レクサスのブランド戦略 / 富裕層ビジネスシリーズ

所得格差の拡大は、所得の二極化による消費の二極化を国内で進行させ、勝ち組向けビジネスとして富裕層向けビジネスが拡大している。株価の堅調と一部地価の底打ちと回復で資産家が消費に動き出したことも背景となっているようだ。ただ、昨今の富裕層向けビジネスは単なる高額品の販売ではなく、ブランドイメージを全面に出し、顧客満足度を重視したサービスを展開しているのが特徴だ。

トヨタ自動車が7月26日に新型車を発表し、8月30日から全国のレクサス店で販売を開始した「レクサス」も、ブランド戦略を前面に打ち出した。ねらいは欧州高級車に流れている富裕層と新興富裕層の取り込みにある。筆者はレクサスGSの先代になる「アリスト乗り人」である縁でレクサス開店前の内覧会への招待を受けた。いま話題のレクサス、そして国内の富裕層ビジネス戦略の体験の場としてレクサスの店舗、おもてなし、完成車のブランドの味付けなどがいかなるものか興味津々だったのでレクサス店を訪れた。今回のコラムは、レクサスからターゲットとされる富裕層というには???だが、クルマ好きのオヤジからみたレクサスの生体験記である。

■レクサス店

なにかと話題が多いレクサス店舗であるが、筆者が訪れたのは、駅前の中心市街地、幹線道路の角地に建つレクサス店舗であった。 全国に151店舗あるレクサスの店舗は、郊外型と市街地型に2分され、敷地形状によりレイアウトは若干違うが、基本的なデザインは変わらない。いままでは各販売会社が独自に設計していたため、地域ごとにブランドイメージがバラバラだったのを統一。トヨタ自動車のレクサス店舗設計センターが、すべての全国の店舗のデザインを担当した。 店舗作りのコンセプトは「高級感」と「お客様中心」で、日本のレクサス店として「和」を細部に採り入れた。

店内に入ると、アロマメーカーと共同で開発したというレクサスオリジナルのアロマの香りが漂ってくる。吹き抜けのある開放的な高い天井、外界との壁は、開放的な全面ガラス張り、内壁にジンバブエ産の黒御影石がふんだんに使われ、床は、特殊コーティングを施したセラミック製の白い人工大理石。窓に対して斜め45度に3車種のラインアップIS、GS、SIが、ゆったりと置かれる。 レクサスは店舗を通じ顧客に具体的な3つの価値を提案するが、その1つが「センサリー・イマージョン(五感に訴える価値)」。専用アロマや、吸音材を取り入れた落ち着いた音響空間作りで、見た目の豪華さだけでなく、五感すべてでレクサスの空気を感じてもらう。

受付の並びの商談ブースは、和紙を間に張り込んだガラスで仕切られ、商談ブースに置かれる豪華な椅子は、輸入高級家具とやらで顧客の方がサイズが大きい。各ブースにはパソコンが設置され、サクサクとスピーディな画面展開で、ボディカラーやインテリアの組み合わせなどを鮮明な画像でシミュレートできる。

さらに店内にはレクサスの顧客が利用できる「オーナーズラウンジ」が設けられ、整備の待ち時間をくつろげる配慮がされている。普段立ち寄る休憩室としても使えるため、オーナー同士のコミュニケーションが行われるはずだ。

驚きは、レクサスの納車のため専用スペース「レクサスプレゼンテーションルーム」が確保されていることだ。ここでキーを渡され、レクサスオーナーが誕生する。横に設置された大きな鏡で、自分の乗り込み姿を確認できるよう配慮されている。オーナーの心理を読んだ心憎い演出だ。

そして演出はまだ続く。サービス工場は、市街地型店舗なので4層の最上階に配置されている。エレベーターで案内されたサービス工場にはGSが1台待機していた。やがて工場内の照明が一斉に消され、暗闇となる。夜間に照明がない駐車場などにGSを駐車させたケースを想定した演出だ。スマートキーを携帯してレクサスに近づくとスマートエントリー&スタートシステムによって、ドアミラーに配された足元照明が点灯。さらに車内に乗り込むと上方から放たれるスポット照明でステアリングと前、後席が照らされる。そして…エンジン始動までの動作に従い照明が必要な部分を次々と照らし出す。レクサス自慢の「イルミネーテッドエントリーシステム」がデモされ、サービス工場が舞台装置に場面転換された瞬間だ。

■おもてなし

最初、招待を受けレクサス店にいったとき、モノトーンの豪華な店舗に、ダークスーツ姿の営業マンが整列し、深々と頭を下げてお迎えをしてくれた。磨き上げられた白い大理石の床がまぶしい。まず自動車のディーラーでは見かけない高級ホテル並みの出迎えに訪れた者は、驚かされる。心なしか店内の営業マンの表情が硬いような気がした。敬語、丁寧語がキッチリと使い分けられた応対の高感度は上々。営業マンは、客の話をよく聞くことに専念し、いままで聞き慣れた営業トークの類は抑制気味。

トヨタは高級な店舗に来たお客に「おもてなし」を主体にブランド効果を浸透させていく戦略だ。9月中旬ごろまでは、ブランド力を高めるための「待ちの営業」主体で潜在的な顧客との信頼関係を築いてターゲットを絞り、中旬をすぎた頃から攻めの営業を仕掛けるつもりらしい。

■レクサスGSのエクステリア・インテリア

91年日本で誕生したアリストの後継モデルがレクサスGSである。筆者も97年にアリストを購入してから8年になる。ジウジアーロがデザインしたエクステリアデザインは、当時の国産車では最高傑作と個人的には気に入っている。

アリストの後継車GSに対する期待が大き過ぎたせいか、GSをレクサス店で見たスタイリングの印象は芳しいものではなかった。一言で言うと、メルセデスやBMWのようないつまでも光芒を放つ個性と異相のオーラが感じられなかった。フロントのエクステリアは、独立4灯式ヘッドランプなどに先代アリストの面影を残している。フロントグリルはヘッドランプより低く位置し、ウインドウグラフィックは、ひと筆で途切れることなく表現され、全体的に流麗な線が幾重にも波状となって連続的に変化し、それなりに塊感を出しているのだが、エクステリアについてはドイツ車のアクの強さに比べ「物足りない」、「凡庸」などの意見が多いようだ。

反面、インテリアは、デザイン、装備ともに満足がいくものとなっている。本アルミ板磨き上げメーターパネルで、エンジンの鼓動が伝わるような独立3眼タイプのデザインが運転者の心をスポーツ走行へ熱く誘う。

さらにメーターはECDシステムでメーター内に強い光が差し込む場合も自動的に眩しさを抑えて視認性を確保し、メーター内のマルチインフォメーションディスプレイに航続可能距離や平均燃費の情報が表示される。

使用頻度が高いスイッチ類はHDDナビゲーションシステムの左右にシンメトリーに配置され、ドアミラー調整のような走行中に使用しないスイッチ類は運転席右側に設けたプッシュオープン式のスイッチボックスや、センターコンソールボックス内に集約し、インパネ周りをすっきりと意匠した。

ボディカラーをプレミアムシルバーで、シートを本革仕様のブラックにしてとインテリアカラーなどと脳内でシミュレーションしていくとスポーティでクオリティが高い室内空間が得られるようだ。

特筆すべきは全車標準装備のカーナビである。標準装備のチューナー&CD・MD+10スピーカーでも十分に高音質。こだわり派にはマークレビンソンのシステムをオプションで選べる。ナビはHDDタイプで、最大2,000曲録音可能。渋滞予測機能が利用できるG-Linkと接続ができ、ブルートゥース対応のハンズフリー機能も内蔵している。難をいえばBMW5シリーズ標準装備のナビのようにコントロールディスプレイはインストルメントパネルの見やすい位置に配置したほうが使いやすいのでは。

これまでのトヨタ車のシート構造は大いに不満があるが、レクサスではどこまで改善されただろうか?欧州車の硬めのシートからするとトヨタ車全体にいえることだがシートがフワフワで柔らかい。これでは長時間の運転で疲れやすく、腰に負担がどっとくる。トヨタ推奨の「包み込むようなシート感」といった趣味性の重視でなく、人間工学、整形医学的に「背骨のS字ラインを支持し、ドライバーの各種の体形にフィットし、最適のドライビングポジションをアジャストし維持できる、疲れない、整形医学的に体をバランスよく支えるシート」というドライバーの健康を気遣った開発コンセプトが欲しい。ボルボは整形医をシートの開発スタッフに加えているほどだ。欧州車に比べあまりに劣るため、トヨタの販売優先の企業エゴを感じてしまう。ブランドを標榜するなら猛省して欲しい。

またGSは、車内の天井が低く、圧迫感があり、特に後部席は窮屈だ。レクサスセンターチーフエンジニア三好氏は、「人間工学的な居住性を重視した4ドアセダンを開発軸にするとクラウンになる、そうではない異軸のセダンを目指した」と語っているが、先代アリストが居住性と動力性能を見事に両立させていただけに割り切れない。この点の指摘は全体的に数多いので是非、改善してもらいたい。

エクステリアデザインについてつい辛口になったので、ちょっとフォローしておく。レクサスのデザインフィロソフィは「L-finess」(先鋭-精妙の美)で貫かれている。テクノロジーの進歩が表現された「先鋭さ」と、日本人の感受性を生かした「精妙さ」を両立させたデザインということになるが、高級車につきものの押し出しの強さより、シンプルで奥行きが深い日本的な控えめの美を求めたのであろう。日本の街なかで走る姿は案外、絵になるのかもしれない。

■動力性能など

先代アリストの魅力は何といっても卓越した「走り」であった。ターボ仕様は当時の国内最強トルクを誇り、「世界最速のセダン」という尊称が各専門誌から与えられたほどだ。流麗な外観からは想像できない低・中回転域からの暴力的な怒涛のトルクは「羊の皮を被った狼」という異名を取り、ハイウェイの追い越し車線で畏敬の視線を集めた。それでいて車内の居住性はクラウンを凌ぐ。いまでもリセールバリューは突出して高い高人気車種だが、ガリバーインターナショナル推計では、最近、アリスト中古車の中心価格帯が250万円から280万円にシフト。レクサス登場後、本来は下がるはずの先代アリストの中古車価格が市場で急騰するという摩訶不思議な現象が起きている。

後継GSは、GS430とGS350からなる。GS430のエンジンは、セルシオのエンジンをベースに改良した4.3Lの3UZ-FE型V型8気筒DOHCエンジン、最高出力206kW(280PS)/5600rpm、最大トルク430Nm(43.8kgm)/3400rpm。連続可変バルブタイミング機構や軽量化、燃料系精密制御で低燃費を実現している。GS350は、新開発の3.5リッター2GR-FSE型V型6気筒DOHCエンジン。最高出力232kW(315PS)/6400rpm、最大トルク377Nm(38.4kgm)/4800rpm。GS350の315馬力は、筆者の記憶ではレジェンドの300を超え、フーガ4.5GTの333に迫る。

「筒内直接噴射」と「ポート噴射」の2種類の燃料噴射方式を最適に制御する新燃料噴射システムを採用し、レスポンスのよいアクセルワークと燃費を両立。 2,000rpmから6,500rpmまでの広い回転域で最大トルクの90%以上を発生させ、 低回転域から高回転域まで伸びのある加速を実現する。リミッターをはずせば250km/hのスピードも軽くクリアするはずだ。このエンジンはゼロクラウン「アスリート」に10月から搭載される予定。

■ハイウェイを試乗

高い予防安全性と車両運動性を実現したアクティブステアリング統合機能(VDIM)など先進的統合制御機能が標準装備され、アクティブスタビライザーをオプション装備するGS430は、数々のハイテク装備がドライバーを黒子のようにアシスト、異次元の走りを堪能させるらしい。

個人的には、より自然な走りに近く、スポーティな新型V6エンジンのGS350に興味があるのでGS350で高速を試乗した。トヨタ車ならではの静粛性とトルクフルな加速性能はさすが。アクセルペダルを全開で踏み込むと、レスポンスよく応答し、速い!速い!前方のクルマが車窓で見る景色のように瞬く間に視界から消えていく。GSではアリストの荒々しさは、ほどよく調教され、滑らかで、さりげなく高難度をこなす上質の走りに昇華されたとでも言おうか、勿論、安全性の面でも格段に進化している。

ドイツ車に比べ腰高にフワフワ走るといわれたトヨタ車の足回りも飛躍的に改善された。サスペンションは硬めで、前後のサスに減衰力制御を組み合わせたモノチューブショックアブソーバーを採用し、操舵に対するリニアな車両応答とフラットで滑らかな乗り心地を実現している。街なかの悪路走行も疲れない。走行中に感じる車内のインテリアの上質感は文句なしだ。BMWのストイックなまでにマニアックな車内空間も捨てがたいが、やはりGSが上か…。

感激したのは営業マンの心配り。筆者が「走るレクサスを他者の眼で見てみたい」と何気なく言ったら、なんと筆者が乗り込んだ試乗車ともう1台レクサスを並走させ、リア、フロント、追い越す姿まで見せてくれた。この後が泣かせる。営業マン曰く「山田様がベストなクルマと出会えますようお手伝いさせていただきます。じっくり検討してください。私共は契約を急ぎませんから。」

レクサスは1989年に米国で初めて投入されたブランドであり、北米ではベンツやBMWを押さえ高級車部門で高級ブランドとしての地位を確立した。しかし、伝統が重んじられる欧州では振るわない。

日本にトヨタが2,000億の投資と2年半に及ぶ準備期間を経てレクサスを逆上陸させ、レクサス店に販売チャンネルを単一化し、高価額とブランドを売り物に売ろうという戦略の背景には、国内の少子高齢化、人口減がある。

人口が減少していくと車を数多く売るということは難しい。ブランドを確立し、所得二極化の勝ち組である富裕層に高価で高品質の高級車を売っていくという選択は正しいのかもしれない。大衆車部門では、価格競争で韓国やインドなどの追い上げが急である。韓国の現代自動車の価格は同クラスの日本メーカーより1~2割安い。自動車後発国にとって世界2位の大市場の日本は、日本メーカーと正面対決してでも十分に魅力的な巨大市場なのである。このような内外の情勢が、低価格と高品質で揺ぎ無い王国を世界に築きあげたトヨタをブランド戦略へと舵を切らせたのだろう。

大型ハリケーン「カトリーナ」の被害を受けた米ルイジアナ州ニューオーリンズでは、貧困層が車がなくて逃げ遅れ、多数の犠牲者がでている。同時期、日本では、高級車レクサスが華やかに登場し、富裕層を刺激している。競争社会の明暗というか、なんとも残酷な話である。

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