不動産競売制度の抜本改革 / 最低売却価格廃止か?
1、最低売却価格制度廃止か?
日本経済新聞の記事を引用すると、「自民党は14日の法務部会で、不良債権処理を加速するため、競売手続の抜本改正を決議した。改正の焦点は競売価格の規制緩和で、現行の最低売却価格制度の廃止を視野に入れて見直す。来年の通常国会までに関連法案を提出する。」
現行の最低売却価格制度を廃止すべきと言う提言は経済戦略会議の99年2月16日付「日本経済再生への戦略(答申)」でされたことがあるが、この記事を読む限りでは自民党は最低売却価格制度廃止を既定方針として来年の通常国会までに何らかの法案出してくる可能性もかなり高い。
政府は、競売物件を不当に占有して、競売手続を遅延させ、買受人に立退き料などを要求し、担保価値を減少させる「占有屋」対策のため短期賃借権の廃止、物件の内覧制度を導入などを今国会に出すため検討を重ね、法務省の諮問機関「法制審議会」は2月5日「担保・執行法制の見直しに関する要綱」を決定、答申した。
法制審議会の今回の答申には「最低売却価格制度の見直し」は入っていない。しかしこの問題をめぐっては法務省と自民党法務部会大田誠一、原田義昭議員らと緊迫したやり取りがあったらしい。
塩漬け不動産の流動化を促進するためには売却価格規制緩和ははずせない。法務省案は裁判所の慣行や法体系の整合性に拘泥しており、見直しが不十分だ。売却価格規制緩和策を法案からはずせば、法務省案の国会提出を与党として阻止すると法務省に迫っていたという。
自民党側の言い分は「最低売却価格は市場価格より高めに設定され、取引が成立しないケースが多く再競売のため最低売却価格を評価し直すのに多大な時間がかかる。実際の運用では時間がかかり不良債権処理のスピードにブレーキをかけている」というものだ。
案として「最低売却価格を選択性にし、第一順位の金融機関などの抵当権者が希望すれば、最低売却価格を決めずに競売できるようにする。競売実施後でも他の抵当権者などが最初の落札価格より高い額で買い取ることをすぐに申し出れば、最も高い価格を提示した者に最終的に売却するようにする」などが日本経済新聞の記事ででている。
結局、両者は現行の最低売却価格制度の廃止まで視野に入れ見直し、来年の通常国会までに関連法案を提出することを条件に民法改正案などを了承したようだ。
最低売却価格制度の見直しを盛り込まなかったものの法制審議会の今回の答申は、かなり画期的である。競売妨害に利用されることが多かった短期賃借権をはじめ滌除の見直し、抵当権に基づく強制管理類似の手続の創設などだ。競売の迅速性、実効性がかなり明確に図られている。不良債権処理という日本経済を覆う重しの背景を強く感じる。
答申のこれらの内容は次回で述べる。自民党議員から強く要求され課題となってしまった現行の最低売却価格制度の廃止、見直しだがこの課題は看過できない重要な問題を内在しており規制緩和というなんとなく説得力を持ってしまうフレーズでかたずけられる単純な話ではない。
2、最低売却価格制度廃止の是非
不動産競売の最低売却価格は各執行裁判所が指名した評価人、実態は不動産鑑定士により評価されている。不動産鑑定士が通常評価する価格は完全自由競争下を前提とする正常価格であるが、競売という特殊性、裁判所の運用などを考慮すると「評価人は、強制競売の方法による不動産の売却を実施するための評価であることを十分に考慮しなければならない」。民事執行規則29条2に相応した特定価格(俗に言うと卸価格)となる。
競売と一般不動産取引を比較すると競売特有のさまざまな制約が存する。
- 落札、買受後に物件に物の瑕疵があっても認められない。権利の瑕疵は限定的に認められるがその実現は容易でない
- 売却広告から売却まで期間が短く、資金調達や物件の調査、検討する時間が限られる
- 内覧ができない。競売物件であることの心理的抵抗感がある
- 物件の引渡しは、別途、法定の手続によらなければならない
- 代金を即納しなければならない。銀行などは登記可能としても融資を敬遠する(98年法改正、法82条2項で書記官の嘱託登記から弁護士・司法書士に各登記の嘱託書を交付し、法務局提出が可能になったのでローンなど抵当権登記ができるようになった)
等々である。
最低売却価格はこのような競売特有の減価を考慮し、相応の競売市場修正をしている。卸値と言われる所以であり、「最低売却価格は市場価格より高めに設定され、取引が成立しないケースが多い」と言う批判は的を外れており、そのような状況が恒常的にあるとは思えない。
ただし、現今の不動産市場をめぐる環境は、少子化、中国への生産拠点の移転、減損会計の導入、定期昇給、終身雇用など日本型賃金体系の崩壊、所得の低下など需給ギャップを拡大し、将来不安から不動産購入意欲は先安感もあり萎縮している。
地価公示を中心として体系づけられ全国をメッシュに切った公的価格群による指標価格、あるいは地元不動産業者が長年に亘り培ってきた地価相場が、その地域に対する需要が極めて乏しいか皆無に近いため事実上、崩壊している地域があるのも事実である。極論すれば需要者があればその者が物件の価格を決定する以外に取引は成立しないこともあり得る(相当高率の競売市場修正での対応が必要である)。
最低売却価格での売却が不動産市況の低迷、日本経済のデフレの深化などにより思うように進行しないからといって民事執行法60条を改正し、現行の最低売却価格制度を廃止し、最低売却価格の決定を取引参加者に委ねるとしたとき所有者の財産権を侵害し、ひいては申し立て債権者の財産権の保護の観点からも不測の損害を発生させる可能性がある。
この見解は、「月刊不動産鑑定 最低売却価額の意義」で大澤晃判事が以下のように述べている。
最低売却価額は裁判所が定めた価額以下で売らないという制度です。民事執行法は所有者の意思に反して不動産を売却換価することを裁判所に許容しています。しかし、だからと言っていくらでも売っていいというところまで許容しているわけではない。
1,000万円の価値がある不動産が競売で1万円で売却されたら価格の点で所有者の財産権は侵害されたと言うことになります。最低売却価額が1,000万円と決められれば1,000万円より低額で売られないわけだから所有者に1,000万円の価値は保証されることになります。保証されると言っても所有者の手元に1,000万円が残るわけでなく、多くの場合、それに見合う債務が配当の結果消滅するに過ぎませんが…。
この意味で最低売却価額は所有者の財産権保護の根幹をなしていると言える。所有者は強制的に不動産を売却され、しかもその売り希望価格も言うことができないので裁判所が所有者になりかわって所有権が不当に侵害されていないか監督しなければなりませんが、それは最低売却価額の決定を通じて行うことになります。
もちろん最低売却価額制度によって申し立て債権者も自分が回収出来る最低限度の額が保証されることになりますので債権者の財産を保護することになります。このように最低売却価額制度には競売関係者である所有者・申し立て債権者らの財産権を保護すると言う積極的な意義があります。
競売当事者にとって妥当な法律論と思われる。
一般不動産市場においてもローカルで、閉鎖的で十分な価格に関するデータが売主・買主に開示、保証されていない。
競売市場は、民法や民事執行法が複雑に絡み、時系列的権利の成否や占有の実態で敷地利用権の負担などが決まり、その負担を考慮した場合、多様な要因により減価は異なる。敷地利用権の範囲も評価地に件外建物など含め複数建物がある場合、複雑な敷地の想定分割を要し、それらが評価に反映される。
一般不動産市場に比較し競売市場での価格形成要因は特殊で複雑なため評価人による最低売却価額の決定というプロセスがなければ適正価格での換価は困難となる。仮に最低売却価額は単なる価格指標としてそれを下回る最低売却価格の決定を取引参加者に委ねると地価公示価格を中心とした価格体系や民間業者の価格相場を大きく乖離した決定価格が頻出すると地価は迷走し地価の下押し要因になりかねない。
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