オフィスビルをめぐる最近の動き
■賃貸オフィスビル市況の改善
最近、東京都心部の賃貸オフィス市場の好調が続いている。三鬼商事の調査月報では東京ビジネス地区の11月末時点の平均空室率は4.28%で前月比0.10ポイント下げ、平均賃料は11月末時点で17,802円で前年末比1.28%(225円)上げている。
「不動産各社は、今春から新築ビルや駅近大型ビルの新規募集賃料を引き上げたが、ここにきて既に入居している企業が契約更新時に結ぶ賃料も5~10%ほど上昇し始めたところもでてきている。特に東京都心の千代田区、港区などの大型ビルで更新時の契約賃料が上がっている」(日経産業新聞)。
東京都心では03年の大量ビル供給による需給ギャップが04年秋にほぼ解消したといわれている。IT関連企業が牽引したITバブル期に比べ、製造業やサービス業でも拠点の集約化に伴う移転、増床意欲が高く、オフィス市場拡大の裾野が広がっている。オフィスワーカーとなる社員の採用計画を拡大する企業が増え、オフィス需要の拡大要因になると見る向きもある。オフィスビル仲介のビルディング企画による企業のオフィス移転理由調査ではオフィス拡張を前提にした「スペースの見直し」が経費削減を上回った。移転後に満足した点は「ビルグレード」、「交通の利便性」を挙げる声が多かった。最近のオフィスビルを取り巻く環境変化が反映されているようだ。
生駒データサービスシステム オフィスレポート(9月調査)によると主要5区における05年の新規供給は134,613坪、06年は一挙に増えて200,178坪と予想されている。06年は、名古屋市および札幌市で大規模ビルの竣工が予定されているが、その他の都市では供給予定が極めて少なくなっており、他都市の合計供給面積は約5.5万坪、全体の2割弱と、東京23区への供給の一極集中が鮮明な年となる予定である。
地方の中心都市でもオフィス空室率の改善傾向が目立ち始めた。福岡市では8月に3年7ヶ月ぶり、札幌市では2年9ヶ月ぶりに空室率が10%を割り込んだ。全国的傾向として景気回復とリストラの一段落でオフィス需要が拡大している反面、バブル崩壊後、新規供給量が絞られていたため、需給バランスが改善されたためである。地方都市においても景気回復傾向を背景に企業のオフィスへの投資意欲が高まってきており、需要増が見込めるエリアが出てきている。
■賃貸オフィスビルも二極化
東京都心部では大型、好立地の優良物件は完成時点で満室となるケースが目立っているが、特に、築浅の優良ビルの空室在庫は希少となってきている。このようなオフィス市況の好転を背景にして、優良大型ビルは、新規賃料だけでなく、継続賃料も引き上げを要請できる環境になりつつある。今後、規模が大きく、ITなど最新設備が揃った優良ビルの需給はタイトになってくるという読みで強気に転じているからだ。
ここにきての都心での賃貸オフィスビルの経営環境の好転と、優良物件の品薄で物件取得難に悩むJ-REITは、完成ビルや既存ビルだけでなく、デベロッパーに設計提案、開発から関与する「オーダーメイド型」の物件取得を進めている。J-REIT最大手の日本ビルファンド投資法人(NBF)はデベロッパーモリモトが03年東京・築地に土地取得後、ビル完成前に取得契約と建物設計を提案した。全フロア天井高2.7m、フロア1平米当たり電気容量60VA、各フロア床下は幅6cmのOA関連配線専用空間確保。05年3月ビル引渡し時でテナント内定率100%を実現した。
一方、都心周辺の中小型や老朽ビルは依然として苦戦している。特に老朽ビルはテナントニーズに応えるため改修など付加価値の向上に差し迫られている。IT化に対応できるように床下にケーブルを配置し、フロアで一括管理していた空調を各室ごとの個別空調にしたりするなどの改修が資金力のある法人オーナーを中心に進められているが、姉歯設計による耐震強度偽装事件以後、耐震補強など安全対策への関心も高まっている。いままで安全と賃料の相関は低かったが、耐震補強を施して不動産ファンドが用いるPML値を取得し、公表すれば、駅前など立地条件が良い既存ビルでは賃料上昇も期待できるように環境が変化してきている。
しかし、これらの改修工事は個人など中小ビルオーナーに取って負担が大きいため、投資資金を負担できないオーナーが不動産ファンドに売る事例が目立ち始めている。不動産ファンドもバリューアップ型は、物件取得後、改修工事やリノベーション、コンバージョンを行い物件価値を高めて稼働率、賃料を上昇させ比較的短期で売却し、高いIRR(内部収益率)の達成を目標としており、費用対効果が高い既存ビルを物色している。
例えば東京千代田の神田中央ビルは不動産投資を手がける大和證券SMBC。プリンシパル・インベストメンツが04年4月取得し、コクヨエンジニアリング&テクノロジー(KET)がリニューアル工事を担当。グリッド工法で天井高を240cmから251cmと11cm高くし、トイレも商業施設風に改修した結果、賃料は周辺相場を約12%上回った。
■ITで変わるオフィス環境
先月放映された「日経スペシャルガイヤの夜明け」は、企業がオフィスワーカーの労働意欲を高め、生産性を引き上げるために従来まで経費扱いの域を抜けてなかったオフィスを戦略投資の対象として考え始めた変化を取材していた。当番組で集中的に取り上げられた企業の「フリーアドレスオフィス」導入の動きは、先に当サイトのコラムで書いたが、その後、企業の導入例も急速に増え、ITをめぐる技術環境も変化しているため、再度、本コラムで取り上げる。
フリーアドレスオフィスでは社員専用の固定席を設けず、空いている席を自由に使うため、部門間の仕切りがなく、開放的な空間が広がり、社内全員の仕事をする姿がシースルーに見える。お互いの仕事振りが見えることで社員一人一人の刺激になり、他部門との交流も進むため社内のコラボレーションが活性化する。一見ランダムに着席するが、社員は、書類や本を持たず、必要なものは割り振られた小型ロッカーに入れておき、ワイヤレスの無線LAN環境を活用し、携帯可能なノートパソコン、携帯電話やワイヤレスIP電話端末で空いた席を自由に移動し仕事をする。会議も必要な時に待たずにテレビ会議やIPテレビ会議を使う。
社外から社内システムへの安全なリモートアクセス環境も構築し、外出先でもオフィスと同等レベルで業務に携われるユビキタスオフィス環境も実現している。特に営業部門は、外で殆ど営業活動をするため日中のオフィスの在席率は20~30%であり、フリーアドレスオフィスを導入することにより、デスクスペースを縮小して不動産の固定的スペースを削減できコスト低下のメリットが多い。
●フリーアドレスオフィスの導入事例
- 東京都千代田区の大手センタービル、クラレ東京本社は04年10月に日本橋の賃貸ビルから移転した。間仕切りを取り去り奥行き70mの空間を実現。プリンターなど共有機器を減らし共有化を進めた。「周りの動きがよく分かり、社員が刺激を受ける」「他部門と顔を合わせる機会が増え気軽に情報交換ができるようになった」などフリーアドレスオフィス導入の効果を評価する声が多い
- 東京都千代田区のIBMビジネスコンサルティングサービスは本社のコンサルタント社員約2,000人に対し席は430しかない。社員はノートパソコンとオフィスで内線電話にもなるPHSを持つ。必要なときにIP網経由で会社のデータベースにアクセスできるようにし、客先に出向く時間を増やした。結果オフィススペースが最小限になったうえこの10年間で生産性は2倍に高まった
- 東京都品川のソニーファシリティマネジメントは05年2月本社を移転、固定席を廃止し、紙の使用量を40%減らした。旧オフィスには複写機など15台あったが新オフィスでは2台のデジタル複合機に減らした。長期保管が必要な資料以外は外部の倉庫を利用。営業部門の席数は人数の半分にした。使用面積が旧オフィスの半分に減った分、光熱費も約半分になるなどコスト削減効果もでた。省スペースだが、カフエ風のソファを置くなど気軽に打ち合わせしやすい雰囲気作りに配慮した
上記のようなフリーアドレスオフィスを実現するには最新のITテクノロジーの導入が欠かせない。テクノロジーとしてモバイルセントレックスやユニファイドコミュニケーションなどがある。
●モバイルセントレックス、ユニファイドコミュニケーション
最近、企業のIP電話導入が進んでいる。IP電話を利用すると本社と営業所、支社などの遠隔地の通話料金をゼロに抑えることも可能になる。また携帯が普及しているため、企業によっては携帯電話と社内デスクの固定電話(内線電話設備)を社員に割り当てているが、電話だけで2重投資になりコスト面から考えると効率的ではない。これに変わるものとして企業の電話をIP化して電話システム全体をIP化しようというシステムが導入されており、内線電話に携帯電話を融合させたシステムである「モバイルセントレックス」を導入する企業が目立っている。
IP電話の導入により電話やFAXのインフラである電話網はインターネットのネットワークに統合される。このように音声、電子メール、FAXなど、従来は個別に処理されていたメッセージを総合的に管理する仕組みを「ユニファイドコミュニケーション」とよぶ。
電話、FAX、電子メールなどを統合管理するソリューションを使うと留守中にかかつてきた電話のメッセージをボイスメールとして転送し、外出先からもメーラーや携帯電話で受け取ることができ、帰社して伝言メモを確認するといったタイムラグによるビジネス機会の損失を最小限度に抑えることが可能になる。また企業ポータルシステムと連携してグループウェアの情報を表示する機能、電話帳をクリックするだけでIP電話から通話できる機能などこれまでにないワークフローを展開できる。
●企業のIP化事例
- 新光証券は04年5月に約7,000台のIP電話を導入し、データ、音声、画像通信をIP網上に統合。統合効果として伝票や清算処理のためのスタッフ削減など間接コストを圧縮した
- 明治製菓は04年11月完成の東京・京橋の新本社ビルに1,000台のIP電話を導入する。メールと連動、外出中に電話があればメールが知らせる。通信網の運営費は4割減る見込みだが、コスト削減だけでなく業務改革の契機にするのが目標だ
- 大阪ガスはIP電話と無線LAN、第三世代携帯「FOMA」を組み合わせた新たな社内通信網を導入。支店など12,000台の電話をIP化する。社員用の5,000台の携帯もFOMAに切り替える。FOMAは無線LAN網を通じて内線電話として使え、外出先では携帯電話になる。IP電話や無線LANと組み合わせ、通信費を減らす
オフィスのIT化の動きは、フリーアドレスオフィスへの動きを加速している。アメリカにおいてオフィスコストの合理的削減という目的で始まったといわれるこのシステムだが、いまやペーパレスや省スペースにとどまらず、社員の意欲の向上や、新しいワークスタイルの確立を目指して導入されている。当初は自分の席がないので不安を感じるが、プロジェクトや案件ごとに各社員がオフィス内で離合集散を繰り返すというやり方は、固定化した組織の枠を超えて、柔軟にチーム単位で動き、迅速に、並行して社内のあらゆるプロジェクトを進行させるという多大のメリットをもたらしている。導入企業では、既成の枠を超えた社員の創造的思考を発展させるものとして概ね好評であるが、企業トップの明確な目標意識とIT環境が脆弱だと理念だけが先行して成果が上がらない仕組みになりやすいと心すべきだろう。
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