弱者が社会を支えるIT

2002年、国立社会保障・人口問題研究所が発表した「将来人口推計」は、衝撃的なものだった。日本の総人口は2006年にピークアウトし、緩やかな減少に転じる。若い働き手は減り、高齢者は急増する。人口減は公的年金を壊滅させ、日本の潜在成長率に低下圧力をかける。将来、日本の経済社会におおきな歪を生じる。現在50台前半の団塊世代が70代になる20年後、日本の人口構成は10人に3人が年金をもらえる65歳以上で14歳以下は1人になる。

高齢化は社会にマイナス、暗いイメージを与えがちだが、ITの活用で豊かな人生経験に裏打ちされた多様な知恵や経験を持った高齢者によって社会全体が成熟した組織に変わる可能性がある。高齢者とパソコンの相性はいまのところ良いとはいえない。まず操作の困難性がネックだ。ホームサーバーの普及によりテレビの画面を見てメニューを選択するEPG(エレクトロニックプログラムガイド)の技術によって、今後急速にテレビのコンピューター化が進むだろう。視線、音、身振り手振りによる入力が可能になれば、身体に障害をもつ人々や高齢者にIT拒否症はかなり解消されるだろう。ウィンドウズXPなどの自然音声入力進化など、障害を持つ人や高齢者に役立つ技術もいくつか出てきている。現に寝たきりの高齢者がインターネットで外部社会と関わりを維持することを生きがいにしているケースも多い。

NHK教育テレビ「ビジネス塾」で慶応大学金子教授が日本マイクロソフト前社長成毛眞氏にインタビューした番組はITへの誤解を解き未来を示唆する内容に富んでいた。

成毛眞氏はあの日本マイクロソフト前社長の地位を辞し「インスパイヤー」という少人数のベンチャー企業を起こした。有望な企業に投資しさらにIT化を丁寧にコンサルテイングして企業収益を向上させ投資家利益を得るというビジネスモデルである。ここまでは今よくあるベンチャーキャピタルであるが投資の対象となる企業の選択基準が実にユニークで戦略的である。

米国のネットバブルの崩壊は、インターネットでさまざまなビジネスモデルを生み出した多くのVBに厳しい現実を突きつけた。IT関連というブランドと目新しさだけで企業収益の具体性、実現性を分析もせず金の卵と飛びついた多くのVBが消滅した。浮ついた錬金術の失敗、成毛氏はマイクロソフトの現場から多くの教訓を得たのだろう。氏は予想外の企業に投資していた。身体に障害があるプログラマーが自ら社長となり身障者に使いやすいPCを設計している小企業だ。

成毛 眞氏は「今、国内に身障者は300万人いる。老人も急増する。10年後というスパンで見ると社会的弱者といわれるこれらの層を度外視してITを考えることは投資家として許されない。」

いままでITにはデジタルデバイドが語られ、社会的弱者はITの享受を受ける対極として見られがちだった。実はITのもたらす便利性や豊かな可能性を社会的弱者も充分に享受できさらにはIT戦略のターゲットになっているのだ。

日経新聞1月31日誌はNPO(非営利組織)法人「WeCAN!」の活動を報じている。「WeCAN!」はインターネットで身体障害者の就労を支援する団体だ。国内の18歳以上の身体障害者は約330万人だが、そのうち常用雇用されている障害者は1割程度。企業も障害者も雇用に意欲はあるが、通勤手段や社内設備の不備といった様々な困難に直面。結局あきらめざるを得ないのが現実だ。そこで「WeCAN!」では自宅雇用や在宅就労を可能とするシステムを構築。年間1500万円程度の仕事を実際に請け負っている。現在手がけている主な分野は、ホームページ構築やパンフレットや印刷物の作製、入力業務などだ。新技術の講習も大半はボランティアの講師によるeラーニング。また前会員に公開されている「技術ネタML」や「学習支援ML」で疑問を書き込めば全国から回答が寄せられる。今後の課題は業務の高付加価値化。現在、意図的に立ち上げ、学習を進めているプロジェクトチームがいくつかある。日本政府が未曾有の財政難に直面する今、10兆円を超える年間福祉予算にも将来の保証は無い。障害者も日本の産業構造の一角を確実に担う日を目指し、ネットの力を最大限に引き出していく考えだ。

「障害者でも当たり前に働いて世の中に貢献する。そんな社会を実現するプラットホームを作りたかった。」設立メンバーの上条一男副理事は語る。ITといえば「デジタルデバイド」、「弱者切り捨て」を連想しがちだが、弱者が社会から庇護される立場から逆に弱者がITを通じ社会に参加し、社会を支える立場を持てる時代が実現すれば日本を覆っている高齢社会という暗雲も晴れようというものだ。

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