脚光を浴びる有料老人ホームビジネス

介護保険制度の制定により、高齢者向けの滞在型福祉施設運営ビジネスに介護サービスをはじめ、建設、不動産デベロッパー、鉄道、ハウスメーカー、電力会社など多様な業種が参入している。在宅介護に対応する住宅リフォームやホームヘルパーの資格取得の支援など、不動産業者などで介護サービスを視野に入れる企業が増えている。先が見えてきたマンション・戸建て分譲など従来路線から本格的少子高齢化社会の到来に備えた高齢者ビジネスを狙った動きが始まっている。例えばマンション建設大手の長谷コーポレーションは遊休の建物を改装し、老人ホームを運営。新日本建物はメデカジャパンと提携し、介護施設を建設している。ハウスメーカーでは大和ハウス工業がグループホームの販売を強化するほか、積水ハウスは研究所を新設、介護・福祉住宅などの研究開発を始めた。

滞在型福祉施設には、特養と呼ばれる特別養護老人ホームと有料老人ホームやグループホームがあるが、都市部での今後の施設介護への需要増加をにらみ、有料老人ホームの新設が相次いでいる。近年は設置・運営には国から補助金が出るものの収益の伸びが鈍化している特養よりも有料老人ホーム、グループホームへ事業参入が集中している。

1、特別養護老人ホーム

特養の事業主体は社会福祉法人で、常に介護を必要とする要介護度一以上の高齢者が入居できる。有料老人ホームが個室を主体とするのに比較し、主に相部屋となっており、施設内では、食事、入浴、排泄など高齢者の日常生活のサポートならびに身体機能や健康管理を行う。

設置・運営には国から補助金が出るため、食事付きで毎月5万~10万円程度の費用で利用できる。このため入居希望者が多いが、施設整備が追いつかず、入所待ち期間が2~3年、入所待機者が20万人と待機待ちが常態化している。

昨年4月に厚生労働省が実施した介護保険の報酬改定で訪問介護など、民間参入が進む分野の報酬単価が総じて増額されたため、民間企業が利益拡大を見込み、事業拡大に動くケースが多い。反面、社会福祉法人にしか運営が認められず、入所待機者が20万人にも及ぶ特養などの施設介護の報酬単価は平均4%程度引き下げられた。特養の収益の伸びの鈍化に追い討ちをかけた格好になった。

社会福祉法人に対する調査では、特養は「収益にマイナス」との回答が88.6%を占め、収益環境の悪化を予想している。民間企業に対し、特養事業が認められたら参入するかを聞いたところ、43.8%は「参入しない」と明言した。参入しない理由は「資金的な余裕がない(36.3%)」「施設系サービス全般に魅力を感じない(20.9%)」など。社会福祉法人側も47.7%が民間参入に「反対」と回答した。理由として「収益を優先する企業がサービスの質の低下を招く」「施設数が増えれば施設介護の報酬引き下げ圧力が高まる」と指摘。利用者側は施設整備を求めるにもかかわらず、事業者側は新規の投資負担や収益環境の悪化を理由に、特養で競争激化を望まず、施設拡大が進まない実態が浮き彫りになっている(日経産業新聞)。

2、有料老人ホーム

■有料老人ホームとは

有料老人ホームは民間と社会福祉法人が運営できる。設置・運営に補助金は出ないが、介護保険制度導入で介護費用の一部を保険で賄えるようになったため低料金化が進みつつあり、入居希望が増加している。有料老人ホームの数は全国に494あり、33,700人が入居している。介護保険導入を機に、開設が相次いだため入居者は2年間で約3割増えた。介護保険制度により、有料老人ホームでは都道府県の事業者指定を受ければ、特定施設入所者生活介護として介護サービスを実施できる。介護保険制度とは要介護状態(1~5段階)になった65歳以上の高齢者が、能力に応じて自立した日常生活を送れるように社会自体で支える仕組みで市町村などが要介護度に応じて介護給付する。有料老人ホームに入居できるのは一般的には60歳以上、夫婦で入居する場合はどちらかが60歳以上が条件となっている。終身利用権方式や賃貸型などがあり、終身利用権方式では数百万円から数千万円の入居一時金と、食費、毎月の管理費(10万円程度から)を支払う。「快適な老後を送りたい」「寝たきりになっても面倒をみてほしい」といった層に支持されている。

■事業収支

①収入

有料老人ホームの主な収入源は、入居一時金、家賃、介護費用、食費、管理費等からなる。入居一時金であるが、岸本和博著「有料老人ホームの理論と実務」から引用すると、

入居一時金の算定方法:[(初期投資に要する原価費用+維持に要する原価費用)÷総延べ床面積]×(当該居室面積)+当該入居者負担共用部分面積

初期投資に要する原価費用:土地取得費用/建築資金/設計監理費/特殊付帯設備工事費/特殊工事費/設備備品整備費/車両運搬具/開発諸経費等
維持に要する原価費用:取替え費用/修繕費用/租税/保険

また、厚生省の有料老人ホームの設置運営標準指導指針につき都道府県は、地域の状況に応じて指導指針を定め、これに基づき設置前及び事業開始後の継続的な指導を行うこととされている。利用料について、これまでの入居一時金を前提とした構成を改め、利用料の内訳(家賃相当額、介護費用、食費、管理費等)ごとに費用の算出方法、受領方法等について整理している。支払方法は、月払い方式、一時金方式又はこれらを組み合わせた方式等多様な方法が考えられるが、いずれの場合にあっても、家賃相当額、介護費用、食費、管理費等の取扱いについては、「東京都有料老人ホーム設置運営指導方針」を参考にするとそれぞれ次によるとされている。

●家賃相当額は、当該有料老人ホームの整備に要した費用、修繕費、管理事務費、地代に相当する額等を基礎として合理的に算定したものとし、近傍同種の住宅の家賃から算定される額を大幅に上回るものでないこと。

●月払い方式の場合で、家賃相当額に関する保証金を受領する場合、その額は6ヶ月分を超えないこととし、退去時に居室の原状回復費用を除き全額返還すること。なお、原状回復の費用負担については、「賃貸住宅の原状回復をめぐるトラブル事例とガイドライン」を参考にすること。

●一時金方式(終身にわたって受領すべき家賃相当額の全部又は一部を前払い金として一括して受領する方式)により受領する場合については、一定期間内に死亡又は退居したときの入居月数に応じた返還金の算定方式を明らかにしておくとともに、一時金の返還債務を確実に履行すること。また、一時金のうち返還対象とならない部分の割合が適切であること。ただし、入居後の短期間の解約については、滞在日数に応じた費用及び居室の原状回復のための費用等を除き、一時金を全額返還することが望ましいこと。なお、着工時において相当数の者の入居が見込まれない場合については、十分な入居者を確保し安定的な経営が見込まれるまでの間については、一時金の返還金債務について銀行保証等が付されていること。

食費、管理費、医療費、介護費用などについても指導方針で規定されている。

②経費

食堂職員、管理職員などの人件費の占める率が高く、ほかに入居金返済、施設の建築物の取替え費用、修繕費、施設維持費、光熱費、租税保険、支払利息などがある。

■事業参入戦略

参入各社は、入居一時金を1千万円以下に抑え、従来の一部の裕福層に偏りがちだった入居者のすそ野を拡大しようとしている。入居一時金もとらない施設も出てきた。首都圏で介護事業を手がける「らいふ」は昨年8月以降、2拠点を相次ぎ開設したが、利用料は毎月21万円支払う形式をとり入居一時金は設定しない予定だ。反面、都心部の住宅地に住む高齢者は、家族や知人と離れ、郊外に移り住むのに抵抗があり、これらの層のニーズに応える都心に近い地域での有料老人ホームは手薄であるため、都内の高級住宅地を中心に新タイプの介護付有料老人ホームを高価格帯で展開する高齢者介護サービス会社もある。例えばベネッセが杉並区宮前に24時間看護士常駐の「アリアス久我山」を開設したが、入居一時金2,500万円と同社が首都圏に展開する同施設の500~800万円に比べ高い。しかし総じて有料老人ホームの低価格化が事業展開の主流といえる。

①低価格化戦略

●建設コストの引き下げ

東京都内のマンション開発会社は地価下落による都心回帰に着目して土地所有者と定期借家契約を結び、初期投資を抑える。首都圏で自社の社宅・独身寮跡地を活用して有料老人ホームの運営に乗り出す鉄道会社もある。

●運営コストの引き下げ

食費などの運営費を抑えることで、自己負担額を半額程度にしている。ただコストを削減するためには拠点数を増やす必要があり、急速なチェーン化を目指す動きも活発になっている。例えば有料老人ホームの低価格展開を加速している「メッセージ」は、建築工法を工夫したほか、食事を専門の給食業者に外注してコストを2~3割削減。基本的なヘルパーの数で十分な介護ができると上乗せ介護もやめて、敷金3ヶ月、月額15万円前後で入居できるようにした。現在、岡山や大阪など17ヶ所あるが、今後1年間に名古屋市など20ヶ所を開く予定だ。

②人材養成と人件費対策

人件費率が高いので、施設の設計時には厨房の運営や全体の動線など細かくプランニングしておく事も大事だが、日本エル・シーエーは有料老人ホーム向け経営支援サービスで施設の評価手法として職員に運営状況を聞くアンケートを取り入れた。今までは、施設が設置基準を満たしているかや、利用者のサービスに対する評価で判定する方法が一般的で、運営に関して職員に聞くケースはほとんどなかった。施設内のケアワーカーの離職率は高く、ホーム経営に共通の悩みになっている。人手不足に陥り、サービスが低下するだけでなく、採用活動や人材教育の費用がかさみ経営を圧迫する。日本エル・シーエーは、日常業務の問題点や職員の不満を早期に発見できれば、経営効率を改善できサービスの質を高められるとみている。

■今後の展望

有料老人ホームは、介護や医療体制、サービス内容に加え、都市型、近郊型か田園型かといったホームの立地、規模、居室の間取り、費用(入居一時金、毎月の利用料)、介護スタッフの数、親身になって世話をしてくれるかなど、ハード・ソフト両面から多角的に選択される時代を迎えた。

さらにコムスン、メデカジャパンなど訪問介護各社も主力の訪問介護事業が軌道に乗ってきたため、有料老人ホームやグループホームなど比較的利益率が高い入居型施設へ事業展開を本格化させている。

ここにきて施設が急増しているため、供給過剰感も出始めている。東京都内の有料老人ホームの約60%は01年以降に開設した施設で、「新設ホームが満室になるまでの期間が以前より長くなった」という声も出てきた。入居率が生命線であるため伸び悩むと事業はデフォルトする。仮に施設の閉鎖につながれば、入居者は路頭に迷いかねない。公正取引委員会が有料老人ホームの誇大広告の取り締まり強化を打ち出すなど、行政の監視の目が厳しくなっている。経営基盤が脆弱で、ノウハウも差別化戦略もなく、高齢者ビジネスを漠然と期待し、参入した業者は今後、淘汰されていくだろう。

高齢者向けの滞在型福祉施設運営ビジネスの今後を展望すると、「小規模多機能ホーム」という高齢者ケアの将来像を打ち出した報告書を厚生労働省がまとめ、話題を呼んでいる。

民家並みの小規模な建物で、通所介護(デイケアサービス)や宿泊などの複数サービスを同時に運営するもので「在宅介護の次は大規模施設」という考え方から転換を目指す。この報告書は、高齢者介護研究会が6月末にまとめた「2015年の高齢者介護」。中長期的な介護保険制度の課題を検討したものだが、実際は05年4月から見直す介護保険の制度改革に盛り込まれる可能性が高い(日本経済新聞)。

しかし現行制度の順守という枠組みが普及のネックになる。介護保険上では、各サービスでは別々に基準があり、それぞれに利用定員や面積、介護者の配置数、介護報酬額などが決められている。これに対し、保険外サービスを含めて複数のサービスを重複させるのが多機能の考え方だからだ。

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