バブル崩壊後の継続家賃の評価 / 差額配分法マイナス差額問題

1、プラス差額からマイナス差額の時代状況へ

賃料の鑑定評価は、価格評価に比べ難しいとされている。経済学から社会学、法律学、司法の領域にまで広範に及ぶ学際的業際的分野であり、評価構成要因が多く、構成要因は複雑・多岐である。なかでも継続賃料は、市場における合理的な競争で決定され、経済理論や地域的な妥当性が反映されやすい新規賃料とは形成論理が異なる。限定された当事者間の契約内容、契約締結の経緯、契約後の推移などに借地借家法11条、12条が絡むため当事者の主観的・個別的事情が色濃く賃料形成に投影される。

このような継続賃料の特性から契約内容の個別性とその投影である賃料水準、さらに賃料改定額、改定後の推移など賃料評価の多くのパラメーターが豊富な時系列データベースにより参照されなければならないのだが、これらの諸データが一般に開示され蓄積されることが殆どなく、その検証と実証結果のフィードバックによる理論形成が困難となっている。

現在、継続賃料評価(家賃)については唯一無二、絶対といえる評価手法は存在しない。不動産鑑定では、不動産鑑定評価基準に則り4手法を採用し、相互に関連付けを行ない決定している。4手法とは①差額配分法、②利回り法、③スライド法、④賃貸事例比較法であるが、本コラムでは、4手法のなかで差額配分法を取り上げ、近年、論議を呼んでいる「マイナス差額」が出るときの差額配分にフォーカスし言及する。

バブル前、日本経済が高度成長を遂げているときは、賃料は消費者物価指数、GNPと概ね連動した動きを見せていた。バブル期に入ると不動産価格(特に土地価格)は、急騰し、賃料は基礎価格である不動産価格の上昇に追いつかず、新規賃料と現行賃料の差額が増大した。継続賃料鑑定評価の手法である「差額配分法」において正常賃料と現行賃料の差額の急激な増加を新規賃料と現行賃料の間で適正配分するための理論的根拠付けに苦心することとなった。契約の個別性が内在し拘束する現行賃料額と経済的、地域的な妥当性の反映である新規賃料水準の大きな乖離の間で、継続賃料をどのように位置づけるかがバブル期の差額配分法の課題だったからである。いずれにせよ、バブル崩壊前には、改定後の評定適正賃料が現行賃料より減額するということはまずなかった。

しかしバブルが崩壊し、地価下落が長期に亘り急速に進行する事態となり、新規賃料も94年以降下落を始めた。反面、過去に当事者間で締結された継続賃料は賃料の下方硬直性、粘着性などの特性を反映し、相対的にその下落が硬直的であるため、継続賃料が新規賃料超えるという現象が数多く出現することになった。このような現象を「マイナス差額」という。

マイナス差額とはある不動産の現行賃料が価格時点における当該不動産について想定される新規賃料(経済賃料額)を超えている事を指す。具体的に言うと、同一ビル内で例えば10年前から借りているテナントの現行賃料が、空室が出て募集をかけた募集賃料なり実勢賃料より高かったり、極端な場合、設備がよい隣の新築ビルの募集賃料より高いということが出てきていることだ。日本不動産鑑定協会による論点整理「継続賃料評価手法を考えるために」は、プラス差額が出る「従来型」とマイナス差額となる「バブル崩壊型」に分類し、さらに「バブル崩壊型」を「差額配分を認める考え方」と「差額配分を認めない考え方」に整理している。下表1のような従来型(プラス差額)では継続試算賃料が新規賃料より安く、バブル崩壊型(マイナス差額)の「差額配分を認める考え方」では、継続試算賃料は新規賃料より高くなり、「差額配分を認めない考え方」では新規賃料に一致する。

▼表1:参考資料・日本不動産鑑定協会による論点整理「継続賃料評価手法を考えるために」

2、マイナス差額配分についての2説

バブル崩壊前は、国内で地価や新規賃料が長期に亘って下落するということがなかったため、新規賃料>実際支払い賃料(=プラス差額)というパターンが一般的であった。賃料改定時にプラス差額において新規賃料と実際支払い賃料の間で継続賃料を判断する場合、急激に新規賃料の水準に近づけることは、法的安定性と経済的弱者保護の観点から妥当でないため、当該差額を折半するなど適正賃料の在りどころを他の諸要因を総合勘案しながら抑制的に探ることが裁判例でも鑑定評価でも多かった。近年、出現したマイナス差額はいわばそれまでの鑑定評価の実務では「想定外」の事態ともいえる。

マイナス差額を配分するについては、

  1. マイナス差額を配分すべきとする考え(=マイナス差額配分派)
  2. 新規賃料を上限とすべき(=新規賃料上限派)

という2説の対立がある。具体的には、マイナス差額の配分となる「表1」の「バブル崩壊型」のケースでマイナス差額配分派では表1のようにマイナス差額を折半法で配分すると、試算賃料=12.5万円であり、12.5万円>10万円 新規賃料より高いとなるが、新規賃料上限派では、試算賃料は新規賃料を上限とするため、試算賃料=新規賃料=10万円となり、一気に新規賃料水準まで試算賃料を下げることになる。以下でマイナス差額配分派と新規賃料上限派の考え、論拠を紹介する。

A、マイナス差額配分をすべきとする説

  1. 不動産鑑定評価基準は、「当該差額のうち貸主に帰属する部分を適正に判定して得た額を実際実質賃料または実際支払い賃料に加減して…」と定めている。「加減して」の「加」でプラス差額の配分をしたのであるからマイナス差額の配分となる「減」も基準に定める「減」を行なうべきであり、新規賃料の水準まで下げるべきでない
  2. 地価や新規賃料が上昇している時は、上昇部分を一方的に賃貸人に帰属させ、その結果、賃借人に急激な負担をさせるべきでないとしたプラス差額配分の抑制的スタンスは、公平の観点からみて下落時に下落によるマイナス負担を賃貸人に一方的に科すべきでなく、マイナス差額配分を行なうべきである
  3. 継続賃料は、市場参加者の参入、退出が自由で市場において合理的競争ができることを想定した新規賃料と違い、賃貸借の当事者が限定され、賃貸借契約の内容や契約締結の経緯、契約後の当事者の関係に拘束された主観的事情を考慮しながら適正賃料が形成されるべきものである。よって差額配分法による試算賃料が新規賃料を超えても賃料形成論理が違うため何等の矛盾はない。つまりマイナス配分の結果、新規賃料より高めに試算賃料がなったとしても、当事者間で合意のうえ、賃料が高く設定されたからであり、そのような当事者間の経緯が反映された賃料からスタートすれば、契約の自由性を尊重する限り、改定後の評定賃料も高位水準となる。このように当事者間の主観的な事情を反映するのが継続賃料の評価である以上、継続賃料が新規賃料を超えることがあっても異常値とはいえない

B、新規賃料を上限とすべきという説

  1. マイナス差額配分派が自説の論拠とした不動産鑑定評価基準の貸主に帰属する部分を…加減して…」の部分について基準では加減となっているが、「貸主に帰属する部分」となっていることからみて基準に定めた当時は差額がマイナスになることについて明確な認識がなかったと思われる。マイナス差額の認識があれば、一般的には「貸主に帰属し、または負担となる部分」という表現が追記されると思われる。この意味で加減の減は万一の場合、正常実質賃料の枠内での減算と考えることが自然である(横須賀博氏による「月刊不動産鑑定」の「継続賃料の評価手法である差額配分法について」から引用)
  2. 積算賃料や新規の比準賃料から経済価値に相応する新規賃料を求めていながら、継続賃料の価格遅効性や粘着性を根拠に新規賃料を超える試算賃料を適正な継続賃料として認めることは、合理的・客観的な経済価値を反映する鏡ともいうべき新規賃料を超える試算賃料を認めることになり、賃借人に対して説明責任が果たせない
  3. 差額配分法は土地の市場価格が収益価格と乖離して上昇し続けた時代は、新規賃料と現行賃料の間にプラスの差額が生じた。当該差額を賃貸借当事者間に配分する際に、賃料の保守性(経済的弱者保護)や賃料の遅効性(法的安定性)を考慮するのが裁判所の基本スタンスであり、急激な賃料上昇を避け、適正値が探られた。近年、地価が下落し、土地価格から投機性が剥落し収益価格に近づいている時代には差額配分法は存在意義を失った。よって新規賃料と差額配分法以外の手法で求めた試算賃料間で継続賃料を判断すれば足りる

C、賃借人の移転費用について

継続賃料>新規賃料でその開差が大きい場合、賃借人は別のビルへ移転し、新規賃料で契約をすることを選ぶ。ただし、移転する場合、下記のような移転コストがかかる。

  • 賃借人は現在借りている物件で営業、生活しているから移転により同等の営業環境(場所的利益、得意先の維持など)なり生活ネットワークがキープできるかという無形の移転制約要因
  • 賃借中の物件を明け渡すことに伴う原状回復費、引越し料等の移転費用
  • 企業の場合、移転に伴う通知や企業書類等の一斉変更、本店移転登記などの諸費用、さらに新たに入居するビルの内装費

賃借人は上記の移転コストを含めて賃料額の高低による損得を考える。この結果、移転を決定する分岐点では、経済合理性から考えて(移転先の新規賃料+移転コスト[無形の移転制約要因を含む])<継続賃料の関係が成立する。

この関係について月刊不動産鑑定「オフィスビルの継続賃料の鑑定評価」に興味深い記述があるので引用する。「一般的に坪当たり1万円の差が生じたら、イニシャルコストや移転費用をかけても3年で回収できるといわれている。3万円のところから2万円のところに移るには移ったが得ということになります」。つまりオーナーが継続賃料の改定するときはこの辺の数字が判断材料になるということだ。

継続賃料が地代のケースでは、借地人は建物の建築費を資本投下しており、移転の摩擦要因となるが、家賃の場合も、店舗の改装費や企業のIT投資など建物に多額の設備投資をするケースもあることに留意しなければならない。

「マイナス差額配分派」は、賃借人の移転費用分だけは賃料改定時に新規賃料の水準を少なくとも上回らなければならないとし、「新規賃料上限派」は、賃借人が付加した造作やその撤去など企業のIT化の進行で資本投下リスクは増加する傾向にあるので賃借人のリスクと割り切って移転費用の分だけ賃料は高くてよいというのはおかしいとする。

3、マイナス差額の配分

右肩上がりの経済が終わって経済環境も市場環境も激変している折、継続賃料をめぐる一連の判決が相次いだが、特に02年10月22日の東京高裁判決は、鑑定評価基準を真っ向から否定するものであったため、鑑定評価実務サイドに混乱を招いている。このような状況を踏まえ、日本不動産鑑定協会の調査研究委員会内の「基準検討小委員会賃料評価ワーキンググループ」による「論点整理」がなされた。継続賃料評価に関する議論の流れを整理し、今後の議論をより建設的に進めるための共通認識形成を目的としたあくまで論点整理で最終的な指針案ではないが、差額配分に関しては、単なる整理に留まらず両派の考えを止揚し、融合した記述もある。当該「論点整理」を参考に差額配分法により継続賃料を決定するプロセスを以下順を追って言及する。

A、継続家賃の増減が請求できる場合

継続家賃の鑑定評価は賃料改定によるものが大半を占める。借地借家法32条1項は、継続家賃の増減額を請求できる場合を、例示しているが、例示以外でも裁判実務として主観的事情による増減額請求が認められている。

当事者間で一旦成立した契約内容は、終了するまで維持され拘束するものであるが、賃料を固定すると社会的、経済的にみて不相当な賃料になる場合があるので、衡平の観点から借地借家法32条1項は、家賃の増減額請求権の要件を下表のように定めている。なお、当該各要件事項は、貸主、借主に衡平上の観点から秤量検証されマイナス差額配分額に影響を与える要因になる(後記C、マイナス差額配分における配分基準参照)。

▼表1:借地借家法32条1項例示事項(経済的事情変化要因)

借地借家法32条1項例示事項は、主として経済的事情変化に起因するものであるが、主観的事情変化ともいうべき下表のようなケースも裁判実務として認められている(月刊不動産鑑定「継続家賃の鑑定評価」より一部引用)。

▼表2:主観的事情変化要因

B、差額配分法における配分率の査定

マイナス差額の問題を処理するにあたっての差額配分率の査定であるが、2通りのやり方がある。

  1. 差額配分法を他の3手法より上位にあると考えて、利回り法やスライド法など他の手法で試算した賃料ならびに総合的比較考慮事項を総合勘案し、配分率を求めるという帰納法的手法で、他手法の試算賃料は、差額配分法と並列せず、配分率のなかに吸収される
  2. 差額配分法を4手法のなかの1手法と考え、差額発生要因を分析し、貸主帰属部分、借主帰属部分、その他の社会的要因などに帰属する部分を秤量判定する手法

差額配分法を上位手法と考え、当該手法における配分率を他手法で求めた試算賃料などを総合考量して査定する場合は、当然に他手法による試算賃料が求められていなければならないが、差額配分法を4手法と並列で考える場合も他の3手法による試算賃料を予め求めておくことが必要である。なぜなら差額配分法だけで適正賃料水準把握を試行するにとどまらず、他の試算賃料の調整と決定にまたがって後記のような総合的な検討がなされなければならないからである。本コラムの目的は、差額配分法にフォーカスしているので②の場合について言及する。

C、マイナス差額配分における配分基準

まず差額配分法を適用することで新規賃料を得ることができる。新規賃料は継続賃料と賃料形成論理を異にするものだが、現実には、新規賃料は継続賃料の先導的指標となっており、賃借人は現行賃料と新規賃料水準との損得比較で既定の賃貸借契約関係を抜けることができるため、継続賃料と新規賃料は無関係ではあり得えず、適正な継続賃料を求めるためには両賃料にまたがって適正値を解明しなければならない。

差額配分法における差額は、「新規賃料額-実際支払い賃料」で求められる。新規賃料は積算賃料、比準賃料から求められる。

積算賃料は基礎価格に期待利回りを乗じて得た額に必要諸経費を加えて求めるが、基礎価格の算定で賃貸借契約における貸主側の制約で最有効使用が阻害されている場合は、阻害程度に応じて契約減価すべきであり、またビルの1室が対象案件であるような場合、その部分に対応する平面的、立体的効用に応じた基礎価格となるが、このようなケースでは想定要因が多くなる。また積算賃料に適用する期待利回りは現実の新規賃料水準とその元本価値(土地価格または土地・建物価格)の対比率となるが、期待利回りの実証的なデータは乏しいのが現状だ。

比準賃料は近隣地域、同一受給圏内より物的同一性、契約内容同一性が高い新規賃料事例収集を行なわなければならないが、地代と比較すると事例は多く、同方式を適用しやすくなっている。

新規賃料は、積算賃料現実の新規賃貸市場の賃料水準で決定される傾向が強いため、実務では積算賃料より比準賃料が重視されるようだ。

■新規賃料の精度を基準にする

求められた新規賃料は、資料の制約や方式適用段階での想定要因などで精度にバラツキが出るため、まず求められた新規賃料の精度を基準にしてマイナス差額の配分ならびに試算賃料間の調整を下表3のように行なうことになる。

▼表3:新規賃料精度による配分(参考資料・日本不動産鑑定協会による論点整理)

■マイナス発生要因を基準に配分する

マイナスが発生した要因により配分額を調整する。継続賃料評価で差額配分法を適用し、差額部分を配分するときに基準は貸主に帰属する部分については、一般的要因の分析及び地域要因の分析により差額発生の要因を広域的に分析し、さらに対象不動産について次に掲げる契約の事項等に関する分析を行うことにより適切に判断するものとしている。

  • 契約上の経過期間と残存期間
  • 契約締結及びその後現在に至るまでの経緯
  • 貸主または借主の近隣地域の発展に対する寄与度

要因根拠については一般要因→地域要因→個別要因というマクロ分析→ミクロ分析という流れで把握し、さらに個別的要因を土地や建物に起因するものか、人的要因によるものか等に整理する。把握・整理された要因を貸主、借主にとっての衡平という観点から秤量検証し、配分額を決定することになる。

下表4でマイナス差額のケースにつき差額発生要因とそれぞれの当該要因に対応する配分基準につき整理した。さらに下表5にプラス差額のケースについても参考までに示した。

▼表4:マイナス差額発生のケース(参考資料・日本不動産鑑定協会による論点整理)

▼表5:プラス差額発生のケース

上記に加え、案件の性格によっては、社会的視点を強め、変えていく必要がある。例えば、個人の住宅、小経営者の店舗兼住宅等の生存権的性格を有する貸家の場合の継続家賃の評価に当たっては社会的見地を強く出してみる必要もあろうし、一方、一般の利用方法等の資本収益的な面が強く出る貸ビル、貸店舗の場合ですとあくまでも経済的見地で追求していってもよいのではなかろうか(月刊不動産鑑定「継続賃料」引用)。

今春以後、東京都心部では、企業の業績回復に大型ビル不足感の高まりで新規入居に続いてすでに入居している企業が契約更新時に結ぶ賃料も5~10%上昇するところが出始めた。バブルを境にプラス差額とマイナス差額に明暗を分けた賃料も、最近は都心の新築大型ビルと既存の中小型ビル間で二極化が始まっており、リートや不動産ファンドによるバリューアップで賃料が上昇するケースもあり、差額のプラス、マイナスの発生が重層化している。新たな時代状況に応じた差額配分法の理論構築が求められる訳だが、差額配分の根拠が計量的に示しにくい現状は、今後の賃料改定データの整備でかなり改善されていくものと思われる。新規賃料額を推定することは既存のデータ環境でも可能なので増減額改定された賃料ならびに改定前の賃料データが豊富に得られれば、差額部分と配分率が自動的に求められデータとして蓄積される。これらのデータベースにより配分率の妥当性が検証され、さらに検証結果が継続賃料形成論理の深化に寄与し継続賃料評価の信頼度と精度が高まることが期待される。

■関連記事
  実践的家賃設定手法
      

おすすめ記事