姉歯設計事務所耐震強度偽装問題 / 欠陥住宅からの自衛策
姉歯設計事務所によるマンションの建物構造設計偽装問題は、建築業界からマンション業界をはじめとする不動産業界まで震撼させた。連日、マスコミで報道されている一級建築士姉歯氏による耐震強度偽装劇場は、マンション販売業者を友人と語り、国土交通省を訪ねた政治家まで登場し、不安に苛まれる全国のマンション居住者が事の成り行きを固唾を呑んで見守る展開となってきている。
この問題は、マンション・建設業界が抱える暗部を照射し、その暗闇の深さを改めて浮き彫りにした。この事件の問題点は、姉歯氏が、クライアントの要望があった?にしてもなぜこのようにすぐ見破られるような禁じ手を使ったのか、姉歯氏の粗雑な偽装が建築確認民間検査機関のチェックをどのようにしてすり抜けたのか、さらにマンション工事の施工段階で施工業者や販売業者である建築主などが本当に気づかずに殺人マンションなるものが完成してしまったのか、という諸点である。
TVに登場し、淡々と偽装の顛末を語る姉歯氏も異様だが、民間検査機関やマンション販売業者も空々しい謝罪の後、自己の正当性の強弁に終始しており、まるで壊れたプログラムのような不可解な無限ループを続けている。しかし、事態は日々深刻化しており、新たな事実が次々と明らかになるにつれ、これら登場人物の論理のスリカエや詭弁が破綻していく様子を見ていると、「このような手抜きは業界で日常的に行なわれているのではないのか?」という業界の体質への世間の疑念が一気に高まってきている。
不動産の価格評価に携わる者としては、物件価格ベースで考えてしまうのだが、このような分譲、賃貸マンションの構造欠陥が明るみに出る前の耐震強度偽装物件の購入価額と、欠陥が暴かれ住民が立ち退き、取り壊される事態に暗転した物件の評価額の段差は想像を絶するほど大きい。現状で取り壊し止む無しとなった場合は、建物価格はゼロに転落するに留まらず、さらに建物取り壊し費用が土地価格から控除されてしまう。
建築後、数十年が経過し、建物の状況がいまの社会環境に合わず、機能的に陳腐化したものや、躯体や設備が老朽化し、建物としての生命を既に終えた物件を減価し査定するケースは鑑定評価が一般的に想定する範疇であるが、築浅で居住中、一見、建物として平穏に機能しているかのように見える物件が、構造強度偽装が発覚し、市場価値がゼロ付近まで急低下する評価を想定すると、まさに未知の領域に近いものがある。このような劇的な暗転を見せる物件評価は、まず偽装を設計図書や実査でどのようにして見破るか、その結果、構造強度の不備が分かった場合、そのレベルにより、耐震補強工事施工から取り壊しまでの選択があるわけだが、それらが実行された場合の減価レベルに相応した物件評価額はいかほどが妥当かなど慎重に検討されなければならない。
つい筆者の本業ベースの話になってしまったが、偽装マンションの居住者の心痛と無念を思うとなんとも言いようがない怒りを覚える。マイホーム購入というのは日本の普通のサラリーマンにとって人生に一度あるかのイベントである。日々の生活の場、個々のライフスタイルを実現するため、あれこれと夢を育むステージであり、長期のローン返済の担保として維持されなければならない資産価値でもある。それが不条理にもドブに投棄されたゴミ状態になってしまうという現実は、到底、購入者に受け入れられるものではないだろう。
姉歯氏による耐震強度偽装がなぜ起きたか、今後、起きないためにはどうすればよいか。いまマスコミの論調のなかに「業界、特に新興の中小業者によるコストダウン、販売価格競争が諸悪の根源」という見解がある。近年、建設コストや土地価格が上がっている折、低価格を売り物にした無理なコストダウンが購入者に見えない部分の構造強度の手抜きへとシフトしてしまった。このような業界事情からからみて、この見方は間違いではないが、世論をミスリードする危険性を孕んでいる。つまり「大手デベロッパーのマンションを買えば安心」という安易な方向へ世論を思考停止させてしまいかねない。大手業者の資力からみて瑕疵担保責任が発動された場合は補償の実効性が高い。しかし大手業者の販売物件に現在、過去と問題がなかったわけではない。というかこのような世論形成は、大手業者の高価格の保持を支持してしまいかねず、業界全体の「正しい意味でのコストダウン」への努力の芽を摘んでしまいかねないからだ。
筆者が考えるに、姉歯氏に始まったこの問題は、日本のゼネコンの構造的問題に加え、施主と供給サイド(マンションなどのデベロッパー・ゼネコン・設計業者・サブコン)間に横たわる建物のコストと品質に対する認識や知識・経験量の断絶とミスマッチに一因があるのではないだろうか。
施主(マンションの購入者を含むエンドユーザー)の関心事の多くは、購入候補物件の間取り、システムキッチンや空調などの設備、内装、外装の仕上げ材の色やグレードであり、そのマンションの鉄筋量やコンクリート強度、柱や梁の断面の大きさなどの構造面にはあまり関心がない。本来の建物品等の大部分を占めるのは「見えない部分」といわれる構造部分だが購入者は、「見えない部分」の品質には無関心で、「見える部分」を中心に購入を決定する。これではマンション販売業者をはじめその工事設計・施工の実行部隊であるゼネコンや設計事務所は構造部分の品質を高めようとするインセンティブが持てない。
つまり施工側にしてみれば、購入者がコストや品質に見合った負担をすることに消極的な「建物の構造部分」(人間で言えば骨格)は商品の競争力や差別化にならないため、「手抜き」が行なわれ、手抜きはブラックボックス化し、隠蔽されやすくなる。このような手抜きを防衛するには、購入者側が「建物の品質の良否は構造部分で決まる」という明確な認識を持ち、品質に応分のコスト負担をするという意識改革が重要となる。そうなれば施工側も構造強度の向上が商品競争力を強化すると考えるようになり手抜きが減少する。
しかし購入者側の意識が変わっても素人にとって見えない部分の「構造」の品質とコストを秤量検証するのは容易ではない。特にSRC、RC、S造の構造品質は相当の専門知識が必要となる。この難関をクリアするために2通りの流れで考えてみる。まず購入者が、マンション販売業者が施工業者などに建築させたマンションを購入することを想定する。このケースでは購入者は、直接に建築を発注する建築主ではない。次に出来合いのマンションなどを購入するのでなく、住宅の購入者が建築主として直接、建築を発注するケースを想定する。土地活用で土地所有者が賃貸マンションの建設をゼネコンに発注したり、注文住宅の建築を工務店に頼んだりする場合が、このケースに該当する。
●分譲マンションを購入する場合
パンフレット類の構造関係の記述などを注意することは当然であるが、購入者は通常、素人であるため、耐震構造設計が問題ないか、さらには完成した建物が設計どおり手抜きされずに施工されているかの検証を構造に強い一級建築士に購入時などに調査してもらうのが良い。構造計算書、設計図書等で設計が構造強度をクリアしているかをチェックしてもらい、工事監理報告書や工程ごとの工事現場写真、さらには完成建物の実査などで設計図面どおりに施工されているかを調査してもらうことになろう。日本建築構造技術者協会(JSCA)では30分程度の概観チェックから詳細な構造計算書等のレビュー(適正確認、チェック)までのレベルでコメント、評価を出しているのでこのような専門機関を利用するのもよい。ただ販売段階では、このような設計・工事関係の書類は提供を販売業者に依頼してもせいぜい閲覧程度しかできないことが多い。入居者から購入する中古物件については、01年施行のマンション管理適正化推進法により竣工図や構造計算書は建築主が管理組合に渡すことが義務付けられているので、管理組合の協力が得られれば時間をかけた調査が可能である。
また住宅品質確保促進法は売主の構造主要部分の瑕疵担保責任を10年と定めているが、売主が倒産しても95%まで保証する「住宅性能保証」という保険に似た制度がある。ただし売主がこの制度に加入していなければ利用できないので購入時に売主に確認しなければならない。
購入候補物件の売主業者、工事施工業者については、評判、風評などの調査をすることが重要で、できれば完成後かなり経過した物件の入居者などにトラブルの有無、住み心地などヒヤリングすると意外な事実が分かったりして有益である。
●建築主として賃貸マンションや戸建住宅を建築する場合
RC造などで賃貸マンションなどを建築するとき施主は、ゼネコンにすべてお任せというのが一般的である。建築コストをできる限り下げたい施主と利益を確保したいゼネコンとの間では利害が対立する。素人である施主とプロのゼネコンでは、こと建築に関するあらゆる面での情報量、ノウハウの蓄積で全く勝負にならない。施主の「この予算で」という要望をかなえたふりして構造部分をコストダウンし、施工段階でも手抜きすることがある。素人である施主の知識ではこのような部分のチェックが難しいからだ。
そこで素人の施主のために設計事務所が介入するのだが、設計事務所は建築工事の複雑化、高度化で細分化し、分業化している。意匠設計・構造設計・設備設計や基本設計・実施設計・構造設計・積算などに細分化し、分業システムでしか機能していない。計画段階から設計ができて工事費の数量と実勢価格が解り、構造強度や施工をチェックできる一貫したスキルと体制を持つ設計事務所は極めて僅かである。つまり施主は複数の設計事務所に依頼しなければならず、手間と費用と責任の所在を考えると現実的でない。
分散した設計事務所の機能を束ね、施主側に立って、構造面の不備や手抜き工事がないかなどを監視することに加え施主のため合理的なコストダウンまで行なうようなマネジメントサービスが注目されてきている。日本ではまだ馴染みが薄いが欧米では建設の主流となっているCM(コンストラクション・マネジメント)である。
CMは、建築主のマネジメントをエージェントするもので建築主と建築生産者との間にCM(Construction Management)企業が入る。建築主の利益を代行し、施主が価格や契約で主導権を確保することに専念し、ゼネコンを入れず(ゼネコン利益の中間排除)、施主が直接に専門工事会社に発注する。流通の中間システム(ゼネコン、工務店)をカットすることにより、20%近く工事費をコストダウンできるといわれている。工事業者と直接建築主が契約するため価格の透明性が確保され、サブコン間の競争原理の導入、品質の確保が実現できる。
大手と言われるゼネコンは下請けと呼ばれる専門業者を協力会として抱えており、下請けはさらに孫請けという具合にゼネコンを頂点とするピラミッド構造をしている。日本特有の階層構造のなかでゼネコンは実際には仕事をせず、下請け以下がやっている。ゼネコンは工事費のサヤを抜いているわけだが、これが高コストと建築費の不透明性を生んでいる。一方、CM方式はゼネコンを通さず直接専門業者に工事発注するためコストダウンが実現する。
このコラムのテーマである建物の構造部分や施工においてもCMは、施主サイドに立つマネジメントであるため設計業者の構造計算をチェックし、工事業者の施工状況を現場に何度も足を運んで工程管理や品質管理を行なう。その結果、建物の品質が高まり、欠陥建築物ができ難くなる。もっとも最近は、ブームで参入しただけの俄かCM企業も多く、CM企業の技量や折衝力はピンキリなので選定に注意しなければならない。
今回の姉歯氏による耐震構造偽装事件は、マンションなど住宅をこれから購入しようとする者には、建物の構造の重要性を知らしめる意味では良かったのではないだろうか。見えない部分の欠陥は、最悪の場合、建物の価値をゼロ以下にし、住宅ローンだけが無慈悲に残ってしまう恐ろしさを痛感させただろう。
大量のマンションが生産され販売されているが、供給する側、検査する側のモラルはすでに風化寸前であることが明らかになった。購入する側は欠陥商品を掴まないためには、自ら自衛しなければならない。購入者の自己責任を強調するのが最近の世相だ。公的救済は税金の無駄遣いの謗りを受けるだろう。日本にも規制緩和とそれからもたらされる本格的な競争社会が到来している。競争社会というと能力主義で公正な社会という幻想を持ってしまいがちだが、民の利潤追求が益々先鋭化し、拝金主義の後押しで何でもありの不公正な競争が横行している。JR西日本の事故、三菱自動車リコール隠し、業界大手M地所の土壌汚染マンション隠蔽販売etc…あらゆる業界で人命が年々軽くなっていることを心しなければならない。
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