脱不動産担保 知的財産金融・証券化
いままで金融機関は、企業向け貸出し債権の担保として土地や建物といった有形資産である不動産を取ることが主流であった。しかし、地価下落が恒常化、特に地方の場合、いまだに地価下落が継続している状況下で、債権保全として不動産担保制度は正常に機能しなくなっている。このような状況を打破するものとして、不動産担保に代え知的財産を担保に融資するという新たな方向性を模索する地域金融機関や大手銀行が増えている。
一方、社会・産業構造の20世紀型から21世紀型社会への移行と競争環境の変化は、不断に知財とテクノロジーを変革する時代を到来させた。大量生産体制が機能し、画一的商品を提供してきた20世紀型の産業構造から、情報化やグローバル化を背景に多様な価値観を反映し、消費者の細かな欲求に応えた商品を継続的に供給する21世紀型社会や産業構造への変化は、不断の研究開発や特許取得、ブランドなどで形成される知的資産を企業の金融資産や設備といった有形資産に付加して創造し、保有する要請を強めている。企業の実力は財務諸表にはほとんど表れない特許・技術などの知財に負うものが大きい。
1、知的財産とは
知的財産権とは、動産や不動産といった一般に形がある「有体物」ではなく、人間の知的活動の創作物で、財産的価値が見出され法的保護が認められる「非有体物」が対象となる。すなわち人間の知的な活動から生じる創造物に関する権利を、知的財産権(知的所有権、無体財産権)と指称する。
知的財産権には従来「工業所有権」として分類していた特許権、実用新案権、意匠権ならびに不正競争防止法の保護する類似商品や商標に加えソフト関連の知的財産である著作権および営業秘密やパブリシティの権利を含み、さらに種苗法や半導体集積回路法により保護される権利も含む。
知的財産権の殆どは登録により権利が発生するが、著作権は、登録を必要とせず著作物を創作した時点で、著作隣接権は実演等を行った時点で、それぞれ権利が発生する。
2、日本の知財改革
わが国においてインターネットをはじめとする高度情報社会が到来し、ソフトウェア技術の重要性が高まったため、知的財産権も従来のハードウェアに依存した工業所有権から情報知的財産権の重視へ移行してきた。しかし、わが国では知的財産の国家戦略の立ち遅れが指摘され、産業界は遅い特許審査や模倣品の販売に危機感を持っていた。このような時代的要請により政府も知的財産立国を目指すため03年7月8日に知的財産戦略本部会合において「知的財産の創造、保護及び活用に関する推進計画」を決定した。
知的財産推進計画では、「創造分野」「保護分野」「活用分野」「コンテンツビジネスの飛躍的拡大」「人材の育成と国民意識の向上」の各章で具体的な施策と担当府省が示されている。特許や著作物などの創造促進、国内外の模倣品対策、知財訴訟専門の知的財産高等裁判所の創設など270項目の具体的対策が盛り込まれた。特に知的財産高等裁判所の創設は、米国における特許侵害の有無と特許の有効無効を判断できる特許訴訟の専属裁判所である連邦裁判所のような制度を導入しようというもので、知財権や産業技術に詳しい専門の裁判官が迅速な司法判断し、特許権関連訴訟の控訴審と特許庁の判断に関する訴訟の1審を担う。
またこれまで「遅い」と指摘され続けていた特許審査だが、今年5月に決まった04年度の推進計画では特許の審査待ち期間を現在の26ヶ月から10年後に11ヶ月まで短縮する目標を掲げた。
3、知的財産の評価法
不動産など有体物の評価に比べ難しいと言われる知的財産であるが特に特許権の評価は困難を極めるといわれ、不動産鑑定評価の3手法と類似した手法を適用する。
- 類似取引事例に基づき時価で評価する「マーケット・アプローチ」
- 開発原価、外部から購入した場合は、支払った対価などに基づく「コスト・アプローチ」
- 知的財産が将来生み出すであろうキャッシュフローの割引現在価値で評価するDCF法による「インカム・アプローチ」
本コラムが対象としている知的財産の担保評価や、証券化スキームで評価するケースでは、将来予測、割引率の精度に依存するがDCF法によるインカムアプローチが最適と思われる。証券化で投資家に証券を発行し、キャッシュフローを原資として配当を定期的に行うという証券化のスキームからみて評価手法が馴染むからである。コストアプローチは、知的財産権取得コストや購入対価が容易に分かるため客観評価が可能であるが、将来利益、リスクを価格に反映できない。マーケットアプローチもM&Aなどで活用される手法であるが、特許権、著作権などは、排他的権利であり、マーケットも醸成されにくく、類似の取引から比準するという不動産鑑定評価の比準法に似た手法は適用しにくい。
4、知的財産担保融資
地方の場合、長期にわたる地価下落が進行しており、名古屋、福岡など一部都市の限定エリアを除きいまだに底離れの気配すら見えず、不動産担保制度は完全に機能不全を起こしている。地域金融機関の危機感を反映し、知的財産を担保に融資するという新たな方向性を積極的に模索する動きが加速している。
日本経済新聞によると横浜銀行は神奈川県横須賀市に本社を置く電気通信工事会社「旭通信」の通信工事業務統合管理システム「SOSS」の特許の知的財産価値を数ヶ月かけて計算した結果、特許権やソフトウェア著作権を担保に4千万円の融資をした。東京都民銀行が2月に5千万円融資した案件も特許権を担保にしている。埋め立て工事に伴う地盤沈下測定や大深度構造物の地質、環境調査に使用される技術で東京商工会議所の技術評価制度での高評価が決め手になった。山陰合同銀行は島根大学、鳥取大学などと共同で技術開発を進める企業や個人に最大5千万円を無担保融資する「大学発ベンチャー融資制度」を設けた。
大手銀行も特許権などの知的財産を活用した金融ビジネスに参入している。UFJ銀行は3月、実用新案権「スチールハウス工法」の将来生み出す収益を算出し、総額2億円の融資を実施した。三井住友銀行は企業の持つ特許をデータベースで評価するサービスを開始、高得点企業には融資の判断材料にする予定だ。東京三菱もベンチャー企業部門や投資銀行部門の担当が連携し、知的財産融資に動いている。
5、知的財産の証券化
証券化適応力が高いものとしてまず著作権があげられる。特許権など複数の技術・ノウハウ、ブランドなどが複雑に絡んだものに比べ、 著作権は、対象となる単独コンテンツでキャッシュ・フローを生み出すので、対象となるコンテンツの貢献度も評価しやすいからだ。著作権の証券化事例は、製作段階から巨額の投資が必要で慢性的に資金不足に悩む映画、ゲームソフト、アニメーションなどに多い。
欧米では、著作権の証券化は、1992年にディズニー映画の著作権を対象とする資金調達の事例や、1997年のデビット・ボウイの著名な初期アルバム300曲に対する将来15年のロイヤリティを対象とした確定利付債権(ボウイ・ボンド)など、著作権やコンテンツを担保とする証券化が活発に行われている(広瀬義州・桜井義勝共著 知的財産の証券化)。
著作権は、事業化・商品化に要する時間が比較的短く、著作権が成立するために公的機関の審査は不要である。特許権などに比べると著作権の証券化はやり易いといわれている。著作権証券化の特質を「知的財産の証券化」(広瀬義州・桜井義勝共著)から引用すると、
- 制作したコンテンツは必ず法的に保護されるので、制作途上のコンテンツはもちろん、企画段階でも、著作権の適切な時価評価を行って、証券化の手続きを開始することが理論上可能である
- 予想されるキャッシュ・フローを合理的に予測することができる。特許権に比べ比較的証券化が容易といわれている。特許の場合には、複数の技術・ノウハウ、ブランドなど複数の知的財産が関係し、非常に難しい
●著作権・コンテンツの証券化
まず一般によく知られている証券化事例がコンテンツファンドである。コンテンツ開発の資金調達手法としてテレビ・ゲームや音楽CD、タレントなど、コンテンツを証券化し、資金を募集して集める手法。97年英国ロックスター、デビッドボウイが自らの音楽ロイヤリティ債権を原資とした証券発行で米金融市場で5,500万ドルの資金調達をしたのが知的財産流動化の始まりといわれているが、日本でコンテンツファンドとして一躍有名になったのがコナミとみずほ証券が共同開発し、マネックス証券が開発資金を調達するため、個人投資家向けに販売し、話題になったプレイステーション2用ゲームソフト「ときめきメモリアル3」と「ときめきメモリアル Girl’s Side」の「ゲームファンド ときめきメモリアル」である。この投資利回りは0.5%となり、投資家には投資口数に応じ限定版ソフトがプレゼントされるなどの特典が付与され話題を集めた。
㈱ジャパン・デジタル・コンテンツは、03年12月15日よりオンライン証券会社のジェット証券株式会社と共同で、新人グラビアアイドルを証券化した新金融商品「新人グラビア☆アイドルファンド」を組成し、個人投資家を対象に一口5万円で販売を開始する投資サービスを開始した。
みずほ銀行はアニメの著作権で生まれる使用料などの収益を受け取る受益件を証券化して、投資家に販売したり、自ら投資をする動きを拡大し始めた。04年に入りアニメ制作のATXの作品に投資するなど実積は累計で60作品、20億円に上る。ここ2年で対象作品数、金額ともに倍増した。アニメ制作会社は著作権に直接投資してもらうことで負債を増やさずに資金調達できる利点がある。みずほは特許権が生むライセンス収入の証券化も計画するなど技術評価した知的財産権ビジネスを拡充する。
●知財信託
知的財産の証券化スキームとしたは「信託法」・「信託業法」ならびに「金融機関ノ信託業務ノ兼営等ニ関スル法律」に基づく証券化スキームと「資産の流動化に関する法律(いわゆる資産流動化法)」に基づく証券化のスキームがあるが、いずれも中心的な役割を担うのが「信託」という形態である。
オリジネーターが所有する知的財産(原資産)を信託し、その見返りに得た信託受益権を分割して投資家に販売するという「信託」の仕組みを活用し、企業が持つ音楽著作権や特許を信託銀行が証券化し、企業の資金調達に利用するスキームが動き出した。今秋の臨時国会で成立が見込まれる信託業法の改正で、信託引受の対象となる財産の制限を撤廃し、対象財産権を財産一般に増やすため,当然,知財も信託の対象になり,税法上のメリットを享受できるようになる。さらに今までほぼ信託銀行が独占していた信託業務を,広く一般事業会社等に開放するなど信託業務の大幅な規制緩和も検討されており、事業会社も知財信託ビジネスへの参入を狙っている。㈱ジャパン・デジタル・コンテンツは、信託業法改正後の信託業参入を視野にいれ、知的財産の信託は映像やソフトの製作資金を集める最適手法であるとして、信託会社設立の商標登録を出願している。
知財信託など知的財産流動化の前提として対象資産の譲渡性確保の問題がある。 著作権法第61条1項は「著作権は、その全部又は一部を譲渡することができる」と規定している。これはあくまでも財産権としての著作権で、一身専属権である著作者人格権(公表権、氏名表示権、同一性保持権)とは区別されるため、著作者人格権者から不行使合意書を取っておく必要がある。さらに特許権の特定承継の場合、特許原簿への登録が第三者対抗要件であり、著作権、著作隣接権の特定承継は文化庁長官による著作権登録原簿への登録が第三者対抗要件となる。
現行法の制限のなかアニメや音楽著作権などから発生する金銭債権の証券化、著作権法の規定を利用して企業のソフトの著作権を受託するなど信託銀行各行による知的財産権を対象にした信託はすでに動いている。みずほ信託銀行はカラオケでよく歌われる約400曲の著作権を束ねて証券化し、その受益権を投資家に売って数億円の資金を集めた。投資家はCDの印税やテレビやカラオケなどで使われた際に著作権使用料を配当として受け取る。UFJ信託銀行は東京大田区の外郭団体、大田区産業振興協会と提携し、区内の中小企業の特許を一括して請負、地域ぐるみで知的財産を証券化して企業の資金調達を支える。
現行法では特許権の信託はできないが、今秋の臨時国会で信託業法の改正が実現すれば知財信託が全面解禁になる。
●信託のメリット
明治学院大渡辺俊輔教授「知的財産を活用したファイナンスの方法」から引用すると知財信託のメリットとして、
- 信託された債権管理、取立て、取り立て金の再運用、キャッシュフロー計算、各受益者への分配から信託財産の保全手続きの実行など信託業務に含まれており、信託銀行は実体ある管理機関として機能しており、これと同様のインフラを新に作るより、受託者のサービスを利用したほうが合理的である
- 受託者としての忠実義務、善管注意義務をおっており一定の財産的基礎を有し、業務運営についての金融当局の検査。監督に服するほかコンプライアンスやリスク管理のための内部組織やルールが整備されている
- 機動性、利便性に優る低コストのスキームとして評価されている。さらに信託受益権を直接投資家に販売するスキームでは信託銀行自身がアレンジメントを通常、行うので当事者間調整、契約締結に要する時間、労力を削減できる
などがある。
番組や映像などの制作資金調達は業界内での調達に依存しており、慢性的資金不足状態にある。知財信託は、資金調達者、資金供給者にとって有益なスキームであり、信託業法の改正と相俟って知財信託の活用は急速に普及すると予測される。
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