いま商業地になにがおきているのか その3 / ITが商業地の勢力図を激変する
地方中心商業地の地盤沈下と地価下落の激震は郊外SCなどによりもたらされ、さらに郊外SCは、テナントミックスなど店舗戦略で都市中心部の百貨店の都心志向型顧客層を争奪する仕掛けを仕組んでおり、自己完結型の回遊性と大規模化により、広域商圏での戦闘態勢を固めていることを先のコラムで書いた。郊外部への都市圏の外延的拡大は、バブル崩壊によるデフレ経済下の消費の長期低迷が到来する前までは、裾野の地価が上昇すれば、より利便性が高い都心商業地の山頂部の地価を押し上げるという土地神話特有の半ば自動化されたメカニズムを機能させてきた。しかしバブル崩壊後、地方都市の中心商業地の地価は、住宅地の地価に比べ大幅な下落を続けている。車社会の本格的な到来が地方中心市街地の相対的優位性を下げ、中心市街地からの公共機関の移転や、居住人口の低下などによる中心部空洞化などがその原因としてあげられているが、さらに中心商業地の中小資本の小売業の淘汰を加速させ、従来からの商業立地の概念まで根底から変質させかねないのがイオンなど郊外SCや大手コンビニ勢力による重装備されたITの威力である。
オンラインショップで買い物をするとき、そのサイトにどれぐらいのアクセスがあり、どのページに興味を持ち、結果、どれぐらいの確率でどの商品を購入するかなど売る側に有益な情報はサーバーですぐに解析される。これはあくまでもバーチャルの話であるが、リアル空間である店舗でもこの種の実験が行われている。SC運営のダイヤモンドシティは、来店客の性別や年齢層を自動判別するシステムの実証実験を始めた。出入り口に設置したカメラで顔などの画像を撮影、必要な情報だけを抽出、分析する仕組みだ。年齢は10~80歳台まで10歳刻みで識別する。複数客の画像も同時解析可能だ。
来店した客数を入店者数として計測するシステムは、すでに普及しており、実際に買い物した客数を分子とし、入店者数を分母として買い上げ率を算定しているが、性別や年齢層まで判別できるシステムは世界で初めてらしい。購入商品に性別と年齢層という属性が時系列データとセットで提供されると、金曜日の午後2時に30代の女性が何を買ったという具合にきめが細かい来店客の動向が把握できるため、品揃えなど効果的な販促がうちやすい。もっともプライバシーがあるためこの画像はすぐ消されるが、ダイヤモンドシティは、SCの有力テナント争奪が熾烈になるなか、テナント誘致の強力なツールにするつもりだ。
小売流通先進国の米国に比べ遅れているといわれてきた国内の小売業のIT化であるが、近年、急速にIT化が進んでいる。IT化はいまや小売業にとって生き残るための必須アイテムとなっている。日本の小売市場は、戦後のモノ不足から高度成長期にかけて消費者の必要とするものは、比較的シンプルに特別な仕掛けがなくても具体的な商品としてほぼイメージできた。ひたすら大量生産し、消費者はそれらを購買するという売る側に好都合の関係がしばらく構築されていた。やがて消費者にとって欲しいモノは充足され、バブル崩壊とともに訪れたデフレ経済下の長引く消費不況で消費者の財布のひもはますます固くなり、不透明な消費多様化の時代へと突入していく。消費者は、己の価値観を満足させてくれればたとえ高価であっても購入するが、反面、商品によっては量販店のバーゲンハンターとなるという消費スタイルの切り分けを進めたため、低価格だけを志向し、無個性な商品を漫然と多品種並べた総合スーパーに象徴される売れない店舗が続出し、その多くが閉鎖に追い込まれる時代が到来した。
小売流通業者がIT化を進める動機は、ライフスタイルの多様化で売れる商品像が見えにくい時代となったため、売れ筋商品を開発するためと、物流などをコストダウンし、必要商品を素早く消費者に届けるという小売業の生命線の強化にある。小売業者は、顧客分析システムとしてCRMを、スーパーや大型量販店の膨大な数に上る商品アイテムを管理し、適時に適量の在庫を維持するためにSCMをと見えにくい消費市場という大海のなかでITを羅針盤にして航海している。しかしながらIT化は小売業者に膨大な導入コストを要求するため、小売業を否応なしに再編と淘汰の激動の時代に突入させていく。資金力と先進性で勝ち組と負け組みの峻別が急速に進んでいるわけだが、そんななか小売業で世界1位(売上高2,563億ドル=約28兆円)、規模の利益とITを駆使したグローバルリテーラーウォルマートの躍進は目覚しい。ウォルマートは、EDLP(エブリデイ・ロープライス=毎日低価格)を標榜し、米国だけで年間300店超の大量出店で多くの専門店を破綻に追い込んでいる。小売業界の巨人ウォルマート躍進の強力エンジン部、IT戦略を見てみよう。
デフレでは顧客はある意味ではモノ余りの中、真に欲しいものしか購入しない、しかも移り気である。ウォルマートは、この顧客の需要を迅速に感知し、欲しいものを欲しい量だけ効率的にむだなく売りつくす究極のシステムをITで作り上げた。それが従来のSCM(サプライチェーンマネジメント)をより進化させたCPFRである。
CPFRは、システム構築(需要予測と在庫補充のための共同作業)においてメーカーと取引先(卸売業者や小売業者)とコラボレートし、相互に需要予測や販売計画などを共有し、SCM導入の最大効果を狙う。常に顧客志向のコンセプトのもとウォルマートとサプライヤーとしての商品納品のメーカーが一体となり、運命共同体として取り組んでいるが、このモデルは、ウォルマートとP&G(プロクター・アンド・ギャンブル)との関係が有名である。
ウォルマートとサプライヤーは、販売実績情報だけでなく、本来は企業秘密である生産計画情報も共有して、消費需要と生産量の同期化を目指している。ウォルマートがサプライヤーとして認定するとリテールリンク(インターネット回線による受発注データ交換の仕組み)が提供され、サプライヤーは、自社製品の販売実績などの情報を引き出すことができる。このシステムによりウォルマートは、正確な需要予測が可能となり、消費者が志向する商品を提供できるヒツト率を高め、物流センターの適正在庫と店舗配送も合理化するためコストを削減できる。各サプライヤーは、データウェアハウスに直接アクセスしてウォルマートの店舗ごとの売上高や在庫状況などを閲覧できるため、不良在庫を減らせる。このように相乗効果が大きい次世代SCMシステムと呼ばれる「CPFR」システムは、急激に短期化する製品ライフサイクルや消費者の購買行動の変化、取引先の業態、生産方式などのファクターを横断的に考慮することで需要予測の精度をより向上させ在庫削減や、品切れ防止を実現し、高利益率に貢献している。EDLP(エブリデイ・ロープライス=毎日低価格)を標榜するウォルマートの競争力の源泉はITにあることがわかる。
国内の小売業のIT化戦略に目を転じるとITを駆使して流通勝ち組にのしあがったのがセブンイレブンに代表されるコンビニとGMSやSCを拡大しているイオンである。コンビニは、限られた店舗スペースに多品種で数多くの商品アイテムを陳列しなければならないため、商品管理の手数を考えるとIT化が欠かせなかった。コンビニの競争力は、POSシステムを利用した情報処理能力にある。POSシステムによって得られた情報を分析し、リアルタイムで販売データを各店舗と本部さらには卸、メーカー間で共有できるため、売れ筋商品の品切れをなくし、効率的在庫管理を実現している。
世界の流通業で10位以内を目指すイオンは、「ウォルマートを目標とし、流通業界のIT投資としては破格の700億円を投じ、本部-店舗間のブロードバンドネットワーク、リアルタイムの売り上げ・在庫管理システム、店舗作業を軽減する自動発注システムなどを導入。販売管理費を削ると同時に、的確な判断で在庫を売り切る仕組みを整えた」(日経コンピュータ)。
日経コンピュータ誌でのインタビューでイオン縣厚伸常務は「競合となるウォルマートや仏カルフールが国内で本格的に事業を開始するには少し時間がかかるかもしれません。しかしグローバルビジネスモデルを日本のお客様が支持した瞬間、国内の既存の小売業は跡形もなく吹っ飛ぶのです。(中略) 生き残りの目安として、2010年に世界の流通業で10位以内を目指しています。」と語っている。国内の流通小売業のグローバルリテーラーに対する危機感がいかに大きいか、そしてIT化を推進してグローバルビジネスモデルを確立しなければ生き残れないという明確な認識が伝わってくる。
国内でIT化を進めている小売業は、新興勢力のSCやコンビニだけではない。旧勢力でIT化など時代変化に乗り遅れているのでは?と見られてきた百貨店業界も近年の売り上げ低迷打開策として俄然、IT化を進めだした。IT化により顧客にとって付加価値を生まない業務を省力化し、業界の各社共通システムを構築することで仕入れ・検品を効率化し、これらの業務負荷をITで軽減することにより百貨店のウリである顧客サービスを充実させようという狙いと、在庫や販売、受発注に「JANコード」を使い商品の色やサイズなどの属性データを付加させて売れ筋商品を把握する体制をつくることを目標としている。百貨店といえば商品納入の際に発生する膨大な伝票処理など紙ベースの旧態依然とした商品管理が思い浮かぶが、このような付加価値を生まない作業をコンピュータのトランザクション処理に任せ、接客時間の大部分を商品説明に当てることにより百貨店の強みを鮮明に打ち出そうというわけだ。
高島屋と三越が開発したeMP(eマーケットプレイス)はASPサービス形態で02年6月から利用を開始した。eMPの機能は、百貨店とサプライヤーが仕入れや検品で利用する伝票を電子化し、簡易な操作のウェブベースを共通基盤としたものなので中小の取引先も参加しやすくなっている。
さらに百貨店業界では、ブレーク寸前のICタグの導入も始めている。ICタグはウォルマートが主要サプライヤー約140社と物流業務でICタグの利用を開始し、米国防総省が最大で約43,000社のサプライヤーに物資を納入時にICタグの利用を義務付けるなどその実用化に向けた動きが国内外で加速しているが、百貨店のICタグ利用は、商品在庫を売り場で保管しきれないため保管場所まで客が注文した商品の在庫確認のためフロアーの保管場所に行ったりきたりするという非効率なロスタイムをなくす狙いがある。品番や色、サイズを記録させたICタグを商品や包装箱に付けることにより、リーダーで読み取り、コンピュータに送信するなどで在庫の有無と保管場所を確認できる。三越と阪急百貨店は、本年4月から本店で婦人靴の在庫管理にICタグを導入した。
ICタグは図書館での蔵書点検や書籍、CD・DVDの貸し出し・盗難防止、物流の一部業務などにもすでに使われているが、今後、商品の生産履歴、出荷日などを顧客に表示したり、商品の移動を追跡できるため、GMSやSCなどの商品管理や、ICタグの属性データとICカード化した顧客カードとリンクさせたCRMの構築による顧客分析などの利用が増えるだろうが、今後、普及するにはまだ高いといわれるICタグのトータルなシステム導入コストの低下、読み取り装置の互換性など課題がある。
既存商業施設へITがもたらす脅威としてネット上の仮想商店街のネット通販の利用者の裾野の広がりが、無店舗販売を加速させるものとして取り上げられることが多いが、ネット(クリック)と実店舗(モルタル)を組み合わせて相乗効果を狙うクリック&モルタル方式を導入する小売業者が増え、ネットの無店舗販売が実店舗を淘汰するトレンドには現状でなっていない。しかし資金力が潤沢な小売業者が強力に推進している最近のIT化の動向は、桁外れのシステム導入コストとその効果の大きさで小売業界に与えるインパクトは計り知れない。IT化により顧客の特性をクラスター分析し、カテゴリー分類化された顧客層の商品ニーズをデータマイニングなどできめ細かく探り、売れ筋商品を開発するなど、あるレベルまで実現可能となってきている。ICタグを導入したシステム構築で商品の生産履歴から商品管理、物流まで個品単位のデータをリアルタイムで読み取れるため、効率的な在庫管理が可能となり、顧客の注文商品をスピーディーに提供ができ、販売管理費などコスト低下も劇的に進み価格競争力が強化される。小売流通業界の差別化と淘汰の戦いは、ウォルマートとイオンに象徴されるようにITの重装備で一気にヒートアップしてきた。
■関連記事
出店戦略の潮流変化と店舗物件動向