グローバル化する不動産投資

■グローバル化の波

いま国内の不動産投資は、潮目が変わりつつあるのではなかろうか?国内の投資適格物件の高騰により、投資利回りとデッドのスプレッドが2%台となり、投資採算性からこれ以上、買いあがっていくことは難しい状況となってきている。日銀による3月の量的緩和解除、さらにゼロ金利解除も早ければ今夏に視野に入ってきており、国内の不動産投資環境はより厳しいものになるだろう。

このような時代背景により、国内の不動産ファンドをはじめ個人富裕層などの投資マネーはより高リターンの投資機会を求めて海外不動産投資へシフトし始めた。例えば、住宅、オフィス、ホテルが長期にわたる供給不足で、地方都市からの人口流入が続くモスクワは、いまや上海に並ぶ不動産ブームが起きており、世界中の投資マネーがモスクワに進出している。かつての高度経済成長期の東京を彷彿とさせるが、日本と同様に所得の二極化が進むモスクワの富裕層のステータスはトヨタのレクサスを買うことらしい。東西ベルリン統合後のブームで供給過剰となり、不動産価格や賃料が大幅に下落したベルリンは、世界中の不動産投資マネーの格好のターゲットとなっており、国内ファンドのクリードはドイツで100億規模の住宅投資を行う計画だ。

個人投資家レベルでも手軽な海外不動産投資が、ファンド・オブ・ファンズ(FOF)の誕生で可能になった。海外リートや不動産証券に分散投資できるFOFは、小額から買うことができる。米国やオーストラリア、オランダ、フランスなどの各国リートを組み込んだ商品もあり、はからずも世界の不動産を投資対象とする「不動産投資のグローバル化」を実現したわけだが、現地の専門家に運用委託しているため、海外案件も現地にいて運用するのとほぼ遜色がないレベルの投資サポートが得られるようになっている。

国内不動産投資の過熱で次に来るであろう本格的な海外不動産投資時代への布石として国内ファンド勢の海外進出も始動している。

日経新聞によると不動産ファンド運用を手がけるクリードは、05年海外不動産投資を始めると発表。8月に完全子会社のクリード・グローバル・インベストメンツを設立し、欧州、アジア、米国の住宅、オフィスビルなどを購入し、運用する。オフィスビルの賃料収入による利回りが東京を上回っているロンドン、パリ、モスクワなどの欧州主要都市やソウル、台北などの物件の購入を検討している。当初は自己資金や不動産開発業者などとの共同投資により運用し、利回りが高かったり、売却益が見込める優良物件をファンドに組み込む。投資先各国でファンドを設立。国内外の投資家から出資を募るほか、海外の金融機関から資金を調達する。08年5月期末までに海外での運用資産残高を800億円まで積み上げる予定だ。

RMJ(リアルエステートマネジメントジャーナル)ではケネデイックス、ファンドクリエーション、キャピタルパートナーズ証券など各社の海外ファンド組成の動きが紹介されているが、各社に共通するのは他社に先駆けて先行投資をすることで今後の大きなトレンドとなる海外不動産投資でいち早くビジネスモデルを確立する狙いのようだ。

国内から海外不動産投資へのシフトは、すでにバブル時に日本でおきた現象であるが、当時の海外不動産投資と、現在、展開し始めている海外不動産投資は、その性格や手法を異にする。バブル時の海外不動産投資をフラッシュバックさせて現在と比較対照してみよう。

プラザ合意に始まったバブル時の国内の超金融緩和による余剰資金は、国内の不動産価格を高騰させたが、投資マネーの奔流は、堰を切ったように海外の不動産投資に向かった。円高であるため、いままでより不動産が安く買える、日本での不動産投資は土地が高騰しすぎたため、新規に土地を買って、ビルを建てて投資採算に殆どのらないため利益を上げるのが極めて難しく、比較的利回りのよい米国の不動産をというふうに、割合、抵抗感のない形で、米国への投資が増えていった。生命保険会社や大手不動産会社、ゼネコンのほかに、一部、ニ部にも上場してないような会社の投資もかなり増えていた。

1988年、日本の対外資産は急増し、ソニーがCBSのレコード部門、さらに映画会社のコロンビアを買い、三菱地所がニューヨークのロックフェラーセンタービルを買ったときは、日本が「アメリカの魂を買った」と揶揄された象徴的な出来事であった。

ティファニー、エクソン、ABCなど、ニューヨーク、マンハッタンの有名ビルを日本企業は相次ぎ買収した。1988年末には日本企業がロサンゼルスのオフィス用ビルの3分の1、ワイキキの有名ホテルの4分の3を買い占めたと言われている。後にこれらの海外不動産投資は殆ど失敗に終わり、ゼネコンをはじめ買収企業の経営を圧迫することになる。

バブル時の海外投資は、実物資産への投資という形で行われたが、現在、起きている海外不動産投資は、リートや不動産私募ファンドなど世界的な不動産証券化の潮流の中で行われているのが大きな相違点である。とはいえ海外不動産投資の大部分は、世界のリート市場全体の70%を占める米国市場に依存しているのが実情であるが、各国でリート市場などが相次ぎ創設され、ITによる投資情報のグローバル化により国際的モダンポートフォリオ理論に基づく国際分散投資が行いやすい環境が醸成されている。まず米国への不動産投資からみてみよう。

■米国不動産投資

●投資環境

まず、流動性や規模で世界一の米国の不動産投資環境を概観してみると、日本をはじめ海外不動産投資を国際的に展開するアメリカであるが、不動産でみると投資対象国基準が高いのは自国、アメリカという結論になる。

  • 1990年から2000年までで米国の人口は3,276万人増加し、毎年1%程度増え続けており、人口増の30%を占める移民の増加が米国の人口増加に大きく寄与している。ヒスパニックの持ち家率は90年代に3.4ポイント上昇して45.2%、白人の上昇率より高い。移民増、出生率の高まり、住宅購入世代の増加が住宅価格の堅調を支えている。現在約3,000万人弱の移民人口が存在するが、その多くは1980年代以降に移住している。こうした移民を含むマイノリティ世帯による住宅取得は、90年代後半の米国全体の持ち家取得の増加のうち約44%を占めている。米国内の州別の住宅価格分布をみると人口増加率と住宅価格は高い相関があることが実証されている
  • 政治的・経済的な安定度が高い
  • ノンリコース・モゲージローンは非遡及性があり、事業に失敗しても投資家個人財産まで追求されることはない。ノンリコース・モゲージローンがかなり普及してきたとはいえ、包括的個人保証をとり、再起ができない日本と異なる
  • 情報の透明性が高い。アメリカの代表的不動産インデックスNCREIFは英国のIPDと並び、ファンドマネージャーや個人投資家がベンチマークにする世界の代表的投資指標である

少子高齢化に悩む日本と比べると移民による人口増が恒常化している米国社会はなんともうらやましい話であるが、このような人口増社会を反映し、平均的米国家計が持つ最大の資産は、実は株ではなく「ホームエクイティ」と呼ばれる借り入れ金額を差し引いた後の純資産としての住宅価値である。

これは住宅を担保とした家計の借り入れ余力であり、住宅ローンの返済分が純資産の増加として蓄積されている。例えば30万ドルの住宅ローンがあっても住宅価格が40万ドルなら10万ドルの借り入れができる。住宅価格が上昇すれば借入額も増えるというわけだ。あらかじめ設定された枠内であればお金を随時出し入れでき、融資枠の半分は実際に引き出されて耐久消費財の消費や別の住宅を購入するための頭金、カード債務の返済に充てられている。

住宅価格の上昇が米経済を押し上げるという構図だが、見方を変えれば、住宅価格の下落は米国個人消費に深刻な影響を与えるということである。住信基礎研究所井上淳二氏は、米国の人口構成が住宅価格だけでなくオフィス需要にも好影響を与えると指摘している。「ベビーブーマーの子世代であるエコブーマーが今後、成人を迎えるが、同世代は親世代より教育水準が高く、ホワイトカラー労働人口の増加がオフィス需要の拡大を促し、都市でのマンション需要を生むと考えられる」(RMJ)。

このように米国国内の人口増による「ホームエクイティ」のメカニズムや人口構成比は米国経済、ひいては米国の不動産投資環境を考察するとき重要なファクターとなっている。

●米リート、私募ファンドなど

世界第一位の不動産市場である米国の05年の不動産取引高は2,500億ドル(約30兆円)で、コンドミニアム、タウンハウス、商業用ビルやホテル、オフィスビル、物流施設、土地など多様なセクターで不動産投資が展開されている。また米国内の不動産賃貸借は1~10年以上と一般に長期であり、収益のブレは比較的少ないといわれている。米国内の不動産投資環境で紹介したように環境が整備されているため、投資対象国基準が高く、近年、日本国内からの不動産投資マネーを米リートが呼び込んでいる。

株式とのオルタナティブ性に疑問があるとしても伝統的資産と比較して高パフォーマンスが得られ、それらと低相関であり、00年から04年までは、日本の不動産市場と米国の不動産市場は円ベース収益率で逆相関となっており、アセットの国際的分散が可能になるからだ。日本国内の投資家による米リートへの投資は、ファンド・オブ・ファンズ(FOF)で身近なものになったが、さらに米国の不動産を投資対象とするREITを日本国内で上場する構想もある。

日経不動産マーケット情報によると、「不動産投資顧問会社のウイーズは、06年9月以降、米国の有力不動産会社と共同で私募ファンドとして運用を始め、オフィスビルや商業施設などで10億ドル(約1,200億円)程度にまで資産を積み上げ、条件が整えば、日本のREIT市場に上場する考えだ。現時点における東京証券取引所の上場審査基準においては、REITの投資対象を事実上、国内の不動産関連資産に限定している。諸外国の税制をすべて把握することは困難で、REITの投資先が世界各地に及んだ場合、投資家への安全性を東証が担保できないとの理由からだ。ウイーズの米国不動産REIT構想を実現するには、こうした基準の見直しが前提になる。もし見直しが図られた場合には、08年~09年にも上場したい意向で、さらに、欧州の不動産を対象にしたREITも視野に入れていく。」

このところの米リート市場動向は振幅の大きな展開となっている。FRBの金融政策の不透明感や原油高によるインフレ懸念で株式市場も調整色を深めているなか、空室率、賃料等の回復を背景に堅調に推移していた米リート市場も06年5月は4月に続いて下落している。米リートの代表指標であるFTSE・NAREITエクイティ・REIT・トータルリターン・インデックスは2.85%下落した。一方、米10年国債利回りは5.1%に引き続き上昇しているためリートの割高感も出てきている。

原油高や需給ギャップの引き締まりを背景にインフレ懸念が強まっているので、市場では今月(06年6月)28-29日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で追加利上げがあるのではとの見方が大勢となっている。いずれにせよ長期金利の上昇が進むと高いレバレッジで買い進む一部の投資マネーは市場から撤退すると思われるが、長期的には緩やかなインフレ下で、世界経済は順調に回復していくと予測されており、米リート市場も短期的には多少の振幅はあるものの堅調に推移すると見込まれている。

次に米国の不動産私募ファンドであるが、ファンドの規模は巨額であり、わが国にはまだ制度として定着していないゲートキーパー(投資家の門番)と呼ばれる投資コンサルタントが、独自のデータベースで投資家の立場に立ってファンドを評価し、牽制して投資家のファンド投資をサポートし、互いを引き合わせる役割を担っているのが特徴的だ。

わが国の投資家の投資対象としては、安定的なコアとなる投資案件を対象としたオープンエンド型不動産私募ファンドがとりあえず選択肢になってくると思われるが、供給量が十分でないと指摘されている。

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