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「9.11」1周年に際してのブッシュ・小泉会談が9月12日に行われ、「不良債権処理が遅れているじゃないか」と相当プレッシャーを与えられ重い宿題を背負わされた。そこで出てきたのがデフレ対策としての「不良債権処理加速策」である。
帰国後、小泉総理はは柳沢金融担当大臣を竹中平蔵に金融相兼務とする内閣改造を9月断行したが、竹中プランが強烈なデフレ圧力を日本経済に与えることがうすうすわかるや、さすがに慌てて過剰債務企業を再生させる「産業再生機構」の創設を浮上させた。
日本経済を回復させるには、不良債権処理と企業再生が表裏一体で、銀行の不良債権を減らして、銀行の体力を回復させようとしても、その過程で、不良債権の裏側にある不良債務の企業が次々に倒産してしまえば、日本経済全体が真正デフレになり崩壊してしまうという危機感だ。
産業再生機構は10兆円の資金枠を使つて、非主力銀行から大手企業向けの不良債権を買い取り、主力銀行とともに再建を進める。その際に産業再生法に基づく優遇措置を活用する。不良債権の買取にあたっては企業が3年間の再建計画を所轄官庁に提出し、産業再生法の認定を受けることを前提とする。
管轄官庁は所管する業界の不振企業が再生機構に持ち込まれることに腰が引けている。不振企業を安易に救済したくないという面と法案の中に盛り込まれた「不振企業の支援にあたっては関係閣僚の意見を聞く」と言う項目にある。政治家が関係省庁に規準に合わない案件を持ち込み再建できなかった場合の2次損失を懸念するからだ。
この「産業再生機構」という制度、実に多くの問題を孕んでおり、米国の意向が色濃く反映されたシステムではないのかという指摘もあるくらいだ。
産業再生機構は債務者区分で「要管理先」企業は産業再生委員会で再建計画を検証される。結果、再建困難とみなせばRCC送りとなり法的整理コースで処理される。
再生可能と判定されればメインバンクは支援を継続、非メインバンクは産業再生機構に債権を売却する。他企業との再編や債権放棄などで再生を図る。
繰り返すと、竹中プロジェクトチームの再生案は、不良資産と正常資産に振るいにかけ分離して、不良資産は整理回収機構に一括売却し、正常資産の部分は、経営陣を一新して存続させるわけだが、このあたりが、外資・ハゲタカファンドへの身売り説の根拠ともなっているところである。つまり公的資金を使って立て直した銀行や大企業を最終的には、外資に売り渡そうとしているという疑いだ。
デフレで疲弊し切った国内で新たな資本を見つけるのは難しい。可能性があるのは外資である。米国を主とする企業や投資ファンドは、再生できる企業を発見する技術やノウハウを持っているし、日本での企業買収に関心もある。
米金融情報会社トムソン・ファイナンシャルによると世界のM&A市場規模は1兆7千4百億ドル、日本の市場規模は8兆6千億程度で全体の4%でしかない。
日本はM&Aの層も薄く、再生のプロも少ない。企業再建を請け負う人材を企業に紹介する「事業再生実務協会」を4月にも作り、同協会には企業破綻に詳しい大学教授や弁護士が参加続いて銀行や証券会社などを対象に再建ノウハウを持つ専門家の養成機関も設立しようとしている。しかし付け焼刃の印象は拭えない。
アメリカの銀行の主流は投資銀行である。ゴールドマン・サックスなど大手の投資銀行が主流になっている。こういう大手の投資銀行はM&Aなど企業再編の数多くの実績がある。
また再生機構が債権を買い取るときの価格を適正に決めることが重要だが、再生機構法案には企業の再生計画勘案した適正な時価と抽象的すぎる。最終的には銀行との交渉になるが安すぎれば銀行は売らず、高すぎれば2次損失がでる。
銀行が債権を市場価値よりも高い値段で売り抜ければ、銀行は少し身軽になるが、塩漬け債権を飛ばされた機構の損失は、最終的には国民がかぶる。税金で民間銀行のツケを国民が負担することになる。しかも、銀行は機構への売却という商取引しかしていないから、貸手としての責任追及ができない可能性もある。責任追及なしの銀行救済策となればモラルハザードを起こしかねない。法案では2次損失が出た場合の処理が明確にされてない。
再生機構登場で存在感が薄れたのが整理回収機構だ。昨年1月施行の改正金融再生法で回収機構にも企業再生機能が追加された。昨年末までに取引銀行と共同で98社の再生計画をまとめ、それ以外に115社の再生を検討中だが約4万社あるRCCの貸出先数から見れば「少ない」と与党や産業界から不満がでている。再生機構は要管理先債権を買い取り支援する。RCCのファンドが要管理先の債権を買えば競合が避けられない。この辺の機能分担も不明確になっている。
小泉・竹中コンビは、大銀行・大企業には徹底した保護を与え、中小企業と国民には「痛みに耐えろ」と貸し剥がしや負担増を迫る。従順で無関心な国民と酷い政権、呆れた国になったものである。
さらに産業再生機構が企業の生死を一義的に決められるのかという問題もある。自由経済体制のもとでは銀行部門に対して、国有化を辞さない金融庁が存在するが、企業部門に企業の生死を決定できる行政機構が存在するのだろうかという本質的疑問である。
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