高齢化社会の起爆剤 リバースモーゲージ制度
1、少子高齢化社会の起爆剤
少子高齢化社会における経済活性化の起爆剤になると期待されているのがリバースモーゲージ制度である。リバース・モーゲージとは、高齢者が居住する住宅や土地などの不動産を担保として一括または年金の形で定期的に融資を受け取り、受けた融資は、利用者の死亡、転居、相続などによって契約が終了した時に担保不動産を処分することで元利一括で返済する制度である。
つまりこの制度のメリットは、土地・不動産、金融資産などは持っていても老人であるための漠然とした将来不安や病気、不測の事態に対する怯えのため蓄えを崩せず、現金収入も少ない高齢者が、持家など自分が保有している不動産を担保にして、年金のような形で毎月の生活資金の融資を受ける制度で、住み慣れた自宅を手放さずに住みながら、老後の生活資金を受け取れる点である。さらに融資は本人が死亡した時点で担保となっていた自宅を売却して清算するシステムになっているため生前に自宅を手放すような抵抗感も感じなくてすむ。
この手法は米国で1960年代に導入され、この10年で市場が拡大し、契約件数は約8万件に達しているが、日本でも81年に東京都武蔵野市が導入し、続いて東京都世田谷区、神戸市などの自冶体や信託銀行も導入しているが、今まで活用例が極めて少ない。その背景としてはバブル後の地価下落による融資リスクの増加が大きいが、ほかにも中古住宅市場が米国と比較した場合、あまりにも未整備で流通物件数も極端な差があることや、日本人の長寿などがある。
しかし65歳以上の持ち家率88.9%を超え、世帯主年齢70歳以上の全世帯の金融資産は平均残高2,552万円を保有しているにもかかわらず、本格的な高齢化社会が到来するいま、老人であるための漠然とした将来不安などのため過剰貯蓄が消費へ流動化しないでいる。日本経済が低迷から抜け出すためには高齢者の消費を拡大する必要に迫られているといえる。
年金制度の崩壊は、老後の自助努力による生計の維持が要求される。このような社会背景を考えるとリバースモーゲージを活用すると居住する土地・家というストックを担保に借り入れをし、年金を受け取れるため公的年金制度の補完となり、他の世代と比較した場合、住宅ローン、税金、教育費、社会保険料などの固定的負担が軽い分、高齢者層の消費性向は飛躍的に上昇する。雇用環境などで個人消費の厳しいなかで現時点でも高齢者の消費は底堅いと言われているが、さらなる消費性向の上昇は、今後、低経済成長が持続するといわれている日本のマクロ経済の向上に寄与する。
㈱日本総合研究所の研究報告では、「リバースモーゲージが20年後、アメリカ並みに定着した場合、市場の規模は現在の320億円から16兆円へ、対名目GDP比率では0.02%から12.1%へ拡大することが見込まれる」。このような市場の拡大は、国内にやがて到来する本格的少子高齢化社会と長期的低経済成長率の持続を考えると、同制度の普及促進は経済政策の観点からも不可欠といえる。
2、制度の仕組み
大別すると行政がかかわる場合と、銀行独自の金融商品の場合の2種類があり、さらに行政がかかわる場合は直接融資方式と金融機関を斡旋する間接融資方式に分かれる。
A、行政がかかわる場合
■直接融資方式
武蔵野市・中野区が採用している方式で、行政が直接融資する福祉的な側面が強い方式。高齢者問題研究家中谷庄一氏の著書「老後の持ち家活用法リバース・モーゲージって何だ?」から(財)武蔵野市福祉公社による制度利用の仕組みを以下に紹介すると、
- 貸付金対象
- 対象者
- 対象不動産
- 担保の掛け目
- 借り入れ期間
- 適用金利
- 返済方法
- 担保
- 契約方法
元本・利息
武蔵野市に1年以上居住する高齢者(おおむね65歳以上)
公社と家事援助などの給付契約したもの
建物・土地・マンション
土地:時価の80%以内、マンション:50%以内
終身(ただし担保割れの時点で打ち切り)
固定金利
本人死亡時、担保物件を換金して返済、または相続人が一括返済
根抵当権設定、代物弁済予約、所有権移転請求権仮登記
金銭消費貸借契約書、担保承諾書、借用書(3ヶ月ごとに提出)
■間接融資方式
世田谷区、大阪市、神戸市などは間接方式で、利用者から申し込みがあった場合、自冶体は銀行を斡旋して、銀行が利用者に融資を行う方式。融資のリスクは銀行がすべて負担するため、直接融資方式に比較すると融資条件は当然ながら厳しくなる。
例えば世田谷区の場合、担保の掛け目は70%以内、対象となる不動産は土地価格5,000万円以上で、1ヶ月あたり10万円が限度。利率は長期プライムレートの範囲内で変動制となっている。
B、銀行独自の融資方式
資産家を対象としてバブル前に導入された手法のため、バブル後、地価下落が恒常化しており、さらに路線価はかなり下落してはいるものの土地は金融資産に比べて相続税対策上、有利性がある。加えて資産を子供に残す遺産動機の強さという心理的要因もあり、遺族にしても担保不動産を換価した余剰金があればその額は受け取れるにしても、不動産を相続できない。しかし不動産に係る相続税と、売却益が出る場合は、譲渡所得税も払わなければならないため推定相続人全員の反対が強い。これらの諸事情により、現在では銀行は販促を停止しており、総じて融資には消極的である。不動産価格の条件も下限が1億円以上などとなっており、適用事例が殆どないと言われている。
C、その他の類似方式
■旭化成の「住み替え型・リバースモーゲージ制度」
日本経済新聞によると、旭化成の住宅事業会社、旭化成ホームズは、日立キャピタルと共同開発した「住み替え型・リバースモーゲージ制度」の取り扱いを近く始める。同社の戸建て住宅を担保に、マンションや老人ホームで生活する資金を高齢者に融資する。使わなくなった子供部屋や庭の維持を持て余し住み替える高齢者が増えているのに対応するためだ。
リバースモーゲージ制度は地方自治体が厚生労働省の貸付金補助制度(後述)などを使って導入する例はあるが、住宅メーカーでは初めて。旭化成の制度では住み替えを前提にしており、持ち家は賃貸用物件になる。旭化成の戸建て住宅「へーベルハウス」が対象。利用者はまず、築年数にかかわらず、旭化成ホームズ子会社の旭化成不動産と借り上げ契約を結び、家賃保証と十年後の買い取り保証を受ける。十年契約だが、初回以降は5年ごとに更新できる。その後、3千万円を上限に日立キャピタルから融資を受ける。金利は短期プライムレートに連動して2年ごとに設定する。現行の短プラレートでの年金利は1.975%。元本は利用者の死亡時に清算されるため、存命中の毎月の支払額は金利返済分のみで、最大でも5万円程度になる。
広さや立地によって異なるが、「都内など首都圏では毎月20万円以上の家賃収入が見込める(ファイナンシャル事業室)」としている。融資資金で住み替え用のマンションを購入、老人ホームの入居一時金などに充てたりできる。また、金利返済分を家賃収入が上回る差額が手元に残り、生活費などに使える仕組みになっている。
3、注目される今後の動向
(1)政府の動き 厚生労働省による「リバースモーゲージ制度」
厚生労働省は、一定の居住用不動産を有し、将来にわたり、その住居に住み続けることを希望する低所得の高齢者世帯に対し、住宅を担保にして資金を貸し付け、死亡後に不動産を売却して清算する「リバースモーゲージ制度」の要網案を固めた。低所得者対策として、「生活福祉資金」の一部として開始する。
要網によると、対象は、65歳以上の住民税非課税の世帯。土地評価額の7割を上限に、毎月30万円以内の生活資金を援助する仕組みで、3年を区切りとし、その時点で貸付限度額の枠内に余裕がある場合は、貸付を継続する。生存中に満額となった場合は生活保護を受ける。居住用不動産に対し、根抵当権を設定するとともに、借受人の推定相続人から連帯保証人を選任する。適正な貸付を確保するため、不動産鑑定士等専門家からなる審査委員会において審査の上決定する。
81年に東京都武蔵野市が導入し、各自冶体の導入も進んできたが国が導入し、法制化したことで、同制度の普及が進行すると各方面から期待されている。つまり持ち家率が高く、急速に少子高齢化が進み、公的年金に対する「支給額の減額」、「支給開始年齢の高齢化」など不安が強い日本ではリバースモーゲージの潜在需要は大きいのだ。
内閣府の「国民生活選好度調査」によれば、老後生活資金の観点から「老後の生活費を得るための、リバースモーゲージ制度についての関心」についての設問で、対象者に若い世代を含むため「関心があるという回答こそ2割強に留まるが「ある」と回答したうちの3分の2が実際に利用したいと考えている」(日本経済新聞)。
(2)そのマクロ効果と普及するための課題
■マクロ経済効果
リバースモーゲージは高齢者の恒常所得の増加によりマクロレベルで消費支出の上昇を長期にわたりもたらす。日本経済新聞「経済教室」で三菱総研酒井博司シニアエコノミストは三菱総研も参加する内閣府経済社会総合研究所の国際共同研究「持続的な成長と社会システム」の成果の一つとして今年2月報告された研究では日本におけるリバースモーゲージ導入について家計調査、生命表などのデータに加え、インフレ率や住宅宅地資産の成長率などの予測をもとに詳細な分析を行った結果、日本人の寿命の長さと住宅宅地資産の成長見込みの低さにより米国で同制度を利用するよりも受取額は1割強削減されはするものの、財政的な制約下において、リバースモーゲージは高齢者の消費を増やす有効策として評価されている。
同論文の分析結果をもとに総務省「全国消費実態調査」の高齢者世帯結果表を合わせ試算すると、平均的な高齢者世帯の住宅宅地資産額は3,830万円である。この高齢者が65歳から年金型リバースモーゲージを利用すると年間70万円弱、75歳から開始すると年間140万円強の融資額になり、保険などの整備でこの額を恒常所得とみなすことができれば、マクロ経済への影響の概算で消費支出を長期的に0.3%程度押し上げるとその効果を書いている。
■課題
日本でリバース・モーゲージを武蔵野市が最初に導入して約20年になるが当該市で86例しかない。バブル崩壊、13年連続地価下落で担保物件の価格は下がり続けているため、各自冶体の財政難による硬直化や信託銀行の融資リスクが高く、利用者サイドから見ても不動産価格の下限が高すぎてこの制度が普及していくためののネックとなっており、さらに相続税、所得税の問題から相続人全員の同意が得られにくいなどから利用件数は、極めて僅かというのが現状であり、潜在需要を顕在化させ制度を普及させるための課題は多い。
米国のケースを中谷庄一著「老後の持ち家活用法 リバース・モーゲージって何だ?」から紹介すると、米国のリバース・モーゲージには3種類の商品がある。
- HECM(低所得者向け)
- ホームキーパー(低・中所得者対象)
- ファイナンシャルフリーダム(高額所得者対象)
現在、HECMの利用者が多く、その理由はFHA保険によるところが大きい。これは住宅都市開発省傘下の連邦住宅局による保険で、
- 保険料が割安
- 融資主体が支払不能になった場合、契約者への支払いを保証する
- 契約者に対する融資総額が住宅の資産価値を超えた場合、超過分を融資体に保証する
となっている。特に米国の保険制度は。担保割れリスクをヘッジするため公的保険を創設するなど日本でも参考にされるべきである。また遺族の同意が得られやすいように税制の配慮が求められ、各所得者層に合わせたメニューの多様化も米国に学ぶべき点が多いと思われる。
■証券化(リバースモーゲージ証券)
米国ではリバースモーゲージ債権を政府系の住宅金融機関である米連邦抵当金庫(ファニーメイ)が買い取り、資金調達を支援、信用補完するシステムができており、同制度の普及に大きく寄与している。99年、リーマンブラザーズは米国で初めてリバースモーゲージ証券を発行した。
モーゲージ証券は米国では国債並みの巨大市場を形成している。住宅ローンの貸し手であるオリジネーターが、住宅ローンを貸し出し、この住宅ローン債権を証券発行体に売却をし、証券発行体は、これをもとにしてモーゲージ証券を発行する。発行された証券は、元利金支払の保証がされるなど信用力や格付が高められた上で、投資家に販売される。モーゲージ証券の大部分は、政府系の機関である連邦政府抵当金庫、連邦住宅抵抗公庫、連邦住宅金融抵当金庫により発行されており、信用格付けの高い債券として米国債券市場における取引高の主要な地位を占めている。
リバースモーゲージ制度が日本で米国並みに普及するには、不動産担保融資の債権を裏付けとして発行された住宅抵当(モーゲージ)証券の流通市場の整備など住宅金融証券化のインフラストラクチャーが急がれる。
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