満室最適化アパートを実現 / コンジョイント分析

1、入居者ニーズが最も高いアパートを数値化して投資決定するには?

今回のコラムでは、企業の商品開発や製品設計に活用されているコンジョイント分析を不動産投資に応用してみましょう。投資物件の諸要因の最適な組み合わせを実験して入居者ニーズや満足度の最大化を図り、これを数値化することで満室を実現したり、空室が出にくくなる賃貸住宅を実現することが可能になる手法について書いてみます。

N氏は、アパート投資を思い立ち、現に稼働中の物件の購入を検討しています。N氏が購入を検討している都市は、幸い地方中枢都市であるため、若年層の人口構成比も多く、今後しばらくは人口減少の影響はなさそうですが、近年のアパート、マンションの供給過剰の影響を受けています。

最新の設備を装備した新しい洒落た外観の賃貸マンションやアパートが雨後の竹の子のように増えたため、既存のアパートの中には空室が目立ち苦戦している物件も目立ってきました。アパートを建てれば入るという時代ではなくなり、アパート投資も緻密さや科学性、つまりデータの解析能力が求められています。

N氏が検討中のアパートは、N氏と懇意にしている不動産業者B氏が紹介したA、B、Cの3物件です。駅までの距離、駐車場の有無、設備、家賃がそれぞれ違います。いずれも築5年のアパートでいまのところほぼ満室状態です。購入後、入居者ニーズが高く、満室が維持できるアパートはこのなかでどれか、思い悩んでいます。

▼投資候補のアパート

業者のB氏は「いずれも若干のリフォームすれば、まだ躯体はどれも築後5年だから追加投資の効果は十分あるし、需要もある。」と盛んに勧めています。さらに業者のB氏は、参考データとして「最近の賃貸住宅に借り手は何を求めているのか」についてアットホームと全国賃貸住宅新聞社が調査した資料をN氏に渡してくれました。アットホーム社の調査は「首都圏の学生を対象にした部屋探しに関するアンケート(月刊不動産流通掲載)」で「部屋を決める際に何を重視して決めているか」と希望する住宅機能・設備を欲しいもの5つまで回答させたものです。賃貸住宅関係の業者や個人オーナーの愛読者も多い業界紙「全国賃貸住宅新聞社」の調査は、ファミリー向けと単身者向けに分けて借り手が希望する住宅設備のベスト10をランクアップしたものでした。

2、アットホームの調査の「首都圏の学生を対象にした部屋探しに関するアンケート」

何といっても「家賃」が部屋決め動機のトップにきます。さらに「学校から近い」という接近性の良否に続いて「日当たり・通風」といった快適性への要求が高く、「セキュリティ」、「自転車置き場・駐車場」と続きます。

豊かな時代に一人っ子で育った大学生世代は、恵まれた個室と住宅設備のなかで生活してきているため、学生の間の仮住まいとはいえ、あまりにこれまでの生活と隔たりがある居住空間では拒絶反応が強いらしいです。

まず、バス、トイレの3点セットはアウトでセパーレートタイプが当たり前。独立した洗面化粧台からシャンプードレッサーも必備アイテム。セキュリティへの関心が高く(特に女子学生は親の意向が強い)オートロック、ピッキング対応キーなどの装備も要求されます。

▼部屋を決める際に重視すること

▼希望する住宅設備を欲しいもの5まで回答

3、全国賃貸住宅新聞社による「設備に関する最近の入居者のニーズ」調査

全国賃貸住宅新聞社が全国の有力管理業者500社に「設備に関する最近の入居者のニーズ」について単身者向けとファミリー向けに分けて調査したレポートでは、人気度が高いベスト10がリストアップされていますが、最もニーズが高いものは単身者で「ブロードバンド」、ファミリーで「追い炊き」と入居者の年齢や生活環境を反映したものになっています。セキュリティではオートロックやテレビドアホンのニーズが高いのも時代の流れでしょうか。総じて分譲マンション仕様と遜色のない設備が要求されており、賃貸住宅の高スペック化が急速に進んでいます。

4、試行錯誤するN氏

思い悩むN氏は大家仲間から情報を集めました。ある大家さんは、アパートの空室が目立ち始めた頃から、設備不足のハンディを案内業者さんなどから指摘され、随分、悔しい思いをしていると聞いてます。反面、「立地が良ければ、購入後、追加投資しなくても高稼働率を維持できるよ」とアドバイスする大家仲間もいます。現に彼の駅近のアパートは家賃はまあまあで設備はイマイチですが、ほぼ満室になっています。しかし、最近の借り手の住宅設備への要求はますます厳しくなっており、いつまで満室が続くか解りません。

N氏は決意しました。「立地や設備、家賃などテナントの重視ニーズのランキング順で検討し、必要なら設備の追加投資を視野に入れて購入候補のアパートを決定しよう!」さらに「追加投資をするなら住宅設備を借り手の希望度の高い高ランク順位で採用し、満室を続けるぞ!」と思いましたが、このような思考回路もなんだヶ月並みで能がないような気もします。「一般に選択要因が複数ある場合、つまり立地の利便性や家賃、設備のバランス&シーソーゲームのなかから「これを取るならこれを犠牲にしても」といったトレードオフ関係で諸要因を取捨選択し、最適に組み合わせて借り手は最大満足を図る。まさにその最適組み合わせを探り当てればこの投資は成功する!」こういう分析をするのが科学的なんじゃないか…そうなると企業の専門部署で商品開発や製品設計、商品改善計画に日夜没頭し、売れる商品を作るために全知全能を傾け研鑽している人間の意見を聞いてみるのも有益ではないのかという考えに至ったのです。そこで某企業の商品企画課でマーケティングや統計解析をやっている友人のM氏に相談することにしました。

5、コンジョイント分析

N氏の話を聞いたM氏は開口一番「コンジョイント分析すれば~」、「日本ではまだあまり知られてないが、ヒットするデジカメや薄型TVを作るとき、商品コンセプトのいろんな要因を絞込み、それらの要因のどれが影響度が高く、どの組み合わせが最大満足度を達成するか、それらを数値化して分析する手法なんだ。例えば入居者ニーズのアンケート結果をズラーっと見せられても何が重要なのか、どう優先するのか絞れないだろう。要因を巧妙に複層的に組み合わせた幾通りかの質問を繰り返すと何を優先し重視しているのかが明確になってくるんだ。人間の深層心理の反射を多変量解析という数学で数値転換するんだ。」と教えてくれました。

しかし、M氏は「不動産投資なんか考える暇はないね。」と忙しそうだったので、N氏は「コンジョイント分析」を研究し、購入候補アパートのなかで投資効果を最大化できる諸要因の組み合わせを探ることにしました。

6、直交表でアンケートを実行

N氏は早速コンジョイント分析の実行に取りかかりました(なお、分析の流れは、オーム社の上田太一郎氏の「Excelで学ぶデータマイニング入門」を参考にしています)。

数あるなかから「借り手満足度が高い=家賃値上げも期待できる」アパートを選択するためには、どのような諸要因や性能の組み合わせをすればよいのか、まずN氏が思案中のアパートが約40㎡の2DK、1LDKタイプで家賃6万円~6.5万円中心であることに加え、先のアンケートや業界紙の調査結果も参考にして商品コンセプトとして考えられる要因を8因子に絞込み、それぞれの要因につき2~3の水準を取り上げました。

次に入居希望層の希望をとるためのアンケート調査票の作成をします。コンジョイント分析の眼目は「直交表」とよばれる最小の実験回数で最大の情報を得るためのマトリックスの表をつくることです。N氏による要因、水準では「L18直交表」になりますが、この8要因全てを組み合わせると4,374通りという気が遠くなるような情報量になってしまいますが、「直交表」により要因、水準の組み合わせは理論的に18通りに凝縮されてしまうのです。

直交表に従って割付を行いアンケート表を作成しました。アンケート回答者には1~18の組み合わせについて借りたい=10点、どちらともいえない=5点、借りたくない=0点で採点してもらいます。

アンケート用紙を物件を紹介してくれている不動産業者さんの店頭に置いてもらい、回答してくれた人には、単身者などが喜びそうなモノをお礼することにしました。下表の満足度の欄は回答者に採点してもらった結果のそれぞれの項目ごとの平均値です(※この数値は仮定の数値で現実のアンケート結果ではありません)。


7、重回帰分析

目的変数を満足度、説明変数を各水準とし、カテゴリーデータである各水準をダミー変数に変換して重回帰分析をかけるとテナント満足度への影響度を数値化する各水準の偏回帰係数が下表のように出ます(重回帰に興味がない方は8、「借り手の満足が最大になる最適組み合わせ」へ飛んでください)。

入居者の満足度への影響度を見るため回帰係数のレンジを視覚化すると駅距離、家賃、付加設備(宅配ボックス等)、セキュリティの影響度が高いことが解ります。

【精度】

  • 決定係数
  • R2=0.9849

  • 自由度修正ずみ決定係数
  • R2’=0.8714

  • 重相関係数
  • R=0.9924

  • 自由度修正ずみ重相関係数
  • R’=0.9335

  • ダーヴィンワトソン比
  • DW=0.6580

  • 赤池の情報量規準
  • AIC=21.7247

  • 残差の標準偏差
  • Ve^1/2=0.5162

各水準の係数をまとめると下表になります。

回帰分析で得られた係数を基に回帰式を作成します。

満足度=+[0.6044(駐車場有)or0.0000(駐車場無)]+[2.2683(駅5分)or1.1600(駅10分)or0.0000(駅15分)]+[0.7300(ウォークインクローゼット)or0.6433(クローゼット)or0.0000(トランクルーム)]+[0.2850(追い炊き)or0.2283(浴室TV)or0.0000(浴室乾燥機)]+[0.8967(オートロック)or0.1167(TVドアホン)or0.0000(監視カメラ)]+[0.6533(2DK洋・洋・DK)or0.1650(1LDK)or0.0000(2DK洋・和・DK)]+[1.2767(宅配BOX)or0.7217(ブロードバンド対応)or0.0000(ペット可)]+[1.3783(6万円)or1.0700(6万5千円)or0.0000(7万円)]+0.7878(定数項)

8、借り手の満足が最大になる最適組み合わせ

回帰係数が各要因の水準のなかで最高値のものを組み合わせていくと回帰式から借り手の満足が一番高い最適の組み合わせになります。この回帰式ですと次の組み合わせになります。

▼最適組み合わせモデル

この組み合わせで最大満足度8.8805になりました。コンジョイント分析では最高満足度が8.0以上が望ましいといわれているので、満足度に有意なコンセプトで分析結果が得られたといえます。

最後にこのコラムの命題であるN氏が不動産投資を検討中のA、B、Cのアパートの入居ニーズを数値化して、満室を維持できるアパートを決定しましょう。

9、どのアパートが入居ニーズが高い?

冒頭の表を思い出してください。A、B、Cアパートの各要因とその水準は次のようになってましたね。回帰式で各水準の係数が決定しましたので、後は係数の合計をだすとA→C→Bの順でテナント満足度が高い(=満室になる)ことがわかります。

次に3棟のなかでは満足度が最高のAアパートと最適モデルを比較すると8.88-7.22=1.66満足度が低い。これは駅距離がAが10分で最適モデルは5分で、その差1.108さらにブロードバンドと宅配BOXの差が0.555あるためです。

▼投資候補のアパート

この結果を受け、N氏は満足度最高の最適モデルに近い物件をさらに探すことにしました。

※本コラムは、現実のアンケート調査による数値でなく、仮定の数値で満足度を演算しています。

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