輪廻する都市と地価 その1 / 都市再生をめぐる諸問題

■都市の輪廻

近年、東京を中心に起きている大都市の都心回帰は、ルイス・マンフォード「都市の文化」の中の「都市の輪廻」をトレースしているようにも見える。ルイス・マンフォードの「都市の輪廻説」は、都市は悠久の時空を経て「原ポリス」→「ポリス」→「メトロポリス」→「メガロポリス」→「ティラノポリス(=専制都市)」→「ネクロポリス(=死者の都市)」と変遷し、死せる都市から再び「ポリス」が転生するというものであり、巨大都市の再生を可能にするのは、市民の叡智であった。

いま東京などの一部大都市では、バブル崩壊後の地価下落で、空洞化していた都心部に住民が回帰しており、いままで郊外化で分離されてきた職、住、遊が融合し、一見、都市が再生されているかに見える。しかしながら郊外や大半の地方都市では荒廃が進み、都市が再生に向かう転生エネルギーを消失させている。都心回帰が進む都心部も、都市内部のエリア間では熾烈な競争により勝ち組負け組みの峻別が進行している。尖鋭化した勝ち組エリアにおいて大型高層ビルが林立し、そこには供給側の資本の競争原理だけが優先し、自然や歴史的遺産が破壊され、無統一な人工的光景のなかで脆弱な繁栄が展開されている。

現内閣により進められている東京一極集中の「都市再生」は、都市の住民に真の豊かさを提供しているのであろうか?大都市と地方都市、都心と郊外という対比で明暗が鮮明に分かれてきているこの国の都市の現状にたいする問題提起と、欧州などにみる対極的な都市再生の試みに言及し、真の「豊かな都市創造とはなにか」について考えてみる。

■都心回帰と地価上昇

都道府県地価調査によると、3大都市圏では、住宅地、商業地とも下落幅は縮小した。特に、東京都区部においては下げ止まりの傾向が明らかになった。この傾向は、東京都区部に近接する地域にも広がりを見せ初めているとともに、大阪圏・名古屋圏の一部にも現れてきている。また地方圏でも札幌市、福岡市など地方ブロックの中心都市の一部で下げ止まりの傾向が見られ始めた。反面、地方都市の地価は、依然、下落傾向が続いており、東京など一部の大都市と明暗を分けている。

東京や地方政令都市などの地価反転は、後述するが、現内閣が不良債権処理の一環として不動産の流動化のため布石を打ってきた都市再生政策などによる主として都市計画法や建築基準法などの規制緩和(容積率緩和、天空率導入など)による不動産価値の向上や、J-REITの創設など不動産投資市場の活性化策が寄与している。

中枢管理機能が集積した大都市と地方都市の地価動向の明暗は、農業、工業化社会から知識、情報集約型社会への移行による産業変化の都市間重心移動と、中国など海外への生産移転による影響がとくに地方において大きいことなどが背景にあるが、近年の新自由主義(=新保守主義)による競争・効率化優先の大都市重視政策によりもたらされた当然の帰結でもある。

■小泉内閣の都市再生

小さな政府と規制廃止、市場原理を重視する新自由主義的な都市政策が始まったのは1980年代後半の中曽根内閣による「四全総=第四次全国総合開発計画」からである。三全総までは大都市と地方都市との地域間格差の是正と生産機能の分散や大都市における生活基盤の改善を政策の主眼としていたが、四全総から大都市における都市基盤の整備というように東京一極集中を推進する方向へと政策転換していった。都市再生の目標とされた都市基盤整備も生活基盤の整備というより、生産基盤のための社会資本整備が重視された。この傾向は現小泉内閣の都市再生でより鮮明になる。

小さな政府、国家財政の緊縮化のおり、全国の均衡ある発展などというように遍く広く浅くサポートするより、大都市に民間資本を活用し、規制緩和をして集中的に都市再開発やインフラ整備を行ったほうが費用対効果や投資の効率性からみて政策効果が高いという政策判断からだ。当時の金融機関の不良債権処理には担保不動産の流動化が不可欠で、不動産の証券化など直接金融を活用して首都圏などの土地の流動性を高めるという狙いもあった。

政府の都市再生戦略チーム委員のメンバーであった東大先端科学研究所大西隆教授の著書「逆都市化時代―人口減少期のまちづくり」から現内閣の都市再生政策誕生の経緯を引用する。

都市再生の語が初めて政策に登場したのが小渕内閣による都市再生推進懇談会の設置であり、首相の急逝により懇談会報告書を受け取ったのは森氏になった。東京圏と関西圏を対象にそれぞれ作成された報告書によれば、その主眼は大都市圏における公共事業の増大である。(中略) 小泉内閣は先の二つの内閣と異なり景気浮揚優先でなく、構造改革に優先順位をおいたため借金によって公共事業を拡大する路線から規制緩和によって民間投資を誘導する路線へ転換した。

02年6月都市再生特別措置法が施行された。同法で東京、大阪などに都市再生緊急整備地域が指定され、さらにそのなかに具体的な民間事業地区として都市再生特別地区が指定された。そこでは民間事業者の事業採算性を向上させる容積率緩和など既存の都市計画法の規制を変更する提案が可能となり、行政の手続きも大幅に短縮された。従来は住民の同意を得るなどの期間を3年程度要したが民間デベロッパーの要望があれば、地方自冶体は6ヶ月以内に提案の応否を返答しなければならなくなった。

東京都の場合、緊急整備地域には7地域(約2,400ha)が指定された。主な計画としては丸の内大手町地区は「国際ビジネス拠点」、秋葉原・神田地区は「IT関連産業拠点」臨海地域は「国際的情報発信拠点」などがあるが、これらのプロジェクトに参加できるのは、大手ゼネコンや不動産に限定されることになる。

■都市再生の問題点

小泉内閣による都市再生は、東京を中心とする大都市に集約され、産業の情報・知識集約化への転換やグローバル経済の急速な進行で、国際都市に相応しいインフラなど都市基盤の整備を民間を参入させて行うというものであるが、都市再生などによる一連の建築基準法や都市計画法の規制緩和は、東京や政令都市など一部地域の地価を上昇させ、担保不動産の流動性を高め、不良債権処理を加速させた。しかし、市場原理主義に基づく経済性偏重の都市再生といった色彩が濃く、生活機能の向上や都市のアメニティ(都市空間の美しさ、歴史的街区や樹木の保存など生活の質に関係する多様な価値観)への総合的配慮が乏しい。また大都市偏重、地方切捨て政策という側面から、地方の荒廃は救済されず深刻化し、地域間格差をより拡大させているなどの批判がある。現政権の都市再生策について批判的な意見を以下に紹介する。

  • 東京大学大学院総合文化研究科 松原隆一郎教授「都市再生で都市はどう変わるか」
  • 現政権で進められている都市再生の最大の目的は、大都市圏人口純増と実質GDP成長率が正の相関を持つため、都心に人口を集中させることにある。容積率規制や日影規制により大都市に人が集まることを妨げられ開発も抑制されているため規制緩和するというが、経済的観点と住民の暮らしという観点から誤っていると批判する。人口増→実質GDP成長率という論理は実質GDP成長率→人口増という逆の可能性も排除できず、論拠が不確かである。また都市計画などの規制はそこで暮らす住民の生活の便宜や文化の厚みを守るために制定するもので、極度の経済性偏重は問題が多いと指摘。

  • 東京大学大学院経済学研究科 神野直彦教授「地域再生の経済学
  • まず欧州型の生活機能を重視した都市再生は、都市ごとの文化や伝統をに根ざした多様な都市再生であるため、情報産業や知識産業を育成し、産業構造の転換やグローバル化に対応できる。それに反し、日本で行われている都市再生は、生活基盤整備でなく、市場原理に基づく生産基盤社会資本の整備であるため、オフィス需要などの拡大を不用意に招きバブルを再度引き起こすおそれがある。

  • 東京大学先端科学研究所 大西隆教授「逆都市化時代―人口減少期のまちづくり
  • 人口減少時代を迎え、保全や再利用中心とした都市政策が必要な時代に相変わらずの開発型都市政策であるところに都市再生政策の致命的欠陥がある。長期的には人口減少によって住宅やオフィスの需要が減少する。東京都でも人口のピークを2010年とし、それ以降の人口減少を想定している。また引き続き高齢化も進むので労働人口は一層減少する。したがって、これからの住宅やオフィスに対する需要は、更新や質的向上のためのものとなり、新規増加分は縮小する。供給過剰は一時的なものでなく長期的な現象である。バブルの復活のような建設ブームを期待する声に煽られたように作成された都市再生政策は、長期的な見通しの暗い脆弱な政策である。

以上紹介したように小泉内閣が進めている都市再生は、数多くの問題点を孕んでいる。大都市の人口を増加させ、経済成長率を上昇させるといった開発業者サイドの市場原理優先の都市づくりは、容積率や建築基準法の形態規制の緩和により開発法による投資採算価格や収益価格を極大化する。このような時代背景を反映し、港区や江東区など臨海地区に大型の超高層マンションが相次ぎ投入され、品川、汐留、六本木、丸の内地区で開発が進むオフィス&エンタメの複合施設など大型高層ビルが無統一に林立することになった。

人口減少社会を迎え、ニッセイ基礎研究所によると95~00年の間、東京23区のオフィスワーカーは4%に当たる14万7,000人が減少し、団塊世代が大量に退職する2010年問題も迫っている。団塊ジュニアを中心とするマンションの購入層も07年をピークに減少を始める。需要を無視した過剰供給は、再び地価下落を招き、不良資産の残骸の山と成り果てる可能性が高い。

さらに「都市アメニティ=生活の質(Quality of Life)」という概念から現政権の都市再生を吟味してみよう。

戦後、経済成長を目的としてインフラを整備すれば、企業と人口が都市に集中し、都市は自ずと快適で魅力的になると信じられていた。おそらく、衣・食・住が足りた後に、都市アメニティを求めるという過去の政策の優先順位は間違っていなかったと思う。しかし、よく言われるようにヨーロッパのような訪ねてみたい、住んでみたいと思わせるほどの豊かなアメニティのある都市空間のストックは少ない。水辺空間に橋脚を立てた高速道路、京町家を圧迫する高層マンション、高層ビル玄関の回転ドア事故など、経済的な成功は巨大な人工的空間を造り出すことはできても、必ずしも魅力的な都市空間を造るわけではない。(京都大学青山吉隆教授著 都市アメニティの経済学)

アメニティは、都市計画事業を進める上で、イギリスを中心にヨーロッパにおいて18世紀以来形成された環境の思想である。都市アメニティについては京都大学青山吉隆教授著「都市アメニティの経済学」が詳しい。同著によると都市アメニティは、住環境アメニティ、職環境アメニティ、遊環境アメニティから構成される。空間アメニティは互いに代替できず相互に独立である。例えば職環境アメニティが悪ければ住環境アメニティが良くても住民が満足することにならない。アメニティ機能は多くのアメニティ要素から構成される。これらの要素とは都市空間内部に存在する各種の公共施設、建物、歴史的文化施設、河川、山、湖といった自然資源、などの量、質、およびその配置である。

都市においては住・職・遊が営まれており,それらを維持・発展させていくためには,快適で豊かなアメニティを備えた空間を創出するとともに,アメニティ要素となる自然環境や歴史伝統の保全を計画的に進めていく必要があるが、今までの都市計画ではアメニティが抽象的で精神的な側面を持つため、その価値を計測することなく無秩序な都市空間を作り続けてきた。しかし同著では旅行費用法、CVMなどの計測手法を用いてこれらの価値を計量化することで、魅力的な都市環境づくりに向けた政策決定の価値尺度とすることができるという提言がされている。

知識・情報が高度に集約化された社会は、都市のハードの枠組み、例えば建物などの不動産よりも、情報を知識に置換し、知識を利益に変換できるナレッジ・ワーカーなどヒトの質に依存する。

「豊かなアメニティのある都市空間は、知性を招き、定住させ、創造力を生み、未来型の知識情報産業を育む重要な培養地であり、これからの経済発展のためになくてはならない資源なのである」(青山吉隆著 都市アメニティの経済学)。

自然環境や景観、歴史的遺産の継承を考えた豊かな都市形成というと、現代社会から思考停止した懐古趣味と取られがちだが、文化的伝統や歴史的遺産は住民や訪れる人々に都市の歴史や記憶を覚醒させる地域固有の智慧のストックであり、グローバリゼーションのうねりのなかにあって都市のアイデンティティを高める。実は工業化社会からより高度な知識・情報社会へ移行するため洞察力を深化させる不可欠な要素なのだが、現政権の都市再生にはこのような総合的な視点が欠落している。

都市再生が推進している東京一極集中であるが、「東京一極集中と地方の衰退」、この図式ははたして日本の社会・産業構造の健康な姿と言えるのだろうか…。資本金10億円以上の企業の本社機能の56%、ソフト系IT産業の事務所の42%が東京圏に集中している。この背景は行政の中央集権や大学の集中があり、企業の集中と不離不即の関係にあるからだ。大西隆教授は日本経済新聞「経済教室」で次のように指摘している。「北米、欧州、日本の経済先進3地域で顕著な差異があるのが大企業の本社所在地の分布状況である。それぞれの売り上げトップ企業100社の立地を調べると、米国では、最も多いニューヨーク都市圏でも3割程度のシェアであり、欧州はパリやロンドンで2割程度とビジネスの拠点は分散している。」さらに大西教授は横並び意識、東京に集まれば怖くないという発想の貧困があると指摘する。

米国のマイクロソフト、ゼネラルモーターズ、フォード、コカコーラの本社はニューヨークやワシントンではない。高度成長を遂げ躍進する中国は政治的には北京の中央集権国家だが経済的にはメガリゼーションと呼ばれる沿岸部の複数の都市国家群による重層的強力エンジンで驚異的な高度成長を遂げている。大前研一はそれぞれが中国の一部というより独立した国家として独自性を持って発展していると「チャイナ・インパクト」で書いている。

例えば、高度に過密化した東京で、首都直下型の大地震の発生を想定すると、建物の倒壊、大規模な延焼により生活インフラや情報通信網が切断、機能不全になることによる甚大な被害が予想され、都市機能全般へ深刻な影響をもたらし、それにより莫大な経済的被害や行政機能の麻痺が全国や海外へ波及する。国際的に見ても脆弱で偏った都市構造の異常さを拡大させていく都市再生政策の方向性は是正されるべきではないだろうか。

次回は「郊外、地方の再生」について言及する予定。

■次回記事
  輪廻する都市と地価2
      

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