地価下落・不良債権・デフレ負の連鎖 その3 / 最新動向・不良債権問題のすべて

「地価下落・不良債権・デフレ負の連鎖」その1、2を経てこの連載も最終回となった。前回のその2で土地バブルの創生と崩壊についてさまざまな視点から分析を試みた。資産バブルの崩壊は歴史の教訓と経済学を引用するまでもなく、いずれは弾けるべき性格の狂気の集団陶酔ではあったが、高速走行中の新幹線の前に突然コンクリートの壁を築いたような唐突で急激なバブル潰しを政策当局が無思慮に行ったため、国内に不良債権という病根を播いてしまった。

今回は不良債権が先送りされ巨額に積み上げられた過程とそれがもたらしている巨大な負の影響、さらに昨年10月竹中メンバーにより公表された金融再生プログラムを中心に不良債権処理に論及後、いま注目されているRCC、産業再生機構、民間(外資、国内ファンド)の連携による企業再生ビジネスの急速な発展で期待が高まる当該処理のソフトランデイング路線の動向を探り、最後に不良債権が処理された場合を想定したマクロ経済への影響などを考え、不良債権問題の全体像を明らかにする。

A、不良債権問題

1、先送りのメカニズム

1990年代の日本経済の「失われた10年」と呼ばれる経済の歯車の軋みは、長期にわたる低迷をもたらしたが、特に、今でもその実像が隠蔽され続けている不良債権は、官僚の不作為や銀行トップの保身と土地神話の蘇りという希望的観測などによる意思決定の先送りによって、巨額に積みあがり、この国の業病、疫病神となった。

「不良債権処理が先送りされたことに関して、大蔵省とともに日本銀行にも大きな責任があったと言わざるを得ない。検査部の人員は決定的に不足していたし、検査内容が銀行局の企画部門に適切な形で適切なタイミングで伝達されたか疑問がある。さらに、当局側が民間金融機関のMOF担などと日常的な交際関係を持っていたことが、二重の意味で問題をもたらしたと思われる。第1は、検査や監督に手を加えるインセンティブを追加したことであり、第2は、彼らから充分な情報を集めていると思いこんでしまい、情報収集に遅れが生じ認知ラグが発生した可能性である。当局も、金融機関の発表する不良債権数字を再検討することをしなかった。また、不良債権の分類自体についても、当局はグローバル・スタンダードを無視した」(総合研究開発機構編 平成バブルの研究)。

バブルの潰しの拙劣さが企業と銀行のバランスシートに不良債権という大穴を空けることになるとも気がつかず、日銀は、総裁就任前の89年5月に最初の利上げを行い、平成の鬼平こと三重野総裁はバブル潰しに邁進した。急ピッチで利上げが実施され、最低時に2.5%だった公定歩合は、90年8月までに5回の変更を経て6%にまで引き上げられ、91年7月までこの水準が維持された。

バブル崩壊、あるいは政府・日銀の施策のため、景気全体も91年2月から後退局面に入った。逆資産効果により高級品を中心に消費が急速に冷え込んだほか、金利上昇を受けて設備投資や住宅投資も落ち込んでいった。こうした状況を目の当たりにして、日銀は91年7月に利下げ(6%→5.5%)を行ない政策を緩和方向に転換したが、いったん破裂したバブルは、その後の経済の正常な軌道を狂わせた。90年代を通じてみると、株価は、いったん持ち直す局面も見られたが、基調として上値の重い展開に終始した。地価は91年から現在まで一貫して底が見えない下落傾向を辿っている。

戦後日本には、土地政策が不在であった。土地融資の総量規制がもたらすマイナス効果やバブル潰しで歪められた中立性を欠く税制度がもたらす弊害についての当局の認識は甘かった。リアルタイムで土地価格情報を収集し、分析するシステムや体制も構築されていなかった。地価公示制度などの公的価格指標は、1年のスパンで公表されるため、どうしてもタイムラグが生じ、価格追認的で将来予測に使えない。つまり的確で敏速な当局の対応は難しい。さらにバブル潰しのため相次ぎ登場した諸規制が後の不良債権問題をより深刻にした。

1992年8月30日、自由民主党軽井沢セミナーで経済学的感性はやけに鋭いが、意思決定がいつもふらつく評論家総理宮沢喜一は担保不動産の流動化のために「必要なら公的援助をすることもやぶさかではない」と述べ、公的資金の投入の可能性を示唆してみせた。しかし、銀行界も、産業界もこの発言に反発した。銀行界は不良債権問題の認識が甘く、公的資金を投入されると経営責任を追及され自分の身が危なくなるという不安や怯えがあった。案の定、これらの勢力の反対により不良債権処理は簡単に先送りされた。民間でもバブル崩壊直後から、エコノミスト高尾義一や中前忠は、戦後最大の不況の到来と成長システムの行き詰まりを予見していたし、宮崎義一は92年に出版された名著「複合不況」で、土地や株などストックの暴落による評価損、国富の喪失を現行の国民所得計算では反映しておらず、1年後に公表される資料で確認するにとどまるため、タイムラグが生じ、フローの分析に比べバブル崩壊後のストックの影響を軽視しているという指摘をしているが、日銀・経済企画庁系主流エコノミストに無視された。

不良債権の先送りによる金融庁と金融機関の不作為の罪を竹中チームの金融再生プログラムのメンバーで「ハードランニング・強硬派」と呼ばれた経営コンサルティング会社KFi代表の木村剛は著書「竹中プランのすべて」で明快に抉る。「日本の場合、不良債権問題と指摘され大騒ぎになっているが、それには2つの大きな理由があります。一つは不良債権の金額が大きいこと。そして実はこちらのほうが大問題なのですが、もう一つは不良債権の金額は大きいことは確かなのですが、それがどこまで大きくて深刻なのかが不透明なことです。(中略) 少なからぬわが国の銀行は不良債権を厳格に査定せず、「貸し倒れ引当金」も十分には積んでこなかった。商法と言う基本的な法律やディスクロージャーの元になっている会計ルールを軽視してきたと言うことを意味しています。(中略) 銀行の経営者が自分のミスを認めて責任をとりたくなかったからです。さらに言うと銀行を監督する立場にあった金融庁も過去の不作為の罪を指摘されることを恐れて断固たる態度を取ってきませんでした。要するに銀行経営者と金融庁に罪があるのです。」

つまり、悪い実態を隠蔽することに傾注する銀行トップは本来挙げるべき利益を獲得することなく、まず保身のため不良債権の実体を隠蔽することを最優先し、金融庁も隠蔽の事実を直視するより、半ば共犯に近い不作為の罪が銀行に甘い査定をしてきたということだ。

2、信用収縮のメカニズム

■バランスシート・ギャップ

不良債権とは「銀行が貸し出しているお金がたくさん焦げ付いてしまった。」ということだが、90年代以降の時期に、借入金の利払いないし返済ができない企業が広範に増加したのは、バブルの崩壊による資産価格の急低下のためである。バブル崩壊後の資産の減少額は不動産価値だけで1,000兆円以上に上り、さらに有価証券の価値低下を加えるとGDPの2年分を超える。株式と不動産はわが国の資産の重要な部分を占めているが、これらの価格が広範囲にわたって下落すると、マクロ的に見ていわゆる「バランスシート・ギャップ」が発生する。バランスシート・ギャップとは、資産価格の下落によって資産と負債との間に生じるギャップのことである。例えば100億円で購入した土地が50億円に下落すればバランスシートの左側の資産の価格は50億円縮小してしまうが、右側の土地を取得するために膨らんだ負債は100億円の額面どおり残っているという状態である。銀行の場合も同様に調達してきた資金を企業に融資しても、融資が不良債権になれば、その時点で資産評価後に左側が縮小してしまう。

「バブル期に資産と負債を両建てで増加させていた企業や銀行が、バブル崩壊により発生したバランスシート・ギャップを解消するために行う財務上の努力を、バランシート調整と呼ぶ。初期のバランスシート調整は、リストラや保有資産の売却等で確保した利益によるものであった。しかしながら、特に銀行部門では、その程度の努力ではいつまでたっても問題は解決しないということが徐々にわかつてきた。日本経済は90年代が終わるまで、いやその後もバランスシート調整に苦しみ続けるのである」(高橋乗宣著 奇跡の繁栄はなぜ失われたか)。

バランスシートの不均衡は右側の「資本の部」つまり内部留保のお金を充当させ、バランスシートの均衡を回復させるため、収益を上げて内部留保を確保する必要がある。バブル崩壊後、企業はバランスシートの毀損に対応するため、設備投資抑制、保有資産の売却、リストラ、賃金カットなどを加速させた。ミクロレベルでは合理性があるが、マクロレベルでは、設備投資や雇用者所得の減少などにより、総需要を縮小させ、需給ギャップを拡大させデフレ不況の原因となった。

さらに株価の下落が信用収縮を加速させた。日本の成長メカニズムの一つとして銀行と企業がお互いに安定株主となっているという「株式持合い」があるが、いままでは持ち合い株は長期保有されるケースが多いため含み益が発生しているケースが多い。バブル崩壊後の株価下落は、銀行の含み益を大きく減少させ、信用収縮により拍車をかける要因となった。

■「BIS規制」と「早期是正措置」

さらに90年代に導入された「BIS規制」と「早期是正措置」による銀行規制により、自己資本比率の維持が銀行経営の制約条件として機能し、金融面からのバランスシート調整、すなわち信用収縮圧力となり、貸し渋りなどを発生させる要因となった。

BIS規制と言うのは、国際決済銀行は自己資本比率を8%以上に維持することを義務付け、早期是正措置はそれに加えて国際決済銀行以外の銀行は自己資本比率4%達成しないといけないとしたものである。

自己資本比率とは、貸出残高、保有する有価証券などの総資産に占める資本金や引当金などの内部資金の割合で、銀行の経営体力を示す指標。比率が高いほど経営健全性が高い。「自己資本を分子に、貸し付けなどの危険資産を分母とする比率」で定義される。資産価格下落や不良債権の増加によって銀行の自己資本が減少すると、(分子の低下を通じて)自己資本比率が低下する。自己資本比率を維持するためには、分子である自己資本を回復させるか、分母を減らすかが必要になる。前者の自己資本の回復は、収益向上や増資によっても実現するが、限界がある。「危険資産」の大部分は貸出資産からなっているため、これはとりもなおさず貸し出しの抑制を意味した。いわゆる「貸し渋り」といわれる現象が全国的に見られる事態となったのである。

余談になるが金融庁と大手銀の「自己資本かさ上げ」をめぐる抜け道の知恵比べは熾烈を極めている。例えば大手銀は分母のリスク資産を圧縮する手段として企業向けの貸出債権を保険会社や地方銀行に売り、借り手企業への配慮から貸出債権を売る際に将来の買戻しを可能とする契約結んだり、貸出債権の焦げ付きリスクを他の金融機関に保証してもらう「クレジットデリバティブ」取引を自己資本対策で活用する例が増えており、金融庁はこれらについて厳格に査定する基準を検討している。

3、不良債権はなぜ減らない

  1. 地価下落とデフレ
  2. 恒常的に継続する地価下落による担保不動産の価値の減少や、デフレで企業業績が長期にわたり低迷しているため、新規の不良債権が相次ぎ発生しているという悪循環に陥っている。

  3. 問題企業の温存
  4. 不良ゼネコンなど不良債権資金の大口借り手であるこれらセクターの再編・構造改革がなされず、企業数、従業員とも過剰であり、これらの産業の多くは政府の規制や補助金、優遇的な予算措置を受けることが多く、これまで政府は大規模な公共投資や優遇政策を採ってきた。過去、幾度となく、景気下支えの名目で行われた公共投資という財政バラマキは、こうした産業の過剰さや構造的問題を未解決のまま温存し、経済資源の有効な再配分を妨げ、その結果として日本経済にとって必要な構造改革を遅らせたばかりでなく、旧来型の公共投資による景気刺激策で銀行と問題企業の腐れ縁の継続は、根本的な対策を先送りさせてきた。さらに加えて言えば、問題化した企業に対しては既に融資が行われているので、銀行は融資をストップして損切りするよりも、追加的に融資して少しでも利益が出ると考えれば、これまでの融資全体では赤字となったとしても再融資して損を少しでも取り戻した方が有利になるという旧共産圏で見られた「ソフトな予算制約」のメカニズムが働き、追い貸しや債権放棄により事実上破綻した企業の生命維持装置を外せないでいる。

  5. 間接償却
  6. 不良債権が減らないもう一つの大きな理由が、不動産関連の不良債権の場合、地価が将来上昇すれば、担保価値が上がるので、銀行にとってはすぐ担保回収等の「直接償却」を回避し、貸倒引当金等を積んで、地価動向を見ながらその処理を考えるという「間接償却」を選択することを会計上の主体にしていることである。間接償却とは、融資が回収不能になることによって発生すると予想される損失をあらかじめ引当金として積んでおくやり方であり、現実には融資先企業は存続し、利払い等の返済がなくても融資は一応続くため、不良債権に該当することになる。

  7. ディスクロージャーの不徹底
  8. ディスクロージャーの不徹底により、銀行、旧大蔵省、金融庁に対する不信感を増幅した。例えば流通大手のマイカルが破綻する2週間前、ある金融庁高官は永田町の政治家や経済産業省の官僚に向かつて「マイカルは健全になります」と太鼓判を押していた。金融機関の不良債権額の公表は、恒常的に遅れ、民間シンクタンクやマスコミ報道による不良債権の推定値に比べて意図的と思われても仕方がない過小額を公表し続け、不信を招いてきた。

  9. 政権交代と行政の不安定
  10. 「この時期、政治家だけでなく、大蔵当局も不況対策がもたらす国債累増や社会保障会計などのマクロ政策指標の悪化に目を奪われ、金融構造面における不良債権問題の重大さを十分に認識していなかったといわざる得ない。その上、1993年から95年にかけて、政局が不安定となり、自民党と非自民党諸会派の間で大きな政争が起こった。そのため、金融問題に国民や政治の目が充分に行き届かず、また直接的には、政権担当者と金融当局の連携の悪さが政策過程の弱体化を引き起こした」(総合研究開発機構編 平成バブルの研究)。

  11. 住専処理の挫折
  12. 95年12月に閣議で打ち出された住専処理策が翌年の国会で紛糾し、住専問題解決のための公的資金投入は、マスコミや国民に激しくバッシングされた。不良債権問題の本質を隠蔽したその処理は唐突で、国会の審議においても国民の十分な納得を到底得られるものでなかった。以後、公的資金の投入による不良債権処理の根本的解決に腰が引けた大蔵省は当事者能力を喪失し、政権与党の政策能力の混迷が見られるようになった。不良債権問題の負の影響の大きさと解決に向けての国民への説明責任を放棄した時期が続いたためその後、公的資金投入が可能な状況が醸成されてもマスコミに過敏に対応して必要な処置が見送られてきた。

  13. 同時並行的に起こっていたアジア経済危機の軽視
  14. 「欧米に目が行き過ぎていて、アジアに関する情報に不足はなかったか。この時期の日本政府の国際的情報収集能力については多くの疑問が出されている。特に、国内での金融取り付けの連鎖だけでなく、韓国を始めとした国際的な金融取り付け連鎖(邦銀の資金回収→韓国貸付先企業の経営悪化→邦銀の韓国企業債権の不良化)に対する認識が甘かったと思われる。それが、1997年末の金融危機における失政である。すなわち、この時点における政策として、もっと多くの大銀行を破綻認定をすることを通じて根本的に対処し、経済全体のリストラを実行するというオプションがありえたのではないか。このオプションには財政出勤や金利政策など大きなコストが伴ったであろうが、現実にとられた中途半端な対処のコストはより大きかったとの見方も可能である」(総合研究開発機構編 平成バブルの研究)。

4、不良債権の実態

この問題に関しては、データが比較的新しく、ポイントが網羅され、分かりやすく書かれている第一生命経済研究所編「資産デフレで読み解く日本経済」から長くなるが引用する。

不良債権の実態について見てみよう。銀行が公表する不良債権には、全銀協が導入した「リスク管理債務」と、金融再生法に基づく「開示債権」という二つの国際基準の定義が存在する。どちらの定義に従っても、その金額はほぼ同じ水準になる。

リスク管理債権から見てみよう。全銀協が導入したリスク管理債権の定義は、米国で採用されている不良債権の定義にほぼ対応しており、現時点での最新データである02年9月末時点では、全国銀行全体で39.2兆円のリスク管理債権が存在する。リスク管理債権は不良度の高いものから順に、破綻先債権、延滞先債権、三ヶ月以上延滞債権、貸出条件緩和債権の四つに分けられる。破綻先債権は貸出先が破綻していて回収が不可能な債権であり、延滞先債権は元本または利息の支払い遅延が継続しており、元本または利息の支払いの見込みがない債権

金融再生法に基づく資産査定の基準に当たる開示債権は、不良債権の開示を目的としており、債務者の状況に基づいて分類される。02年9月末時点では、開示債権は全国銀行全体で40兆円となっている。借り手である債務者の区分に基づく定義としては、銀行が債務者をその財務内容に応じて、最も不良なものから健全なものまで、次のように分類している。すなわち、最も不良な債務者は破綻先債務者で、破産、清算、会社更生などの事由により経営破綻に陥っている債務者を指す、次に不良なものは実質破綻先債務者で、再建の見通しがない状態と認められるなど、実質的に経営破綻に陥っている債務者である。その次が破綻懸念先債務者で、経営破綻の状況にはないが経営難の状態にあり、今後経営破綻に陥る可能性が大きいと認められる債務者である。最後が要注意先債務者で、元本返済もしくは利子返済が事実上延滞しているなど債務の履行状況に問題があり、今後の管理に注意を要する債務者である。この要注意先債務者のうち「三ヶ月以上延滞」か「貸出条件緩和」のいずれかの債権を抱える債務者を「要管理先債務者」という。以上の債務者以外は正常先債務者で、財務内容にも特段の問題がないと認められる債務者がある。このため、先に定義したリスク管理債権とほぼ同じ債権に分類されるものは、「要管理先債務者以下の債務者に対する債権」ということになる。

日本経済新聞掲載の金融庁発表03年3月末の民間金融機関の不良債権の最新の状況について見ると、「銀行から信用組合まで合計した不良債権残高は44兆5千億円で前年同月を7兆9千億円下回り、3年ぶりに減少した。金融再生プログラムに沿って大手銀行が処理を加速したのが主因だが、地域金融機関はほぼ横ばいにとどまった。今回の不良債権残高は金融再生法の開示基準に沿って集計した。業態別では大手銀行が前年同月に比べ7兆7千億円減った。これに対し地銀、第二地銀を合計した「地域銀行」は同2千億円、信用金庫、信用組合は同1千億円しか減らなかった。地域金融機関は金融再生プログラムの対象から外れており、景気悪化で地域経済を支える中小企業向けの不良債権化が増えたことから不良債権額が高止まりした」(日経08.01)。

上記から大手銀行の不良債権処理はある程度進んでいるが、地域金融機関の不良債権処理は殆ど手付かずの状態であることが窺える。大手銀行はこの数年間で、償却や引き当て、あるいはバルクセールなど対応を進めてきた。残りの不良債権について、特別保証あるいは担保付きなどの部分を控除すると、最終処理が終わっていない不良債権はかなり縮小し、全体としてはある程度対応が進んだのかもしれない。

しかし銀行が不良債権の処理、自己資本比率の確保と身の丈不相応の無理を強いられ、なかには経営難に陥るケースが出てくる可能性は低くない。実際、新たなグレードダウンの発生、例えばその他要注意先から要管理先・破たん懸念先等へと悪化する事例が続いている。不良債権処理の加速は地価の一層の下落を起こし、失業者、倒産を増加させデフレ圧力を強めるため、この先、不良債権処理が順調に進むと考えるのは楽観に過ぎる。

B、不良債権処理

1、不良債権処理はやるべきなのか

既定の路線のように国民の頭にインプットされてしまった不良債権処理であるが、デフレ下で不良債権処理処理を強行することにより、国内の経済にもたらす様々な悪影響を考えると、不良債権処理を行うことへの批判的意見も多い。批判派の代表的論点を紹介する。

経済評論家内橋克人は、日本資本主義は、アジア的クローニー資本主義の色彩を色濃く帯びている一面と、もう一方でGDP(国内総生産)世界第2位、きわめて高度化した資本主義社会であるという二面性を持つという問題意識から所謂、構造改革重視派が進める不良債権処理という過剰市場主義は、市場の暴力の前に、個人を引き出す、ということになるのではないか。アジア的後発性の克服のためには、透明にして公正な市場ルールが必要だが、ただそれだけで日本資本主義のもつ 二面性を超克できるのか、という疑問を提起をする。

巨大多国籍企業とか、グローバリズムに対応できるだけの十分な力をもった巨大な日本の資本と、地域社会とともに生きてきた、いわゆる「なりわい」(生業)とか「いとなみ」(営為)など、また長い歴史の地場産業、中小企業などが、剥き出しの競争を強いられることになる心配はないか。大と小とが、同じ土俵の上で戦う市場主義の加速は、凄まじい高度失業社会、格差拡大社会をもたらす恐れはないのか。つまり、不良債権処理は日本社会に失業と貧富の格差拡大だけをもたらすだけで不良債権を処理することは本来、不可能であると主張する。

「日本全体で1000兆円がパーになった、それをだれかに押しつけるというのが、不良債権処理です。税金投入で国民全体に分けようが、銀行に押し付けようが、他の債権者に押し付けようが、会社を潰してそこで働いていた人たちを解雇しようが、失った資金は戻らない。だから、不良債権処理は不可能で、不良債権処理をすれば景気も回復するというのも大ウソです。ババ抜きのババを他の人に回すだけで、なぜ景気が回復するのか。本当の不良債権処理とは何か。失った1,000兆円を戻すことです。これしかない。戻すためにはどうするかといえば、働いていない人たちや、業績が悪くなった企業に仕事を与えることです。雇用創出に必要な財源のためには増税をすべきで、そのカネを失業手当や失業保険などに回すのではなく、反対にそのカネを使って仕事を使って仕事をつくって雇えばいい」(内橋克人著 誰のための改革か)。

立教大学教授山口義行は、不良債権処理が必要と主張される諸要因を彼の著書「誰のための金融再生か」でロジカルに消去していく。

不良債権処理が必要な理由として一般に「不良債権とは銀行が貸した金が焦げ付いて回収できなくなったことである。貸した金が戻ってこなくては新規の貸し出しができなくなる。だから少しでも速く不良債権の処理を進めて、そんな状態を早く解消しなければならない」と説明されている。山口義行はこの説明は誤っていると指摘する。

「この説明は明らかに2重の意味で間違っている。その一つは銀行が貸し出しを増やせない理由を資金不足の問題として捉えている点である。そこで前提とされる論点は①戻ってくるはずのお金が戻ってこない②だから、新規の貸し出しをしようとしても銀行に資金がない。③そのために貸し出しを増やせない。というものである。しかし本当におカネが足りなくて貸せないのであれば日銀が銀行に向けてジャブジャブ資金を供給しているから、それに応じて銀行の貸し出しも増加してきて良いはずである。そうならないのは、貸し出しを増やせない理由が少なくとも資金の不足にあるわけでない。今ひとつの誤りはこの説明ではなぜ不良債権処理を急ぐ必要があるのか、その答えが分からないという点である。不良債権を処理するということは、回収をあきらめてその貸し出し債権を銀行の帳簿から消し去る(償却)ことである。したがって、不良債権を処理したからといって、銀行の手持ちの資金が1銭たりとも増えるわけでない。貸した金はいずれにしても戻ってこないのである。一体何のために不良債権処理を急げと言っているのかこの説明から見えてこない。」

また不良債権処理は「産業高度化推進論」の立場からその必要性が強調される。山口義行は、さらにこの論点にも批判を加える。

「不良債権を経営資源移動の「障害物」ととらえ、不良債権処理はその「障害物」を取り除くことによって産業の高度化を実現することにほかならないのだとする考えは竹中氏により繰り返し協調され、いつの間にか「常識」になってしまっている。しかし、バブル期に生み出された過大な債務が、バブル崩壊後の重荷になるのは言ってみれば当たり前のことであって、そらはある産業が他の産業に比べ「非効率」であったり「低収益」であったりという産業間の格差の問題でとらえ、不良債権を処理すればあたかも自然に、より「効率的」な分野に経営資源の移動がおきて問題解決がなされるように言うのはあまりにも無責任である。かりに、不良債権処理によってそうした経営資源の移動が起きるというのであれば、その際、移動先として想定されている「効率的産業」がどういう分野なのか具体的に示してもらいたいものである。そして仮にそういうものがすでに存在しているとして、そこへの経営資源の移動が不良債権の存在によって阻害されているだけなのだとすれば、そういう分野で現在、なぜ経営資源の不足が表面化していないのかも説明する義務がある。」

批判派に対する不良債権処理推進派といえば「金融再生プログラムの工程表」を作成した竹中金融経済財政担当大臣と竹中メンバーのなかでもハードランニング派と言われる経営コンサルティング会社KFi代表の木村剛が名を馳せた。強行派の立場を取る両者の見解を紹介する。02年9月30日の竹中金融・財政担当大臣記者会見記録から竹中の発言を一部引用すると、「不良債権処理を進めるとデフレ圧力が強まるという議論は良くなされます。確かにその可能性はやり方によってはあるのだと思います。しかしながら、例えばスウェーデンの例など見て、デフレ圧力がその不良債権処理そのものによって急激に高まったわけではないというような事例があるというふうに認識しています。それは不良債権処理が進んで、資源の有効活用は進む、ないしは将来に対して期待が開けていくと、別に経済を引き上げる側面も出てくるわけですから、そこは決して不良債権の処理、即デフレの加速というような単純な議論は私は間違いであると思います」と答えている。不良債権処理は、その「障害物」を取り除くことによって産業の高度化を実現することにほかならないのだとする考えが述べられているが、私見としてこの答弁を読む限りにおいてデフレ圧力に対する認識が甘いと思うがこの点は後述する。

木村剛はその著書「竹中プランのすべて」で不良債権問題について、「なぜ金融再生プログラムを、いまのタイミングで実施しなければならないのか、抜本的不良債権というのは本当に必要なのか。不良債権というのは簡単に言えば銀行が貸し出しているお金がたくさん焦げ付いてしまって大変だ!という問題です。そのことがなぜ大変な問題かというと、不良債権によって銀行の財務内容が悪化して、銀行経営のやり方が歪んでしまうと世の中のお金のまわりが悪くなるんですね。おカネというモノは経済を円滑に動かすための血液ですから、血の巡りが悪くなると、経済全体の動きが停滞してしまいます。話題になっているデフレなどという経済現象も不良債権問題が背景になっている側面が否定できません。(中略) 世の中のおカネの巡りが悪くて、経済の低迷を長引かせてしまうと、株価も下がるし、金利も低くなる。それが、年金基金や保険会社の運用結果を悪化させてしまうのです。中小企業に対する貸し渋りや貸し剥がしが社会問題になっていますけど、これも結局は、銀行が必要な企業におカネを貸すという役割をきちんと果たせなくなったために起こっている経済現象ですね。こうした日本経済の閉塞感を打破するためには不良債権問題の解決が不可欠なんです」と不良債権処理の必要性を強調している。

2、金融再生プログラムの工程表

02年10月、竹中金融経済財政担当大臣は不良債権処理加速策のスケジュール、いわゆる「金融再生プログラムの工程表」を公表した。その目的は主要行の不良債権問題解決を通じた経済再生であり、プログラムは、①資産査定の厳格化、②自己資本の充実、③ガバナンスの強化を主要な柱とし、04度には主要行の不良債権比率を現状の半分程度に低下するとした。

工程表には金融監視チームを年内に発足させ、公的資金注入の新法検討や金融機関の事業計画を監視するタスクフォースの創設などを盛り込んだ。竹中チームのメンバーで「ハードランニング・強硬派」として金融界に警戒感が強かった経営コンサルティング会社KFi代表の木村剛氏は同タスクフォースからは外れ、金融審議会(首相の諮問機関)に新設される「自己資本比率規制」と「リレーションシップバンキング」に関する作業部会に参加することが決まった。

「再建計画検証チーム」は、銀行の貸出先の再建計画を厳しく検証するほか、財務諸表の正確性を経営者に宣言させるなどし、銀行への監視を強めた。さらに大口貸出先の格付けも統一し、査定の甘い銀行に対しては引当金の積み増しを促す一方で、3月期決算から、DCF法的手法による個別貸倒引当の本格的な導入で査定を厳格化する。

金融再生プログラムに盛り込まれた施策が厳格に運用されると主要行の多くが自己資本不足に陥り、公的資金追加注入等によって実質的に国有化される可能性があるため、金融機関に激震が走った。このような厳しい内容のプログラムが策定されたのは、銀行と金融庁に対する根強い不信感と苛立ちであり、いつまでも金融システム不安が解消されていないためといえる。

竹中メンバーの中で強硬派と呼ばれる木村剛はその著書「竹中プランのすべて」の序文でその心情を「02年10月は生涯忘れられない1日になるだろう。本当に疾風怒涛の1ヶ月だった。すさまじいバッシングや卑劣な個人攻撃を浴び続ける中で、私は金融分野緊急対応戦略プロジェクトチームのメンバーとして、10月3日から11月5日まで計9回の会合に参加し、あらゆる論点にわたって激しく熱い検討をし尽くした。」と書いている。

プログラムの個別の内容としては、主要行の財務内容からその存亡まで大きく左右するものとして特に注目される「DCF法的手法による資産査定」、「繰延税金資産の取扱い」、「公的資金投入」であり、中小企業の経営環境の悪化に配慮した「中小企業貸出に対する十分な配慮」がある。以下にその内容を紹介する。

■資産査定の厳格化

資産査定で重要なのは要管理先の大口債務者についてのDCF法的手法による個別貸倒引当の本格的な導入である。詳しくは、日本公認会計士協会が「銀行等金融機関において貸倒引当金の計上方法としてキャッシュ・フロー見積法(DCF法)が採用されている場合の監査上の留意事項」という資料を公表している。

DCF法的手法では分子である「将来のキャッシュフロー」の予測額と分母となる「割引率たる金利」の査定次第で資産査定額は大きく変動する。割引率の設定については、JICPA草案は、会計制度委員会報告第14号「金融商品会計に関する実務指針」により発生当初の約定利子率または取得当初の実効利子率としているが、再建計画のキャッシュフローを厳格に検証する検証チームによる将来予測がシビアになるとDCF法では資産の割引現在価値が低下することになる。つまり「DCF法的手法の採用+再建計画の厳格な検証」がセットとなって実務が処理されるだろう。

金融庁が02年12月26日に公表した金融検査マニュアル改訂の原案においては、DCF法の適用対象は要管理先の約6割を占め、債権額100億円以上の大口債務者に絞られる。各行は03年3月期決算でDCF法的手法を採用した。

■繰延税金資産の取扱い

繰り延べ税金資産とは「銀行が貸し倒れに備えて引当金を費用計上する際、税務上は損金として扱われない。このため、いったん法人税を多めに払い、融資先の破綻などで実際に回収不能になった時点で払いすぎた税金を還付してもらうが、会計処理上は、将来戻ると見込まれる税金をあらかじめ繰り延べ税金資産として資産計上し、同額を自己資本に算入できる。大手銀行は向こう5年間の納税見込み額の合計まで算入が認められているが、資金の裏づけのない資本だけに、過大だと健全性を損なうという指摘がある」(日経07.29)。

プログラムでは、繰延税金資産の取扱いについて、「将来時点の課税所得を見積もることが非常に難しいことを理解した上で、外部監査人に厳正な監査を求めるとともに、主要行の繰延税金資産が厳正に計上されているかを厳しく検査する」としている。

「繰延税金資産の取扱い」は、永田町を巻き込み銀行が強く反発した。大手銀の中核的自己資本に占める繰り延べ税金資産の割合は、02年3月末で47.2%に達しており、中核的自己資本から繰延税金資産と公的資金を差し引いた数値は、複数の銀行グループでマイナスとなる。このような状況で、既存の繰延税金資産の資産性が否認され取り崩されることとなった場合、主要行の自己資本に与える影響は計り知れない。また竹中経財・金融相の当初案通り、自己資本への算入限度を米国並みの10%とすれば、4大銀行グループの自己資本比率はすべて、国際業務を行う銀行の最低基準である8%を下回ると言われている。

繰り延べ税金資産の厳格化による公的資金の注入申請が現実になった。大手金融グループ・りそなホールディングスの中核銀行りそな銀行は、5月30日、03年3月期決算で自己資本比率が2.07%まで急低下したため、預金保険法102条に基づき政府に1兆9,600億円の公的資金注入を申請した。大手銀行は向こう5年間の納税見込み額の合計までが算入上限とされているが、りそなの監査法人である新日本監査法人はこれを3年分に短縮する考えを示したとされる。メガバンクはりそなが繰り延べ税金資産の取り崩しを迫られた理由を聞き、危機感を深めている。監査法人がりそなに対して減額要請したのは、向こう5年間の収益計画が不確実で納税見込み額を引き下げざるを得ないと判断したためだが、これはりそなだけの問題ではないからだ。

3月期決算でりそなの二の舞になるのを避けるため、繰り延べ税金資金を大幅に圧縮している。しかし、これから先、収益が確保できなければ、繰り延べ税金資金はさらに取り崩され、自己資本比率が国際基準の8%を割り、破綻する恐れもある。そうなれば、政府は公的資金注入に動くだろう。抜本的な収益構造の改善に取り組まなければ、第二のりそなとなる可能性がある。

大手銀行は、繰延税金資産の取扱いも長期的には規制強化の流れは変わらないという見通しの下、9月中間期決算も自主的に算入額を圧縮する動きが強まる見通しだ。

■公的資金投入

プログラムでは、個別金融機関が経営難や資本不足もしくはそれに類似した状況に陥った場合等には、金融庁は、日本銀行に特別融資等必要な措置を要請し、一体となって万全の危機管理体制を整備する。また必要に応じて現行の預金保険法に基づき、速やかに所要の公的資金を投入するなどの「特別支援」を行うとされている。

つまり経営危機に陥る銀行があれば、潰さないように流動性を大きくし供給し、必要なら資本も提供し、政府と日銀が一体でサポートし、金融危機を起こさないように万全の対応をすることを強調している。資産査定の厳格化等によってメガバンクの自己資本比率が規制上の最低ラインを下回れば、プログラムの通りの公的資金の追加注入等、政府のサポートが実施されるだろう。

「特別支援」の対象となった金融機関(特別支援金融機関)の取締役会や経営会議などに、検査官を陪席させ、銀行経営上の重要事項の決定プロセスをモニタリングさせる。「特別支援金融機関」における経営改革「特別支援金融機関」においては、経営を改革し、早期健全化を行う。経営陣を刷新し、経営者責任を厳しく求める。「特別支援」を受けることとなった金融機関においては、「新勘定」と「再生勘定」に管理会計上分離し、適切に管理する。これは経営責任の明確化のための徹底したデューデリジェンスをすることを意味している。「新勘定」、「再生勘定」などの表現は関係者でないと分かりにくいが、下記のような趣旨である。

「現在の企業の状態を洗いざらい調べて経営責任を明確にする。ここからここまでは前の社長の責任でここから以降は自分の責任だという明確な線引きをしないと本当の意味で経営責任が果たせない。だから徹底したデューデリジェンスが必要なんです」(木村剛著 竹中プランのすべて)。

■中小企業貸出に対する十分な配慮

木村剛は著書「竹中プランのすべて」で、「商業銀行にとって、儲かるお客様は個人と中小企業しかいない。大企業は社債やコマーシャルペーパーを発行することで資金を安く調達できるので、大企業取引はあまり儲からない。個人と中小企業は社債やコマーシャルペーパーを発行することができないので銀行から高い金利で資金を調達するしかない。さらに言うと大企業向けの向けの貸出金利を引き上げるのは銀行にとって究極の自己資本比率規制対策になる。貸出金利を2~3%上げたら多くの大企業は資本市場に行くので自然な形で大企業向け貸し出しがなくなっていく。もしも大企業向け貸し出しがポートフォリオの3割あったとすれば、10%の自己資本比率は約14%に跳ね上がる。主要行がまずやらなければならないことはリスク最大でリターン最小の問題企業に対する貸出金利を上げて、払えなくしてサヨナラする。まずは損失を垂れ流すブラックホールの穴を埋める。次にやるのは大企業とサヨナラ覚悟で金利を上げる。余ったお金をリスクに見合った貸出金利で中小企業向け貸し出しにまわす。これが正しい経営戦略である(原文を筆者が一部要約)。」と書いているように今までの主要行の中小企業軽視は戦略的合理性に欠けていた。その意味での啓蒙と不良債権処理のプロセスで発生する貸し剥がしなど中小企業の金融環境が著しく悪化することのないようセーフティネットを講じたといえる。具体的にはかなり踏み込んだ対応策を盛り込んでいるが、実効性については金融庁が中小企業とメガバンクどちらを向いた対応するかにかかつている。

中小企業の資金ニーズに応えられるだけの経営能力と行動力を具備した新しい貸し手の参入については、銀行免許認可の迅速化や中小企業貸出信託会社(Jローン)の設置推進、実態に合わせて中小企業の再生をサポートできるよう、信託機能やデット・エクイティ・スワップ等の活用など、金融上の仕組みの整備の検討。健全化計画における中小企業貸出計画に関する重度の未達先に対しては、原則として業務改善命令を発出し、軽度の未達先に対しては、即時に改善策の報告を徴求する。さらに中小企業の実態を反映した的確な検査等を確保する。また、借り手企業に対し、金融検査マニュアル別冊(中小企業融資編)の趣旨・内容を周知徹底する。金融機関による不当な「貸し剥がし」等が発生しないように、モニタリング体制を強化するほか、必要な場合には効果的な検査を実施する。「貸し渋り・貸し剥がしホットライン」の創設などや、「貸し渋り・貸し剥がし検査」の実施し、貸し渋り・貸し剥がしホットラインによって通報された内容を吟味した結果、重大な問題があると判断される場合には、その金融機関に対して報告を徴求するほか、必要があれば検査を実施し、適切な行政処分を行う。

3、不良債権ビジネス

不良債権処理を迅速に進め、国民負担となる二次ロスなどを抑制しようとすれば、不良債権市場が整備され、外資や国内の不良債権に関係するファンド、サービサーをはじめ官製のRCC、産業再生機構などの各プレイヤーが連携し、情報を共有して活躍することが不可欠である。金融システム全体の中で事業再生ファンドは金融工学などの専門知識を保有する組織として位置づけられるため、事業再生が金融システム全体の専門化に基づく分業を組成し、経済全体のおカネの流れがより効率化されるため、不良債権処理のソフトランディングも可能になる。以下で最近の不良債権ビジネス事情を紹介する。

■外資、国内ファンドなど

政府による不良債権処理という至上命題は不良債権にまつわるビジネスを拡大させ、最近は、海外勢、国内勢が入り乱れまさに百花繚乱の感がある。外資系企業やファンドだけでなく、国内企業やファンドの参入も相次ぎ、多様な形態のファンドが存在している。

「大別すると、不良債権に投資して儲けを分配しますよ、というのが不良債権ファンドであり、投資対象を不動産としているのが不動産ファンドだ。ファンド運用会社が所属している金融グループは、法的に金融機関から債権を買って回収するビジネスが認められるサービサーを持つことが多い。実際の買い手(胴元)であるファンドは、買い取った不良債権から主に不動産を手に入れるのを目的としているが、サービサーがいると面倒な法律への配慮がいらなくなる。また、ファンド(各SPC)に入れた不動産が生み出す賃料収入の回収や投資家への分配などの業務をサービサーへ委託することもできる」(和田勉著 企業再生ファンド)。

そして、これらのファンドはまず「デューデリジェンス」といわれる債権の詳細調査を行い買い取りした不良債権の回収・回収代行を通常サービサーが行う。さらに買収企業を再建して企業価値を高め、転売や株式上場によって利益を得る再生ビジネス等まで及ぶ。

97年12月に東京三菱銀行が不良債権を売却したことが、日本におけるまとまった不良債権売却の始まりと言われている。北海道拓殖銀行や山一證券の破綻など、金融界が騒然とするなかで外資系は投げ売りされた物件をタダ同然の値段で買い集めた。買い手として登場したのは米穀物商社最大手カーギルの金融子会社、ローンスター、ゴールドマン・サックスなどだった。

日本に進出したバーチャル(ハゲタカ)・ファンドは国内金融機関が抱える不良債権を簿価で約20兆円を3兆円でバルクセールなどで買い叩き、約1兆円を荒稼ぎしたと言われている。投資利益率15%を確保し、2~5年の短期で売却した。

日本国内の不良債権がらみの主要な不動産ファンドを見てみると、金融機関の不良債権処理や企業の資産リストラが本格化し、不動産投資事業を手がけるダビンチ、パシフィック、レーサムリサーチ、クリードなど新興企業にとって物件を取得しやすい環境が続いている。06年3月期に固定資産の減損会計が導入予定であるため前倒しで企業が保有不動産を売却しているのも追い風になっている。パシフィックは企業再生関連のコンサルテイング事業を強化した。クリードは不良債権の担保不動産、競売不動産を専門に大手企業が敬遠する問題不動産の錯綜した権利関係を整理したり、物件を補修したりで運用成績を高めた。01年末に不良債権処理をターゲットとした事業再生コンサルテイング事業を行う子会社クリードコーポレートアドバイザリーを設立し、不良債権ビジネスを行っているが、同社として初の個人富裕層向けのファンドを設定するなど事業領域を拡大している。レーサムリサーチはサービサー子会社を持ち、不良債権から取り出した不動産の再生や自ら不動産を仕入れて個人投資家等に販売している。

いままで不動産狙いが主だった不良債権ビジネスが、02年に大きく変身し始めた。外資系ファンド、国内資本のサービサー、RCCと入り乱れて新しい不良債権ビジネスが生まれたのだ。それは、企業、あるいはその一部である事業の再生・再建だ(和田勉著 企業再生ファンド)。

これまでの再生ビジネスは外資により不良債権ビジネスの一環として行われてきた。これは、プライベート・エクイティ・ファンドと呼ばれ、機関投資家や資産家から集めた資金で企業を買収し、再建して企業価値を高め、転売や株式上場によって利益を得る。日本で有名なのは99年に日本長期信用銀行を、01年に日本コロンビアやシーガイヤを買収したリップルウッドや日本債券信用銀行を買収したサーベラス、東京相和銀行や目黒雅叙園を買収、今年春には新たに約5,300億円の企業再生ファンドをつくり、全国にゴルフ場、ホテルを展開する不動産会社「地産」の支援企業に決定したローンスターがある。

不良債権ビジネスの最近の状況について和田勉著「企業再生ファンド」に登場するケネディウイルソンジャパンの本間社長が語るところによれば、「不良債権処理が一段落して、破綻懸念先・実質破綻先のところに変わってきている。本当の意味の不良債権とは、会社更生法の適用など法的整理の対象となった破綻先区分のことだ。依然として対象となるのは、破綻先に近いものが多いんですけども、一方で、銀行が破綻懸念先のほうの処理を少しずつ始めているんです。(その結果)、量的には一時的に、ちょっとしぼんでいるかもしれない。会社更正法など法的整理になった企業向けの債権(過去の発生分)については、銀行はさっさと売却して大体の処理を終えた。その次に、破綻予備軍を処理する段になると、銀行は少しずつしか処理できなくなってしまった。同じ借り手企業に何行もの銀行が貸しているので、他の銀行の動きを見る必要が生じたからだ。対象の企業はまだ倒産していないので、どこかの銀行が、経営改善策に協力するなり、法的整理の決断を促すなり、面倒を見なくてはいけない。最終的には、面倒を見る役割は最大の貸し手である銀行が果たすことになるのだが、そこまでの過程で、どこそこの銀行だけ逃げ出した、と非難されたくないので、早くは逃げられない。また、自分だけ債権を回収し損ねるのも損だ。そこで横にらみで、銀行は自分たちの行動を縛りあっていた。そうして破綻予備軍向け不良債権の処理は少しずつしか進まない。」

このような膠着状態も後述するが銀行間の調整役である産業再生機構が順調に機能し出せば進展が期待できる。

■RCC(整理回収機構)

破綻金融機関のの受け皿になることと不良債権処理の加速を促す目的のために預金保険機構が全額出資して設立した株式会社で、99年4月に「住宅金融債権管理機構」と「整理回収銀行」が合併してできた。信託業務機能を加えて証券化を活発にしたり、買い取った債権の当該企業の再生機能の強化を盛り込んでいる。弁護士、公認会計士などで構成する「企業再生検討委員会」を設置。再生が決まった企業には、同機構が債権放棄、支援先企業への企業合併・買収(M&A)の仲介などをする。

時価買い取りの定義は、曖昧、抽象的であるが、要約すると債務者の状況から判断して一定期間のキャッシュフローからの弁済が見込まれる債権については、一般に時価を算出する際に行なわれている手法と同様に、将来期待されるキャッシュフローを予測し、その総額の内弁済充当相当額を一定の割引率を用いて現在価値に割り戻す手法(ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法=以下「DCF法」という)により価格算定を行なう。

つまり金融庁は賃料収入などキャッシュフロー(現金収支)をもとに適正な価格を導く収益還元法を導入する方針。債権流動化市場で普及しているというのが理由だが、将来見通しを織り込んだ予測利用価値判断は高度なノウハウを要する。

これまでの価格算定方法は先ず、不良債権の不動産担保を不動産鑑定士が評価。これを40%引き、さらに暴力団関係者が不法占拠した土地などは最大35%引く。債権1件ごとに損失が発生しないようにして、国民負担を回避する狙いがあった。

しかし、木村剛氏によると、このRCCの「時価買取」はモラルハザードを起こす可能性が高いらしい。

「実際にRCCが不良債権を二次ロスが出ないような低い値段で買っていた頃は、買い取り価格が債権元本の3.7%に過ぎませんでした(99年4月~01年12月)。そのときは回収目的の不良債権を買っていたので低かったのです。ところが「時価」という怪しい価格で買うようになってから買い取り価格は11.4%に跳ね上がりました。そのうち再生可能性のない先の買い取り価格は、債権元本の10.5%なんですね。なんと6.8%も上昇している。(中略) RCCは「時価」を超える値段で買い取っているため、買い取った時点ですでにロスを発生させているのです。要するに含み損を抱えた債権を銀行の言い値で買っている場合が少なくないのです。(中略) しかしその事実は深刻な問題をもたらします。含み損の発覚を恐れて、RCCは貸し出し債権を決して売ろうとしないのです。二次ロスを出さない、というキレイゴトの下で、含み損を隠し続けるという最悪の戦略を選択してしまうわけです」(木村剛著 竹中プランのすべて)。

和田勉著「企業再生ファンド」にはRCCの買い取り価格が時価より高いという指摘はないようだ。「RCCの価格査定も、外資系投資会社と似たような計算法を使っているわけで、とりたててRCCの値付けが安く買うことにバイアスがかかつているように見えない。しかもRCCは値付けを親組織である預金保険機構のの買取審査会にチェックされることになっている。さらに(形だけだろうが)内閣総理大臣の承認を経ることになっている。(中略) RCCの買っている値段、つまり銀行簿価の12%程度というのは、外資系投資会社の買っている値段と同じぐらいだということだ」(和田勉著 企業再生ファンド)。

金融再生プログラムに「RCCは、自らが保有する大量の貸出債権を対象ポートフォリオとした証券化の機能を強化し、実際に資産担保証券の売却を進める努力を継続する。」という表現があるがこれは木村剛によるとRCCがモデルにした米国RTCの場合、証券化という金融技術を活用しているが日本もこの手法を取り入れた。つまり「米国RTCは、不良債権を買い集めると、その集合債権を一つのパッケージにしたわけです。そして証券化という金融技術を活用して、「シニア」という信用力の高い部分と、「エクイティ」という信用力に劣る部分に分けたのです。この仕組みでは、不良債権の回収に失敗して損失が確定した場合は「エクイティ」の方から損失を負担してもらうことになります。この「エクイティ」部分で吸収できる限り、「シニア」の部分は損失を被らなくてよいわけです。(中略) こういう形で、不良債権の塊を安全な部分と危険な部分とに分けますと、不良債権そのものでは買い手がなくても、不良債権を証券化して安全な部分になった「シニア」については買い手が出てくるわけです。要するに「証券化」という金融技術を使えば、彼らの言う「二次ロス」をだすことなく売っていくことが無理なくできるのです。ただし危険な部分の「エクイティ」についてはほとんどタダに近い値段で叩き売られることになります。表面上はとてつもなく大きな「二次ロス」が出ます。それについては事情を知らない人々から厳しい批判が寄せられるかも分かりません。」

木村剛氏に言わせると、RCCにはとにかく「売りなさい」といい続けないと塩漬けにしてしまう仕組みが出来上がっているということだ。そうなるとその負担は国民の税金にかかつてくる。

■産業再生機構

産業再生機構は5月8日、業務を開始し、役員などの陣容を決定した。野村證券元副社長の斉藤淳氏の社長をはじめ米大手投資会社リップルウッドの出身で、宮崎県のリゾート施設「シーガイア」を運営するフェニックスリゾートの前代表取締役、中村彰利氏を常務に迎え、またコンプライアンス(法令遵守)部署には東京地検から検事を出向させる。首脳陣はすでに大手行と不振企業再生に向けた協議を始めており、同機構による債権買い取りの第一号が注目される。役職員は産業再生委員(取締役)7人を含め計77人。投資ファンド、サーべラスジャパン常務執行役員の渡辺美衡氏ら複数のファンド経営者が取締役に就任。顧問には、大成火災海上保険の更正管財人を務めた下河辺和彦氏が就任した(毎日新聞05.08)。

機構の実働部隊は富山和彦最高執行責任者(COO)の下で働く約60人のマネージャー、アソシエイトと呼ばれる実務家だ。公募で集めた約30人のマネージャーは外資系投資ファンドや弁護士、公認会計士、外資系証券会社など外資と士(サムライ)が多い。旧日本債権信用銀行や旧日本長期信用銀行など破綻金融機関出身者もおり、その多くは30代である。

産業再生機構は10兆円の資金枠を使って、非主力銀行から大手企業向けの不良債権を買い取り、主力銀行とともに再建を進める。その際に産業再生法に基づく優遇措置を活用する。不良債権の買取にあたっては企業がまず有用な経営資源を有する企業でなければならない。そして3年間の再建計画を所轄官庁に提出し、産業再生法の認定を受けることを前提とする。結果、再建困難とみなせばRCC送りとなり法的整理コースで処理される。再生可能と判定されればメインバンクは支援を継続、非メインバンクは産業再生機構に債権を売却する。他企業との再編や債権放棄などで再生を図る。

買い取り価格は「再生計画を勘案した適正な時価」という微妙な言い回しになっているため、企業収益力の上昇シナリオに基づいたDCF法の価格でRCCの買い取り価格より高めではないかという見方もある。03年4月10日の日本経済新聞社のインタビューで斉藤社長は「価格は市場が決める」と強調、高木再生委員長は「実質簿価より安い価格でも銀行は売ってくれるだろう」と述べている。また債権の買い取り価格の公表は、最終的な債権の売却後にすることを決め、売却価格については一切の公表を見合わせる。買い取り価格決定は不透明になるため国民に負担を強いる2次ロス発生の責任の所在が不明確になると思われる。

企業再生ファンドなどの関係者は新機構への期待を寄せている。産業再生機構は、再生可能と判定されればメインバンクは支援を継続、非メインバンクは産業再生機構に債権を売却する。他企業との再編や債権放棄などで再生を図る。つまりメインバンク以外の債権を買い集め集約するので、ファンドは機構とメインバンクだけを交渉相手にすればよく、効率性が高まるからだ。

さらに企業再生ファンドが何か案件を買おうとする検討する場合はデューデリジェンスが必要になる。「会計士や専門家を大量に雇うわけだが、企業の規模にもよるが1億、難しい物件だと5億以上かかったりする。利益第一の企業再生ファンドにとっては馬鹿にならない金額です。そこでデューデリジェンスをする前に吟味を重ねたり、躊躇したりする。その間、無為に時間が過ぎていくわけです。そこで仲人たる機構の出番になる。要はデューデリジェンスの費用を、産業再生機構がとりあえず肩代わりして実施してしまえばいい。後で買い取る企業が決めるときに、そのコストを勘案した上での売却価格を探ればよい。いずれにしても機構は1番高い値段をつけた人に売ればよいわけですから、まずデューデリジェンスを実行してしまうことが重要です。これを企業再生ファンドの立場から見れば極めて有難い仲人の出現になります。(中略) 機構が「私は宝物のありかを知っています」と宣言し、「宝物に連なる茨の道はこちらで切り拓きました」と説明する。そして宝物を見つけて取り出したら「ショーウィンドウに並べたので、是非買ってください」というコンセプトにすればおカネが余っていて日本企業を是非買いたいというヒトは一斉に集まってきます」(木村剛著 竹中プランのすべて)。

木村剛氏が語る産業再生機構が有する機能を聞くと機構の潜在力に対する期待が膨らむが、三菱総合研究所は、産業再生機構が積極的に活用された場合、つまり政府が債権の買い取り資金として用意した10兆円が完全に使われることを前提とすると、雇用維持による従業員の消費増や、設備投資の増加などの効果が生まれ、国内総生産(GDP)が03年度から10年度までの累積で約5兆4,000億円、年平均では0.13%押し上げる効果があるとする試算結果を発表した。

しかし、機構をめぐり、政治的圧力がかかるのではないかとか、結局は塩漬け機関になるのではないかという懸念があることも指摘されている。例えば、管轄官庁は所管する業界の不振企業が再生機構に持ち込まれることに腰が引けてしまう。不振企業を安易に救済したくないという面と法案の中に盛り込まれた「不振企業の支援にあたっては関係閣僚の意見を聞く」と言う項目にある。政治家が関係省庁に規準に合わない案件を持ち込み再建できなかった場合の二次損失を懸念するからだ。

「産業再生機構は自民党の大票田であるゼネコンを救済する機関になるのではと懸念する向きも少なくない。再生できるかどうかを判断する際に政治的圧力がかかる可能性は否定できない」(中村一成&金融問題取材班著 大銀行崩壊の危機)。

産業再生機構としても大義名分のある企業再生を常に監視されるわけだが、産業再生機構は、7月22日実質債務超過に陥っている熊本県のバス会社、九州産業交通(熊本市)の支援対象企業の第一陣として再建を支援する方針を固めた。機構が九州産業交通に注目したのは、県民の足になっている公共性に加え、肥後銀行、鶴屋百貨店と並んで圏内有力企業御三家の一つに数えられる地域経済への貢献度である。主力事業の路線バスに一定の収益力が期待でき、大幅なリストラ(事業の再構築)をすれば再建は可能と判断した。正式合意は8月になる見通し。九州産交については、主力取引銀行であるみずほ銀行が再生機構に支援を要請、再建策を巡り協議を進めてきた。再生機構は九州産交のバス事業が公共性が高く、旅行業など不採算部門を縮小すれば再建は可能と判断した。

産業再生機構の機能は金融機関や事業再生ファンドに対して補完性をもつことであり、より重要な役割は取引環境のお膳立てをすることに徹することである。多くの取引を産業再生機構で行いマーケットを拡大することで、格付けやプライシングの適正化を促し、市場全体を活性化させるという面も考えられる。ただし、その際には産業再生機構内で債権を抱え込まず売り手として積極的に活動することが、市場活性化のためにも補完的機能を果たす上でも必要だろう(東京大学柳川範之 日経経済教室)。

C、不良債権処理によるマクロ経済予測

1、マクロ経済への影響

不良債権処理がなされた場合の、マクロ経済に与える影響について2つの機関から出された試算がある。一つは日本経済新聞社の総合経済データバンク「NEEDS」の試算であり、もう一つは第一生命経済研究所の試算である。

まず「NEEDS」の試算を見てみると、「02年3月期決算時の全国銀行ベースの不良債権残高はおよそ40兆円。このうち30兆円を3年間で最終処理(半分は貸倒引当金をを取り崩して充当し、残りを損失計上と仮定)するとGDPは3年目に0.4%程度押し下げられる。これは①資金の借り手である不採算企業の整理②貸し出しの回収や抑制強化でデフレ圧力が高まるためだ。借り手企業の倒産や経営合理化のための人員削減により、処理最終年には失業率が0.4ポイント上昇する。」

次に第一生命経済研究所の試算を見る。「金融再生プログラムに従った不良債権処理に伴う痛みほどの程度になるだろうか。02年9月末決算を基準にしよう。不良債権の処理はそれ自体が需要不足を引き起こすとともに、地価や物価の下落により不良債権額が膨らむことが分かった。また、金融再生プログラムでは処理対象の不良債権がそれまでの破綻懸念先以下から要管理先債券以下の範囲に拡大された。このため以下では、不良債権の危険度の違いによる痛みも区別し、破綻懸念先以下を優先的に処理した場合の痛みを試算した。金融再生プログラムの求める不良債権処理ペースを達成するには、02年度下期から04年度末までの2年半で27.9兆円の不良債権をオフバランス化しなければならないことになる。そして、追加的な倒産は3.9万件、失業者は40万人発生(失業率を0.6%押し上げ)し、実質GDPは5.9兆円減少(実質GDPを1.1%押し下げ)することになる。産業再生機構が機能すれば、実際のデフレ圧力は緩和されようが、現状では効果の測定は困難である。従って、総合デフレ対策に沿った不良債権処理だけで6兆円程度の痛みを覚悟しなくてはならない」(第一生命経済研究所 資産デフレで読み解く日本経済)。

現在、企業のおかれている状況は、過剰設備を抱え、保有資産の価格下落懸念も大きい。大都市圏の商業地価は二桁の下落が続き、株価も若干回復したとはいうものの依然、下落不安が消えない。期待デフレの大きさは、企業の金利負担感の増大をもたらす。名目長期金利から期待インフレ率を引いた期待実質金利はバブル期並み。この「高金利」では新規の事業投資をする意欲がある企業は殆どいない。さらにデフレに対して無策の政府・日銀への不信感は増幅し、デフレマインドは深まる一方だ。

「現在の日本経済は資産価格の下落から波及した資産デフレ圧力が、株価や地価の下落という「ストックの経路」と利益の減少という「フローの経路」を通じて、企業のバランスシートを悪化させている。このような環境の下で、企業が債務返済を優先し、前向きな資金需要が減り続けていることが景気低迷に拍車を掛けている。さらに、不良債権の最終処理は、企業破綻に伴う失業の発生、資産処分による資産価格の低下、銀行の自己資本減少による株価下落等、資産価格や物価の下落に拍車を掛ける大きな圧力となっている。このように、資産価格の下落が続く不良債権の処理を続けても、不良債権問題は解決しないどころか、一層痛みを強めるだけで、資金需要の回復にめどはつかない。金融機関の財務体質強化のみに焦点を絞った不良債権処理策は、問題解決にとっての必要十分条件を満たしておらず、不良債権問題を解決するためには資産価格と物価の下落を止めることがどうしても必要である」(第一生命経済研究所 資産デフレで読み解く日本経済)。

2、中小企業と地域経済の破壊

不振3業種など不良債権問題を特定業種の大手企業に限定された問題と見る向きが多い。しかし、不良債権処理が進んでいくと日本経済の広範な裾野を占める中小企業に破壊的影響を与える。日本経済に占める中小企業の割合は非常に高く、従業員数の80.6%、事業所数の99.3%を占める。中小企業のダメージは、間違いなく国家的スケールの危機に陥る。

「不良債権問題は中小企業の問題ではなく、特定の大手企業の問題だとする意見が根強いのも事実だ。つまり、過剰債務を抱えた建設、不動産、流通などの一部の大手企業が、巨額の融資をしている大手銀行と運命共同になっており、銀行は必要な貸倒引当金を積んでいないため処理できず、そのことが、不良債権処理を阻んでいる根本問題だというのである。詳細を検討するために、規模別では大中堅企業と中小企業、業種別では製造業と非製造業に4分類して、過剰借入の新規発生額を算出してみた。全体の半分以上占める地価下落による新規発生分について見ると、地価下落により新規発生した過剰借入金の80%以上が非製造業で発生し、その約半分が中小企業で発生していることが分かる。これは、製造業に比べて非製造業の総資産に占める土地の比率が高いからだ。総資産に占める土地の比率規模別・業種別で見ると、製造業については大中堅企業が8.5%、中小企業12.5%であるのに対し非製造業では大中堅企業が12.6%、中小企業17.9%と相対的に高い。また、用途別の地価下落率が異なることも、非製造業の不良債権を増加させる要因になっているようだ。バブル崩壊以降の地価の用途別下落率を見ると、工業地に比べて商業地の下落幅が大きい。工業地の保有比率が高い製造業よりも、商業地の保有比率が高い非製造業がより地価下落のダメージを受けているのである。従って、地価下落は主に非製造業の財務諸表に及ぼす影響が大きいと言える」(第一生命経済研究所 資産デフレで読み解く日本経済)。

竹中平蔵経済財政・金融担当相は、金融再生プログラムで、地域金融機関「中小・地域金融機関の不良債権処理について」は、主要行とは異なる特性があるため多面的な尺度から検討する」として不良債権の主要目標を主要行に限定した。過剰債務を抱えた中小企業の不良債権処理を一挙に加速させることは、地域経済の根幹そのものを破壊することになるからだ。第二地銀、信用金庫、信用組合などの中小金融機関は中小企業と密接な関わりを持っている。しかし、構造改革という名の高度産業化推進論の一環として不良債権を抜本処理する過程で中小企業を避けては通れない。

「新年度入り後の金融庁検査に大手銀行関係者は青ざめた。従来の検査が大口融資先中心だったのに対して、中小企業向けの数千万円単位の小口融資まで個別に点検を始めたからだ。「中小企業は大企業以上に業績の悪化が著しく、担保が十分でない場合が多い(大手銀行幹部)」。大企業と同じ基準で検査のメスが入れば、不良債権の拡大が避けられないと警戒する」(日経05.29)。

金融庁は、「大手とは別の議論が必要」として先送りしてきた地域金融の再生議論にも手をつけようとしている。地域金融機関の不良債権問題は一般的に言って大手銀行以上に深刻だ。

貸し出しに占める不良債権の比率は02年3月期で大手銀行が8.4%なのに、第二地方銀行は9.0%、信用金庫や信用組合に至っては10%を上回った。大手銀行を下回った業態は7.7%の地方銀行だけだ。不良債権残高を帳簿から切り離す最終処理を進めれば不良債権比率は低下する。だが最終処理は貸出先との取引関係を断ち切ることを意味する。地域金融機関の融資先は大半が体力の弱い地域の中小・零細企業。地銀、第二地銀でも中小・零細の比率60~70%、信金・信組ならば100%になる。金融機関が取引を打ち切れば地域の経済に大きな影響が及びかねない。

しかも銀行は中小企業の経営者には包括の個人保証をさせる。さらに、親族にも連帯保証をさせる。さらに足りなければ第三者の保証まで求める。不良債権処理で生命維持装置を外された中小企業の経営者は自殺するか、夜逃げするしかない。事業に失敗した経営者はアメリカのように再起することが厳しい環境なのだ。

自己資本について言えば、不良債権処理に伴って前払いした税金(繰り延べ税資産)を自己資本に計上できる税務効果会計の見直しが、地域金融機関でも課題になる。大手銀行では繰り延べ税資産は中核的な自己資本の20%程度。地域金融機関はこの比率が相対的に高く、第二地銀は30%を超える。自己資本の大半が公的資金と繰り延べ税資産というところもあり、そういう金融機関は税効果による資本計上を制限した場合、即座に資本不足に陥る。地域金融機関を特別扱いすれば、政府の言う健全化は骨抜きになる。不良債権問題を04年度に終結させるという政府がこの問題に関する対応を誤れば日本経済は間違いなく最悪の事態に突入する。

不良債権処理に成功しても、それだけでは日本経済は回復しない。日本経済はすでに底力がなくなっており、新産業の創出、知財国家への転換を急速に進め、国際競争力を高め、さらに総需要を拡大していかなければ衰退の下り坂を辿ることには変わりがない。

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