最先端ITとフリーアドレスオフィス
いままでの日本のオフィス風景は上司が奥まった位置に座り、上司のデスクを頂点として部下のデスクが階層順にピラミッド型に整然と並ぶというのが一般的であった。ヒエラルキー(階層性)組織は、仕事が複雑化し、従来の仕事の垣根を越え仕事を横断的にこなすプロジェクトが増えたため、IT化の急速な進行と相俟ってより合理的なスタイルに進化している。オフィスのペーパーレス化はかつてコンピュータの導入で盛んに啓蒙されたが、オフィスの紙書類、資料はかえって増えたという皮肉な現象をもたらしている。いま先進的なオフィスにおきている変化は一気に社内文書のペーパーレスを実現してしまった。
先端的オフィスに起きている変化とは、社員専用の固定席を設けず、空いている席を自由に使う「フリーアドレスオフィス」の採用である。ノンテリトリアルオフィスともよばれる新しいオフィスの形態では、社員は、書類や本を持たず、必要なものは割り振られた小型ロッカーに入れておき、ワイヤレスの無線LAN環境を活用し、携帯可能なノートパソコン、携帯電話やワイヤレスIP電話端末で空いた席を自由に移動し仕事をする。机の上には紙資料がほとんど見当たらない。
会議も必要な時に待たずにテレビ会議やIPテレビ会議を使う。現在、進化中のIPテレビ会議は、PCに専用ソフトが入っていて、カメラを接続すれば1対1のテレビ電話となり、さらに複数が参加可能なWeb会議へ展開可能だ。音声のやり取りだけでなく画像やテキスト資料などやり取りできる。いままでの会議室に集まり缶詰状態で非効率的な会議が型どおり進行するという見慣れた光景はこのようなオフィスから殆どが消えている。
社外から社内システムへの安全なリモートアクセス環境も構築し、外出先でもオフィスと同等レベルで業務に携われるユビキタスオフィス環境も実現している。「オフィスCTI(Computer Telephony Integration)とよばれる電話、FAX、電子メールなどを統合管理するソリューションを使うと留守中にかかつてきた電話のメッセージをボイスメールとして転送し、外出先からもメーラーや携帯電話で受け取ることができ、帰社して伝言メモを確認するといったタイムラグによるビジネス機会の損失を最小限度に抑えることが可能になった。また企業ポータルシステムと連携してグループウェアの情報を表示する機能、電話帳をクリックするだけでIP電話から通話できる機能などこれまでにないワークフローを展開できる。」(日経コンピュータ)
特に営業部門は、外で殆ど営業活動をするため日中のオフィスの在席率は20~30%であり、フリーアドレスオフィスを導入することにより、デスクスペースを縮小して不動産の固定的スペースを削減できコスト低下のメリットが多い。フリーアドレスによるワークスタイルの実践は、単なるスペースの削減効果だけでない。いままでの島型対向個人デスク配置のオフィスでは、席が固定し、硬直的でフリーなコミュニケーションや創造的思考に不向きでナレッジワーカー、急速な知識社会化に対応できなかった。削減されたスペースをオープンスタイルの会議コーナーやオープンカフェなどのコミュニケーションスペースに割り当てることでコラボレーション(協働)を重視してより生産性を高め、業績をあげる工夫がされている。
フリーアドレスオフィスを実現するためには最新のIT技術が不可避になる。フリーアドレスオフィスにすると固定座席がないため、誰がどこにいるかわからなくなるからだ。これを解決するには社内LANに社員がノートパソコンを接続した時点で端末のIDから社員を特定し、新しい座席表を表示するようなシステムが必要となる。電話もロケーションフリーのIP電話などでオフィスのどこからでも自分の番号で通話が可能で逆にその社員への連絡は個々の内線番号でできるようなIT技術がなければならない。
フリーアドレスオフィスは、柔軟性、可変性に富むオフィス形態であるため侵入者に対するセキュリティが重要となる。例えば第17回日経ニューオフィス情報賞を受賞した富士通ソリューションスクエアは、ノンテリトリアルオフィスを実現している。ソリューションスクエアで実践される新たなワークスタイルを「ほっとオフィス」の名称で商品化し、顧客に提供しているが、セキュリティ対策については、情報管理、ネットワーク管理、人の管理の3つの観点から進めている。
富士通のHPによると「人の管理については、セキュリティゾーニングの考え方をベースに、大きく3段階のセキュリティを実現している。外部の入り口では、ミリ波レーダーを設置し、夜間でも人の気配を察知し、ディスプレイ上に表示することが可能。また、社員通用口には、フリッパーゲートを配置し、ICカード認証による入退室を管理。さらに、セキュリティ度を高める必要がある部屋には、ICカードによる認証とともに、静脈認証方式を導入し、外部からの侵入による顧客情報や社内データの漏洩を防いでいる。一方、情報漏洩に関しては、無線LANにおいてデータを盗聴されても解読が困難な暗号キー切り替え方式の採用や、パソコン上のデータ、顧客情報の印刷およびプリンタからの出力に関してもそれぞれのレベルでセキュリティが施されている。」という。
フリーアドレスオフィスを自社に取り入れ自ら利用するだけでなく、これをショールームとして提案・活用しているのがNECである。NECは、実験的な試みで最先端のIT技術を駆使したフリーアドレスオフィスを実現。04年1月品川イーストワンタウンの5,000㎡のテナントとしてNECの営業社員が常駐する「NECブロードバンドソリューションセンター」を開設した。営業担当者やシステム・エンジニア約400人が常駐して業務に携わる「オフィス・スペース」と、顧客に自社製品やソリューション、次世代テクノロジーを提案する「ショールーム・スペース」を融合させた。顧客にシステムを利用してもらうオフィス体験ゾーンを設け、「インフォメーション」「ナレッジコミュニティ」「コラボレーション」「リモートアクセス」という4つのブースでは、IP電話・Web会議・無線LAN・リモートアクセス環境などの新しいワークスタイルを実現するブロードバンドオフィスソリューションを体感できる。オフィス・スペースでは、広帯域の有線・無線LANを使いオフィスのどの場所でもノートパソコンとIP電話が利用でき、遠隔地からでも社内システムに入れる環境を整備している。これにより、フリーアドレスによるワークスタイルの実践が可能となり、デスクの数を営業人員の約70%に削減。社内ミーティングもオープンスタイルの会議コーナーやスタンドミーティングを基本にすることで即断即決を促し、意思決定の迅速化につなげている。
以上のようにノンテリトリアルオフィスは最新のIT技術が融合してはじめて実現が可能な超効率化されたオフィス形態といえるが、コラボレーションの原点である人間的触れあい、温かみをコンセプトにしている点がさらに新しい。導入企業はいまのところIBMビジネスコンサルテイング、日本ヒューレット・パッカードなど情報技術系関連各社が多いが、一般企業も情報技術を活用しなければ生き残れない知識集約型社会の真っ只中にいることに変わりがない。硬直的で非創造的な従来型のオフィス形態は、ITの進化で急速に変貌しており、新たなワークプレイスをデザインする時代が到来している。自社のコアビジネスの知識生産の場としてのオフィス環境が激変する時代となった。
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