輪廻する都市と地価 その2 / 地方再生の試み

■地方都市の荒廃

地方都市の荒廃は、中心市街地の空洞化と、郊外ニュータウンの高齢化という病根を同時に抱えている。中心市街地は、都市の無秩序な郊外化の拡散ベクトルにより蝕まれ、郊外に形成されたニュータウンは、人口減少と住民の高齢化により、生活機能は劣化し、死せるベッドタウンと化している。人口流出など構造問題を抱える地方都市の中心商業地の地価は、大幅な下落が続いており、東京、福岡、名古屋など大都市圏の中心商業地が地価反転しているのとは対照的な動きをしている。利便性や住環境が劣る郊外部の住宅地も需要低迷を反映して依然、下落が続いている。

疲弊した地方は皮肉なことに全国どこでも無個性化した同じ顔を見せている。A市の都心から郊外、そしてB市へと車を走らせて見ると国内のどこへ行っても似たよう光景が展開する。商業、業務ビルの連坦が途切れると、中高層マンションと低層住宅が混在し、やがてベットタウンが現れる。国道にはコンビ二、スーパー、全国チェーンのドライブインなどロードサイド店舗が連坦し、いつの間にかB市に入る。「以下C、D市と同じ…」という具合だ。かつて列島改造による全国の均衡ある発展が謳われた頃、地方は、ミニ東京化した光景を都市化の証のように胸を張ったものだが、いまやどこでも繰り広げられる金太郎飴のような無個性の醜い同質化が、より地方を荒廃させる原因ともなっている。

市街地の外側で道路に沿って行われる無秩序な開発を「リボン・ディベロップメント」というが、明海大学井上祐教授は著書「まちづくりの経済学」で、リボン・ディべロップメントが地方都市の商業中心を衰退させ、地方都市圏のアクセシビリティを低下させ、地方都市やその後背地の衰退をもたらしているメカニズムを、モデル表を使って指摘している。このような風景と対照的なのがEUである。EUに旅行した者は一様に都市と都市の繋ぎ目は、広大な田園風景や原生林などの雄大な自然で明確に区切られており、欧州の諸都市はいずれも統一された景観を持ち、連帯意識が強い市民により美しい街並みが守られていると讃える。都市計画規制が厳しく、日本のような無統一のリボン・ディべロップメントが都市間に介在する光景はまず見られない。

日本の地方都市は、なぜここまで疲弊したのだろうか、明治以降の国内の急速な工業化は、石炭や鉄鉱など原材料地付近に工業都市を形成する。さらに日本経済の高度成長期には太平洋ベルト地帯には重化学工業が発達した。巨大化した企業の管理組織は工場から空間的に分離し、東京などに中枢管理都市を形成。人口と経済力の集中が加速し、巨大な消費市場が小売やサービスなど第三次産業を発展させ、巨大中枢管理都市と地方の管理都市、工業都市などが新幹線や高速道路で結ばれ、お互いの機能を分担し、棲み分けて存在することになった。

大都市にはすさまじい人口の集中が起こり、その膨張が、地価が限りなく上昇するという土地神話を日本人のDNAに刷り込んだ。やがてグローバル化による生産施設の海外移転が始まり、産業も知識集約型へと構造転換していくことになると先端産業構築基盤が脆弱な国内の大半の地方都市は産業の空洞化が深刻になり、公共工事しか産業が存在しない状況となる。地方財政の逼迫で公共工事が抑制されているため、ますます疲弊していく。

さらに地方に重くのしかかつているのがこれからの人口減少だ。国土交通省は全国85都市圏の2030年時点の人口予測をまとめた。2000年と比べると、約9割にあたる74都市圏で人口が減る。特に15都市圏では2割超減少する。人口を維持できるのは東京、福岡、札幌など11都市圏だけになる。人口減少は避けられないため、国土交通省は、都市圏の機能を集中させ、インフラ整備を効率化することが望ましいと判断し、病院や商業施設の郊外への立地を規制し、都市圏の拡散を抑制する。大型SCなどの新規進出は郊外部では厳しい状況となる。

郊外へと拡散していた都市の外延的拡大に歯止めがかかり、人口減少が見込まれる地方都市においてはコンパクトシティとして都市規模の抑制と適正化を図る方向性を打ち出したため、地方都市の郊外部は無用の長物として切り捨てられ、荒廃が一層加速するだろう。

人口減少、産業空洞化と産業構造の転換の渦中にあって衰退していく地方都市に再生の途はあるのだろうか、いま日本で行われている市場原理主義の経済効率だけが優先される地方再生では、これからの脱工業化社会で真の再生は難しい。さりとて厳格に伝統や環境保護を観念的にふりまわしても経済性から遊離し、地域の再生は叶わない。このような2元論を超え、経済の活性化と環境・伝統や文化の保護を同時に達成しながら知識集約型へ産業転換し、都市再生を成功させたEU型の都市再生の実験は、閉塞した国内の地方都市に多くの可能性と指針を与えてくれる。

■「創造都市」「サスティナブルシティ」-EUの都市再生-

EU型の都市再生手法である創造都市、サスティナブルシティの思想は、成長が持続可能な「人間復権の都市再生」と言える。ボローニャやグラスゴーなど中都市規模で、芸術や文化の土壌から培養される革新的創造性が芸術家からハイテクやマルチメディアなど知識集約型産業を集積させ、世界的に注目を集めている。都市規模より見てこれらのEU諸都市の都市再生の試みは日本国内の地方都市の再生に多くの示唆を与えてくれる。

●ボローニャの創造都市

イタリアのボローニャ市は、ローマから約400km、イタリア中部に位置する人口45万人の都市。11世紀に世界最古の大学であるボローニャ大学が創設された都市として有名だが、たえず新たな芸術や思想、そして産業を創造する力に満ちた「創造都市」として注目されている。ボローニャは自動車・オートバイ産業の中心地で、有名メーカーが存在する。農業や輸出機械など多様な製造業に加えデータロジック社などハイテク企業、マルチメディア企業が集積している。その再生手法は、大阪市立大学佐々木雅幸教授「文化による創造都市づくりに向けて」が詳しい。同書から引用し要約する。

1970年代から80年代にかけてベンチャー企業が次々にスピンオフを繰り返し、その発展ぶりは世界的に注目を集め、米のシリコンバレーと比較して「パッケージバレー」と呼ばれるほどである。00年には「欧州文化都市」の一大文化イベントである「ボローニャ2000」の取り組みを行政、商工会議所、大学そして市民が芸術家や芸術団体と協力して成功させた。日本と対照的な点は、文化施設建設のために古い建物をスクラップするのでなく、内部には新しい機能を加えるが、外観と構造については伝統的街並みを維持するために歴史的建造物の保存修復を徹底していることであり、文化財を保存して、伝統職人の仕事を作り出す一方で、「過去との対話」の中から新たな文化創造をめざしている。ボローニャは、伝統からハイテクさらにはデジタルに至る幅広いジャンルの芸術家と職人の街として持続的に発展を続けている。

●工業都市グラスゴーの都市再生

往年の英国の基幹産業は鉄鋼や造船であり、その中心地であったイギリス・スコットランドの工業都市グラスゴーは、日本などとの国際競争で負けたため、60-70年代に工場閉鎖が続き、地域経済が衰退し、雇用も確保されず、荒廃した結果、東部地区はスラム化し、都市の貧困問題が顕在化した。このように都市イメージが最悪となったグラスゴーを再生したものは都市アメニティの向上による経済効果であった。

井上祐著「まちづくりの経済学」によると、「この問題の解決に向けて1976年に発足したGEAR(グラスゴー東地区リニューアル)計画における第一の目的は、産業競争力の強化でなく、より心地よく住める場所にするという実にイギリスらしいもであった。公共住宅の改修を進めるとともに、荒れ果てた民間のアパートについては、住宅組合が助成金をもらって買い取ったうえで「心地よく住めるように」改修していった。改修された公共住宅は住民へ安価に払い下げられ、その結果、住民のコミュニティ意識の高揚が図られた。地区の環境や景観にも力が注がれた。こうした努力の結果、次第に多くの人々やビジネスを集めるようになり、都市の再生に見事に成功した。現在、グラスゴーは歴史的な文化学術都市としての風格を湛え、経済的にも繁栄している。」

グラスゴーは、国立美術館を新設しスコットランド文化の発信拠点となった。1990年には欧州文化首都に選ばれて、雇用創出効果も生みだしている。

●ビルバオの都市再生

スペインの往年の重化学工業地帯ビルバオの都市再生は深刻な環境破壊と失業問題を抱えた危機的状況から始まった。その再生手法を知るには、建築家岡部明子著「サステイナブルシティ」という好著がある。同書を引用し要約する。

ビルバオは良質の鉄鉱石の産地として19世紀後半から欧州の産業革命を支えてきた。これに造船や石油化学工業が加わり、1950-1960年代にかけて重工業の絶頂期を迎えるが、1970年代に入るとアジアとの競争に敗れ急激に衰退する。工業化のツケは環境破壊と失業問題となって現代都市ビルバオに重くのしかかる。窮地のビルバオは経済と環境を両立させるサステイナブルな都市への再生を文化に賭けた。そのシンボルが97年にオープンしたグッゲンハイム美術館である。さらに第二の目玉として00年に国際会議場がオープンした。当初は失業率が25%を上回るなか2,000億ぺタ(約130億)にのぼる投資を美術館のためにすべきか疑問視する声が多かった。しかし開館1年にして予想を上回る入場者数を記録し、間接的効果も含めれば初期投資の2,000億ぺタは1年で回収できたという見方もある。さらに雇用機会創出の導火線にもなり、グッゲンハイム目当ての観光客が増え観光業も急成長した。

以上、EUで試みられている創造都市やサステイナブルシティの根幹にあるのは、都市アメニティを向上させることで受益者である人間の復権を実現する都市づくりである。都市と関わる人間は、都市にすむ居住者、そこで働く従業者、娯楽や観光のため都市を訪れる訪問者、そして都市と関わりを持つであろう未来の人々等々と実に多様多量である。都市の歴史や文化的遺産、自然、景観などを重要視する都市形成は、強力な磁場となり、それらに共感する高い知性や感性を持った人材を吸引せずにはおかない。そしてそれらの優れた人材により、工業化・大量生産時代から知識集約・情報化社会への転換が革新的に進められ、芸術・マルチメディアからIT・デジタル、ハイテクまで先端産業を育み、これまでの自然や伝統、歴史的遺産を不断に破壊する「死せる都市」を持続可能に発展を続ける「創造都市」に転生し、再生させる。

創造都市の地価は当然に上昇する。一定の方向性を目指す個体としての不動産の価値が集合すると地域要因に有形無形の空間的付加価値を付加し、それは市民の優れた環境ストックを守るという連帯意識を強め、高地価を生む都市ブランドの醸成となっていくからだ。このような関係は、土地価格を被説明変数とし、歴史・文化施設ストック、景観整備などの創造都市効果要因を説明変数とする多変量解析を使った土地価格推定式で証明される。

■日本における地方都市の再生

日本国内の地方都市は、名古屋、福岡など一部政令都市を除き急激に衰退が進んでおり、人口減少や産業構造の転換、さらにはいままでの大都市重視・経済効率優先の都市政策による無個性・同質化により疲弊しきっている。都市再生のための基本軸としてEUの都市再生にみる「創造都市」や「サステイナブルシティ」の試みが、多くの教訓と示唆を与えてくれるが、日本特有の地方都市が抱える問題を考察し、その再生に言及する。

●中心市街地の空洞化

地方の中心商業地は、多くの地方都市で都市の外延的拡大により郊外部へ住宅をはじめ公共施設などが移転し、さらに郊外部に拡大した商圏を狙って郊外型SCなどが開業することで、中心商業地が壊滅に近い打撃を受けているなど、その空洞化の深刻さは都市構造の均衡と持続性の観点から放置できない状況となっている。都市内居住者の購買スタイルや嗜好が変化しており、中心部の商業地を活性化する必要性が高いかは、商業施設利用者の視点で検討されるべき問題であるが、少子高齢化で都市が縮む時代になると中心商業地の空洞化は都市政策上、看過できない問題となる。

人口減少が進むと地方自冶体の財政負担の制約から拡散した郊外部まで含めて都市規模を維持するのは困難となっている。つまり高齢化や環境面からみて車よりも公共交通の活用、資源やエネルギー効率利用、廃棄物のリサイクルからみて中心から拡散しないほどよい規模のコンパクトサイズの都市が好ましいという合意が形成されつつある。このような背景を受け、郊外型SCなどの出店も規制する方向で政府により都市計画法が検討されている。中心商業地の活性化は、少子高齢化社会を迎えた今後の都市再生にとって緊急課題となっている。

●郊外ニュータウンの高齢化

近年、郊外の住宅団地の居住者の高齢化が顕著である。都心に遠く、造成分譲後、数十年経過している団地などは、高齢化が進み、地域全体が衰退化している。都心回帰でマンションなどへ団塊ジュニア世代を中心に大移動をしている背景があり、衰退地域はさらに地価が下落し、少子化の流れで新規に購入して居住する人がいないため、櫛の歯が欠けたように空家が目立ち、売家の貼り紙いつまでも取れず、市場滞留が長期化し、なかなか処分できない。このようなエリア周辺では、近隣型商店舗が店をたたんで流出しているため、近くに日常の用をたせる施設もなく、クルマに乗れない高齢者にとって生活環境が辛いものとなっており、高齢者の一人暮らしが増え防犯上も問題が多い。前述したが、人口減少で地方都市も郊外部の切捨てを進め、都市規模を縮小しないと財政がもたなくなっている。遠隔地にあるバス便だけの居住環境が劣悪な「都市計画区域外」の乱開発ミニ分譲地などは近い将来、地図から居住者が全て消えるかもしれない。

しかしながら都心回帰一辺倒になり、住まいとして郊外という選択肢が消えるというものではない。筆者の知人は、ソフトウェア関係など技術専門職が多いが、ネットワーク回線のブロードバンド化やモバイル、Web会議などを駆使して、ユビキタス時代の恩恵を受け、どこででも仕事ができるため、自然環境が素晴らしい郊外に仕事と住まいの拠点を移転したものも多い。小高い丘陵地に佇む住まいから日夜眺める海の表情と風と木々の匂いは何にも変えがたい至福の時をもたらすそうだ。広い土地、ふんだんにある自然は、低地価の郊外ならではのプレゼントである。郊外住宅団地といった無個性の面的な広がりをもつ横並びの「容れもの空間」は衰退しても、ITなどによる急速な技術革新は、仕事や住まいの可能域を拡大しているため、このような個性的な住まいへの需要は都市アメニティの多様性を反映して増えていくのではないだろうか。

地方を再生するには、少子高齢化社会に相応した都市規模の適正化と歪んだ中心市街地空洞化の是正が課題となるが、無個性で均質化したミニ東京志向や自然環境、伝統文化、歴史的遺産や景観などをないがしろにしたこれまでの生産や経済効率のみが優先する都市形成から決別し、むしろそれらの有形無形のストックを活用した都市アメニティの高い魅力ある都市空間形成が知識集約型産業などのリーディングカンパニーの集積を高め、環境保護と経済効果が両立する成長持続性が高い都市形成を実現することはEU型の都市再生で述べた通りである。政府も04年12月景観法を施行し、地方自治体の景観計画が実施され、建物の高さや色、デザインなどが規制されるようになり、「景観地区」も05年6月から指定された。無統一で整合性がないと批判が多い都市形成の軌道修正がなされなければ日本の地域再生の未来は暗い。

地域再生は、地域文化の創生であり、地域の実情に合った個性的な「地域おこし」でなければ成功しないため、中央政府でなく地域に密着した住民や地方自治体に政策決定できる権限が委譲されなければ地域文化を喪失した無個性で同質化した都市形成が再び繰り返されることになる。この観点から地方分権の推進が重要となる。

■中央集権から地方分権

現在の地方財政は中央集権的で地方の独自性が発揮しにくい構造になっている。地方自治体の歳入は、①地方税②地方交付税③国庫支出金④地方債がある。うち国庫支出金は国が使途を決めて地方に渡す補助金であり、当然に地方に歳出決定権はない。地方交付税は地方の税収格差を均すため、国が国税の一定割合を使途を制限しないで地方自治体に財源を移転するもので、どの地方自治体にいくら配るかは総務省の計算式で決まり、地方自治体の意向は反映されない。計算式は各地方自治体ごとの基準財政収入額と基準財政需要額を算定し、その差額(財源不足額)に応じて各地方自治体に配られる。つまり支出の見込みと税収の見込み額の差額に応じて交付金が配られる「差額補填方式」が採用されているため、例えば、ある地方自治体が行政改革で歳出削減を努力して達成したとすると、税収の見込み額が同じなら差額が減るので地方交付税が減らされることになる。これでは、地方自治体の歳出削減意欲が低下し、モラルハザードをおこすなどの指摘がなされてきた。

また地方自治体の歳入は40に対し、歳出が60というように非対応が生じており、また歳出の割には地方税の比重は低い。このような歳出と地方税の乖離を中央政府からの交付税や補助金で穴埋めするのだが、この仕組みがさまざまな中央政府への地方従属を生む土壌になってきた。いま小泉内閣の「三位一体改革」が議論されている。地方自治体に税源を移譲し、国庫支出金を削減、地方交付税の配り方を見直すという内容で、地方へ政策の権限委譲と税源の移譲をセットすることで、国から地方へという地方分権体制を確立しようというものだが、地方独自の都市再生を実行するうえでは欠かせないシステム作りと言える。

都市形成の政策システムが地方分権の推進で身近に設定されれば、地方住民は政策立案過程に参加し、政策決定権まで保障される。地方自治体も歳入、歳出の決定権が大きいと地方の独自色を強めた効果的な地域再生策を大胆に打ち出すことができる。このような視点から地方の自立を高める地方分権の推進は必要だが、財政力が弱い過疎県などでは地方交付税の見直しや補助金削減の影響を大きく受ける反面、税源委譲による財源確保は税収の伸びが期待できないため難しく、一方、東京都などは財政収入が豊で、交付金や補助金依存度が少ないため、地方交付税の見直し、補助金削減の影響を受けず、税源委譲でますます豊になるという地方自治体間の格差拡大の矛盾が内在していることに留意しなければならない。

■前回記事
  輪廻する都市と地価1
      

おすすめ記事