュール化されることにより、契約やデューデリジェンスなどの定型化・簡易化が可能になり、組成ロットの小さい証券化でも採算が取れるようになってきている。
レンダーサイドのノンリコースローンのローン金額が数10億円単位からどんどん小さくなっているのも中小業者に追い風だ。最近は2億円ぐらいでも融資対象となるようになった。例えば、新生銀行は、グラウンド・ファイナンシャル・アドバイザリー株式会社及びみずほアセット信託銀行株式会社と共同で、収益不動産を実質的な引当財産としたノンリコース・ローンに関する新しいスキームを開発した。単一の特別目的会社(SPC)を用いて複数のノンリコース・ローン案件を随時組成することが可能となるマルチアセットプログラム(MAP)と呼ぶこのスキームは、ローン金額で2億円くらいの中小規模の不動産にも対応できる。通常のノンリコースローンと比較して1/3程度の初期コストを実現し、SPC設立及び運営に係るコストが大幅に低下した。小規模案件であっても合理的なコストでのノンリコース・ローンによる資金調達を可能としている。
シノケンや大東建託は、エンドユーザーである個人投資家向けのノンリコースローンで東京スター銀行などと提携融資を行っている。融資対象は、数千万円規模のアパート等であり、不動産証券化を伴わない融資形態ではあるが、エンドの個人投資家ベースでは、ノンリコースローン自体の小ロット化が急速に進んでいる。
2、不動産私募ファンドをセットアップするには…
■スキーム
不動産証券化が進むなか、不動産私募ファンド組成が盛んになっているが、その大半はSPCである有限会社を営業者とし、匿名組合による出資を募る「YK+TK方式」とよばれるスキームで、証券化案件の実に8~9割を占める。有限会社を使うこのスキームでは社債を発行できないので、資金調達は「ノンリコースローンによる借入れ+匿名組合出資」となり、比較的小規模な証券化に使え、中小不動産業者向きといえる。
06年5月の新会社法施行により有限会社に代わり合同会社を用いるGK+TKスキームが増加しており一般的になってきている。YK+TK、GK+TK方式に次いで多いのが資産流動化法に基づく「特定目的会社=TMK」をSPCとして利用する仕組み。TMKは、TMKを管轄する財務局に届出を行いその業務を開始するのだが、最低資本金10万円で設立することが可能で、流通課税も軽減されるなどのメリットがあり、配当可能利益の90%以上を配当するなどの要件を充たせば法人税が非課税になるが、その適用要件が厳しい。社債を発行するか、50人以上の公募・申し込みが必要条件となるのだが、社債の発行は、社債管理会社や財務代理人が必要となり、このコストが高いのがネックであり、50人以上の公募・申し込み要件も中小業者の証券化としては困難なため、今後の制度改善次第では普及する余地があるものの、現状では使いづらいスキームとなっている。
本コラムでは最もポピュラーな匿名組合を使ったGK+TK方式を取り上げる。
■GK+TK方式のモデルスキーム
例えば、年収1000万円、DCF収益価格1億円の賃貸マンションを証券化するケースを考える。
- まずスポンサー、不動産所有者が基金を拠出して有限責任中間法人を設立
- 有限責任中間法人が出資者・社員となるSPCを合同会社で設立
- 不動産所有者は、賃貸マンションをSPCに移転する前に期間、例えば5年で信託銀行に当該不動産の信託を委託する。その結果、信託銀行は受託者となり、不動産所有者は、信託受益権(信託財産から生じる収益および元本を得ることのできる権利)を取得する
- 複数不動産を賃貸対象とする場合、ML(マスターレッシー 転貸人)がまとめて賃借し、エンドテナントに転貸借する。信託受託者とML間でマスターリース契約(このモデルでは期間5年の定期建物賃貸借契約)を締結。MLはSPCやPMがなるケースが多い
- オリジネーターは、信託受益権を投資のビークル(導管体)であるSPCへ譲渡し、SPCは、物件価格1億円の例えば70%である7,000万円をノンリコースローンを期間5年で借り入れ、残り30%の劣後部分を合同会社を営業者とする匿名組合TK出資で調達し、オリジネーターへ支払う
- SPCはAM業務をAMに委託、AMはPMを選定して信託受託者から対象不動産の日常管理をPMに委託。さらにSPCは会計・税理事務、監査を会計事務所、監査法人に事務委託する
- ファンド組成のクロージング後、MLはマスターリース契約に基づき、信託受託者に賃料収入等を支払う。信託受託者は賃料収入から公祖公課、信託報酬等を差し引き、信託配当としてSPC口座へ振込。SPCは、受け取った信託配当からローン利息、事務受託、AM、PM報酬等がさらに控除し、匿名組合出資者に運用益を分配する
※信託を介在させるメリットは、不動産を実物で売買するのに比較し信託報酬は必要となるが流通課税が軽減されるから。さらに不動産現物の取得資金を匿名組合出資で調達すると不動産特定共同事業法の適用を受けるため、免許取得が必要になるなど種々の制約が発生するので信託受益権の譲渡という方式を取ることで同法の適用を回避する狙いもある。
※LTV=70%、エクイティ30%匿名組合出資を募ることで後述するが二重課税を回避するのがポイント。
「GK+TK方式」では、SPCに合同会社を使うがその理由は、合同会社の場合、定款認証が不要、会社更生法の適用がないなどがある。
■倒産隔離
不動産証券化の優れた点は、投資家保護の観点から、倒産隔離が施されていることである。倒産隔離は、
- オリジネーターからSPCへ譲渡された証券化対象不動産がオリジネーターの倒産の影響を受けないようにする
- SPC自体が倒産手続きに入らないようにしなければならない
というようにオリジネーターの倒産からの影響排除とSPC自体の倒産排除の二面から行われる。
①オリジネーターとの関連での倒産隔離
オリジネーターが倒産した場合、オリジネーターの破産管財人や債権者が証券化不動産を差し押さえると、投資家への元利支払いの原資になっている不動産から発生する収益の投資家への配当等が不能になり、デフォルトすることになるので、倒産隔離がスキーム内で達成されてなければならない。つまり倒産隔離とは、オリジネーターが倒産した際に、証券化対象不動産がオリジネーターの責任財産とみなされないようにすることである。
倒産隔離が達成されているかは、証券化不動産がオリジネーターからSPCへ移転取引された際に、「真性売買(TrueSale)」であるか否かにかかつてくる。真性売買が否認されるとSPCに移転された不動産がオリジネーター向けの不動産担保付債権とみなされるので、外部債権者等によるオリジネーター倒産時の差し押さえ等が起きるため、スキームが破綻してしまう。真性売買に該当するかは、契約の動機、当事者の意思、譲渡価格の適正度、オリジネーターの買戻し義務などによる不動産のリスクおよび経済価値の移転の程度などが総合的に検証されなければならないため、一般に弁護士に意見書作成などを求めている。
②SPC自体の倒産隔離
証券化のスキームでは、SPCの社員や株主が投資家に不利になるような議決権を行使できないように組成されている。SPCは、証券化対象不動産から得られる収益を投資家に配当することに限定して設立されたものであるため、その独立性が担保されなければならないからだ。つまりSPCが、勝手に借入を起こし、株式投資をしたりすることはできないのである。
このため定款でSPCの事業を特定不動産の投資事業のみに限定したり、他の事業との兼業を禁止するなどがなされており、さらにSPCが破綻しても倒産手続きに移行できないように倒産手続不申立特約を締結し、SPCに倒産手続開始原因が生じたとしても倒産手続が開始されることを防止している。
またSPCも法人なので議決権を有する出資者が存在するが、当該出資者の影響力を排除するための仕組みも必要になる。このような必要要件を充たすため、従来は、チャリタブル・トラストという英米法の信託制度を活用することが多かった。オリジネーターやスポンサーとSPCとの間の資本関係を切断するため、ケイマン島に設立されたSPCの株式を現地の信託会社に信託し、信託会社は宣言信託を行ってその株式を慈善団体を受益者とする慈善信託(チャリタブルトラスト)を設定。議決権株式の所有者は慈善団体となることで実質的に国内SPCの株主を存在しない形にしていた。
しかし、現在は、非公益かつ非営利目的の団体にも法人格を付与する目的で創設された中間法人を使うスキームが増加している。つまりオリジネーターが有限責任中間法人の基金を拠出し、オリジネーターと無関係の2名以上の社員(弁護士や公認会計士が就任)で構成する。その結果、資金拠出者のオリジネーターと議決権を有する社員が遮断され、「ケイマンSPC+慈善信託」方式に替わり、倒産隔離を国内で完結させることが可能となった。国内で対応可能でコストも安いため、最近は有限責任中間法人を使った倒産隔離が増加している。
■二重課税の回避
GK+TK方式のスキームでSPC段階で課税されると法人の所得として課税され、なおかつ配当金として投資家が得た利益にもさらに課税されると二重に課税がなされてしまい、その分だけ配当が減少し、投資商品としての魅力が劣化するので二重課税を回避できる商品設計が必要条件とされている。具体的には、合同会社や株式会社をSPCとして用いる場合には、商法上の匿名組合の形式で出資を行うことにより、組合は納税義務者にならないため、二重課税を回避することができる。
■ファンドセットアップの登場プレイヤー
ファンドの立ち上げの総指揮者は、何といってもアレンジャーである。証券化のスキーム構築からオリジネーター、資金調達者、投資家、AM、PM間の調整を行う者で、ノンリコースローンを供与する大手銀行や信託銀行などのレンダーがアレンジャーを兼務するケースが多いが、レンダーや信託サイドと対等な距離を置きたいという場合は、利害関係が独立している独立系のアレンジャーに依頼するケースも見られる。アレンジャーが決まれば次の段階として信託譲渡する信託銀行を選定する。アレンジャー、レンダー、信託銀行でスキームのフレームがほぼ決まるので、この段階でセットアップ時のデューデリジェンスを行う弁護士、会計士、税理士、不動産鑑定士などが関係者からの紹介で登場してくることになる。
▼デューデリジェンス・プレイヤー
現状で不動産証券化やファンド組成に精通した弁護士、会計士・税理士などが限られており、その殆どは地方にいなく中央に偏在しているため、地方でのこれらの事業が専門家の人材難で円滑にできないといわれている。今後、証券化の小口化、地方化が進むためには、地方での当該分野への専門家のネットワーク化などによる対応が急務となっている。
■ファンドの運営・終了
SPCは、いわばペーパーカンパニー、事業を直接遂行できるスタッフを擁した事業体ではないので、不動産投資の運用や管理は外部に委託することになる。そのための受け皿としてSPCからの事務受託者、AM、PMが存在するのである。
AM(アセットマネジメント)は、購入、売却、管理をはじめ会計、投資計画全般、ポートフォリオ策定など投資家利益の最大化を図り、PM(プロパティマネジメント)は、管理会社、リーシング会社選定、管理計画、修繕計画に携わり、物件価値の最大化を図る。
例えば、不動産業者が不動産証券化に参入するのは、ファンド関連での物件移転時の仲介手数料をはじめ、AM、PMを受託してフィーを得るビジネスモデルの構築にあるため、ファンドの運営ノウハウは、業者のもともとの得意分野でもあるのだが、不動産証券化、ファンド組成後のAM、PM業務はより高度化しているため、どこまで投資家利益を実現できるかがファンドの成否の鍵を握る。
償還時期がきたファンド出口戦略として、
- 不動産、信託受益権を引き当て資産としたリファイナンス
- 不動産、信託受益権の第三者売却
がある。
売却のケースでオリジネーターに優先交渉権があって買い取る場合は、SPCは信託受益権をオリジネーターに譲渡する。第三者売却の場合は、実物不動産もしくは信託受益権を最高価格入札者に売却する。
物件価格が上昇していれば、リファイナンスも売却も容易であるが、価格下落している場合は、約定に基づきオリジネーターが買い取ることが多い。
売却でキャピタルロスが発生した場合、まずデッド元本の償還が優先し、残余があればエクイティ元本の償還に充当される。売却益が発生した場合は、エクイティに充当され、デッドには分配されない(優先劣後構造)。
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