2003年問題 リゾートに本社をおく先端企業

真っ青な海、白い砂浜、輝く太陽、広々としたロビーのソファに腰を下ろすと都会では味わえないゆったりとした時間が流れる。和歌山県・白浜温泉でも屈指の豪華さを誇る長谷工コーポレーションの旧保養所「シエスタ白浜」が、ソフト開発会社エスアールアイの本社だ。

今年1月31日の日経紙の特集記事「オフィス自在④」の冒頭文であるが、エスアールアイの浦聖治社長は米シリコンバレーで働いていたときから「ソフト開発はリゾートで」という哲学を持ち、保養所の再利用として企業誘致に熱心な地方自冶体の地域再生の思惑と合致した。豊穣の海と1部屋90平米前後、廊下や階段の踊り場にもソファを置いた白亜の贅沢な空間で社員はカジュアルウェアで働いている。この日本離れしたオフィスは、南仏リゾート地コートダジュールにあるIT・バイオなどの先端技術集積基地「ソフィア・アンティポリス」を想起させてくれる。

「ソフィア・アンティポリス」は、1969年、ニース空港から車で20分のリゾート地に、仏政府が、都心ではなく恵まれた自然の中で産官学が一体となり研究開発をすれば創造的な研究成果が生まれるだろうという発想で欧州最大の国際テクノポリスを誕生させた。当初はIBMが「ソフィア・アンティポリス」に進出したが、近年はIT関連やバイオテクノロジーなど先端ベンチャー企業の創業が目立ち、1,200社を超える研究開発型企業が拠点を置き、25,000人が同地で働いている。大学教授、国立研究機関研究員などの企業でのストックオプション取得が可能となり、海外流出していた仏の頭脳が回帰し、「ソフィア・アンティポリス」で起業するケースが増えている。これに注目する世界の投資家も集まってくる。 また外資系企業も約250社あり、日本企業ではトヨタ欧州デザイン開発センターがある。仏政府は情報技術で世界のリーダーを目指しており、ICT技術(情報コミュニケーション技術)は欧州でGDPの7%までになっている。

東京都心では2003年問題で大型ビルが高機能と規模を競い相次ぎ林立し、熾烈なテナント獲得競争を展開しおり、反面、中小ビルはガラガラに空き、地域単位で地盤沈下、空洞化している。キーワードは分散したオフィスを集約化することによる効率化と大金を投じたIT環境の重装備による最新のIT環境の享受である。

長期的視点で見るとITの急速な進化・ブロードバンド(高速大容量)時代が緒に就いたばかりだが、10年後は、サーバーレスのオフィスが当たり前になる。グリッド、オートノミックという技術進化により、好きなときに好きなだけベンダーのデータセンターにあるコンピュータの超高度な処理能力を従量制で使うユーティリティコンピューテイングが実現している。セマンテイックWeb技術は40億を超える世界中のWebページのなかから必要なデータを効率よく自動的に探し出す。検索エンジンにAI(人工知能)を加えたハイテク技術で世界中の知識の単なる並列から使いやすく組み合わされ、より進化した膨大なデータベースを誰でも活用し、保有できる。携帯端末がより進化したウェアラブルコンピュータやICタグにより、多様で豊富なデータ、モノ・ヒトなどの動きを瞬時に取得できるようになる。

すでにビジネスの国際的ネットワークとオープン化で、急速な事業環境の変化に対応できる新たなオフィスの機能や立地が見直され、長距離通勤や都心の高コストオフィスから開放されたビジネススタイルや就業形態の変化も始まっているのだが…

なぜいまIT関連企業がリゾート地にオフィスをおくのか、リゾート地といえばバブルの爪痕、負の遺産という厄介者のイメージしかない。思い起こせば、バブルの真っ只中1986年から1990年までの5年間、日本列島をリゾート開発ブームが覆った。このブームに大きく弾みをつけたのが62年に施行されたリゾート法(総合保養地域整備法)である。中曽根内閣時代に制定された民活法が都市部を主対象としているのに対して、リゾート法は地方が主体である。誤った期待予測と甘い実需の読み(85年から88年までに円高が進み、海外旅行が割安となり、国内リゾートは衰退していった)で日本列島を広範に地価を暴騰させ下落させた。まさに蜃気楼のように実需と乖離した構想が打ち出され、バブル崩壊後、相次ぎ挫折した。大規模リゾートを開発した第三セクターを含む企業の経営破綻が急増し、全国各地で多くのリゾート物件が不良債権となった。計画から逃げ出す民間企業も続出し、リゾート開発ブームは一気に冷え込んだ。

しかしリゾート法で空港や道路などの交通インフラは整備され、人々が集まり、滞在可能な環境は残っているが、多くのリゾート施設は放置され、有効に活用されていない。地方公共団体の中には、これらの施設の活用することを積極的に考え、地方の情報化促進を進めようとしている自治体があり、IT関連企業も、リゾート地の豊かな自然環境に注目し、進出を始めている企業が出てきている。

東大社会情報研究所情報メディア研究資料センターニュース第15号はリゾートと情報通信ネットワークインフラ整備による新たな産業活動の可能性に言及している。同資料によると、

自然環境やリゾート施設という地域の魅力ある資源を積極的に活用しながら、情報通信ネットワークインフラ整備を組み合わせることによって、新たな産業活動が活性化する可能性があることが研究会の検討を通じて明らかになった。研究会の調査では、リゾート地への企業進出のもう一つの要因として、人材確保の可能性の高さも明らかになった。中小規模のベンチャー企業にとっては、ソフトウェア開発などに必要な優秀な若年層の人材確保が都市部では困難であるが、リゾート地周辺にはそうした人材が比較的豊富であることが既存進出企業から評価されている。

同研究資料でもソフト開発会社エスアールアイの本社が紹介されている。

研究会の視察で訪れた株式会社エスアールアイ(本社:和歌山県白浜町)である。ソフトウェア開発会社である同社は、シリコンバレーで働いた経験を持つ社長の「ソフト開発はリゾートで」という考えに基づいてリゾート地白浜町に進出し、総合建設業長谷工コーポレーションの旧保養所を事業所として賃借している。約30人の従業員が働くが、ゆとりある施設と豊かな自然環境の下での開発作業はストレスの緩和に役立つとリゾート施設活用の効果が経営陣に評価されている。

躍進する中国は政治的には北京の中央集権国家だが経済的にはメガリゼーションと呼ばれる沿岸部の複数の都市国家群による重層的強力エンジンで驚異的な高度成長を遂げている。大前研一はそれぞれが中国の一部というより独立した国家として独自性を持って発展していると「チャイナ・インパクト」で書いている。日本では、オフィスの東京都心一極集中、過剰集積が、地方の切捨てと同時進行で加速し、そのメリットとされる一極過剰集積信仰の固定観念の呪縛から離れられない。しかし列島の地殻変動の兆しはでてきた。

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