いま商業地になにが起きているのか その1 / 駅前商店街の復権はあるのか
地方の駅前商店街、かつては買い物客で溢れ、喧騒と賑わいのなかで雑多な小規模商店が日本の高度成長を足元で支えてきた。商店街の裏には迷路のような路地があり、そこにはラーメン屋や飲み屋がごちゃごちゃとひしめき、身動きもままならない狭い店内で地縁社会の情報やコミュニケーションが交わされていたものだ。いつの間にか駅前にスーパーが出現し、商店街のなかのいくつかの店は閉めることになる。それでも商店街は異質な商業空間を飲み込み、それなりに賑わっていた。そのような光景が一変したのは、郊外に大規模DSやSCが出現してからである。十分な駐車場スペースをとり、買い物客の動線を緻密に計算し、合理化された商品配置、買い物客はまるでベルトコンベアに載った製造品のようにレジ台へと吸引されていく…。
いまは廃墟となった駅前商店街の閉ざされたシャッターは錆び放題、生き残った店では高齢化した店主が後継者もなく細々と営業を続けている。商店街を歩いている買い物客も車の運転が叶わない高齢者がばかり。「ベビーカーをひいた若いお母さんの姿をとんと見かけなくなった」と八百屋のおばちゃんが呟いた。
このような光景が日本全国の中心商業地に展開しているが、いま商業地になにが起きているのだろうか、衰退した地方の中心商業地が再び蘇ることがあるのだろうか。
近年の商業環境の変化の特徴は、零細規模の商店が姿を消していることだ。経済産業省のリポート「我が国の商業」では、従業者規模2人以下の事業所割合は5割以下(昭和37年では7割)になっており、零細規模事業者の淘汰が急速に進んでいることが明らかになった。また同報告では、業種でも新陳代謝が加速しており、開業等の割合が高いのは、ドラッグストアや調剤薬局の新設が寄与した「医薬品・化粧品小売業」、「織物・衣服・身の回り品小売業」、「各種商品小売業」等。反面、廃業等の割合は、デジタルカメラの普及などから「写真機・写真材料小売業」が37%と高く、次いで「スポーツ用品・がん具・娯楽用品・楽器小売業」、「織物・衣服・身の回り品小売業」が3割近い割合となっている。技術革新や少子化など時代のトレンドに合わなくなった業種がいつの間にか消えているのだ。
零細規模商店に変わり、コンビニ、大型専門店などが登場し、これらの勢力が総合スーパーや老舗百貨店などと競合するという構図が鮮明になっている。特に大型専門店の躍進は目覚しい。百貨店、総合スーパーがマイナス成長にあえぐなか専門店は家電、衣料、医薬など特定分野での圧倒的な品揃えと低価格でその地位を固めている。
目を転じて流通先進国米国の状況を見てみると、規模の利益とITを駆使したグローバルリテーラー(世界展開している小売業)ウォルマートの一人勝ちが見えてくる。小売業で世界1位(売上高2,563億ドル=約28兆円)のウォルマートは、EDLP(エブリデイ・ロープライス=毎日低価格)を標榜し、米国だけで年間300店超の大量出店に多くの専門店が破綻に追い込まれている。例えば1992年本格参入した米食品業界は10年で一変した。過去5年で20社超の食品スーパーが経営破綻。2月には920店を持つウィン・ディキシーも19億ドルの負債を抱えて破産法の適用を申請した。日本にも進出している米玩具専門店最大手トイザラスは玩具市場の縮小と価格競争から苦戦が続いていたが、身売りすることに決まった。その背景にはウォルマートの攻勢があったといわれている。ウォルマートの競争力はその効率経営にある。販売管理費は、通常のスーパーが20%台半ばなのに対し、スケールメリットとSCM(サプライチェーンマネジメント)で物流を効率化し、仕入れ値をギリギリまで下げ20%を楽に切る。日本国内小売ではとても太刀打ちできない。計り知れないパワーと影響力を持つ巨人の動向に日本国内の小売業は神経を尖らせている。
日本経済新聞によると00年6月の大店立地法施行以来、04年の大型商業施設の出店は過去最高となった。店舗の大型化が進んでおり広さが4万平米を超える計画は04年11月末までに11件と、前年の6件からほぼ倍増している。1万平米以上の商業施設は94件あり、イオングループを核としたものが24件、イトーヨーカー堂系が6件、施設の多くはSCとなっている。全国スーパーの1平米当たり年間売り上げは97年の約100万円から03年67万円に伸び悩むなか、施設が大型化しているのは本格的な小売業の再編と淘汰が加速しているという背景があるからだ。中途半端な規模では競合店から商圏を奪えない。開業攻勢と大型化はSC同士の競合を激化させている。総合スーパーの売り上げの伸び悩みで商業施設の生き残りを賭けた戦闘は有力テナントをいかに集められるかにかかつてきている。
デパート業界も05年になって店舗戦略に変化が見られる。デパート単独ではカバーできない多様な消費者のニーズに応えるため専門店を組み込んだ店舗作りが本格的に展開されている。例えば三越が名古屋市栄店の隣接地に開業する「ラシック」は170の専門店をビルトインし、ライフスタイル提案型の店造りを志向している。大阪心斎橋に9月開業する心斎橋そごうは、4万平米の巨大な売り場を百貨店、専門店エンターテイメントなどのように複合商業施設として店舗運営する予定だ。
施設の大型化と顧客の施設内の滞留時間を延ばす複合化でSCなどの集客力はずば抜けて高まるため、中心商業地の商店街から買い物客が消失してしまった訳だ。郊外SCは、農地や工場跡地に進出する。相対的に高地価の中心商業地より出店コストは安く、購買訴求力が強い2層までの低層施設と施設を多面で囲むように配置されたダイレクト流入の広大な駐車場が可能となる。どこからでも出入り可能なショッピングゾーンを配置し、集客力を高め、シネマコンプレックスなどアメニティを装備して施設内滞留時間を伸ばしている。中心市街地に多く見られる従来のハコ型の多層商業施設は、駐車台数も少なく、駐車場からの流入が限られるためフロア間の客流差が大きい。ひいてはテナントが出店を敬遠することになる。中心商業地は商圏密度が高いためそれなりの地価形成がなされてきたが、商圏密度の薄いルーラルやローカルのSCは、低地価を活用した大規模化で必要な商勢圏を抑え、将来の競合の抑止力としてより広大な売り場面積を志向するというトレンドになっている。
衰退する駅前商店街に話を戻してみよう。大店法廃止による規制緩和が大型化を加速、複合化、規模の利益による商品仕入れや物流などの効率化という勝ち組中心のトレンドのなかではたして地方の駅前商店街に再生、蘇生の途があるのだろうか、中心市街地の衰退は全国の地方自冶体の共通の悩みとなっている。「大規模小売店立地法」、「改正都市計画法」と3点セットで手当てされた「中心市街地活性化法」で中心市街地活性化にむけたさまざまな試みがなされているが成果が思うように上がっていないのが現状だ。中小企業庁「商店街実態調査」でも「停滞または衰退している商店街」は前回より増加して96.6%を占め、 一方、繁栄している商店街は僅か2.3%にすぎない。とはいえ高齢化が急速に進むため、都市の均衡上、交通制約者である高齢者が買い物できる徒歩商圏の駅前商店街の活性化はなおざりにできない。
衰退商店街に共通して見られるのは新しい時代にマッチした業種、商品の新陳代謝機能不全と商店主の高齢化である。小規模で家業的色彩が強く、激変する市場環境に対応することができないため、商店街全体が過去の遺物のように取り残されてしまっている。勿論、駐車場不足などハード面のハンディがあるが、再生に重要なのは郊外SCに提供できない小規模店ならではの接客サービスによる魅力ある個店づくり、さらには地域の観光や産業、異業種との提携による独自商品開発である。外部資本の新規流入により活性化をはかる商店街もある。例えば商店街の空き店舗を借り上げ、それを起業意欲の高い若者に一定期間無料などの条件で貸して、商店街に新しい風を吹き込む「チャレンジショップ」の試みである。チャレンジショップを成功させるには空き店舗を埋めるという発想でなく、新業態を商店街全体で育て活性させるという強い意志が欠かせないようだ。
区画整理や再開発など容れもの、インフラ整備にのみ頼る無個性な再生は殆ど失敗している。容れものにさらに独自の付加価値を盛ることが重要なのだ。例えば宮崎県都城市では、土地区画整理事業後さらに個性的な商店街の創造に注力した。テーマパーク風に南欧をイメージした集団店舗「オーバル」や協調店舗「C-PLAZA」を整備し、統一色彩で個性的な商業ゾーンを創生した。市による歩行者専用道路や立体自動車駐車場の整備なども効を奏し、中心市街地の集客力が向上したという。大分県臼杵市中央通商店街はアーケードとカラー舗装を取り除き、城下町の歴史と伝統を継承した郷愁と旅情溢れる街並みを再現した。
中心商業地の再生は、郊外SCの規模の論理だけが貫徹しない多様な消費者のニーズに応えうるユニークで魅力的な商業空間の創造にある。勿論、空間創造というハードだけでなく、無機質のSCにはない人間同士のふれ合いといういつの時代にも不変のソフト面の充実も求められているようだ。
■次回記事
いま商業地になにがおきているのか2