オフィスビルのITを駆使したコストコントロール
オフィスビルの大量供給でオフィス市況の急激な悪化をもたらした2003年問題であるが、ここにきて「都心の再開発地区にできた超高層オフィスビルは内定を含めれば、概ね満室のめどがついた。(2003年問題は)大規模な新築物件についてはほぼ完了したと言っていい(岩佐三井不動産社長・日経産業)」などの不動産業界の見方も出てきている。
しかし12月8日三菱地所がJR東京駅前新丸の内ビルを現在の8階から38階に建て替える計画を発表など都心の大型ビルの供給は依然として相次いでいる。テナント側の動きとしてはオフィスの分散を集約化することにより効率と経費削減を図り、新規大型ビルへ移転している。既存の古い中小規模ビルは空室が急速に増加し、ビル単体にとどまらず地域単位で空洞化が進んでいる。テナントのニーズがないビルはコンバージョンで用途転換でもしなければならないが、開口部などさまざまな建築基準法上の制約があり、改修費と事業収支からみても用途転換が可能なビルは少ない。
いずれにせよ借り手優位の状況は当分は続くわけで、新築の六本木ヒルズでも一定期間のフリーレント制を適用している現状を鑑みてもオーナー側は厳しい環境であることは変わりがない。優位に立つテナントは契約継続の条件として家賃値下げと同時に管理費の値下げも要求するケースが多く、ビルオーナー側も事業収支を悪化させないためにもビルの管理コストを削減する工夫が求められている。右肩上がりの時代はビルの管理費削減はどちらかといえば看過されてきた。しかし本格的なビル競争の時代を迎え、またビルが投資商品として外資流に売却され流動化する近年はコストコントロールによりNOI(賃貸純収益)を上昇させることが至上目標となる。
このような背景を反映して、ビル管理費の下落傾向は鮮明になってきている。「東京ビルディング協会の実態調査では加盟社が保有する賃貸ビル309棟の管理費は延べ面積1平米当たり月額平均で905.5円だった。00年度の同943.8円に比べ38.3円(4.1%)安い(日本経済新聞)」。
ビルオーナーは管理コスト削減と同時に既存ビルでビル設備のリニューアル時期がきたものについてはビルの競争力を保っため設備を更新しなければならない。しかし、リニューアルに費用を掛け過ぎると募集賃料に跳ね返り、競争力が無くなるため費用対効果の検証が重要となる。以下でビル管理費の削減ならびにビル設備のリニューアルについて述べる。
1、ITを駆使した管理費削減など
管理費削減については、企業内システムが汎用コンピュータからパソコン、サーバーなどオープン系に移行したのと同様に設備機器のオープン化の動きが空調工事会社、ゼネコン各社で急速に進行している。またプロパティマネジメント(PM)にITを加味して発展させたサービス「ePMsolution」(ビル統合リモート管理ソリューション)がNECにより提供され、清水建設は次世代IPプロトコルIPv6を導入したビル管理システムを構築、すでに実験段階に入っている。
■ビルオートメーション(BA)のオープン化
最近の傾向として大型オフィスビルで空調機器などの制御にオープンシステムが導入されている。これまで制御機器メーカーごとに信号が異なっていたため設備の制御、監視に制御機器メーカーの規格に合った機器を細かい部分まで選択しなければならなかった。これが選択肢を狭め調達コストを下げる障害となっていた。
制御システムは通信・コンピュータ技術により個別配線、リレー回路はデジタルに変容したため、制御機器メーカー独自の通信プロトコルや制御アプリケーションがメーカーサイドに有利なクローズシステムを構築する結果を生んでいたが、米エシュロン社が提唱する通信規格「ローンワークス」を導入することで制御機器メーカーの系列を問わず機器を選択できるようになった。「ローンワークス」ではチップを埋め込むことで対応機器すべてが同じ方式の信号でコントロール可能となっているからである。
オープン化導入の代表的な事例が森ビルの「愛宕グリーンヒルズMORIタワー」で、「入居者は残業する際に、インターネットを通じて空調や証明の時間延長を申し込むことができる。わざわざ管理室に電話して、制御盤を操作してもらう必要がない。(中略)愛宕グリーンヒルズの空調設備工事を担当した三機工業では監視・制御にかかる調達コストは従来に比べ5~10%減る。また大林組は今年10月完成の電通本社ビルに、ビルの設備を一括して制御する仕組みを取り入れる。エレベーターや照明、空調など設備ごとに分かれていた制御システムを連動させる(日経産業)」というオフィス環境が実現した。
■ITを駆使したビルの遠隔監視システム導入
03年4月、NECが開発した「ePMsolution」(ビル統合リモート管理ソリューション)は、ITを駆使し、遠隔操作を中心に、ビル運用をまるごと引き受けるサービスである。ビル運用の監視・管理を一括してまかない、ビル運用の効率を上げ、大幅なコストダウンを可能にする。
遠隔監視のメリットは、ビルオーナーや管理会社が、ビル内に監視システムをつくらなくてもサービスを受けられる点にある。その代わりに、ネットワークでつながったNECの監視センターやデータセンターが監視・管理の役割を担う。「ePMsolution」を導入すれば、監視システムをビル内に構築するコストを省けるし、遠隔操作による監視・管理に転換するので、ビルに常駐する管理者も最小限にまで減らせる。これらにより大幅なコストダウンを図れる。
監視センターに詰めたオペレーターが、24時間365日欠かすことなく、インターネット経由でビルの運用状況を遠隔監視する。空調・照明など設備機器の運転監視から、テナントへの請求書の発行、貸し会議室の予約管理までを手がける。このほか、設備機器の巡回点検、清掃、警備といった人的サービスも一括して請け負う。
東京にある延床面積1万㎡規模のオフィスビルの一例で監視・管理関連の機器費用と人件費が、あわせて約50%削減可能としている。さらに先行して取り入れた首都圏のある事業場では、遠隔監視によって収集したデータを分析し、設備機器の運転の無駄を見つけ出し、運転パターンを改善することで、省エネルギーを図り、ビルの運用にかかるエネルギーコストを約7%削減したという(以上はNECのサイトを参考に要約)。
また日経コンピュータ誌によると清水建設はIPプロトコルの次世代バージョンIPv6を使ったビル内の電気、空調、防犯、防災などの機器を監視・制御するビル管理システムを開発し、今年の6月から実験段階に入っている。清水建設が構築したシステムでは、照明の点灯/消灯、施錠の確認、ブラインドの上げ下げ、温度計などの環境設備の確認が可能となっている。
IPv6を使うメリットは三つある。一つは、グローバルIPアドレスを大量に使えること。二つめはセキュリティ面での優位性、三つめは機器の設定が簡単なことである。清水建設が構築したシステムは、Webブラウザからビル機器を操作でき、IPv6ではグローバルIPアドレスを大量に使えるため、一つのビルに1,000~2,000ある管理機器を複数のビルごとインターネット経由で一元管理し、管理コストを下げることが可能となる。現バージョンIPv4では難しい。
外出先からの遠隔操作も可能になる。今回の実験では、無線LANでつないだWebブラウザ搭載のPDA(携帯情報端末)からも、ビル機器を操作できるようにしており、無線区間もIPv6対応になれば、ホットスポットなど外出先からの遠隔操作も可能になる。
ビル機器を一元管理できるビル管理システムはすでに実用化されおり、ビル監視・制御専用の通信プロトコル「LonTalk」や「BACnet」が使われてきた。通信頻度も1回当たりの通信データ量がも少ないがLANとは別に専用の機器や配線を敷設しなければならず、無駄な費用がかかつていた。ビル管理システムをIP化するとLANを使えるためネットワーク機器や配線を流用できる。機器の追加や変更があった場合でも、簡単に接続可能となる。清水建設を含むIPv6推進企業や団体が参加するIPv6普及・高度推進協議会は、独自仕様が乱立しないように、「ビルディングオートメーション小分科会」を設立し、仕様の標準化を進めている。
■ネット購買
三菱地所は保有する賃貸オフィスビルで使用する蛍光灯トイレットペーパーなど約2,000品目に及ぶ備品についてインターネットによる集中購買で調達コストを削減しており、昨秋から試験的に運用を開始、今春までに丸ビルなど約80棟に対象を拡大している。
■中間マージン排除による外注費の削減
ビル管理費の主要なものはエレベーター保守費、機械式駐車場保守費、設備警備費、消防設備・電気設備点検費、床・外壁・ガラス・受水層清掃費等があるが、外部業者に委託するケースが多い。この外注部分の契約の見直しが管理費削減に有効とされている。外注作業は元請、下請けと多層になっており、建築の際の分離発注のようにオーナーが実際に業務を行う業者と中間省略で直接契約すれば賃貸ビルの経営コンサルティング「企画ビルディング」によると管理費を2~3割削減することも可能という。
2、オフィスビルのリニューアル
ビルの競争力を高めるためには、設備を更新するだけではテナントの支持は得られない。建物をバリューアップし、付加価値をより高めるには、個別空調などの導入やIT対応、電気容量のアップ、耐震性向上、環境対応、セキュリティー確保などがある。中でもエネルギー使用量の大きい空調はリニューアルによる省エネ効果が大きく、オフィス利用者には快適性をアピールできる。こうしたビルリニューアルには、エンドユーザーのニーズに応えられる高度なノウハウや技術が求められている。今、スクラップ・アンド・ビルドからリニューアルへ建物のライフサイクルの長期化と環境問題を背景に視座が変化している。しかしこの分野の経験・技術の蓄積は少ない。
「もともとリニューアルと建て替えは同じ時間軸で検討すべきものだ。建て替え時期を設定し、そこから逆算して「残存期間の収益(効用)を最大化するために、今、何をすべきか」と考えるのが基本だ。ライフサイクルコストを圧縮するためにも適切な再投資が不可欠だ。リスク管理からは予防保全が望ましい。問題が起こってからでは遅い。長期修繕計画を立て、設備などの耐用年数が来る前に専門家による診断を受け、早めに設備更新やリニューアルを実施しておけば多くのトラブルが避けられる。また、長期修繕計画および実施記録の有無で、建物価値の評価も変わってくるはずである。老朽化したから改修するというのではなく、リニューアルを需要に合った機能とデザインに再生する絶好の機会と考えるべきだ。建物の価値を高めるような「戦略的リニューアル」を考えたい(オフィス総研リポート「建物主役の時代」)」。
近年、オフィスビルのIT化は奔流のように進んでおり、また一方でグローバル化に対応した24時間不眠不休のインテリジェント空間となっている。パソコンをはじめとする様々なIT機器が設置されるため排熱が課題であり、熱負荷やグローバル化対応の勤務体系の変容に柔軟に対応できる個別空調が求められている。さらにビルリニューアルにも省エネや居住者の健康管理などの環境対応が求められている。省エネ法改正で03年度からビルを新築・増改築する際、延べ床面積2,000㎡以上のオフィスビルなどの建築主や所有者、入居者は、新築・増改築時に省エネ計画を作成、報告が求められており、新規建築ビルの5%に当たる年間約6,000棟の中規模以上のビルが対象になる。
建築主は着工前に、電力利用を抑える空調設備や照明器具、断熱材の使用などを盛り込んだ省エネ計画を地方自治体に提出する。既存のビルについては、年間のエネルギー使用量が一定限度を超える場合、所有者、入居者にも省エネ計画を作る必要がある。また、空調、照明の効率利用について3~5年の中期計画を作成すると同時に、重油、灯油などの使用実績を経済産業省に毎年報告する(日本経済新聞)。
リニューアルではテナントの執務環境に支障が生じるとせっかく確保したテナントに逃げられる。「居ながらリニューアル」を実現できる工事を行う。空きフロアにテナントを移して工事し、リニューアル完了後に元のフロアに戻ってもらうというやり方だ。もう一つはテナントの業務がない金曜日の夜から月曜日の朝にかけて工事をする。この場合は、工事音を可能な限り抑制しなければならない。
以上の管理費削減、顧客のニーズに応じたリニューアルをオーナーから委託を受け、その総合ビルメンテナンスの一環として行うプロパティマネジメント(PM)がビルオーナー・サポートサービス業務を拡大している。
3、オフィスビルの戦略的管理プロパティマネジメント(PM)
ビル経営はテナント収入とビル管理コスト、修繕コストのバランスで成り立っているが、戦略的に最適のバランスを実現し、キャッシュフローで結果を出すのがPMの仕事である。広義のPMの業務を定義したものにビル協会が00年にまとめた「新しい時代のビルマネジメント」という冊子がある。これによるとPM業務というべきビル経営代行業務を、
- 運営管理をする狭義のPM業務
- 営業・仲介管理を行う「リーシング業務」
- 工事、営繕管理など「コンストラクション業務」
- オーナーフォロー業務
に分けている。
PM事業はビル保有のデベロッパー、生損保、オフィス管理会社、ゼネコンなどが参入しており、適正賃料の設定、ビルの稼働率の向上、管理コストの削減、戦略的な改装や修繕、PM物件の出口戦略に対応などを行っている。各社それぞれ独自のノウハウと強みを持っている。
証券化などによる所有と経営の分離、不動産経営の高度化によって、オーナーによる自主管理からPM業務を外部委託するケースが増加するため、PMがオフィスビルのコストコントロールなどに果たす役割はより重要性を増すものと思われる。
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