マンション建て替えより再生利用へ
老朽マンションが直面している建て替え問題は、建て替えという選択肢から既存マンションの再生テクノロジーへと研究が進んでいるが、本コラムでは老朽建築物を耐震基準をクリアして新築同様に再生する「リファイン建築」とマンション内排水管を取り替えなしで既存管を蘇生させる「トルネード工法」について取り上げる。
厚生労働省によると03年の我が国の出生率はこれまでの予測を上回り、ついに1.29と戦後初めて1.3を割り込んだ。日本の人口は減少を始め、若い労働力の縮小と消費市場の縮小が急速に進行する。07年には夫婦と子供からなる世帯は一人暮らしの単独世帯に追い越され、10年には成人人口の過半数は50歳代以上になる。人口減少時代はいつの間にかこの国に忍び寄り、気がついてみると先進国のなかでも最悪と言われる深刻な事態にまで追い込まれていた、というのが殆どの国民の偽らざる感覚ではなかろうか。このような時代の変化を正視していないのがマンション業界である。東京の臨海部をはじめ高層タワーマンションが乱立状態。マンション各社は、もはや立ち止まれない事情でも抱えているのだろうか…。洪水のようにマンションを大量供給し続けている。
全国の世帯数の4,300万世帯に対して4,800万戸の住宅が建築され約500万戸が余剰住宅で、住宅戸数はすでに世帯数を上回っており、今後の住宅供給は、人口減少の加速化で「床あまり時代」への対応を迫られている。このような時代背景を反映し、国交省もおそまきながら既存住宅の活用路線に政策を転換した。これからは高度経済成長時代のように住宅をスクラップ&ビルドで新しく建てるより既存の住宅ストックをリニューアルし、蘇生させていく時代が始まる。「現在、欧州においては再利用建築が主流で、英国を例に取ると、新築工事は全体の20%以下に過ぎず、80%は再生された建築である。その再生建築も大がかりなものから小さな住宅まで、バリエーションがとても豊富である」(青木茂著 リファイン建築へ)。
地球温暖化によるCO2排出量削減を目指す京都議定書は米国の離脱で暗礁に乗り上げていたが、ロシア政府が批准案を9月30日閣議決定したことで俄かに来春にも発効する見通しとなった。人口減少の成長制約や環境問題の高まりで高コストで資源を惜しみなく使い、産業廃棄物などを増大させる建築のスクラップ&ビルドから環境に優しい建築ストックの再生へと時代は地球規模で移行している。
近年、老朽マンションの建て替え予備軍のかつてない急速な増加が始まったが、果たして老朽化マンションの行く末は建て替えかスラム化という選択しか残されていないのであろうか。建て替えは、合意形成で大半のケースが暗礁に乗り上げるが、合意形成ができたとしても築30年以上のマンションのかなりは現行容積率をオーバーする既存不適格状況となっており、居住者の高齢化や資金負担の面から見ても建替は大変困難な状況にある。
老朽化したマンションがスラム化を避け延命していくには、建替というスクラップ&ビルドによる従来型手法だけを議論の俎上に載せるだけではなく、既存マンションというストックを生かし、これに耐震補強を施し、設備をリニューアルさせ、さらに今様のライフスタイルに適合させるよう新たな価値を既存建物に吹き込むという再生手法が真剣に検討されても良いのではなかろうか。このような時代の要請を背景に従来の大規模修繕や改修を超えた発想から既存建築物を再生してしまう革新的な再生テクノロジーが登場し注目されている。
●建て替えからリファイン建築へ
既存建物の構造体である柱や梁などを残して解体し、用途や機能を変更、追加して性能を向上させることをリノベーションというが、リノベーションにより、既存ストックが持っている歴史や文化の蓄積を継承し、新しい時代の感性で新たな生命を建物に吹き込み建物の価値を高めるというこの手法は、各方面から注目を集めている。リノベーションをさらに革新した再生テクノロジーがリファイン建築である。躯体から不要部分を削ぎ落とし、耐震補強を施し、新耐震基準レベルまで適合させ、新築と変わらない内外装の一新とデザイン性で建物を再生する。
リファイン建築は、まさにマンションなど築35年ぐらいまでのRC造建築物を新築同様に再生するための技術革新といえる。リファイン建築は地元の大分市を中心に福岡市でもアトリエを構え活躍する建築家青木茂氏が考案したものである。青木茂氏のリファイン建築は、低コストで老朽施設を取り壊すことなく新築同様に再生させるため財政難と施設余りに悩む地方自冶体の支持を受けている。さらに大分市で進行中の計画は、テナントを居ながらにしてキャッシュフローを中断させずに民間賃貸マンションを低コストで再生するため東京で関心を集め、すでに着工している東京のリファイン建築現場は不動産ファンド関係者が大挙して見学するという。
老朽マンションを再生する場合、当該マンションが新耐震基準をクリアしているかを見なければいけない。これはマンションが建った西暦年を調べれば解る。1980年以前に建てられたマンションは新耐震基準を充たしてないが、阪神淡路大震災で新耐震基準前のマンションは深刻な被害をもたらした。阪神淡路大震災の地震の震源は淡路島の北端で深さ15キロ、規模はM7.2、建物倒壊などで6,500名以上の人名を奪い、国家予算の7分の1にあたる11兆円以上の損害が発生した。西澤英和・円満寺洋介両氏共著「地震とマンション」によると被害程度を「無被害・軽微・小破・中破・大破・倒壊」の6ランクに分類すると阪神淡路大震災での戦後のRC造の中破以上の被害発生率は、特に71年建築基準法改正前の建物が際立っており12.2%、新耐震基準前の建物で7.2%、1980年以降に建った新耐震基準建物は3.8%となっており、1981年の新耐震設計による構造規定の厳格化が地震に対し功を奏している反面、それ以前に建ったRC造建物の構造上の脆弱さが浮き彫りとなっている。多くの戸数がコンクリートの箱の中に多層に並列したマンションが地震で大きな被害を受けるとその損害は桁違いとなる。地震に対して無防備なまま放置することはできないため、まず新耐震基準前のマンションは耐震補強が優先する。
リファイン建築ではまず既存建築物の耐震診断を行い、必要に応じて構造上不要な腰壁、パーテーション、バラペットなどを撤去し、建物を軽量化をすることで耐震性を向上させ、さらに耐震ブレースや耐震壁増設、既存柱に炭素繊維を巻きつけるなどの耐震補強を施して、新耐震基準をクリアする。
新築と比較したコストであるが通常、新築の50~70%の範囲内に収まるという。新築で必要な基礎工事と建築躯体工事の費用が削減でき、解体して新築し直すのに比べて解体費用は約1/4~1/5ですむからだ。デザイン面でも躯体は再利用するが仕上げは新しい材料を使うので新築同様の内外装に生まれ変わる。
筆者は青木氏のアトリエで対談した。その内容の一部を紹介する。
(筆者)リファインとリノベーションとの違いは?
(青木氏)リノベーションは、内外装を一新しますが新耐震基準に合わせるまではやらない。リファインは新耐震基準に適合させるまでやります。例えば建物は軽量ほど地震に強いので無駄な壁などを削ぎ落とします。新素材の炭素繊維や耐震ブレースを使つたり既存の外壁にガラス、金属素材などを最新テクノロジーを駆使してそっくり蔽い躯体を外気に触れさせない。デザイン性も向上しますよ。
(筆者)分譲マンションで建て替えた場合の新規建築コストを10とすればリファインすれば幾らでしょう?
(青木氏)分譲だと7でしょう。耐用年数はほぼ同等です。
(筆者)賃貸マンションのリファインは賃借人が居ながらにして可能。おまけに新規建て替えに比べコストパフォーマンスが高いので問い合わせが多いのでは?
(青木氏)圧倒的に東京が多いですね。福岡は反響があまりない。まだ知らない人が多い。賃貸マンションのリファインを今やっている東京の現場はファンド関係者をはじめ1日180人も見学にきました。リファインの場合、不動産取得税が要らない。消費税も少なくなります。採算上からも優位ですね。実践で言うと賃貸マンションをリファインするときはオーナーの了解もですが、賃借人にこれだけの工事をすれば幾ら賃料が上がりますと事前に説明し、了解を取ります。賃借人にとって最重要事項は賃料ですから。
(筆者)分譲マンションの建て替えは住民の合意形成や資金負担などで難しい現状ですが、リファインを検討している管理組合など多いのではないですか?
(青木氏)賃貸マンションに比べるとまだです。これから潜在需要が大きい巨大市場と思います。建て替えは弱者に厳しいですからね。
(筆者)リファインは、既存の構造体を生かすという制約があるけれど制約のなかから新たな価値を創造するという意味で面白いと思うのですがいかがでしょう。
(青木氏)何もない状況で自由に創れと言われるより、制約があったほうが建築家としては面白いですね。制約が建築家の創造力を進化させ建築の固定観念を超えて良いものを創ることもあります。リファインは深いですよ。
●マンション内排水管の再生テクノロジー
老朽化マンションは、経年による躯体の全体的な老朽化が進行するのは当然として、まず体内の血管にあたる給排水管が汚れや腐食で詰まり、挙句の果てには漏水が始める。躯体の寿命が60~70年といわれるのに対し、排水管の寿命は約30年といわれ、構造部に埋設され、隠蔽して配管されており、劣化の状況を住民は日常的に目視できないため、漏水などが発生するまで気がつかないことが多い。漏水などして始めて事態の深刻さに気づくわけだが、このような劣化の激しい排水管を取り替えようにもマンションの構造などによっては取替え工事が困難な場合もあり、また取替え可能としても工期が長期間に及びその間は居住者が住戸を使用できないとかコンクリートの躯体をハツルなど大掛かりで高額の付帯工事となるため一挙に建て替えが検討されるケースに進むことが多かった。
最近、劣化排水管を取り替えることなく再生する画期的なテクノロジーが注目されている。名古屋の「つまりぬき24社」が考案した「トルネード工法」は、取替え工事をすることなく短工期、低コストで既存の排水管を蘇らせることを可能にした。
まず施工前に超音波肉厚測定・内視鏡撮影・X線測定を行い、排水管の残存肉厚、管内面への有機物や脂肪の付着・堆積、腐食の状況を確認し、既設管が施工内容に適しているかチェックすることから始まる。既存の排水管を超強力吸引車を使い吸引力で排水管内に付着した汚泥や錆などをある程度除去し、グラインド後、エポキシ樹脂でのライニングと工事を進める。この一連の工程で大がかりな付帯工事を伴わず、劣化した排水管の端から端までを現状維持のまま完全に蘇らせることが可能となった。
排水管の取替え工事と比べると約1/2~1/3という低コストと主管1系統1日という短い工期が特徴だ。エポキシ樹脂は「つまりぬき24ブランド」で樹脂メーカーによりOEM生産され、熱湯や高温の油に耐えうるように連続10時間の煮沸テストが行われ、かつ煮沸、冷却水への投入を幾度も繰り返しテストされ、環境省指定「環境ホルモン65物質」を一切配合していない高安全性を保っている。
マンション居住者の生活面やコスト、さらには合意形成などの実現面から建て替えは現実問題として困難なのが現状である。これまで建て替えの大きな要因となってきた劣化した排水管の問題を住民に過大な負担を負わせる「取り替え」ではなく既存設備を再生・延命するトルネード工法はマンションの管理組合などが注目し始めている。
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