少子化時代の住宅地地価・賃料
今後の住宅地の地価を考えるには、購入者である需要側の有効需要の大きさを決める雇用と所得の今後の動向を予測することが重要である。居住のために戸建てやマンションを購入する際は、購入者は、土地購入額と将来の雇用不安・所得を慎重に秤にかけるし、アパートや賃貸マンションの投資にしても賃借人の所得が家賃負担力を決め、家賃の高低が投資用不動産の収益価格を決定するからだ。このコラムでマクロ的視点から今後の雇用やサラリーマンなど勤労者の所得動向について考えてみよう。
今後の雇用や所得を予測するには、いま国内で起きている労働市場や所得環境の激変に注目すべきである。なぜなら今までの既成観念の枠でこれらを把握することは通用しなくなっているからだ。そのキワードは少子高齢化とITと国内の巨額の財政赤字・公債償還の世代間不公平である。これらのキーワードは複雑に相互関連しているため、将来予測をより不透明なものにしている。
1、今後の所得動向
■賃金動向
企業収益は景気回復を受け改善しているが、景気回復の割に賃金が伸びていない。その要因としては、企業のリストラはやや一服したものの、依然として人件費の増加に慎重になっており、一般労働者に比べて給与の相対的に低いパートタイム労働者の比率が上昇していることがある。正社員にしても基本給を抑えて、業績の改善は一時金で処理するという姿勢を持つ企業が多い。労働分配率は、生産性と実質賃金の相対的な大きさで決まるが、02年には、生産性が低下するなかで、賃金が名目だけでなく実質でも大幅に引き下げられたことによって、分配率はGDP比で1%程度低下した。03年においても、労働分配率はさらに低下したが、これは労働生産性が2.4%上昇するなかで、実質賃金の伸びがそれを大幅に下回る1%程度に抑制されているためである。景気回復が継続していけば、残業代や一時金という形で雇用者の賃金が徐々に増えていくことが期待されるものの所定内給与は依然として下落ないしは抑制されている。
■財政赤字と世代間不公平拡大
1,000兆円に膨れ上がった国内の財政赤字という公的債務がもたらす世代間不公平の問題は、将来世代の増税という形で過去世代が負うべき負担が将来世代に転嫁されるため長期的視点で日本経済、さらには地価を考える上で重要な要因となる。将来世代の生産年齢に該当する人口はこれから急激に減少する時代を迎える。特に高齢化が進むなか年金や医療、福祉の給付負担の世代間不均衡は深刻である。国内では年金・医療給付が既に5分の1を超えている。日本経済新聞によると現在、年金給付を100とすると医療給付57、介護給付11を高齢者に払っている。20年後には、年金給付を同様に100とすると医療給付71、介護給付は24になる。つまり高齢者一人に対して支払われる医療給付は年金よりはるかに速いペースで増えることになる。こうした給付を支えるのはほかならぬ現役労働者である。賃金の上昇以上にこれらの負担が増大すると実質的には所得減少をもたらし、将来の地価形成にマイナスの影響を与える。
99年「世代会計の国際比較」という研究報告がなされたが、同報告によると世代間均衡を達成する方法として2つの代替案が示された。1つは所得税を即時かつ恒久的に54%引き上げる。2つめは年金や福祉手当、健康保険給付、失業給付、障害給付などあらゆる移転給付を即時かつ恒久的に29%削減することである。現在、日本政府はこのような政策を取る気配はない。
■所得格差の拡大
厚生労働省が25日発表した調査によると世帯ごとの所得のばらつきを示す指標が、02年時点で過去最高を更新した。世帯ごとの所得格差の大きさを表す「ジニ係数」が大きいほど所得格差が大きいが、02年は0.4983と前回調査(99年)より0.0263高くなった。ジニ係数が0.5になると、所得の高い方から4分の1の世帯が全体の所得の4分の3を占める状態とされ、日本はほぼこの状態になっている。
「所得再分配前の不公平等の拡大は所得水準が低下する高齢化の進展が主因と見られるが、労働市場や賃金制度の変化も見逃せない。成績主義の強化により「勝ち組」と「負け組」の二極化が進んでいることや、フリーターな90年代後半から失業率が急速に高まり、低所得層が拡大。能力・実績主義の賃金制度の浸透で、いわゆる「勝ち組」と「負け組み」の所得格差も広がったのであろう」(日本経済新聞)。
家計経済研究所の「消費生活に関するパネル調査」に樋口善美雄慶大教授、財務省財務総合政策研究所が行った分析結果によると所得格差は、90年代後半から拡大し、学歴間、企業規模間、職種間の所得格差は97年から01年にかけ拡大している。さらに所得階層は固定化の兆しを見せている。
2、労働市場の変質
雇用状況は02年8月に完全失業率が5.5%と過去最悪を記録した時期から回復に向かい、04年に入ってから4%台で推移している。雇用を伸ばしているのは医療、福祉、サービス業などの一部の第3次産業であるが、卸・小売業、製造業、情報通信などでも雇用はやや改善している。このように失業率は若干低下しているものの失業期間が1年以上に及ぶ長期失業の数は、04年第1四半期で112万人と依然として高い水準が続いており、失業者全体に占める長期失業者の割合は、わずかながら低下したが、約3分の1となっている。長期失業者の年齢別では、25歳から34歳の若年層の長期失業者数が最も多く、かつ全体の長期失業が若干低下するなかでも、この層の長期失業者は依然として増加が続いている。その背景は企業が即戦力の人材を獲得したがるため若年者を雇用する機会が減少し、若年層にしてもフリーターという形で非正規の職に就く者の数が増えており、非正規の職に就いた若年が正規の職に就く確率は低く、フリーターの状態が固定化しているからだ。
企業は人件費抑制のため正社員の雇用は減少し、派遣やパートなどの非正社員の雇用を増加させているがこの傾向は数年は継続するものと思われるが、これから本格的な人口減少時代が到来するため労働力が不足する時代を迎えるという見解もある。総合研究開発機構の神田玲子主任研究員は、07年頃から始まる団塊世代の大量退職により構造的な労働力不足の時代に入ると予測している。
しかし雇用のミスマッチは拡大する懸念がある。企業はバブル崩壊後は中高年の雇用維持のため新規採用を絞り、若年層の失業率は高まっている。企業は即戦力を求めるあまり20歳代の重要な時期に教育は職業訓練の機会や場を与えていない。技術や知識の組織的な伝承システムがすでに崩壊しているからだ。そのことによってさらに若年層は、失業・非正規状態から抜け出すことが困難となる。
3、住宅地の地価は
住宅地の地価や賃料に国民所得の相関は強いが、今後の国民所得動向は、労働生産性が向上し、労働分配率も向上するので賃金は上昇し、少子化の進行が加速しても経済規模は縮小するが、人口もその分減るので一人当たり国民所得は横ばいで推移するという楽感的な見方や国内財政の危機的赤字は加速し、賃金が仮に上昇しても将来のシナリオとして増税等の負担転嫁のため実質所得は減少し、歴史的低金利からの金利上昇もありなので住宅需要は冷え込むというシビアな将来予測もある。
いずれにせよ少子化と晩婚化、さらには結婚をしないという層の増加は、住宅購入需要の絶対量を減少させる。賃貸住宅の場合、単身者、新婚カップルなどを主なターゲットとしているため需要減は否めない。近年の一人っ子の増加は親の住宅を相続できるため新規に住宅地を購入するという意欲を減少させている。いままでは子育ての期間にそれなりの住居スペースを必要とするため相続タイミングを待てず住宅を購入するというパターンが多かったが、少子化時代ではそのような必要もない。ライフスタイルにあわせ転居が可能な賃貸志向に向かうことも考えられる。政府などによるリバースモーゲージ制度が充実し普及すれば老後の持ち家による年金代わりの所得も期待できるので持ち家志向も増えるだろう。
住宅地の地価水準を形成する需要者の所得という視点で予測すれば、ITなど技術革新が進み企業も雇用労働者も勝ち組負け組みがより鮮明になる。
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